晩秋の雑想
自分の話ばかりをして、相手の話をまったく聞かない。
リアルでそんな人がいたら迷惑きわまりないが、こと小説に関して、わたしはそんな困ったちゃんである。
ともかく人さまが書いた小説を読むのが億劫なのだ。一ヶ月に一冊も読めばいい方である。
そのくせ、自作の執筆となれば、ライターズハイに浸り、長々と書き続ける。
人さまの小説を読まない、わたしのような傲岸不遜な輩が、面白い作品を書けるわけがない。
小説の執筆などと格好つけているが、わたしは自分で掘った穴に向かって好き勝手な言葉を吠えているだけだ。
言い訳をすれば、詩歌や実用書といった小説以外の本は読む。すべての活字がきらいなわけではない。
誰の作品も読まない自分を変えるべく、今日は堀辰雄の「美しい村」という短編を読破した。
しかし、わたしはこの作品を「視点人物の意識がふわふわと漂っているだけの、雰囲気小説」として読んだ。いくつかの自然描写は印象に残ったが、感動には至らず、率直にいえば「時間を無駄にした」と思っている。
人さまの作品を読んだら読んだで、傲慢な感想しか抱けない。自分の意地悪さが嫌になる。
この際、人さまの小説を読むことをやめてしまおうか。最近はそんなふうに考えている。
好みのうるさいわたしにとって、ほとんどの作品がnot for me なのだ。わざわざ時間をつくって人さまの小説を読んで、ネットに悪口を書く。そんな非生産的な行為から卒業した方がいい。
以上述べたように、わたしは読書ぎらいの執筆好きである。
みなさんはこう思ったことだろう。
「人の作品を読まないのに、自分の作品は読んでもらいたいのか? なんて勝手な人間なんだ!」
まったくその通りなので、返す言葉もない。
わが道を突き進むべく、投稿サイトのアカウントを消して、自サイトを立ち上げた次第である。
リアルでそんな人がいたら迷惑きわまりないが、こと小説に関して、わたしはそんな困ったちゃんである。
ともかく人さまが書いた小説を読むのが億劫なのだ。一ヶ月に一冊も読めばいい方である。
そのくせ、自作の執筆となれば、ライターズハイに浸り、長々と書き続ける。
人さまの小説を読まない、わたしのような傲岸不遜な輩が、面白い作品を書けるわけがない。
小説の執筆などと格好つけているが、わたしは自分で掘った穴に向かって好き勝手な言葉を吠えているだけだ。
言い訳をすれば、詩歌や実用書といった小説以外の本は読む。すべての活字がきらいなわけではない。
誰の作品も読まない自分を変えるべく、今日は堀辰雄の「美しい村」という短編を読破した。
しかし、わたしはこの作品を「視点人物の意識がふわふわと漂っているだけの、雰囲気小説」として読んだ。いくつかの自然描写は印象に残ったが、感動には至らず、率直にいえば「時間を無駄にした」と思っている。
人さまの作品を読んだら読んだで、傲慢な感想しか抱けない。自分の意地悪さが嫌になる。
この際、人さまの小説を読むことをやめてしまおうか。最近はそんなふうに考えている。
好みのうるさいわたしにとって、ほとんどの作品がnot for me なのだ。わざわざ時間をつくって人さまの小説を読んで、ネットに悪口を書く。そんな非生産的な行為から卒業した方がいい。
以上述べたように、わたしは読書ぎらいの執筆好きである。
みなさんはこう思ったことだろう。
「人の作品を読まないのに、自分の作品は読んでもらいたいのか? なんて勝手な人間なんだ!」
まったくその通りなので、返す言葉もない。
わが道を突き進むべく、投稿サイトのアカウントを消して、自サイトを立ち上げた次第である。
