本当に鈍いのは
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小さな頃、可那子は体が弱かった。
しかし隣に住む幼なじみの弦一郎が半ば強引に外に連れ出してくれたおかげで、今は見違えるほど元気になった。
ふたりはいつでも一緒だった。
弦一郎の厳しさが優しさからくるものだと知っている可那子が、弦一郎のことを好きになるのは必然に近かった。
あいつはほんと、鈍いからねぇ…
可那子の気持ちにいち早く気付いた精市が呆れたように呟いたのが思い出される傍ら、可那子は今日学校帰りに目撃してしまったシーンを頭から追い出そうと必死になっていた。
かわいい女の子だった。
弦一郎に告白していたんだろう、真っ赤な顔で弦一郎の前で俯いていた。
無性にイライラした。
部屋にじっとしていたくなくて、気が付いたら家を飛び出していた。
通学路の途中にある歩道橋で、ぼんやりと眼下を走る車の列を眺める。
はあ、とため息をついた時、
「こんな時間に、こんな所で何をしているんだ」
聞き慣れた、けれど今は聞きたくない声が耳に届く。
そこに立っていたのは、部活帰りの弦一郎と精市。
「何だっていいでしょ」
ぷいと顔を逸らす。
弦一郎の顔を見るとあの女の子の顔が浮かんでくる。
「危ないと言っているんだ。分からんのか」
「あんたに心配されたくない!あんたはあの子の心配してればいいじゃない!」
弦一郎の言葉にカチンと来た可那子は、そう叫ぶとかけ出した。
「おい、可那子!?…あの子って…何なんだ、あいつは」
「そうか…可那子、見ちゃったんだね」
訳が分からない、と言いたげに呟く弦一郎の横で、精市は納得した声を上げた。
「え?」
「そりゃまあ、好きな男が告白されてるの見たら心中穏やかじゃないよねぇ」
「あいつが…俺を?」
歩道橋の下、走って行く可那子の姿を目で追っていた弦一郎が、驚いて振り返る。
それを見た精市が盛大にため息をついた。
「真田はほんと、テニス以外はダメダメだよね。ま、テニスも俺にはかなわないけど、彼女ぐらいは先に作らせてあげるよ。ほら、早く行かないと逃げちゃうよ?大事な子が」
何気にひどいことをかなりの上から目線で言われながらも、弦一郎は
「すまん、幸村」
と、差し出された精市の手に自分のテニスバッグを預け走り出した。
「ま、可那子も大概にぶいんだけどね」
歩道橋の上から弦一郎を見送りながら精市は、困ったように笑いながらそう独り言ちた。
弦一郎が走り出した時、すでに可那子の姿は遠くなっていた。
しかしそこはよく鍛えられた全国レベルのテニスプレーヤー、可那子との距離などあっという間になくなり、その手は可那子の腕をしっかりと捕まえる。
「離して…っ!」
「お前が俺の話を聞いたら離してやる」
「彼女出来たとか、そんな報告いらないし!」
顔を逸らしたまま、可那子は言う。
「彼女などできていない!俺は…」
弦一郎の言葉は、そこで途切れた。
「可那子…?」
少し強く腕を引いたことで見えた可那子の頬に、涙が伝っていた。
腕を掴んでいた力が緩む。
「ほっといてよ…っ」
すかさず可那子がその手を振りほどこうとすると、弦一郎はそれをすんなりと許した。
しかし直後、
「すまんな、それは無理だ」
今度は可那子を後ろから抱きしめ、その動きを止めさせた。
「弦、一郎…?」
突然の行動に戸惑う可那子に、
「話を聞けと言ったろう」
と弦一郎は小さくため息をつく。
「……」
すると可那子の体から逃げようとする力が抜け、弦一郎はそのことに安堵しつつ話し出した。
「告白されたことは事実だ。しかし生憎、俺には心を寄せる女がいてな。その気持ちに応えてやることはできんのだ」
黙ったままの可那子に、弦一郎は静かに言葉を続けた。
「物心ついた頃から傍にいて、しかし体が弱く…俺がよく鍛えてやった女だ。今では俺から逃げて走れるほどに元気になった様で何よりだがな」
「…、それって…」
そこでようやく、可那子は弦一郎の行動と言葉の意味を理解する。
「…お前の他に誰がいる?」
弦一郎は、もうひとつため息をつく。
「全く…言わなくても分かっていると思っていたんだがな」
「言ってくんなきゃ、分かんない…っ」
可那子は弦一郎の腕をほどいて振り返った。
と同時に、身を屈めた弦一郎が見上げた可那子の唇に軽くキスをする。
「……」
「…分かったか?」
驚いて固まってしまった可那子に、少し照れくさそうに弦一郎が問いかけた。
しかし可那子は小さく首を振り、呟く。
「…分かんない…」
「――仕方のないヤツだな」
それを見た弦一郎は、ふ、と笑う。
そしてゆっくりと身を屈め、
「お前が好きだ…可那子」
言葉と共にもう一度、優しいキスをその唇に落としたのだった。
→おまけ。
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