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出逢いは夜の神室町だった。
用事を済ませるのが思ったより遅くなってしまい、慌てて帰路についていた可那子。
週末の神室町はある意味たちが悪いことは知っていた。
だから急いで帰りたかったのだが、そういう時に限って事態は悪い方へと転がるものだった。
「ねえお姉さん、俺たちと遊ばない?」
「いえ、急いでいるので」
目を合わせないように短く答えて通り過ぎようとするが、男たちは可那子の行く手を塞ぐように立ちはだかる。
「そんなこと言わないでさぁ、ね?」
「いや、離して…っ!」
同時に掴まれた腕を振りほどこうとしながら声を上げるが、周りの人間は見て見ぬふり。
「誰か…っ、」
絶望的な思いで助けを求める可那子。
その時、声が響いた。
「おいおい嫌がる女を無理やりか、いい趣味してやがんな」
そこに立っていたのは、紫のスーツに身を包んだ男だった。
どう贔屓目に見てもカタギには見えない男の風貌に、そこにいた全員の動きが止まる。
「地獄見たくなきゃ大人しく帰れ。言いたいことは、…分かるよな?」
「はぁ!?ふざけんなよおっさん!」
「てめえが大人しく帰れっつーの!」
初めこそ一瞬ひるんだ軟派男たちだったが、その後気を取り直し口々に叫びながら男に殴りかかった。
「その度胸だけは買ってやる。だが俺に喧嘩売ったこと、あの世で後悔するんだな」
男はにやりと笑いながら迎え撃つ。
――瞬殺だった。
呻き声を上げながら、軟派男たちは既に起き上がることすらできない。
「おう、立てるか?」
男は恐怖からかへたり込んでしまっている可那子に近付き、手を差し伸べた。
「すみません…ありがとう、ございます…」
男の手を借りなんとか立ち上がった可那子だったが、タクシーを止めてくれた男の袖から手を離すことができない。
「や、だ…どうして…?ごめんなさい…、」
怯えきって震え、必死に自分の手を引き剥がそうとする可那子の様子をしばらく見ていた男は
「いい、そのまま乗れ」
そう言って可那子をタクシーに押し込み、自分も一緒にそこに乗り込んだ。
***
向かった先は男がよく利用するホテルだった。
チェックインしてすぐに可那子を風呂へ放り込みその間に脱衣かごごとクリーニングへ出すと、
「あ、あの…、私の服は…」
バスローブを羽織り困ったように訊く可那子にこともなげに答える。
「ああ、だいぶ汚れちまってたからな、クリーニングに出した。戻ってくるまでそれで我慢しろ」
「わざわざすみません…、ありがとう、ございます…」
可那子は申し訳なさそうに言い、そのままの姿でおずおずと部屋に入る。
軽くまとめ上げた髪からのぞくうなじと、オフホワイトのバスローブに溶けてしまいそうな白い肌。
女など性欲処理の道具くらいにしか思っていなかった。
しかしこの目の前の女はどこか違う。
どんな啼き声を上げるのか、興味が湧いた。
「あ、あの…」
目の前に立ち黙ったまま自分を見る男に可那子は戸惑い、焦りながら言葉を発する。
「お名前を、教えていただけますか…」
「…阿波野だ」
「阿波野、さ…」
その声は、男に呑み込まれた。
不思議なほど素直に、可那子はその口づけを受け入れることができた。
求められるままに舌を絡めると、初めて感じる熱が全身を満たしていくようだった。
バスローブをはだけ肩から落とせば、一糸まとわぬ裸身があらわになる。
羞恥に全身を染める可那子を阿波野は抱いた。
それはまるで、既に決められていたことのように自然な行為だった。
***
阿波野はベッドを降り、可那子の着ていたバスローブを雑に腰に巻く。
冷蔵庫からビールを取り出すその後ろ姿を可那子はじっと見つめた。
その鮮やかな背中が、阿波野はやはりカタギではないのだということを物語る。
可那子の視線に気付いた阿波野は、ビールを一気に飲み干し缶をぐしゃりと握り潰した。
そして街で絡まれている時や愛撫の反応で分かってはいたがやはり初めてだった可那子に、呆れたように言う。
「馬鹿な女だ。こんな極道もんに付け込まれやがって」
差し出されたミネラルウォーターをありがとうございますと受け取りながら、しかし可那子は阿波野の言葉を否定した。
「いいえ、付け込まれてなんかないです。だって阿波野さんは怖くなかったし、それに…」
と、ここで可那子はここまで黙っていた自分の名を明かした。
「堂島って、お前まさか…」
その名前に驚きを隠せない阿波野は、
「私も一応、…極道ですから」
そう言って困ったように笑う可那子を感情のままの表情で見つめた。
堂島可那子。
それが可那子の名で、その立ち位置は阿波野が若頭補佐を務める堂島組の組長、堂島宗兵の妹。
「本当は関係者の方には名前を明かすなと強く言われているんですけど…」
そう、阿波野が知らないのも無理はなかった。
可那子の存在は隠されていたのだから。
しかしその理由は察するに余りあった。
「馬鹿正直に名乗りやがって、俺に利用されるかもしれねえとは思わなかったのか」
「阿波野さんになら利用されても構わないと思いました」
そう言ってにこりと笑う可那子に要らねえよ、と返しながら阿波野はその手からミネラルウォーターを奪い取り、残りを一気に飲み干した。
阿波野はなぜかこのまま可那子を手放す気にはなれなかった。
また逢ってくれますかと言う可那子に、しかしそれでも阿波野はこの関係を誰にも口外しないことという条件をつけた。
誰にも内緒の関係。
後ろめたい何かがあるわけじゃないけれど、それでも誰にも言うなと阿波野が言うから、言わない。
その時から可那子には、阿波野が全てになっていた。
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