簪
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ふたりの始まりは、町で浪人に絡まれている可那子を京都見廻組が助けた時だった。
洛外の茶屋で働いている可那子と顔見知りだった佐々木が可那子を家まで送り、ひとりにしないでと泣く可那子をそのまま抱いた。
それは不思議なほどに自然なことで、それからも佐々木は度々可那子のもとを訪れるようになったのだった。
その日佐々木は虫の居所が悪かった。
原因は新選組との諍い。
笑顔で出迎えてくれた可那子を強引に抱き寄せ、簪を抜いて押し倒す。
乱暴に着物をはだけさせた時、ふと佐々木の頬に手が伸ばされた。
「何か、あったのですか…」
「っ、余計なことは考えんでええ」
直後その手を振り払い体を起こした佐々木は吐き捨てるように言う。
「お前はワシの都合のいいように脚開いとけばええんや」
そして着物を直す手をびくりと止めた可那子には一瞥もくれず
「帰る。見送りはいらん」
そう言って背を向けた。
「佐々木様…っ」
それでも後を追おうとする可那子だったが、ぱきんという何かが割れる音に気を取られている間にぴしゃりと戸が閉められた。
いやだと泣き叫んでくれたらあるいはよかったのかもしれない。
悟ったような落ち着きと優しい笑みが佐々木を苛立たせた。
自分の感情をコントロールできない子供のように可那子に苛立ちをぶつける自分を見透かされたような気がして。
同時に心にもないことを言ってしまったと思っていることも確かだった。
しかし可那子の前では必要ないはずのつまらないプライドが邪魔をして、その後佐々木の足は遠のいてしまった。
***
それからしばらくの月日が流れた頃、佐々木の姿がそこにあった。
意識的に避けていたはずの場所――…可那子の家に。
「佐々木様…!?」
初めこそ驚いた表情を見せた可那子だったが、すぐに以前までと変わらない笑顔を浮かべ佐々木を迎え入れた。
「お仕事お疲れ様です。今日は美味しそうな里芋を頂いたので…、あの、佐々木様…?」
「なんで怒らんのや」
佐々木は話しながら囲炉裏の方へ向かおうとする可那子の腕を掴み、強引に体を反転させられて戸惑う可那子に問う。
「最低なこと言うたんやぞ、それもただの八つ当たりや。むしゃくしゃしとったからいうて、女にとってあれは言うて赦されることやないやろ」
「怒っては、いないです。ただ、」
言われた可那子は小さく首を振り、少し言い淀んでから続ける。
「ただ少しだけ…、かなしい、と思っても…よかったのでしょうか…」
考えないようにしていた。
考えてはならないと自分に言い聞かせていた。
けれどどうしてもそんな風に考えてしまう自分が赦された気がして、可那子は安堵の表情を浮かべてしまっていた。
それを理解した上で佐々木は、そんな可那子を強く抱きしめた。
「堪忍な…」
「…っ、」
抱きしめられるあたたかく強い力と優しく紡がれた言葉に、可那子は自分の気持ちが溢れるのを止められなくなってしまう。
でも、と小さく呟きながら佐々木の着物をぎゅっと握る。
「そんなことどうでもよくなるくらい…今は、さみしかった…」
佐々木は腕を緩め可那子を見た。
恥ずかしそうに俯くあごを捉え上向かせながら身を屈める。
そこに静かに唇を重ね、ゆっくりと簪を引き抜いた。
***
抱きしめられた佐々木の胸で微睡んでいた可那子は、ふと思い出したように体を起こす。
「お腹、すいてないですか?今火を…」
着物の前を軽く合わせ髪をまとめようとする可那子に向けて、佐々木の手が差し出された。
「これ…」
「こないだ踏んづけて壊したやろ」
「そんな!お気になさらないでください…!」
その手にあったのは、可憐な花のあしらわれた簪だった。
思ってもいなかった詫びの品に恐縮しきりの可那子だったが、せっかくの佐々木の厚意を無碍にするのも失礼だと思い直す。
「でも嬉しいです、ありがとうございます…」
可那子は受け取ったそれで髪をまとめ上げた。
「似合いますか?」
「…、ああ」
そのはにかんだ笑みに年甲斐もなく照れくさくなってしまい、佐々木は肯定の返事を返しながらも不自然に視線を逸らしてまう。
「柄にもないこと、してしまったと思ってますよね?」
そんな佐々木を見た可那子は、そう言っていたずらっぽくふふっと笑う。
しかし直後はっとした表情を浮かべ、そして申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい、また余計なことを…」
「また?」
「あの日も…佐々木様がとても苦しそうなお顔をされていたので…つい、口をついて出てしまって…」
『何か、あったのですか…』
あの日の可那子の表情と言葉を思い出し佐々木はようやく気付いていた。
見透かそうとしているわけじゃない、可那子はただ自分を見てくれていただけなのだと。
そしてそれこそが、自分がいつの間にか彼女に甘えてしまっている理由なのだと。
気付いてしまえばあとは余計な感情は必要なかった。
ただ愛しいという想いだけが佐々木を支配する。
佐々木は腕を伸ばし、目の前の体を抱きしめた。
可那子もそっとその背中に腕をまわす。
「お慕いしています、只三郎さま…」
それに応えるように力が込められたあと、まとめたばかりの髪が、もう一度静かに背中に落ちた。
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