おんぶ

夜23時、寝る準備をしているところに国近から電話が来た。
珍しい、トラブルか?と少し不安になりながら慌てて出ると、途端に騒がしいガヤガヤとした喧騒と国近の間延びした声が聞こえてくる。

「あ、鋼くん?急にごめんねえ。今ちゃんが飲まされて寝ちゃって、迎えに来てくれないかな〜?」
「今が……わかった、迎えに行くから場所送ってくれ」
「さすが鋼くん、話が早い。ありがと〜」

電話を切った後、オレは国近から送られてきた場所を確認して到着の目安を連絡してから、外着に着替えて外に出た。
今は確か今日は大学の飲み会と言っていた。あまり酒は強くないと言っていたから普段からセーブしている印象だったが、今回は面倒なメンバーがいたのだろうか。
自分のチームメンバーに無体を働いた人間がいると思うと、自然と急足になる。


「国近」
「あ、鋼くん〜」
「今は?」
「こっちだよ〜」

居酒屋に着き国近に導かれて歩くと、座敷の奥で寝ている今がいた。
周りには男性がおらず、女性陣が座っていた。おそらく国近の代わりに今を守ってくれていたのだろう。

「すみません、今を迎えにきました」
「あ、むらかみこうくん?ごめんね、酒癖悪い先輩に捕まっちゃったみたいで、誰も助けられなくて」
「いえ、皆さんも気をつけて」

申し訳なさそうな人たちも、同じように被害にあってもおかしくなかった。できれば早く解散した方が良いのでは?と思ったが、そこまでお節介は焼けない。

「今、起きられるか?」
「……ん……」

今に声をかけても、なんとか返事ができるレベルだったので、周りの人に手伝ってもらい今を背負う。
その際、おお……とどよめきが起きたが、オレが気にするより先に国近から鞄を渡される。

「はい、これ今ちゃんの」
「ありがとう。今は送ってくけど、国近は大丈夫か?」
「うん、私は太刀川さんが近くで飲んでて、ついでに迎えにきてくれるって」
「そうか、じゃあ安心だな」
「うん、今ちゃんのことよろしくね〜」
「ああ」


居酒屋から出ると、途端に静かになり、気温の低さにも気づく。コートは着ているが、早くしないと今が風邪をひいてしまうかもしれない。
今の家はそれほど遠くなく、場所も知っていたので着いたら今を起こして鍵を開けてもらおう。
そうオレは楽観的に考えて、その考え通り今を無事送り届けることが出来た。
別れる間際、意識が少しはっきりした今に仕切りに謝られたが、平気だよ、珍しいもの見れた。と少し冗談を言って今を怒らせたりして笑っていた。

しかしオレと今が帰った後の居酒屋は随分と騒がしかったらしい。普段あまりプライベートなことを話さない今の元へ突然現れた男性。ということで、大いに沸いたらしい。彼氏!?という1番の疑問には国近が否定してくれたらしいが、それでもただらなぬ関係だと、酔いも合わさり盛大に噂された、らしい。



「そんなことに……」
「うん、ぼくも太刀川くんからの又聞きだけどね。今日が休みでよかった」

今を送って行った次の日、本部に用のあったオレと先輩は待ち合わせをして、来馬先輩の部屋でいわゆるお家デートというのをしていた。
……していたのだが、昨日の夜のことが大事になっていると恋人の来馬先輩から聞かされてかなり肝が冷えた。

「今に悪いことをしました。それに先輩も……」

来馬先輩は気にしないと言うと思うし自意識過剰かとも思ったが、自分の恋人が他の人間と噂されているのを聞いて気分が良くなる人はいないはずだ。
何より、先の予想をできずに軽はずみな行動をしてしまったことに後悔の念が押し寄せる。

「鋼、そんな考え込まないでよ。今ちゃんもぼくも大丈夫」

今ちゃんが大変な時に助けてくれてありがとうね。そう来馬先輩に微笑まれて、オレは改めて来馬先輩の心の広さを実感する。

「……はい。来馬先輩もありがとうございます」
「え?なんでぼく?」
「オレの心を軽くしてくれました」

オレがそう言うと、来馬先輩は一瞬きょとんとし、鋼は真面目だなあ、と目を細めて笑った。
来馬先輩は色々なものをオレに与えてくれるから、その全てを返せなくとも、感謝の言葉だけは絶対に伝えたいのだ。真面目なのではなく、ただのわがまま。
しかしそれは先輩には伝えず、明日以降の大学の振る舞いについて考えを巡らせていると、先輩が思いついたように言葉を発した。

「あ、でも鋼におんぶされるのは良いなあ、なんて思っちゃった」

そう言った後、一瞬目を泳がせて、はは、なんか恥ずかしいこと言っちゃったな、と顔を赤らめる先輩を見て、今度はオレがきょとんとする。

「先輩なら前におんぶしてますよ」
「え!?いつ!?」
「去年の夏、来馬先輩が太刀川さんたちと飲んでいたときです」

あの時の先輩もかなり酔っていたので、覚えてなかったのだろう。あの時も電話で呼び出されたのだけれど、あの頃はまだ付き合っていなかったので、今思えば太刀川さんたちが気を利かせてくれたのかもしれない。

「あ!あの鋼の部屋にお世話になったとき!?うわあ……あのときにおんぶ……」
「来馬先輩、珍しく相当酔ってましたもんね、……はは」

当時は片想いしている相手の介抱に相当焦った記憶があるが、今は来馬先輩が百面相しているのを見て思わず笑ってしまう余裕ができた。

「もしお望みなら、今からでも」
「だ、大丈夫!!」
「あはは」
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