愛するために必要なこと
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
可那子のところを出てから数日後、自身も深く関わった事件の証人として法廷に立った羽村。
その後は参考人として身柄を拘束されることになった羽村が、頼みたいことがあると真冬を呼んだ。
やって来た真冬に紙とペンを借り、羽村はそこに簡単な地図を書く。
それを手渡し、このアパートに住む可那子という女にひとこと礼を伝えて欲しいと頼んだのだった。
「フルネームは?」
「知らねえ」
「仕事は何を?」
「知らねえ」
「……」
「なんだよ。飯食ってセックスして寝る、それだけの生活に必要な情報なんてねえだろ?」
「そんなこと、」
「いいんだよ、知らなくて」
羽村は真冬の言葉を遮って言う。
「まあ他は訊かれても答える気もなかったが…あいつも呼ぶのに不便だからってんで名前しか訊いてこなかったし、それに人間ひとつ知っちまったら100知りたくなんだろ」
「…それって」
真冬はその言葉に、羽村の可那子に対するふたつの感情に気付く。
何も話さないことで彼女が
そしてその気遣いに相反するような、彼女に対する特別な気持ちを。
「話は終いだ。ちっと無駄話しすぎたな」
しかし羽村は真冬の言葉には耳を貸さず一方的に話を切り上げた。
「じゃあ頼んだぜ」
「いえ、お断りします」
しかし今度は真冬が切り返し、
「少し時間がかかりましたけど、週明けには保釈される予定になっています。ですからそれはご自分の口でどうぞ」
一方的に切り上げて、部屋を出て行ってしまったのだった。
「その人…可那子さんはなぜ、何も訊かなかったんだと思いますか?」
ただ出て行く前にひとつだけ、羽村に疑問を投げかけて。
***
「羽村、さ…」
「上がるぜ」
突然の予期せぬ来訪者に言葉を失う可那子の横をすり抜け、羽村は無遠慮に部屋へと入って行く。
どかっとソファに座る羽村を見て少しだけ困ったように笑ったあと可那子は、
「コーヒー、淹れますね」
そう言って散らかしていたテーブルの上を軽く片付けた。
その腕を羽村が掴むと、動きを止めた可那子が羽村を見る。
おそらくは事実確認のために警察関係者が可那子に接触し、その時に全てを聞いただろうと分かってはいた。
しかし敢えて羽村は訊いた。
「何も訊かねえのか」
「訊きたいことは、たくさんあります」
わずかに見開いた目をすぐに細め、可那子は小さく笑って言う。
しかし少しの間の後、でも、と続けた。
「でもそれは、今じゃなくていいです」
そう言った可那子の頬に、こらえきれない涙が伝う。
「今はただ…愛していると、言ってください…!」
羽村はその胸に、可那子を強く抱きしめた――。
(19,4,8)
3/3ページ