きみがとても可愛いから

鈴鳴支部でのミーティング終わり、倉庫の整理をしていると、鋼がやってきた。

「来馬先輩、手伝います」
「ありがとう、じゃああそこの棚の整理お願いできるかな?」

鋼はたまにこうして僕の手伝いを申し出てくれる。最初は遠慮していたけれど、ぼくが頼った方が鋼が喜んでくれることを知って、今では遠慮はせずにお願いをしている。
鋼のおかげで、予定より早く終わるかもしれない。そうしたらご飯でも誘おうか、そんなことを考えているとバタバタと忙しない足音が聞こえてくる。
太一かな?と隊員の1人を思い浮かべるとほぼ同時に、ガチャリ、という鍵が閉まる音がした。

「よし!戸締り終わり!」
「え?」

浮かべた通りの太一の声にぼくは慌ててドアに向かうが、ドアは開くことはなかった。太一が誰もいないと思って閉めてしまったらしい。この倉庫は内鍵はついてない。つまり閉じ込められてしまったということ。

「太一!開けて!」

急いで声を上げるが、こちらに来た時と同じように走って去って行ってしまった太一には届かなかったようだ。

「どうしよう……」
「どうしました?」

奥にいた鋼が異変を察知して声を掛けてきた。ぼくは途方に暮れそうになるのを堪えて、鋼に状況を説明する。

「太一が鍵閉めちゃったみたい」
「え……」
「鋼、スマホ持ってる?」
「すみません、作戦室に置いてきました……」
「ぼくも……」

今ちゃんがいれば作戦室の荷物に気づいてくれただろうが、生憎用があると先に帰ってしまっていた。
あとは、夜の見回りの人が作戦室を覗いてくれれば、荷物だけあることを不審に思ってくれるだろう。
問題は、見回りの時間までまだ数時間あることだ。

「夜には出られると思う、でも……」

倉庫にある掛け時計を見ると、鋼も視線をそちらに向ける。

「……夜に出られるなら大丈夫ですよ。それまで倉庫の整理続けます」

鋼はなんでもないことのようにそう言って、また戻って行った。多分、ぼくが鋼を巻き込んでしまったことを申し訳なく思ってることに気づいて、わざと大事にしないようにしてくれている。
そんな優しさに申し訳なさと、だけど確かなあたたかさを胸に感じながら、ぼくも作業に戻ることにした。集中すればすぐに過ぎるだろう。
夜になって出られたら、鋼には遅い夜ご飯をご馳走しよう。


「くしゅんっ」

どれくらい経っただろう、整理ももう終わりそうだと思っていたところ、奥から鋼のくしゃみが聞こえてきた。

「鋼、大丈夫?寒い?」

大分暖かくなったとはいえ、まだ朝晩は冷える。そういえば、鋼は大分薄着だったと思い返す。

「すみません、上着も作戦室に置いてきてしまって」

でも、大丈夫です。そう鋼は言うけれど、続けて聞こえてきたくしゃみがあまり大丈夫でないことを伝えてくれた。
確か……と昔の記憶を引っ張り出し、鋼がいるより更に奥の棚に手を伸ばす。少し目線より上の棚にあるカゴに、目的のものはあった。

「1枚だけど、毛布あったよ」

鋼に風邪を引かせるわけにはいかないし、ぼくも体調を崩している余裕はない。
毛布に視線を向けた鋼を見て、思案する。少しの緊張を悟られないように、なんでもないことのよう声をかける。

「鋼、こっちおいで」

壁際に座って自分の肩に毛布をかけてから、毛布の端を鋼の方に広げると、鋼は一瞬固まって、「いえ、来馬先輩が使ってください」と首を横に振った。
でも、ぼくも譲るわけにはいかない。「鋼に風邪を引かれたら困るな」となるべく優しく言うと、少しの沈黙の後なんとか納得してくれて、遠慮がちにぼくの隣に座ってくれた。

「し、失礼します」

鋼の声は上擦っていて、ぼくよりも緊張してるみたいで、なんだか可愛い。

「どうぞ」

その気持ちを悟られないように笑顔で鋼を迎え入れると、ふたり横並びになり毛布にくるまる。
毛布のおかげか、鋼が近くにいるという状況のおかげか、すごくぽかぽかして暖かい。

「あったかいね」

思わず呟くと、「そうですね」と返ってくる。恥ずかしいのか、俯いている鋼の耳が赤い。
なんだか釣られてぼくの顔も赤くなってしまうのではと思うほど、頬が熱くなった。
なんとか意識を反らせようと、ずっと言いたかったことを口にする。

「ごめんね、巻き込んで」
「いえ、来馬先輩のせいじゃないです。それに……」
「ん?」
「な、なんでもないです」

なんだろう、と、気になったけれど、無理やり言わせたいわけではなかったので、「そう」と相槌を打つだけにした。
なんとなくそのまま沈黙を続けるのはまずい気がして、折角だから雑談でもしようか、と提案する。

「雑談、ですか?」
「そう、鋼とぼくって、ふたりの時はだいたい任務やランク戦の話ばかりだろ。だから、たまには良いかなって」

鋼の学校のこととか、楽しかったこと教えて欲しいな。未だ俯いたままの鋼を見て言うと、ゆっくりと顔を上げた鋼は少し視線を彷徨わせた後頷いてくれた。

「わかりました。でも、オレも来馬先輩の話聞きたいです」
「ふふ、じゃあ順番で話そうか」

それから鋼とふたりたくさん話をした。鋼は高校での嬉しかったこととか、学生らしい馬鹿話とか、最近よく本部で一緒にいるという影浦くんと空閑くんの話とか。ぼくは大学での話を中心に。
どれくらい話しただろうか、ふと訪れた沈黙に鋼の顔を見ると、朗らかな表情をしていた。

「なんだか鋼、楽しそう」
「はい、先輩とたくさん話せて楽しくて、嬉しいです」

そう素直な言葉を口にして微笑んだ鋼に、ぼくはたまらない気持ちになる。
しかし鋼はそんなぼくの気持ちは知らず、「すみません、こんな事態を喜んでしまって」と慌てている。

「鋼」
「はい」

名前を呼ぶと、律儀にぼくの方を見てくれる鋼。少し見上げている鋼の瞳をわざと見つめて、ゆっくり囁く。

「ぼくも、……ぼくも嬉しい」
「先輩」

鋼はぼくの言葉に反応するように肩を寄せる。その瞬間、鋼の匂いがふわりと香って、心臓がものすごくドキドキして、そして、ぼくのからだは反射的に動いていた。
見つめ合ったまま、鋼の少しだけ開いている口に自分のそれを近づける。
こんなこと……キスなんて、気持ちを確認しないでしてはいけないし、ぼくの立場だとセクハラになるだろう。だけれどそんな倫理観は雰囲気にのまれてどこかへ消えてしまった。
ちゅ、と可愛らしい音をさせて、ぼくの唇は鋼から離れる。柔らかい。でも少しカサついた鋼の唇。
鋼は目を見開いて驚いていたけれど、その顔に嫌悪感は浮かんでいなかった。むしろ、頬が赤くなっていて目が潤んでいて可愛い。ぼくは自分の良いように解釈して、もう一度唇を近づける。
もう一度だけキスをしたら、ちゃんと言葉で伝えよう。そう誓って今度は目を瞑った、瞬間。

「来馬先輩!鋼さん!」

太一の大きな声と共に、足音が響いた。
ぼくと鋼は同じタイミングで体を離し、急いで立ち上がる。

「太一!」

ドアに駆け寄り名前を呼ぶと、廊下にいたであろう太一がこちらへ近づいてくる音がし、程なくしてドアが開いた。

「先輩すみません!!オレ、2人とも帰ったとおもってて!でもふたりとも連絡しても既読にならないからおかしいなって思って!」
「太一、大丈夫だから落ち着いて。来てくれてありがとう」

取り乱している太一を宥めて事情を聞くと、明日のことでメッセージをしたもののふたりとも既読にならず不思議に思っていたところ、今ちゃんからぼくが倉庫の整理をしていたことを聞いたそうだ。そこから自分が鍵を閉めてしまったことを思い出してくれたらしい。

「鋼さんも、すみませんでしたっ!」
「いや、オレも太一に声を掛けなくて悪かったよ」

太一を励ましている鋼は、もう先ほどの雰囲気は纏っていない。


鋼に気持ちを伝えるタイミングを逃してしまった。

本当はまだ気持ちを伝えるつもりはなかったけれど、あんなことをしてしまったのだ。嫌がられなかったとはいえ、ちゃんとしないといけない。

今度こそ誰もいないことを確認して倉庫の鍵を閉めた後、太一の後に続く鋼に、ぼくは囁く。

「このあと、少し時間あるかな?」

どうか、あると言ってと願うぼくに、鋼は顔を赤らめて、「はい」と小声で頷いた。
やっぱり、可愛い。
ありがとう、と口にしながら、鋼の小指に自分の指を一瞬絡めたぼくを、できれば怒らないで欲しい。
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