晩秋の雑想
美は哀調とともにあり
相談時間は三十分、料金は五千円という条件で、占いの鑑定を依頼したことがある。
ずいぶんと馬鹿なことをしたもんだなあ。
バーナム効果にコールドリーディング。占いなんてものはペテンだよ。統計学的にも根拠がない。
──そんな風に感じた読者諸氏も多いであろう。わたし自身、愚かな行為だったと思う。
だが、ある行為が愚かであることと、その行為の担い手が真剣であることは両立する。
そう。
わたしは本気だった。
「プロ作家になりたくて小説を書いているのですが、なかなか芽が出ません。わたしにはどんな作風が向いているのでしょうか?」
落ち着いた雰囲気の女性占い師は、わたしの質問を鼻で笑うことはなく、姓名判断や生年月日に基づいた鑑定を行ってくれた。
「宮部みゆきさんのような大勢の人に支持される作風は、あなたには向いていません。悲しい結末だけれども、そこにいくばくかの希望がある作品が、あなたの持ち味です」
女性占い師の言葉は、納得がいくものであった。
もしもわたしの作品がmassにリーチする力があるのならば、とっくに世に出ている。
創作活動が迷走しているうえに、身近に相談できる相手がおらず、占い師に助言をあおぐような人間なのだから、作品がマイナー路線になるのは必須である。
その後、わたしは持病が悪化して、プロ作家を目指すどころではなくなった。でも執筆は趣味として続けていて、BL小説を投稿サイトにアップしていた。
BLといえばハッピーエンドが基本である。
メリバやバッドエンドの場合、キャプションに注意書きをしなければいけない。
わたしは平凡な主人公が、見目麗しい相手役に愛される、甘い物語を量産した。ありがたくも感想をいただいたり、作品をブックマークに登録してもらった。
このまま承認欲求が満たされていくのかと思いきや、わたしはひとつの大きな疑問にとらわれるようになった。
「異性愛者として何不自由なく生きている自分が、たとえフィクションのなかとはいえ、マイノリティを性的に消費していいのか?」
BLはファンタジー。そう言い切れる強さをわたしは持ち合わせていなかった。
結局、投稿サイトのアカウントは消した。
いまわたしの脳内を占めているのは、異性愛者の女性主人公が恋に敗れるビターエンドのプロットだ。
需要がないことは分かっている。
現実世界のつらさをなぞるような物語を誰が好むというのだ?
でもわたしの筆は、悲恋を書きたくてうずうずしている。
長らくハッピーエンドという縛りがあるBL小説を書いていた反動かもしれない。
あるいは、女性占い師の見立てどおり、わたしには哀調の物語が合っているからかもしれない。
いずれにせよ、書き手としてわたしにできるのは、繕わず、偽らず、おのれの心が求めるままに小説を完成させることだけだ。
純度の高い悲恋は、美しさを宿す。
到達してみたい。その境地に。
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