約束の花
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私はドクンドクンと胸を高鳴らせながら、目の前にたたずむ門を見つめていた。
綺麗なレンガ造りの壁。整えられた花壇には様々な色の花が咲き誇っている。
煌びやかな淡いブルーを基調とした家。
通り過ぎようとしたとしても、その控えめだけれど華やかな家に目移りしてしまうに違いない。
私は胸の前で手をぎゅっと握りあわせて緊張で震える足を叱りつけた。
大丈夫、大丈夫。リラックス。落ち着いて。
何度も何度も、自分に言い聞かせる。
今はさほど気温も高くなく、涼しい方だ。陽も照りつけるようなものではない。
汗なんて出るはずもないのに、身体中がじっとりと湿ったような感覚に襲われていた。
目の前の門には、黒地の表札 。そこにはよく映える白文字で"幸村"と書かれている。
彼の家。キラキラと輝く海のような髪をした、穏やかな彼の。
この家が彼の家だということは、よてもよく似合っていると思った。
あの聖者のような微笑みが頭に思い浮かぶだけで、顔が熱く熱をもつ。
私の、大好きな大好きな人。王者立海大附属中学校テニス部部長、幸村精市。
私が今、お付き合い──いわゆる、男女交際──をしている人。
今日は、彼──精市くん──の家にお邪魔することになっていた。
今まで家は見たことがあるけれど、中に入ったことはない。
少し前、そういう話をしたときに精市くんが家に遊びに来るといいと誘ってくれた。
手首につけた時計を見てみると、今の時間は十時。約束の時間だ。
「あ、ぅ…。」
私は握っている手の力を無意識に強めていた。
ドキドキと大きく跳ねる心臓はさらに深く、大きく響きわたる。
震える手をチャイムのボタンへとのばした。家には精市くんだけでなくお家の方もいるに違いない。
挨拶は、初めまして。それから、名前を言って…。
頭の中で手順を考えていた私は、その瞬間にはっとした。
お菓子か何か、手みやげを持ってきた方がよかったのかな。
自分のバッグ以外何も持っていない手を見て、血の気がさっと引いていく。
おろおろと周りを見回してしまう。近くにお店はなかっただろうか。
ここまで来る道を頭の中で振り返りながら、必死に考える。
お店へ行くとなると、精市くんに連絡しないといけない。
しかし私はまだ携帯を持つことを許されていないので、知らせようにも知らせることができない。
門の前の段をひとつ降りて、左右を見回した。公衆電話か何かで…。
そこまで考えて、またため息を吐く。公衆電話なんて、住宅地ではもう見かけない。
あったとしても駅やショッピング街くらいだろう。
大きく跳ねていた胸が一気に沈み、ズンと思い気持ちになった。
「…はぁ。」
こんなことなら、もっとちゃんと準備をしておいたらよかった。
いつもこうなる。何かひとつ、いつも忘れてしまう。
自己嫌悪に苛まれながら、私はもう一度表札の下のチャイムに向き直った。
精市くんと逢うのに、こんなに暗い気持ちじゃいけない。
ここに着いて数分しか経っていないかもしれないが、待たせてしまっているかも。
そう考えると、緊張で震えていた手が落ち着きを取り戻した。
ほんの一メートル──もしかしたら数センチかもしれない──先のボタンに、ゆっくりと手をのばしていった。
「ふふっ。」
「っ、!」
穏やかな、綺麗な笑い声が聞こえ、私ははっと顔を上げた。
前を見てみれば、家の玄関の扉が開いていた。
そこに立っている彼の姿を瞳に映した瞬間、トクントクンと鼓動が駆け足に走り出した。
凛とした立ち姿。昼間の穏やかな風にキラキラとなめらかな髪が揺れている。
「精市くん…。」
いつから、そこにいたのだろう。
私は呆然と彼の姿を見つめ、のばした手を無意識のうちにおろしていた。
カスミ色の瞳を細めながら、精市くんは歩み寄ってくる。
いつもと違う彼の雰囲気。ドキ、としてから、あぁ。制服じゃないから。とぼんやり感じた。
精市くんの姿が近づいてくる度、顔がだんだんと熱くなり赤くなっていった。
何度か彼の私服を見たことがあるが、それでも慣れることはない。
整った微笑みに、胸が苦しくなった。
「いらっしゃい、名前。」
「っぁ…う、ん。」
透き通る彼の声に、心が浮き立ったようにふんわりした気持ちになった。
トクントクンと小さく可愛い音を鳴らす心臓に、私は自然と顔を赤くしていた。
彼の前にいると、今まで考えて悩んでいたことすら小さなものに思えてくる。
途端に恥ずかしくなり顔をうつむかせると、彼は穏やかな笑みをこぼした。
「気にせず、すぐに入ってきたらよかったのに。」
「え?ぅ…ずっと、見てたの…?」
「ふふっ。そうだな…名前が着いて、すぐくらいから。」
あわててる名前が可愛くて。ごめんね。
そう言ったそよ風のように柔らかくて優しい声に、私は何も言えなくなった。
ぎゅっと口を引き結び、紅潮した頬を隠すように肩を竦ませる。
精市くんは、ズルいと思う。余裕があって。いっぱいいっぱいな私を悪びれもなくからかってくる。
それでも、嫌とは感じない。こんなにも胸は高鳴っている。
押し黙った私に、精市くんはクスリと笑った。
自然と手を引かれ、考える間もなく足が踏み出される。
「さぁ、大丈夫だから。おいで。」
「……っ。」
ふと顔を上げれば、太陽に照らされた眩しいほどの精市くんと目があった。
微笑みかけるように目を細められ、私は誘われるように歩んでしまう。
綺麗に整えられたアプローチには道となるレンガ板が敷かれ、花壇との隙間を様々な色をした砕石が詰められている。
それだけでも十分に品のいい家であると感じさせるが、それだけではない。
花壇には、水を浴びたのであろう滴を太陽の光に輝かせた花達が咲き誇っている。
そこには咲き終え萎んだ花弁はひとつもなく、毎日手入れをされているのが一目瞭然だった。
けれど私はその品のいいアプローチに視線を向けられなかった。
精市くんに引かれている手の感覚に、意識をもっていかれたままでいた。
これは、手を、繋いでるんだよね?まだ数えるほどしか触れたことのない手に、顔が熱くなる。
優しく、包まれるように繋がれた手。
精市くんの手はひんやりとしていて気持ちがいい。自分とは違う大きな手は少しかたく、男の子であると感じさせた。
そんなことを考え、ドクドクと深く音を響かせている心臓を感じているうちに、玄関まで着いてしまったようだった。
トン、と玄関の敷居を跨いだ瞬間、私の身体は緊張に固まってしまう。
突然我に返ったように精市くんの家に来たことを思い起こしてしまった。
「っぉ、お邪魔、します…っ。」
うわずった声がしんと静かな玄関に響きわたった。
中は外よりいくらか涼しく、微かに花のいい香りがしている。
入った瞬間に、この家に精市くんがいることを思い知った。包み込むような彼の優しい香りがいっぱいに満ちている。
ドキン、と意識してしまう。
精市くんは穏やかに笑みをこぼし、私の手を離して靴を脱いで上がっていった。
私はぼうっとその姿を見つめていた。
トクントクンという小さな鼓動を聞きながら、同じように小さな喜びにひたっていた。
初めて、精市くんの家に来た。恥ずかしい。けれど、とても嬉しい。彼と付き合っているのだと感じられた。
「名前、上がって。」
「ぅ…ん。」
「ふふっ、そんなに緊張しなくていいよ。」
精市くんに声をかけられ、私は変に焦ったようにパンプスを脱ぐ。
喜びにひたっている場合ではないと自分に言い聞かせる。お家の方にも挨拶をしないと。
失礼のないようにと気を引き締めようとするほど、緊張して動きがぎこちなくなってしまう。
脱いだパンプスを隅の方に寄せ、玄関三和土をふと見てみる。
タイル張りになっていて、汚れはどこにもない。きっとしっかりと掃除がされているのだろう。
靴も全てしまってあるのか、精市くんが脱いだ靴と私のものしかない。少し恥ずかしく、そしておかしく感じてしまった。
顔を赤くしながら立ち上がると、緊張がさらに高まったようだ。
無意識に瞬きが多くなり、まともに歩くことすらできない。
精市くんはクスリと笑って、私の緊張を解かせるように穏やかな声で言った。
「今日は、父さんも母さんもいないんだ。」
綺麗なレンガ造りの壁。整えられた花壇には様々な色の花が咲き誇っている。
煌びやかな淡いブルーを基調とした家。
通り過ぎようとしたとしても、その控えめだけれど華やかな家に目移りしてしまうに違いない。
私は胸の前で手をぎゅっと握りあわせて緊張で震える足を叱りつけた。
大丈夫、大丈夫。リラックス。落ち着いて。
何度も何度も、自分に言い聞かせる。
今はさほど気温も高くなく、涼しい方だ。陽も照りつけるようなものではない。
汗なんて出るはずもないのに、身体中がじっとりと湿ったような感覚に襲われていた。
目の前の門には、黒地の
彼の家。キラキラと輝く海のような髪をした、穏やかな彼の。
この家が彼の家だということは、よてもよく似合っていると思った。
あの聖者のような微笑みが頭に思い浮かぶだけで、顔が熱く熱をもつ。
私の、大好きな大好きな人。王者立海大附属中学校テニス部部長、幸村精市。
私が今、お付き合い──いわゆる、男女交際──をしている人。
今日は、彼──精市くん──の家にお邪魔することになっていた。
今まで家は見たことがあるけれど、中に入ったことはない。
少し前、そういう話をしたときに精市くんが家に遊びに来るといいと誘ってくれた。
手首につけた時計を見てみると、今の時間は十時。約束の時間だ。
「あ、ぅ…。」
私は握っている手の力を無意識に強めていた。
ドキドキと大きく跳ねる心臓はさらに深く、大きく響きわたる。
震える手をチャイムのボタンへとのばした。家には精市くんだけでなくお家の方もいるに違いない。
挨拶は、初めまして。それから、名前を言って…。
頭の中で手順を考えていた私は、その瞬間にはっとした。
お菓子か何か、手みやげを持ってきた方がよかったのかな。
自分のバッグ以外何も持っていない手を見て、血の気がさっと引いていく。
おろおろと周りを見回してしまう。近くにお店はなかっただろうか。
ここまで来る道を頭の中で振り返りながら、必死に考える。
お店へ行くとなると、精市くんに連絡しないといけない。
しかし私はまだ携帯を持つことを許されていないので、知らせようにも知らせることができない。
門の前の段をひとつ降りて、左右を見回した。公衆電話か何かで…。
そこまで考えて、またため息を吐く。公衆電話なんて、住宅地ではもう見かけない。
あったとしても駅やショッピング街くらいだろう。
大きく跳ねていた胸が一気に沈み、ズンと思い気持ちになった。
「…はぁ。」
こんなことなら、もっとちゃんと準備をしておいたらよかった。
いつもこうなる。何かひとつ、いつも忘れてしまう。
自己嫌悪に苛まれながら、私はもう一度表札の下のチャイムに向き直った。
精市くんと逢うのに、こんなに暗い気持ちじゃいけない。
ここに着いて数分しか経っていないかもしれないが、待たせてしまっているかも。
そう考えると、緊張で震えていた手が落ち着きを取り戻した。
ほんの一メートル──もしかしたら数センチかもしれない──先のボタンに、ゆっくりと手をのばしていった。
「ふふっ。」
「っ、!」
穏やかな、綺麗な笑い声が聞こえ、私ははっと顔を上げた。
前を見てみれば、家の玄関の扉が開いていた。
そこに立っている彼の姿を瞳に映した瞬間、トクントクンと鼓動が駆け足に走り出した。
凛とした立ち姿。昼間の穏やかな風にキラキラとなめらかな髪が揺れている。
「精市くん…。」
いつから、そこにいたのだろう。
私は呆然と彼の姿を見つめ、のばした手を無意識のうちにおろしていた。
カスミ色の瞳を細めながら、精市くんは歩み寄ってくる。
いつもと違う彼の雰囲気。ドキ、としてから、あぁ。制服じゃないから。とぼんやり感じた。
精市くんの姿が近づいてくる度、顔がだんだんと熱くなり赤くなっていった。
何度か彼の私服を見たことがあるが、それでも慣れることはない。
整った微笑みに、胸が苦しくなった。
「いらっしゃい、名前。」
「っぁ…う、ん。」
透き通る彼の声に、心が浮き立ったようにふんわりした気持ちになった。
トクントクンと小さく可愛い音を鳴らす心臓に、私は自然と顔を赤くしていた。
彼の前にいると、今まで考えて悩んでいたことすら小さなものに思えてくる。
途端に恥ずかしくなり顔をうつむかせると、彼は穏やかな笑みをこぼした。
「気にせず、すぐに入ってきたらよかったのに。」
「え?ぅ…ずっと、見てたの…?」
「ふふっ。そうだな…名前が着いて、すぐくらいから。」
あわててる名前が可愛くて。ごめんね。
そう言ったそよ風のように柔らかくて優しい声に、私は何も言えなくなった。
ぎゅっと口を引き結び、紅潮した頬を隠すように肩を竦ませる。
精市くんは、ズルいと思う。余裕があって。いっぱいいっぱいな私を悪びれもなくからかってくる。
それでも、嫌とは感じない。こんなにも胸は高鳴っている。
押し黙った私に、精市くんはクスリと笑った。
自然と手を引かれ、考える間もなく足が踏み出される。
「さぁ、大丈夫だから。おいで。」
「……っ。」
ふと顔を上げれば、太陽に照らされた眩しいほどの精市くんと目があった。
微笑みかけるように目を細められ、私は誘われるように歩んでしまう。
綺麗に整えられたアプローチには道となるレンガ板が敷かれ、花壇との隙間を様々な色をした砕石が詰められている。
それだけでも十分に品のいい家であると感じさせるが、それだけではない。
花壇には、水を浴びたのであろう滴を太陽の光に輝かせた花達が咲き誇っている。
そこには咲き終え萎んだ花弁はひとつもなく、毎日手入れをされているのが一目瞭然だった。
けれど私はその品のいいアプローチに視線を向けられなかった。
精市くんに引かれている手の感覚に、意識をもっていかれたままでいた。
これは、手を、繋いでるんだよね?まだ数えるほどしか触れたことのない手に、顔が熱くなる。
優しく、包まれるように繋がれた手。
精市くんの手はひんやりとしていて気持ちがいい。自分とは違う大きな手は少しかたく、男の子であると感じさせた。
そんなことを考え、ドクドクと深く音を響かせている心臓を感じているうちに、玄関まで着いてしまったようだった。
トン、と玄関の敷居を跨いだ瞬間、私の身体は緊張に固まってしまう。
突然我に返ったように精市くんの家に来たことを思い起こしてしまった。
「っぉ、お邪魔、します…っ。」
うわずった声がしんと静かな玄関に響きわたった。
中は外よりいくらか涼しく、微かに花のいい香りがしている。
入った瞬間に、この家に精市くんがいることを思い知った。包み込むような彼の優しい香りがいっぱいに満ちている。
ドキン、と意識してしまう。
精市くんは穏やかに笑みをこぼし、私の手を離して靴を脱いで上がっていった。
私はぼうっとその姿を見つめていた。
トクントクンという小さな鼓動を聞きながら、同じように小さな喜びにひたっていた。
初めて、精市くんの家に来た。恥ずかしい。けれど、とても嬉しい。彼と付き合っているのだと感じられた。
「名前、上がって。」
「ぅ…ん。」
「ふふっ、そんなに緊張しなくていいよ。」
精市くんに声をかけられ、私は変に焦ったようにパンプスを脱ぐ。
喜びにひたっている場合ではないと自分に言い聞かせる。お家の方にも挨拶をしないと。
失礼のないようにと気を引き締めようとするほど、緊張して動きがぎこちなくなってしまう。
脱いだパンプスを隅の方に寄せ、玄関三和土をふと見てみる。
タイル張りになっていて、汚れはどこにもない。きっとしっかりと掃除がされているのだろう。
靴も全てしまってあるのか、精市くんが脱いだ靴と私のものしかない。少し恥ずかしく、そしておかしく感じてしまった。
顔を赤くしながら立ち上がると、緊張がさらに高まったようだ。
無意識に瞬きが多くなり、まともに歩くことすらできない。
精市くんはクスリと笑って、私の緊張を解かせるように穏やかな声で言った。
「今日は、父さんも母さんもいないんだ。」
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