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毎週末通っていたお店に行かなくなって、ふた月以上が経っていた。
一輝さんからのメールは、あの日の少し後に一度届いたきりだった。
でも私はそのメールを読まなかった。
もう私には必要ないものだったから。
「可那子…ちゃん?」
街を歩いていた私は不意にかけられた声に足を止めた。
「ユウヤさん…」
振り返ったそこに立っていたのは、スターダストのNo.2…ユウヤさんだった。
「久しぶり!元気だった?」
「はい、ユウヤさんも…」
笑顔で訊いてくれるユウヤさんに答えながら、最近店に来ないね、と言わないのは私の担当が一輝さんだったからなのかななんて考えていたら、とんでもないことを訊かれてしまった。
「一輝さんのこと訊かないってことは、やっぱふたり付き合ってんの?」
「えっ!?」
思わず大きな声が出てしまって、慌てて口をつぐむ。
「付き合ってなんてないです!お店に行かなくなったのは…」
「一輝さんのこと、好きになっちゃった?」
「!…っ、」
焦って答える私にユウヤさんが質問を重ねてきて、私はそれには答えられず口ごもってしまう。
だけど直後、
「なんてな、ごめん野暮だった」
ユウヤさんはそう言ってにかっと笑った。
そのユウヤさんの笑顔と気遣いに乗せられたつもりで、私はそれを訊いてみることにした。
「一輝さんはお元気ですか?」
ところが、それを訊いた瞬間ユウヤさんの表情が曇る。
「ごめん、煽っといてこんなこと言いにくいんだけど」
「あの、一輝さんになにか…」
「実は一輝さん、ある事件に巻き込まれて撃たれて、さ。もうだいぶいいんだけど、まだ入院中なんだ」
「…うそ」
耳を疑った。
一輝さんが撃たれた?
…そんなこと、信じられるはずがない。
だけどユウヤさんがそんな嘘をつくはずもなくて。
「ちょ…、可那子ちゃんっ」
脚が震えて立っていられなくて、ぐらりと揺れた体をユウヤさんが支えてくれた。
そしてユウヤさんは私の頭にぽんと手を乗せ、
「大丈夫だって!言ったでしょ、もうだいぶいいって。一輝さんはちゃんと生きてる。なんなら確かめに行く?」
そう言って私の顔をのぞき込んだ。
「――…!」
瞬間、私は思い知らされていた。
あの日からも想いは募る一方で、一輝さんを全然忘れられていないこと。
終わりにするなんて絶対無理だって分かりきってるのに、自分を必死でごまかしていただけだってこと。
一輝さんに、逢いたい…!
その一心で――…私はこくりと頷いてしまっていた。
***
ユウヤさんが連れて行ってくれたのは、小さなビルに入っている柄本医院という病院だった。
「ちょっと待ってて」
そう言ってユウヤさんはまずひとりで部屋に入っていった。
そして、何なんだ全く…と文句を言う男性、おそらく柄本先生を部屋の外へと連れ出した。
けれど先生は廊下で待つ私を見てすぐに全てを理解した様子で、そのままウインクをひとつ残したユウヤさんと外へ出て行った。
その場にひとり残された私。
このドアの向こうに一輝さんがいる…。
そう思ったら逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
けれどやっぱり私は一輝さんにひと目逢いたかった。
だからない勇気をめいっぱい絞り出して、目の前のドアをノックした。
「――…どうぞ」
答えた声はドア越しであっても間違いなく一輝さんのもので。
逃げ出したい衝動をもう一度抑え込んで、私はドアを開けた。
「可那子、ちゃん!?」
ユウヤさんが来たからなのかベッドに腰掛けていた一輝さんは、私の姿を見て立ち上がった。
「動かないでください…っ」
そのままこちらに向かって歩き出す一輝さんに私は慌てて駆け寄り、ベッドへと押し戻す。
もう大丈夫だからと言う一輝さんを、それでもまだ無理はしないでくださいとベッドに座らせた。
すると一輝さんは私の手を握り、椅子がないからと私にもベッドに座るよう勧めた。
掴まれた手を離してもらえなくて、私は一輝さんの横に座るしかなかった。
並んで座るとお店に通っていた頃を思い出して、なぜかすごく緊張した。
その時、一輝さんがふと息を吐いた。
「本当に驚いたな。けど、ユウヤが先生を連れ出した理由が分かったよ。ユウヤなりに気を遣ってくれたってことか…」
「そう、かもしれません…。ユウヤさんに聞いて、居ても立ってもいられなくて来ちゃいました…図々しくてすみません」
口に出したら更に実感して、自己嫌悪に陥りそうになる。
けれどそんな私に一輝さんは、
「そんなことない、嬉しいよありがとう」
そう言って優しく笑ってくれた。
久しぶりに見る一輝さんのやわらかな笑顔に胸がきゅうと苦しくなって、言葉が出なくなってしまう。
すると一輝さんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、メール…読んだ?」
その問いに、肩がびくりと震えてしまう。
けれど嘘はつけないから、私は小さく首を振った。
「ごめんなさい…、もしかして大切なメールでしたか…?」
「いや、いいんだ。ただの営業メールだから」
「そう、ですか」
そうだと思って読まなかったくせに、一輝さんの口からはっきりそう言われてしまうとどこかがっかりしたような複雑な気持ちになる。
私はどこまでわがままで身勝手なんだろう、最低だ。
本当に自己嫌悪に陥ってしまって、訪れた沈黙がとてもつらかった。
だから、
「可那子ちゃん…」
「私、」
一輝さんの声を遮るように、私は立ち上がった。
「もう帰ります。よく考えたら手ぶらで来るとかありえないですよね、ほんと非常識ですみませんでした。お大事になさってくださいね」
ひと息に喋って、ぺこりと頭を下げる。
それじゃ、と踵を返そうとした時だった。
「待って!」
一輝さんに、また腕を掴まれていた。
「俺、このまま何もなければ明後日退院なんだ」
私が動きを止めると、一輝さんは安心したように続けた。
「来週には店にも出る予定で、その時店のみんなが復帰祝いをしてくれるんだけど…その前に、可那子ちゃんに祝ってほしい」
「――…、私…で、いいんですか…?」
断ったほうがいいんじゃないかと一瞬思ったりもしたけど、ここに来た時点でこの気持はもう抑えられないと私は知っていた。
一輝さんが望んでくれるなら、少しでも一輝さんのそばにいられるなら…。
可那子ちゃんがいいんだ、と答えてくれる一輝さんの手の熱さを感じながら私は、はい、と小さく答えていた。
***
一輝さんの部屋でと言われた時は内心かなり動揺したけれど、傷が治ったばかりの一輝さんが一番落ち着ける場所だと考えると、そこ以上にふさわしい場所はないと思えた。
だから私は約束の日約束の時間、もらった地図を頼りに一輝さんの部屋へと向かったのだった。
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