④
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可那子は神室町にいた。
自分の存在を消してくれるような人混みに紛れてしまいたかった。
以前働こうと思っていた店が違う店になっているのを横目に見つつ行くあてもなく歩き続けた可那子は、ふと目についた第三公園のベンチに崩れるように座った。
ぶり返してしまった熱のせいなのか、わけも分からず涙がこぼれる。
このまま目を閉じたらもう何も考えなくてよくなるだろうかと考えていた時、誰かがそんな可那子に気が付き、近付いた。
「おいあんた、こんな所でどうした?具合でも悪いのか?」
ゆっくりと目線を上げると、顔に一文字の傷を持った男が心配そうな表情を向けていた。
「平気です、ほっといてください…」
そのかたぎらしからぬ風貌に渋澤との繋がりを危惧した可那子は、そう答えて立ち上がった。
「いやさすがにほっとけねえだろ、ふらついてんぞ」
男が呆れたように行って可那子の腕を掴み、
「なんだよすげえ熱じゃねえか、病院行った方が…」
その熱さに気付いてごく当たり前にそう口にする。
「病院はいや…!お願い、離して…」
途端に焦りを露わにする可那子だったが、体に力が入らず掴まれた手を振りほどくこともできない。
すう、と足もとが冷たくなる。
可那子の意識は、そこで途切れた。
「病院はいや、か。仕方ねえ、とりあえず事務所でも連れてくか」
抱き止めた可那子の体を抱き上げ、男は歩き出した。
***
辿り着いたのは風堂会館。
可那子を拾ったのは、チャンピオン街で呑んだ後セレナでもう一杯、と思っていた風間組の柏木だった。
「ご迷惑おかけして、本当にすみません…」
風間組事務所、応接室のソファに体を横たえたまま可那子が申し訳なさそうに言うと、柏木は気にするな、と手振りで示した後問いかけた。
「その熱でこんな時間にふらふらしてるってことは…病院から逃げ出して来た、ってとこか」
その問いに一瞬言葉をつまらせた可那子だったが、助けてくれた相手にだんまりを決め込むこともできずゆっくりと口を開く。
「逢いたくない、人がいるんです…」
「…惚れた男か」
言葉とともにこぼれ落ちた涙を見た柏木が問いを重ねると、可那子は弱々しく首を振った。
好きになっちゃ…愛しちゃ、いけない人なんです…
逃げ出した私のことなんてきっと捜してないです、でももしかしたら捜してくれているかもと期待してしまう自分が嫌で仕方ないんです
どうしたらいいか分からなくて、ただ苦しくて…
いっそ、消えてしまえたらいいのに――…!
ひとりごとのように自分の想いを吐き出しながら泣きじゃくる可那子を黙って見つめていた柏木は、ふう、と息を吐いてから言った。
「そうか、大変な思いしてきたんだな。分かった、病院はなしでいいからとにかく今は少し休め」
***
「ごめ、なさ…、し…さわ、さ…」
「!?」
深夜、相変わらず熱にうなされる可那子のタオルを取り替えていた柏木の手が止まる。
「…いや、まさかな…」
聞き取れた名は、渋澤、だった。
柏木の知っている渋澤はひとりだけ。
もちろん同じ名字の人間は他にもいると分かってはいたが、ありきたりなものでもないことから念のため探りを入れることにした。
結果、表立ってはいないが誰かを捜している様子だという報告が柏木のもとに届けられたのだった。
***
可那子を麗奈に預け、柏木は叔父貴のご機嫌伺いを装い渋澤組へと出向いた。
近況報告の後のたわいもない世間話の中でああそういえば、とさりげなくそれを切り出す。
「2、3日前に女を拾ったんですよ」
その瞬間の渋澤の僅かな表情の変化を、柏木は見逃さなかった。
「色々事情を聞いたんですけど、そいつ、泣くんです」
「…泣く?」
「自分の所有者に許されない感情を抱いてしまって苦しいと、だったらいっそのこと消えてしまいたいと言って、泣くんですよ」
柏木の言葉に、ポーカーフェイスを貫こうとしていた渋澤の表情がみるみる変わっていく。
ここで確信を得た柏木は、しかし可那子の名前は出さないままそれを切り出した。
「捨てるなら俺がもらっていいですかね」
「…あいつはどこにいる」
「応えてやれねえなら解放してやった方がいいんじゃないですか」
「応えるつもりがねえなんて、誰がそんなこと言ったんだ」
渋澤の言葉に、びり、と空気が震えた。
しばらくの沈黙の後、柏木はひとつ息を吐いて立ち上がった。
「…柏木」
「今は知り合いの女性に預けてますので、また連絡します」
ぺこりと頭を下げた後、
「俺なんぞに言われるのも面白くないでしょうが、言葉にしなけりゃ伝わらねえこともあるってことじゃないですかね」
そう言って、渋澤組を後にした。
***
チャイムが鳴った。
時計の針は午後7時を少し回った辺りを指していた。
仕事に出ていく麗奈に宅急便を受け取っておいて欲しいと言われた可那子は、玄関に向かう廊下でうそ、と小さく呟いて固まった。
そこにいたのは、麗奈から鍵を預かった柏木と――…渋澤だった。
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