No.7
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時間というものは無情にも過ぎていき、月曜日の朝が訪れる。
この週末はとても異質で濃いものであったが、俺にとっての日常へ戻っていく。
手を伸ばしてスマホのアラームを止め、そのまま画面の時計を確認する。もう、時間か。まだどこかぼんやりする頭のまま、動き出そうと肌布団を捲った。
「っん………うぅ…。」
「っ、」
俺の腹あたりのパジャマを握りながら眠っているリナリアが、肌布団の中から姿を現した。
カーテンが透け照らす光と、布団の中と外の温度差に、リナリアは身を捩り居心地悪そうに唸る。
肌布団を捲る前よりさらに身体に密着してきて、思わず息を呑み込み、ぼんやりした意識がはっきりとした。
今日から俺が学校へ行き、日中に不在であることを、リナリアはどこまで理解しているのだろう。
起こして、説明するべきか。しかし気持ちよさそうに眠っているのに起こすのもしのびない。
頭の中で押し問答を繰り返し、結局はベッドから抜け出すようにゆっくりと動き出す。パジャマを握っている白く細い指を、一本ずつ外していく。息をひそめてなるべく音を立てず、振動も起こさないように。
ギシリとベッドのスプリングが鳴り、リナリアの耳がピクッと反応する。あっと思って、息を止めて静止する。
リナリアは小さく身動ぎすると、俺のパジャマの代わりに肌布団を握り、また眠りについていく。
ほっと肩をおろし、そのままベッドから身体を離した。
音を立てないように、朝の日課を済ませる。部屋の観葉植物の水やり、そして外へ行くため、学校の用意を全て腕に抱え、部屋をゆっくりと後にした。
洗面所に制服とラケットバッグを置き、パジャマから外へ出られる部屋着に着替える。ラケットバッグはまた玄関へ置き直し、そのまま庭の花達の水やりをしに行く。
外は曇っていて、また雨が続く日がくるかもしれない、と予感がする。梅雨に入っているのだから、仕方がない。
土は乾いており、これから雨が降るという確証もないため、しっかりと水をあげていく。
水やりを終えてリビングへ入ると、ダイニングテーブルには朝食が並んでいて、父さんとおばあちゃんが食べ始めていた。
「おはよう。母さん、父さん、おばあちゃん。」
「おはよう、精市。…リナリアちゃんは?」
「…まだ、寝てると思うよ。」
「そう……。」
母さんは少し心配そうな顔で返事をする。
手を合わせてから朝食を食べ始め、先に食べ終わった父さんは仕事へ出ていった。
なんら変わらない、平日の日常。父さんは仕事へ、俺とひなは学校へ。当たり前のように過ごし、見てきた光景だ。
それでもどこか気持ちは落ち着かなく、リナリアの様子が気になってしまう。
いつものように、食べ終わったら食器を運び、歯磨きと着替えを済ませ、身支度を整える。それでもモヤがかったように晴れない心情。
玄関に向かう手前で、堪らずリビングをのぞいて母さんへ声を掛けた。
「……母さん、リナリアのこと、よろしく頼むよ。」
その声は自分でも驚く程に低く、母さんは眉を下げて頷いた。ひながちょうど起きて降りてきて、母さんの意識が逸れ、俺は玄関へ向かった。
ラケットバッグを肩に掛け、外へ出ようとドアノブに手を掛ける。
──やっぱり、起こせばよかったかもしれない。
ふと、そんなことが頭を過ぎったが、せっかく寝ているところを起こして伝えるのも気が引ける。
俺はそのままドアノブを押し開け、行ってきます、と詰まる声を出し、学校へ向かった。
梅雨の重い空気のなか、いつも通りに登校する。朝練に取り組み、授業を受ける。海風館で昼食を済ませ、午後の授業を受け、部活へ参加する。
いつも通りの一日だ。
それでもやはり、落ち着かない自分がいる。普段は電源を切ったら出さないスマホを、気が付くとこっそり確認している。
何も通知はない。それを確認して、また電源を落とす。気にしすぎだと、その度に自身に苦笑する。
だが、朝練のときに何気なく赤也に掛けられた言葉が、胸に引っかかっていた。
"土曜はあざっした!…アイツ、今日はどうしてるんスか?"
"……親が家にいるから、大丈夫だよ"
そう言い切ったものの、その言葉の重さが妙に残った。今朝、顔すら合わせなかったことが、後ろめたいと感じているかのように。
部活ではミーティングで先日の練習試合で見えた課題を話し、監督からは週末のスケジュールの変更を伝えられた。
全国三連覇を目標に掲げ、地区予選、県大会とこれまで進んできた。関東大会まではあと約一ヶ月。先方から練習試合の申し込みがあり、その関係で今週末と来週末の予定を入れ替えるとのことだった。
相手は氷帝学園。昨年は都大会優勝、関東大会準優勝、全国大会はベスト16であったが、今年は都大会で5位の成績だったと聞く。
順位は芳しくないとも言えるが、関東大会までの日数も考え、これからはレギュラーの練習に重きをおくとも伝えられた。
特にその伝達に対して異論もないため、レギュラー以外は基礎練習、レギュラーはそのままミーティングに向き合った。
部活が終わった後には病院へ行き、診察とリハビリを受ける。日常生活を送る上での不自由は少しずつ改善されているものの、テニスの試合をするまでには足りない。
それでもできることをと、苦い気持ちを噛み潰してリハビリに取り組んだ。
帰宅する頃にはもう外は暗く、曇りということも相まって静かに沈んでいるかのような心地だった。
家に着くと、鍵をあけて扉を開く音に反応したのか、リナリアがリビングから飛び出してきた。気にも掛けない様子で土間に降りてきて、俺の腕に抱き着くと、そのまま額を胸元に押し付ける。
「っわ……、リナリア。ただいま。」
急な出迎えの行動に胸が跳ね上がり、驚きのままに声を掛ける。
朝、声も掛けずに出ていったことを、怒っているだろうか。顔が見えず、その心情は推し量れない。
ぎゅっと腕を抱く力が込められたかと思うと、リナリアは安堵したような笑みを向けた。
「…ちゃんと、かえってきた…っ。
せーいち、おかえり、なさい…!」
「……うん。ただいま。」
俺が入ってすぐ出迎えてくれたということは、この時間まで、待っていたということだろう。
その事実が、思いのほか胸の奥を静かに揺らした。
抱かれた腕をそのままに頭を優しく撫でると、リナリアは嬉しそうに目を細める。
「……退屈だったかい?」
「…、へいき。ママも、いたから。
いいこに、してたよ。」
控えめに声を掛ければ、リナリアはまた俺の胸元に額を付けた。
顔を見せないまま、ぽつりと呟くような言葉を返し、そして顔を上げるとまた笑ってみせた。
その笑顔にどこかぎこなさを覚えるも、リナリアの言葉に胸を撫で下ろしたのは事実だった。
でもね、とリナリアは続け、唇を少し尖らせる。
「いわないで、いっちゃ、やだ……っ。」
「…そうだね。ごめん、驚いたね。
明日からは、またちゃんと声を掛けるから。」
「…うんっ。」
やはり、何も言わずに出たことは、リナリアにとって良くなかったらしい。
むっと怒るような表情に、俺は眉を下げる。リナリアは少しの間をあけて、俺の言葉に頷いた。
それじゃあ、と言葉を続けて、こんなところにいないで中に入ろう、と微笑む。靴下のまま気にせず土間に降りているリナリアを玄関かまち上に促し、足裏を払ってやる。
リナリアは俺が靴を脱いだりする間も、袖をしっかりと握っていた。
その後は夕食、入浴と昨日までと同じように過ぎていった。リナリアは呑み込みが早く、皆の姿を見て学ぼうともしているので、あまり手がかからなかった。
寝る時間になり部屋へ入ると先にリナリアをベッドへ促し、俺はまた勉強を始める。
「……ね、せーいち。」
「…ん?」
静かに呼び掛けられ、手を止めて身体を向ける。
リナリアはキラリとした瞳で俺を見ていて、不意に心臓が高鳴った。
真剣な表情が、ふと迷いを浮かべたが、それを振り切り口を開く。
「………あさ、おこして、ね。」
「うん、わかってるよ。ごめんね。」
まるで念を押すような言葉に、苦笑しながら頷く。
しっかりと俺の返事を聞いたリナリアは表情を緩め、こくりと首を振る。
首元まで掛かっている肌布団を握る指先が、僅かに力を込めた。そのまま瞳が閉じるまで、少し時間がかかっていた。
おやすみ、と声を掛けると、少し間をあけて微かな返事が聞こえた。
この週末はとても異質で濃いものであったが、俺にとっての日常へ戻っていく。
手を伸ばしてスマホのアラームを止め、そのまま画面の時計を確認する。もう、時間か。まだどこかぼんやりする頭のまま、動き出そうと肌布団を捲った。
「っん………うぅ…。」
「っ、」
俺の腹あたりのパジャマを握りながら眠っているリナリアが、肌布団の中から姿を現した。
カーテンが透け照らす光と、布団の中と外の温度差に、リナリアは身を捩り居心地悪そうに唸る。
肌布団を捲る前よりさらに身体に密着してきて、思わず息を呑み込み、ぼんやりした意識がはっきりとした。
今日から俺が学校へ行き、日中に不在であることを、リナリアはどこまで理解しているのだろう。
起こして、説明するべきか。しかし気持ちよさそうに眠っているのに起こすのもしのびない。
頭の中で押し問答を繰り返し、結局はベッドから抜け出すようにゆっくりと動き出す。パジャマを握っている白く細い指を、一本ずつ外していく。息をひそめてなるべく音を立てず、振動も起こさないように。
ギシリとベッドのスプリングが鳴り、リナリアの耳がピクッと反応する。あっと思って、息を止めて静止する。
リナリアは小さく身動ぎすると、俺のパジャマの代わりに肌布団を握り、また眠りについていく。
ほっと肩をおろし、そのままベッドから身体を離した。
音を立てないように、朝の日課を済ませる。部屋の観葉植物の水やり、そして外へ行くため、学校の用意を全て腕に抱え、部屋をゆっくりと後にした。
洗面所に制服とラケットバッグを置き、パジャマから外へ出られる部屋着に着替える。ラケットバッグはまた玄関へ置き直し、そのまま庭の花達の水やりをしに行く。
外は曇っていて、また雨が続く日がくるかもしれない、と予感がする。梅雨に入っているのだから、仕方がない。
土は乾いており、これから雨が降るという確証もないため、しっかりと水をあげていく。
水やりを終えてリビングへ入ると、ダイニングテーブルには朝食が並んでいて、父さんとおばあちゃんが食べ始めていた。
「おはよう。母さん、父さん、おばあちゃん。」
「おはよう、精市。…リナリアちゃんは?」
「…まだ、寝てると思うよ。」
「そう……。」
母さんは少し心配そうな顔で返事をする。
手を合わせてから朝食を食べ始め、先に食べ終わった父さんは仕事へ出ていった。
なんら変わらない、平日の日常。父さんは仕事へ、俺とひなは学校へ。当たり前のように過ごし、見てきた光景だ。
それでもどこか気持ちは落ち着かなく、リナリアの様子が気になってしまう。
いつものように、食べ終わったら食器を運び、歯磨きと着替えを済ませ、身支度を整える。それでもモヤがかったように晴れない心情。
玄関に向かう手前で、堪らずリビングをのぞいて母さんへ声を掛けた。
「……母さん、リナリアのこと、よろしく頼むよ。」
その声は自分でも驚く程に低く、母さんは眉を下げて頷いた。ひながちょうど起きて降りてきて、母さんの意識が逸れ、俺は玄関へ向かった。
ラケットバッグを肩に掛け、外へ出ようとドアノブに手を掛ける。
──やっぱり、起こせばよかったかもしれない。
ふと、そんなことが頭を過ぎったが、せっかく寝ているところを起こして伝えるのも気が引ける。
俺はそのままドアノブを押し開け、行ってきます、と詰まる声を出し、学校へ向かった。
梅雨の重い空気のなか、いつも通りに登校する。朝練に取り組み、授業を受ける。海風館で昼食を済ませ、午後の授業を受け、部活へ参加する。
いつも通りの一日だ。
それでもやはり、落ち着かない自分がいる。普段は電源を切ったら出さないスマホを、気が付くとこっそり確認している。
何も通知はない。それを確認して、また電源を落とす。気にしすぎだと、その度に自身に苦笑する。
だが、朝練のときに何気なく赤也に掛けられた言葉が、胸に引っかかっていた。
"土曜はあざっした!…アイツ、今日はどうしてるんスか?"
"……親が家にいるから、大丈夫だよ"
そう言い切ったものの、その言葉の重さが妙に残った。今朝、顔すら合わせなかったことが、後ろめたいと感じているかのように。
部活ではミーティングで先日の練習試合で見えた課題を話し、監督からは週末のスケジュールの変更を伝えられた。
全国三連覇を目標に掲げ、地区予選、県大会とこれまで進んできた。関東大会まではあと約一ヶ月。先方から練習試合の申し込みがあり、その関係で今週末と来週末の予定を入れ替えるとのことだった。
相手は氷帝学園。昨年は都大会優勝、関東大会準優勝、全国大会はベスト16であったが、今年は都大会で5位の成績だったと聞く。
順位は芳しくないとも言えるが、関東大会までの日数も考え、これからはレギュラーの練習に重きをおくとも伝えられた。
特にその伝達に対して異論もないため、レギュラー以外は基礎練習、レギュラーはそのままミーティングに向き合った。
部活が終わった後には病院へ行き、診察とリハビリを受ける。日常生活を送る上での不自由は少しずつ改善されているものの、テニスの試合をするまでには足りない。
それでもできることをと、苦い気持ちを噛み潰してリハビリに取り組んだ。
帰宅する頃にはもう外は暗く、曇りということも相まって静かに沈んでいるかのような心地だった。
家に着くと、鍵をあけて扉を開く音に反応したのか、リナリアがリビングから飛び出してきた。気にも掛けない様子で土間に降りてきて、俺の腕に抱き着くと、そのまま額を胸元に押し付ける。
「っわ……、リナリア。ただいま。」
急な出迎えの行動に胸が跳ね上がり、驚きのままに声を掛ける。
朝、声も掛けずに出ていったことを、怒っているだろうか。顔が見えず、その心情は推し量れない。
ぎゅっと腕を抱く力が込められたかと思うと、リナリアは安堵したような笑みを向けた。
「…ちゃんと、かえってきた…っ。
せーいち、おかえり、なさい…!」
「……うん。ただいま。」
俺が入ってすぐ出迎えてくれたということは、この時間まで、待っていたということだろう。
その事実が、思いのほか胸の奥を静かに揺らした。
抱かれた腕をそのままに頭を優しく撫でると、リナリアは嬉しそうに目を細める。
「……退屈だったかい?」
「…、へいき。ママも、いたから。
いいこに、してたよ。」
控えめに声を掛ければ、リナリアはまた俺の胸元に額を付けた。
顔を見せないまま、ぽつりと呟くような言葉を返し、そして顔を上げるとまた笑ってみせた。
その笑顔にどこかぎこなさを覚えるも、リナリアの言葉に胸を撫で下ろしたのは事実だった。
でもね、とリナリアは続け、唇を少し尖らせる。
「いわないで、いっちゃ、やだ……っ。」
「…そうだね。ごめん、驚いたね。
明日からは、またちゃんと声を掛けるから。」
「…うんっ。」
やはり、何も言わずに出たことは、リナリアにとって良くなかったらしい。
むっと怒るような表情に、俺は眉を下げる。リナリアは少しの間をあけて、俺の言葉に頷いた。
それじゃあ、と言葉を続けて、こんなところにいないで中に入ろう、と微笑む。靴下のまま気にせず土間に降りているリナリアを玄関かまち上に促し、足裏を払ってやる。
リナリアは俺が靴を脱いだりする間も、袖をしっかりと握っていた。
その後は夕食、入浴と昨日までと同じように過ぎていった。リナリアは呑み込みが早く、皆の姿を見て学ぼうともしているので、あまり手がかからなかった。
寝る時間になり部屋へ入ると先にリナリアをベッドへ促し、俺はまた勉強を始める。
「……ね、せーいち。」
「…ん?」
静かに呼び掛けられ、手を止めて身体を向ける。
リナリアはキラリとした瞳で俺を見ていて、不意に心臓が高鳴った。
真剣な表情が、ふと迷いを浮かべたが、それを振り切り口を開く。
「………あさ、おこして、ね。」
「うん、わかってるよ。ごめんね。」
まるで念を押すような言葉に、苦笑しながら頷く。
しっかりと俺の返事を聞いたリナリアは表情を緩め、こくりと首を振る。
首元まで掛かっている肌布団を握る指先が、僅かに力を込めた。そのまま瞳が閉じるまで、少し時間がかかっていた。
おやすみ、と声を掛けると、少し間をあけて微かな返事が聞こえた。
