⑤
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阿波野にはもう永遠に逢えないと知らされた日からしばらくは、ただ泣き続け胃液を吐くまで泣いた可那子。
しかしその後、自分で考えうるあらゆる手段を使い時に自分の立場を脅し材料に使いながら情報を集め、そこに辿り着いていた。
「女性をここに案内するのは気が進まないのですけどね」
困ったようにそう言うのは、日侠連総裁の世良。
「無理言って申し訳ありません」
「いえ、そうは言っても貴方は当事者ですから」
日侠連が阿波野に直接手をかけた男の身柄を拘束していると掴んだ可那子は、単身日侠連本部を訪ねた。
老鬼に会わせてほしいと土下座までしようとする可那子を慌てて止め、世良はその場所に可那子と共に訪れていた。
薄暗い檻の中、鎖に繋がれた老鬼はその感情の一切を表情に表してはいなかった。
「ねえ、どうやって大樹さんを殺したの?」
誰も教えてくれなかった。
だから本人に訊く。
しかし男は答えない。
無表情のまま可那子を見るのみ。
「私も、同じように殺してくれない?」
その男の能面が一瞬だけ変化した。
同時に可那子の後ろの世良も息を呑む。
しかしやはり男は答えない。
既に元通りとなったその無表情が無性に腹立たしかった。
「殺しなさいって言ってるの!あなたの一番得意なことでしょう!?」
声を荒げ老鬼に詰め寄ろうとする可那子を世良が止めると、俯いた可那子の足もとにぱたぱたと雫が舞い落ちた。
「お願いよ、あなたならできるでしょう?大樹さんと同じ痛みを感じて死にたいの…!」
胸が締めつけられるような慟哭は、しかしそれ以上は続かなかった。
足もとから崩れ落ちる体を世良がかろうじて抱き止めた時、可那子は気を失っていた。
***
なかなか目を覚まさない可那子を心配した世良が連れて行った病院の一室で、可那子は目を覚ました。
付き添ってくれていた世良に迷惑をかけてしまったことを詫び、可那子はそこから出て行こうとする。
「やはり死ぬつもりなのですか?」
その背中に世良は問う。
「…あなたの中の命も道連れにして?」
「――…っ!!」
可那子の足が止まる。
真偽を確かめるために振り返った可那子に、世良は頷いて見せた。
『産めよ、泰平一家の跡取りをよ』
阿波野の言葉が蘇る。
「せっかくの跡継ぎなのに…」
可那子は自分のお腹にそっと触れた。
「大樹さんがいなくなっちゃったから、継ぐ組、なくなっちゃいましたよ…」
哀しげに笑った可那子は、その場にへたり込んだ。
「ひろき、さん…!」
床に落ちる大粒の涙。
泣くのは今日で最後だから、絶対だからと可那子は、駆け寄った世良にしがみつき、声を上げて、泣いた。
「老鬼のことは我々に任せて下さい」
可那子が落ち着くのを待って世良は言い、その後ひとつの案を示した。
「都会を離れた場所に別荘があります。山の中にあって静かですし落ち着けると思うので、せめて子供が産まれるまではそこで過ごしてみては?」
悩んだ末、可那子はその言葉に甘えさせてもらうことにした。
今まで阿波野と共に暮らしてきた部屋には、阿波野が残りすぎていてつらかったから。
またいつ襲ってくるか分からない衝動を抑えきれる自信がなかったから。
***
都会の喧騒を離れ無事に男の子を出産した可那子は、その後東京の阿波野と暮らしていた部屋に戻って来た。
老鬼の件から何かと可那子を気にかけてくれていた世良は東城会本家若頭となり、相変わらず月に一度ほど不便はないかと母子の様子を見に来てくれていた。
「寒くないですか」
この日は気分転換も兼ねて世良の別荘へと遊びに来ていた。
遊び疲れた息子を寝かしつけ、こぼれ落ちそうな星空を見上げている可那子に世良が声をかける。
堂島の家を離れ文字通り女手ひとつで子育てをしていても生活の上では手助けを欲しがらない可那子を、世良は時々こうして外に連れ出した。
隣に立った世良に大丈夫ですと答え、いつもありがとうございます、と続けた。
「この場所は一番苦しかった時に安らぎを与えてくれた、とても大切な場所です。忙しかった大樹さんにも見て欲しかったと、いつも思います…」
空を見上げ目を細める可那子に、世良が問う。
「まだ、阿波野を愛しているのですね」
「はい、きっとこれからもずっと…大樹さんを愛していくんだと思います」
答えた可那子の髪を、やさしい風が通り抜けた。
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