秋の雨

本部から鈴鳴支部に戻ると、タオルを首にかけて窓の外をぼんやりと見ている鋼くんがいた。
他の皆はまだ戻っていないようだ。

「お風呂入ったの?」
「ああ、ランニング中に急に降ってきたんだ。今は大丈夫だったみたいだな、良かった」

確かに、今日は雨が降るとは天気予報では言っていなかった。私は折りたたみ傘でなんとかなったけれど、ランニング中なら濡れてしまっただろう。
まだ少し夏の暑さは残っているけれど、もう季節は秋になっていたから、お風呂で温まったであろう鋼くんにほっとした。

ただ、自分より私の心配をしてくれる鋼くんは、まだ髪を乾かしてないのか、いつもセットされている前髪は下りていて、どことなく幼さを感じさせた。
でも、その幼さとちぐはぐな、切ない雰囲気も纏っている。

雨の日は、彼にとっては特別なのだろう。

「なにか悩んでる?」
「……オレってそんなにわかりやすいか」
「そういうわけじゃないけど、私と鋼くん、もう3年もほとんど毎日会ってるのよ」

雰囲気でわかるわ。そう伝えると、今には敵わないな、と言って苦笑したようだった。

「特に悩みはないよ。ただ、ここでの生活があまりに充実し過ぎていて、たまに不安になるんだ。情けないな」

鋼くんは、強いし頼りになるし、普段は滅多に表情を崩さないけれど、こういう危うさがある。
彼の生い立ちのせいか、生まれ持った性質のせいなのか。
でも、私にはどちらでも構わなかった。そこまで彼に踏み込めるとは思っていないし、相応しい人は別にいる。

「充実してるのは、鋼くんが努力してるからよ。たまには自分を褒めてあげなきゃ」
「はは……それ、先輩にも言われたよ。……でも、自分を褒めるって、難しい」

先輩には内緒な。そう人差し指を唇につけた彼は、少しずつ大人になっている。先ほど感じた幼さとは正反対の感想を抱きながら、私は頷いた。
恋人同士だからこそ、伝わってほしくないこともあるのだろう。
自分はあまり恋愛経験は豊富ではないけれど、ふたりを見ているとなんとなくそう思った。
ふたりはお互いを思いやりすぎるから……。

ふと、思いやりがない!と彼氏に対して憤慨していたボーダーとは別の友人のことを思い出して、表情が崩れる。
それでも彼女は、そのあと当たり前のように彼氏のいる家に帰っていったのだ。

「センチメンタルな鋼くんのために、今日は好きなもの作ってあげるわ。何がいい?」
「センチメンタル……。ありがとう。今が作るものは何でも美味しいけど……マカロニグラタンが食べたいな」

マカロニグラタンは、先輩の好きな食べ物。

「はぁ……惚気られたわ」
「えっ……」
「ふふ、自覚ないのね。でもわかったわ。材料もちょうどあるし、任せて」

そう言って得意げに笑うと、彼も嬉しそうに笑ってくれた。
私でも、鋼くんを笑顔にできる。そのことに密かに満足感を覚えながら、機嫌良くキッチンに向かった。

皆揃った食卓では、きっと彼は普段の穏やかさを取り戻しているだろう。
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