その時が来るまで
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阿波野を失ってから4年が過ぎていた。
愛息の一樹とふたり穏やかに暮らしていた可那子は、久しぶりに世良の別荘へと遊びに来ていた。
可那子が阿波野の仇である老鬼に向かい自分を殺せと言ったあの日から、世良は可那子たち親子をずっと気にかけ必要な時には手助けもしてきた。
幼い頃から不遇とも言える日々を過ごしてきた可那子にとって、世良は数少ない心許せる人間となっていた。
一樹を寝かしつけた後、可那子はお気に入りのバルコニーから夜空を見上げていた。
物音に気付いて振り返ると、世良がバルコニーに出てきたところだった。
「俺はそろそろ帰ります。また迎えを寄越しますので、可那子さんはゆっくり過ごしてください」
「いつもいつも、本当にありがとうございます」
そう言って静かに笑みを浮かべた可那子の髪を夜風が通り過ぎ、甘い香りが世良の鼻腔をくすぐる。
「じゃあ、おやすみなさい」
小さく頭を下げた可那子が部屋に戻るために世良の横を通り過ぎたその直後、可那子の体は強い力に拘束されていた。
時が止まったかのようだった。
息ができず、体が震える。
「――…離して…、ください…」
それだけ言うのがやっとだった。
後ろから回された世良の腕は、一度わずかに強められてから、静かに緩められる。
可那子は振り返ることもなく、その腕から逃げるようにその場を去った。
***
眠れない夜を過ごした翌朝、世良の姿はなかった。
そして数日後迎えの車に同乗してきたのは、高校生になった甥の大吾だった。
もともと可那子の存在を知らなかった大吾だったが、可那子と阿波野の結婚を機に接点を持ち今も交流は続いている。
「大吾!?どうして…」
「さあな。世良さんに行ってくれって頼まれたから来ただけ。可那子さんに謝っといてくれって言われたんだけど…なんかあったのか?世良さんと」
思いがけない来客に思いがけない質問をぶつけられ一瞬言葉に詰まる可那子だったが、何もないよ、と笑って見せてから独り言のように続けた。
「やだな、世良さんが謝ることなんて何もないのに」
「…なあ、もういいんじゃねえの?」
そんな可那子の様子を見ていた大吾が、その後訪れたなんとなく気まずい沈黙を破る。
「なんの、話?」
「とぼけんなよ、気付いてんだろ?…世良さんの気持ちにさ」
「……」
『きっとこれからもずっと…大樹さんを愛していくんだと思います』
『俺も、』
『え?』
『俺もきっと、これからもあなたを愛していくと思います』
『世良、さ…?』
『答えは必要ありません、独り言と聞き流してください。阿波野を愛し続けるあなたをおそらく俺は愛しているんです。…とは言えすみません、困らせましたね』
『いえ、こう言うのもおかしいのかもしれないですけど…、あの、ありがとうございます…』
大吾の核心を突く問いに、可那子は思い出していた。
二年ほど前、やはりここに来た時に交わした世良との会話を。
「知ってるよ。…告白、されたもの」
可那子の静かな答えにだったら、と大吾が食い下がる。
しかしうつむき気味だった顔を上げて可那子は大吾の言葉を遮った。
「でも私は大樹さんを愛してる。だから私たちは…私と世良さんは始まらないの。子供は口出ししないで」
するとその言葉を聞いた大吾は、低い声で言いながら立ち上がった。
「…ガキかどうか、試してみるか?」
「なに、を…、きゃあっ!」
そのまま可那子の両手を掴み、力尽くでソファに押し倒す。
いつもの温厚な大吾からは想像できない強い力に戸惑いながら、可那子は必死に抵抗した。
「やだやめて大吾っ、離してお願い…っ!」
しかしそんな可那子の抵抗などものともせず、大吾はその首もとに顔を埋める。
「やだ、世良さん…っ!」
瞬間、自分が叫んだ名前に目を見開く可那子。
同時に大吾は、可那子を解放した。
「悪かったよ、手荒なまねして。けどこれで分かったろ?」
可那子の体を起こしてやりながら大吾が言うと、可那子はうつむいたまま、だって大樹さんは、と消え入りそうな声で呟いた。
「そうだ、叔父貴はもういねえ。やっぱ生きてる人間守れんのは、同じ生きてる人間なんだよ」
「でも…っ」
「もちろん忘れろなんて言わねえよ。世良さんだってんなこと言わなかったろ?」
瞳に涙を浮かべる可那子に、大吾はやわらかく笑ってみせた。
「受け止めて考えてみろよ。答えは案外シンプルなもんだぜ」
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