欲しいな

もう少しで空が暗くなる時間帯、オレは鈴鳴支部のソファに座って小一時間悩んでいた。
バレンタインに来馬先輩にチョコを渡せた。眩い笑顔で受け取ってもらえたことは記憶に新しい。とても嬉しかった。
——次は、誕生日だ。
すでにプレゼントは用意しているけれど、これで良いのだろうか?という疑念は拭えなかった。
来馬先輩はどんなものでも受け取ってくれるだろうけれど、できれば本心で喜んでもらえるものを渡したかった。そんなこと考えるなんて、驕っているかもしれないけれど……。

「鋼?どうしたの?」
「あ、来馬先輩……」

鈴鳴支部でのミーティング前にソファで唸っていたため、支部に来た先輩に見つかってしまった。声をかけられるまで気配に気づかないなんて、どれだけ悩んでいたのだろう。

「お疲れ様です。すみません、なんでもありません」
「お疲れ様。なんでもないって顔じゃなかったけど……」

ため息もついてたよ?と言われてオレは言葉に詰まった。しかしこのままだと、来馬先輩に余計な心配をかけてしまいそうだ。そう思うとオレは観念して、口を開いた。

「先輩は、欲しいものありますか?」
「欲しいもの?あ、誕生日?もしかしてそれで悩んでくれてたの?」

困惑したような目をした先輩を見て、オレはやっぱり言わなければよかったと後悔の念に駆られる。でももう遅い。

「……はい、そうです」
「わ、なんだかごめんね。鋼がくれるものならなんでも嬉しいよ」

オレの予想通りの回答をくれる優しい先輩。でも、オレが求めているのは……。

「……」
「どうしたの?」
「そう、言っていただけるかなとは思ったのですが、オレは欲張りで……」

来馬先輩に、一番喜んでもらえるものを贈りたくて……。そう口にしたオレは、子どもみたいなわがままにいたたまれなくなった。さすがに、呆れられるだろうか。しかし先輩は、くす、と笑い、鋼は優しいなあ、ともったいない言葉をかけてくれた。

「なんでも嬉しいのも本当だけど……一番欲しいもの、あるかも」
「え!本当ですか?なんでしょう?」
「ふふ、今は内緒。当日、ぼくの部屋に来てくれる?」
「え?は、はい!もちろん!」

何故今は内緒なのか不明だし、事前に準備ができないのは不安が残るが、来馬先輩の欲しいものを聞けるならそれが一番だ。
ありがとうございます!とお礼を言うと、ぼくが貰うのに、お礼言われるのは変だよ、と来馬先輩は笑った。



来馬先輩の誕生日当日。鈴鳴支部で誕生日会をやって、その後、皆が自室に戻って好きなことをしている時間帯に、オレは来馬先輩の部屋に来ていた。

「来馬先輩、改めて、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、鋼」
「そ、それで、一番欲しいものとは……」

オレは早急すぎるかと思いつつも我慢できずに聞いてしまう。そうすると、来馬先輩はニコ、と笑った。なんだか艶かしい。そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしいと思うが、その後の言葉でそんなことも吹っ飛んでしまう。

「ぼくの一番欲しいものはね、鋼、おまえだよ」
「えっ……」

来馬先輩は、変わらず笑みを浮かべているが、オレは理解が追いつかない。

「バレンタイン、チョコくれたでしょ?」
「はい」
「ぼく、すごく嬉しかったんだ」
「そ、れは、よかったです」
「それでね、ぼく気づいちゃった」

鋼も欲しいなって……。そう来馬先輩に耳元で囁かれて、オレは完全に固まってしまった。
嬉しい。オレを先輩が欲しがってくれるなんて光栄だ。でも、これは刺激が強すぎる。

「ふ、鋼、かたまってる」
来馬先輩はとても楽しそうに笑っている。
「半分冗談だよ、ごめんね」
「は、はんぶん」

冗談と言われて少しショックを受けるも、半分という言葉が気にかかり、無意識に声に出してしまう。

「うん、はんぶん。鋼自身はもう少し我慢するから、言葉が欲しいな。鋼からの言葉」

オレからの、言葉。それは……。
バレンタインの日を思い出す。あの時は必死に誤魔化したけれど、多分来馬先輩にはバレていた。それでも受け取ってくれた意図まではわからなかったが、この流れで、オレの言葉というのは多分——
勘違いだったらどうしよう、という恐怖を押し殺して、オレはずっと言いたかった言葉を放った。

「……好きです。来馬先輩のことが、好きです」
「ありがとう、ぼくも好き。お付き合いしてください」
「……へっ、あ、うぅ……はい、お願いします」
「ふ、鋼のそんな声、初めて聞いた」

熱い頬を、おそらく赤くなっている顔を、見られたくなくて手で隠すけれど多分意味はない。
先輩がゆっくりと耳たぶを触ったのがその証拠だ。
オレは隠すのを諦めて、正直な気持ちを伝える。

「来馬先輩の誕生日なのに、オレが嬉しいの、ダメな気がします」
「あは、鋼、かわいい。ぼくも嬉しいからいいんだよ」

そう言って顔を覆っている手に唇を落とされて、オレはもうキャパオーバーだった。

「先輩、すきです……」

そのあとの記憶は、寝ても復活しなかった。
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