No.1
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奇妙な夢を見た。
手術に向けて体調を整え不安や恐怖に向き合い、色味のない殺風景な病室でただ静かな時間を過ごしていたある日。
いつもなら消灯時間になり眠ろうと目を瞑ろうとも、耳を澄ましているかのように小さな音が聞こえて眠りにつけなかった。
ナースコールの音、看護婦 さんの足音や声、床頭台の時計の光。些細なものにも反応してしまうほど過敏だったが、その日は意識が落ちてしまったかのようにすぐ眠りについていた。
夢は単なる夢であって現実ではない。それは百も承知だ。
生活の中で見聞きしたものを整理しているだけ。ぼやっとしたフィルターに包まれ、流れるように時間と出来事が過ぎていくだけ。
だが、この夢はそれとはかけ離れていた。
瞳を通して認識される景色の色、耳に届く音の響き、鼻を通る風のにおいや温度、肌に触れる空気の冷たさや感触。全てが鮮明で、忘れさせるものかというようにじっくりとした時間が流れていた。
現実より現実じみた、とても奇妙な夢だった。
何故それでも夢なのかが分かるのかは、普段とは違いすぎているからだった。
目前に広がる世界は壮大で、見慣れているはずの物さえとても大きく、全く違う物のように思えた。
まるで自分ではない誰かになっているようだった。いや、その"誰か"が人であるのかさえ定かではない。
頭に直接響いてくるように猫のか細い鳴き声がただただ聞こえていた。必死に絞り出すかのような、甘えたような鳴き声は子猫を思わせた。
"俺"は公園と思われる場所の植込みのなかに身を隠し、冷たく打ちつける雨をしのいでいた。しかし葉を伝い落ちてくる雨垂れは大きく、一粒ですら身体を濡らしていくのには十分であった。
それでも雨は容赦なく降り続き、肌を伝う水滴と空気から伝わる冷たさに身体を震わせた。この身体の熱を保っていられるのはシバリングのおかげだろう。
だがそれ以上に冷たい感覚のものが自身を蝕んでいるのを感じた。
感情だった。切なく苦しく、身体を凍えさせるかのような感情のままに、叫んでいるかのようだった。
"さみしいよ…"
突然、まるで鈴のように軽やかで可憐な女の子の声が、悲しく呼びかけてきた。その声の魅力的な響きに、ドキリと心臓が跳ねたのがわかった。
その声は子猫の鳴き声に合わせて何度か聞こえた。心惹かれるほどの甘い声。だがひどく切ない声に、苦しい心地を覚える。
息の仕方を忘れたようにしていると、だんだん声は小さくなり、子猫の鳴き声だけが残された。
すぐそこに見える路地には時折車が走り、傘を差している歩行者が足早に通りかかる。
鳴いても鳴いても、どれだけ訴えても誰も気付かず、目もくれない。おそらく雨音にこの声が紛れているからなのだろう。だがこの"誰か"はそれを理解できていないように感じているのがわかった。
どれだけ鳴いても、どれだけ呼んでも、誰も応えてはくれない。見向きもされない。
自分の心音がやけに大きく聞こえた。こんな場所にひとりでいたら、その切なさに気が狂ってしまう。俺はこの状況を主観的に、そして同時に客観的に見ていた。
疼くような心の痛みに、ただ泣きそうに顔を歪める。これは、俺の感情ではない。けれどそれに引っ張られるように、同じ気持ちを共有しているようだった。
どうして"俺"はここにいるのだろう?なぜ?
堂々巡りのように感情が巡っていく。しかしそれは決して良い方向へ向かわず、深く暗い考えしか出てこなかった。そんなことを考えていても何も変わらないことくらい、わかっているのに。
とても、嫌な心地だった。
そのとき不意にぼんやりとした別の景色が頭を掠めていった。
"リナリア!"
幼い男の子。呼ばれたのはこの"誰か"の名前だろうか。男の子は自分を抱き上げ、屈託のない笑顔を向けていた。かわいい、かわいいと、撫で愛でられていた。そして感じる、温かく幸せな気持ち。
次いでよく見慣れたラケットが見えた。その男の子がゴム付きのテニスボールを打ち込んでいる。この子もテニスをしているのか。
だがこの"誰か"が気になっているのはボールに繋がれているゴムだった。伸びて縮んで、波打ち、不規則に様子を変えながら動き続けている細長い物が、気になってたまらなかった。
それに気付く男の子。飛びついたように見える自分。驚きと笑い。笑顔があふれるその光景は、確かに幸せだった。思わず口元を緩めていたことに気がつく。
そしてまた景色が一変した。
先程までのあたたかな雰囲気はなかった。うずくまり嗚咽を上げながらすすり泣く女性。その腕の中にはあの男の子が持っていたラケット、膝元にはたくさんの写真。
どうして泣いているのか、不思議に思った気持ちがシンクロした。だが後に得られた情報に俺は察してしまう。
ふわりと濃く漂ってきた独特のこの香り──線香だ。そして散らばった写真にはどれもあの子が写っていた。
あぁ、と思って、言葉を失った。この女性はあの子の母親だろうか。胸を鷲掴みにされたかと思うような切ないその姿に、掛けられるような言葉も見つからなかった。
そのまままた景色が移り変わる。
辺りは薄暗く、上からぼんやりといくらか明るく見える光が漏れていた。足下は平らだが固くはなかった。ここには紙とフードのにおいが充満していた。ゆらゆらと揺れ、運ばれているように感じた。
だがこの"誰か"は状況が理解できず、辺りを見回し漏れている光に手を伸ばしたりしてみせた。カリッと爪が当たり、音を立てただけでそこは開かなかった。
揺れが収まったと感じると、女性と男性の声が確かに掛けられた。
"ごめんね"
そう聞こえるなり、ふたつの足音は遠のいていった。その時も、どれだけ呼びかけても応えてくれる存在はなかった。
薄暗いなかで呼びかける声は反響し、自分以外の音がなくなってしまったかのようだった。
そんなぼんやりとした意識を戻すかのように、また身体に冷たい雨垂れが落ちてきた。思い出したように身体が寒さで震えてくる。
先程までの記憶は、この身体の持ち主のものだろうか。あんなに愛を感じていたのに。悲しい出来事により、さらに悲しい選択をされてしまったのだろうか。
それでもそれはしっかりと理解できていないようだった。どうしてこの場所にいるのかがわからなくて、ただただ、呼んでいた。誰かが気付いてくれるのを。応えてくれるのを。
その鳴き声が切なくて。居たたまれなくて。とても聞いていられなかった。
"俺が…俺が、いるよ"
気が付けばそう囁きかけている自分がいた。
だが手を差し伸べたくても、声を掛け応えたくても、もしくはいっそ聞こえないように耳を塞いでしまいたくても、俺にはその全てが許されていなかった。
冷たい雨に打たれ、凍え、震え、そして呼び続けている声を聞いていることしか出来なかった。
そんな、とても奇妙な夢だった。
手術に向けて体調を整え不安や恐怖に向き合い、色味のない殺風景な病室でただ静かな時間を過ごしていたある日。
いつもなら消灯時間になり眠ろうと目を瞑ろうとも、耳を澄ましているかのように小さな音が聞こえて眠りにつけなかった。
ナースコールの音、
夢は単なる夢であって現実ではない。それは百も承知だ。
生活の中で見聞きしたものを整理しているだけ。ぼやっとしたフィルターに包まれ、流れるように時間と出来事が過ぎていくだけ。
だが、この夢はそれとはかけ離れていた。
瞳を通して認識される景色の色、耳に届く音の響き、鼻を通る風のにおいや温度、肌に触れる空気の冷たさや感触。全てが鮮明で、忘れさせるものかというようにじっくりとした時間が流れていた。
現実より現実じみた、とても奇妙な夢だった。
何故それでも夢なのかが分かるのかは、普段とは違いすぎているからだった。
目前に広がる世界は壮大で、見慣れているはずの物さえとても大きく、全く違う物のように思えた。
まるで自分ではない誰かになっているようだった。いや、その"誰か"が人であるのかさえ定かではない。
頭に直接響いてくるように猫のか細い鳴き声がただただ聞こえていた。必死に絞り出すかのような、甘えたような鳴き声は子猫を思わせた。
"俺"は公園と思われる場所の植込みのなかに身を隠し、冷たく打ちつける雨をしのいでいた。しかし葉を伝い落ちてくる雨垂れは大きく、一粒ですら身体を濡らしていくのには十分であった。
それでも雨は容赦なく降り続き、肌を伝う水滴と空気から伝わる冷たさに身体を震わせた。この身体の熱を保っていられるのはシバリングのおかげだろう。
だがそれ以上に冷たい感覚のものが自身を蝕んでいるのを感じた。
感情だった。切なく苦しく、身体を凍えさせるかのような感情のままに、叫んでいるかのようだった。
"さみしいよ…"
突然、まるで鈴のように軽やかで可憐な女の子の声が、悲しく呼びかけてきた。その声の魅力的な響きに、ドキリと心臓が跳ねたのがわかった。
その声は子猫の鳴き声に合わせて何度か聞こえた。心惹かれるほどの甘い声。だがひどく切ない声に、苦しい心地を覚える。
息の仕方を忘れたようにしていると、だんだん声は小さくなり、子猫の鳴き声だけが残された。
すぐそこに見える路地には時折車が走り、傘を差している歩行者が足早に通りかかる。
鳴いても鳴いても、どれだけ訴えても誰も気付かず、目もくれない。おそらく雨音にこの声が紛れているからなのだろう。だがこの"誰か"はそれを理解できていないように感じているのがわかった。
どれだけ鳴いても、どれだけ呼んでも、誰も応えてはくれない。見向きもされない。
自分の心音がやけに大きく聞こえた。こんな場所にひとりでいたら、その切なさに気が狂ってしまう。俺はこの状況を主観的に、そして同時に客観的に見ていた。
疼くような心の痛みに、ただ泣きそうに顔を歪める。これは、俺の感情ではない。けれどそれに引っ張られるように、同じ気持ちを共有しているようだった。
どうして"俺"はここにいるのだろう?なぜ?
堂々巡りのように感情が巡っていく。しかしそれは決して良い方向へ向かわず、深く暗い考えしか出てこなかった。そんなことを考えていても何も変わらないことくらい、わかっているのに。
とても、嫌な心地だった。
そのとき不意にぼんやりとした別の景色が頭を掠めていった。
"リナリア!"
幼い男の子。呼ばれたのはこの"誰か"の名前だろうか。男の子は自分を抱き上げ、屈託のない笑顔を向けていた。かわいい、かわいいと、撫で愛でられていた。そして感じる、温かく幸せな気持ち。
次いでよく見慣れたラケットが見えた。その男の子がゴム付きのテニスボールを打ち込んでいる。この子もテニスをしているのか。
だがこの"誰か"が気になっているのはボールに繋がれているゴムだった。伸びて縮んで、波打ち、不規則に様子を変えながら動き続けている細長い物が、気になってたまらなかった。
それに気付く男の子。飛びついたように見える自分。驚きと笑い。笑顔があふれるその光景は、確かに幸せだった。思わず口元を緩めていたことに気がつく。
そしてまた景色が一変した。
先程までのあたたかな雰囲気はなかった。うずくまり嗚咽を上げながらすすり泣く女性。その腕の中にはあの男の子が持っていたラケット、膝元にはたくさんの写真。
どうして泣いているのか、不思議に思った気持ちがシンクロした。だが後に得られた情報に俺は察してしまう。
ふわりと濃く漂ってきた独特のこの香り──線香だ。そして散らばった写真にはどれもあの子が写っていた。
あぁ、と思って、言葉を失った。この女性はあの子の母親だろうか。胸を鷲掴みにされたかと思うような切ないその姿に、掛けられるような言葉も見つからなかった。
そのまままた景色が移り変わる。
辺りは薄暗く、上からぼんやりといくらか明るく見える光が漏れていた。足下は平らだが固くはなかった。ここには紙とフードのにおいが充満していた。ゆらゆらと揺れ、運ばれているように感じた。
だがこの"誰か"は状況が理解できず、辺りを見回し漏れている光に手を伸ばしたりしてみせた。カリッと爪が当たり、音を立てただけでそこは開かなかった。
揺れが収まったと感じると、女性と男性の声が確かに掛けられた。
"ごめんね"
そう聞こえるなり、ふたつの足音は遠のいていった。その時も、どれだけ呼びかけても応えてくれる存在はなかった。
薄暗いなかで呼びかける声は反響し、自分以外の音がなくなってしまったかのようだった。
そんなぼんやりとした意識を戻すかのように、また身体に冷たい雨垂れが落ちてきた。思い出したように身体が寒さで震えてくる。
先程までの記憶は、この身体の持ち主のものだろうか。あんなに愛を感じていたのに。悲しい出来事により、さらに悲しい選択をされてしまったのだろうか。
それでもそれはしっかりと理解できていないようだった。どうしてこの場所にいるのかがわからなくて、ただただ、呼んでいた。誰かが気付いてくれるのを。応えてくれるのを。
その鳴き声が切なくて。居たたまれなくて。とても聞いていられなかった。
"俺が…俺が、いるよ"
気が付けばそう囁きかけている自分がいた。
だが手を差し伸べたくても、声を掛け応えたくても、もしくはいっそ聞こえないように耳を塞いでしまいたくても、俺にはその全てが許されていなかった。
冷たい雨に打たれ、凍え、震え、そして呼び続けている声を聞いていることしか出来なかった。
そんな、とても奇妙な夢だった。
