本当は、本当はね
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「いらっしゃい、仁。いつものでいい?」
店に入ると決まってかけられるやわらかな声に、仁は小さく頷いてみせる。
仁がこの街外れの小さなバーに通い始めてから10ヶ月ほどが過ぎていた。
カウンターのいつもの席に座り、いつもの酒を飲む仁。
その酒を仁の好みの味で作るのは、バーテンダーのナーナだった。
仁より3つ年上で、仁が店を訪れた時には必ず、優しくそして嬉しそうな笑顔で迎えてくれる。
元来寡黙な仁とナーナが交わす言葉は決して多くはない。
しかし視線の交わり方だけをとってみても、誰もがふたりは恋人同士のようだと答えるはず。
なのに付き合ってはいないというふたり。
なんでくっつかないんだと疑問に、そしてじれったく、周りの人間は皆思っていた。
言うなればふたりは『知り合い以上恋人未満』、そんな言葉がぴったりな関係だった。
***
それ以上でもそれ以下でもない関係のままの日々を過ごしていたある日のこと。
「おいナーナ、同じものをもう一杯だ」
グラスを磨きながら時折仁と言葉を交わすナーナに、男が声をかけた。
「はい三島さん、すぐに」
三島一八。
仁の父親で、仁より長くこの店に通う常連のひとり。
しかし親子仲は決して良好とは言えない。
一八の注文を受けたナーナがカウンターに背を向けると、一八は自分を睨みつけてくる仁に向かい不敵な笑みを浮かべてみせた。
気に入らなそうに視線を逸らした仁の耳に、ふたりの会話が飛び込んで来る。
「ナーナ、今日は何時上がりだ」
「22時、ですけど…」
「ならば23時に、この部屋に来い」
一八はナーナに小さなメモを渡し、出されたばかりの酒を一気に飲み干すと
「あの、三島さん…っ」
戸惑った様子で一八を呼ぶナーナを背に、店を後にした。
***
「あいつの所、行くんですか」
「っ!?…、仁…」
22時15分、仕事を終えて店の裏口を出たナーナは突然かけられた声に身をすくめた後、すぐに声の正体に気付いて安堵の息を漏らす。
「どうしてここに…?」
「ごめんなさい、会話…聞こえてしまって」
「っ、そう…」
仁の言葉に俯いたナーナは、しかしその後きゅっと唇を噛み意を決したように顔を上げた。
「私ね、仁…っ、」
しかし言いかけた言葉は中途半端にかき消され、ナーナの体は仁の胸に抱きしめられていた。
「あいつの所なんか行かせない!」
「、仁…」
「あなたが好きなんです。…あなたも俺を好きなはず…!自惚れなんかじゃない、でしょう…?」
狂おしげな声音で伝えられる仁の想いに、涙がこぼれそうになる。
しかしナーナは仁の背中に遠慮がちに腕を回すと、その胸に顔を埋めて小さく訊いた。
「私も…、仁を好きだって、言ってもいいの…?」
「っ、どうしてそんなこと…」
「仁は忙しい人だから…私なんかがそばにいたら、枷になってしまいそうで…、こわかった…」
ナーナの問いかけに不安げに返す仁だったが、その答えを聞いてようやく知る。
ナーナもまた自分と同じように考え、同じように不安だったことを。
「枷になんてなるはずない…!俺の方こそ、つらい思いをさせてしまいそうでこわくて…だから、言えなかったんです…」
抱きしめる腕に力をこめ、仁は続けた。
「でも、もう抑えません。あなたが誰かのものになるなんて考えられないから――…あなたを俺の部屋へ、連れて帰ります」
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