トクベツ
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「こんにちはー…っと、お邪魔しましたー」
「待って待って可那子ちゃん、出て行かなくていいからっ!」
2月14日、今日はバレンタインデー。
八神探偵事務所のドアを開け、直後そのまま後ずさる可那子を真冬が慌てて止める。
「でも、いいんですか?」
「本当に気にしないで。今は近くに来たから寄っただけで、ちょっとお邪魔してるだけだから」
そう言ってにこりと笑う真冬の笑顔に惚れそうになりながら、可那子はここまで存在を無視されていた八神に向き直る。
「こんにちは八神さん、お邪魔します」
「お邪魔してます、だろ?ったく、この部屋の主は俺だぞ」
「えへへ、ごめんね」
ぺろっと舌を出して悪びれず笑って見せる可那子に、八神も諦めたように肩をすくめた。
「あ、でもちょうど良かった。これ、いつもお世話になってるおふたりに」
「私にも?」
可那子は持っていた紙袋から小さな包みをふたつ取り出し、ふたりに手渡した。
「おーサンキュー、可那子」
「ありがとう、嬉しい」
「ところで今日海藤さんは?」
そこで可那子は、何気なさを装いそれを切り出す。
「あー…どうせ俺なんかってぼやいてたし、街でもぶらついてるんじゃないかな」
「そっか、ありがと。じゃあそのへんちょっと捜してみるよ」
「頑張れよ」
軽く答えて出て行こうとする可那子に八神が言い、真冬もファイト、という仕草をしつつ笑って見せた。
一瞬わずかに目を見開いた可那子だったが、小さく笑うだけで何も言わず事務所をあとにする。
「くそー、やっぱバレてたか…」
呟きながら階段を下り、ピンク通りの方へと足を向けたのだった。
***
「そこをなんとか!ほら、せっかくのバレンタインなんだしさ」
ピンク通りから泰平通りの方へ歩いて行くと、聞き覚えのある声が耳に届く。
辺りを見回した可那子の目に飛び込んできたのは、見た感じおそらくキャバクラの女の子をナンパしている海藤の姿だった。
紙袋の持ち手をぎゅっと握りしめ、可那子はそこに向かって足を進めた。
そして――
「海藤さん」
「え?…ぐわっ!」
呼ばれて振り向いた海藤の目の前に、四角い物体が迫っていた。
そのまま顔面でそれを受け止めた海藤は、勢いに耐えきれずひっくり返る。
「ったー…なんなんだ、まったく…」
顔をさすりながら起き上がった海藤は、自らがナンパしていた女の子に尋ねた。
「今の子、どっち行った?」
あっち、と可那子が走り去った方向とは逆に向かって走り出す海藤を見送った女の子は、いたずらっぽく舌を出した。
***
「あれ、海藤さん」
「可那子ちゃん、は…来てないか」
「海藤さん捜しに行ったけど、会ってない?」
「直接会ってはいないな、これ投げ付けて逃げてった。ったく、いくら義理チョコったって渡し方ってもんが…」
「なあ海藤さん」
投げ付けられた紙袋を掲げて見せ、ソファにどかっと腰掛けながら言う海藤を八神が遮る。
「あん?」
「俺らももらったよ、可那子から。これなんだけど」
言いながら見せたのは、可愛らしくラッピングされた手のひらサイズの箱。
申し訳程度にハートのシールが貼られている。
マットな質感の包装紙に包まれふんわりしたリボンでラッピングされた、海藤の持っている紙袋の中のものとは明らかに違う。
「これがどういうことか分かるよね?このままほっといていいの?」
目の前のそれを見つめる海藤に八神が畳み掛ける。
「これからも年の差ありすぎ、とか言って自分の気持ちごまかし続けるつもり?」
目一杯図星をつかれ、くそ、と呟いた海藤は頭をぐしゃっとかいて立ち上がる。
「でも、どこへ…」
「たぶんシャルルだろうね。いつも海藤さんの愚痴聞かされてるもと弟分がいい加減辟易してるだろうから、早く解放してあげなよ」
「愚痴って…」
八神の言葉にがっくりとうなだれる海藤だったが、その顔をすぐに上げると
「サンキューな、ター坊」
そう言ってどこか吹っ切れた表情を浮かべ、事務所を飛び出した。
***
ほどなくしてシャルルに着いた海藤は、息を整えながら店内へと入る。
しかし東の舎弟でもある店員の男に軽く挨拶をしてスタッフルームのドアを開けようとして、その動きが止まった。
「お願、東さん早く…、もう、限界…」
「なんだよ、もう少し我慢できるだろ?」
「も、無理…っ!」
「――ったく、仕方ねえな…」
ドア越しに聞こえる声。
東の言葉にはっと我に返った海藤は、叫びながらドアを開けた。
「ちょっと、待てえっ!!」
しかし部屋の中の状態は、海藤の想像とはかけ離れていた。
「海藤さ…っ、」
「え?」
「やっとお出ましですか、兄貴」
そこにはゲーム機の筐体に今にも押し倒されそうになっている可那子と、呆れたように海藤を迎える東がいた。
状況が理解できず戸惑っていると可那子の支えるゲーム機が崩れそうになり、
「きゃあっ!」
「っと、危ねっ!」
それを間一髪で支えて可那子を助ける。
「お前、女の子に何やらせてんだ」
「ちょうど手があったから、ちょっと手伝ってもらってただけですよ」
悪びれもなく東は笑う。
実際のところは、八神からもうすぐ海藤がそっちに行くという連絡を受けた東のちょっとしたいたずらだったわけだが。
「ありがと…」
「いや、礼を言うのはこっちだ」
海藤は片手に持ったままだった紙袋を見せながら、申し訳なさそうに言う。
「これ、ありがとな。あと、変なとこ見せてごめん」
「…もういいよ」
「俺がよくねえ。可那子ちゃんの気持ち、ちゃんと伝わったから。…嬉しかった」
「海藤、さん…?」
「――っと、続きは俺が退散してからにしてもらっていいですかね?」
そこで東が割って入ると、
「やだ、ごめんなさい…」
「すまん東」
すっかりその存在を忘れていたふたりが謝る。
「あ、でもここでおっ始めるのは無しでお願いしますよ」
「しねーよ!」
軽口をたたき笑いながら背を向ける東。
その手に八神の所で見たのと同じ小さな包みが握られているのに海藤は気付いた。
改めて今自分の手にあるこれは特別なものなのだと認識する海藤。
しかしそのドアが閉じられると、途端に沈黙がふたりを包みこんだ。
「あー…、」
海藤が照れくさそうに頭をかくと、可那子は所在なげに海藤を見る。
「年が、とかなんとか言ってごまかしてたけど、やっぱ無理だわ」
海藤は意を決して口を開いた。
「俺は、可那子ちゃんが好きだ」
「…ほんと、に…?」
「なかなか信用ないかもだけど、これだけは信じてくれ」
「海藤、さ…」
目の前で告白されてもどこか不安げな可那子を、海藤はその胸にそっと抱き寄せた。
「つーか、先に言わせてごめんな」
言いながら可那子の顔をのぞきこみ、にかっと笑う。
「って、言われてねえか」
「…っ、もう!」
意味を理解した可那子は照れ隠しに手を振り上げた。
その手を海藤が掴むと、ふたりは自然見つめ合うかっこうになる。
「大好き」
その時、そう言った可那子が恥ずかしそうに、しかしやわらかくにこりと笑う。
不意打ちをくらった海藤は自分の中にわき上がる感情のやり場に困り――…もう一度その胸に、今度は強く可那子を抱きしめた。
(19,2,14)
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