ハイオク満タンの逃避行
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帰りの首都高。
行きとは違い、車内の空気は柔らかく澄んでいた。
啓介がオーディオのスイッチを入れる。
流れ出したのは、ふたりがよく聴いているロックナンバー。
アップテンポなリズムが、ロータリーサウンドと重なって心地よいビートを刻む。
「…ふふっ」
助手席のなまえが、曲に合わせて小さく鼻歌を歌い出した。
膝でリズムを取り、窓の外の夜景を楽しんでいる。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、その横顔は明るい。
(…やっといつもの顔に戻ったか)
啓介はステアリングを握りながら、口元を緩めた。
なまえの鼻歌に合わせるように、彼もまた、指先でハンドルをトントンと叩く。
言葉なんていらない。
同じリズム、同じスピードで夜を駆ける。
それだけで、ふたりの心はどこまでも深く繋がっていると感じられた。
やがて、FDはなまえの家の前に滑り込んだ。
低いアイドリング音が、住宅街の静寂に響く。
「今日はほんとにありがとう。すっごく元気出た」
シートベルトを外し、なまえが微笑む。
その笑顔を見られただけで、啓介もまた、見えないガソリンを満タンにされたような気分だった。
「おう。明日は無理すんなよ」
「うん。啓介くんもね」
なまえがドアノブに手をかける。
このドアを開ければ、また日常が待っている。
名残惜しいけれど、降りなきゃいけない。
「じゃあね、おやすみ――」
言いかけた、その時だった。
「なまえ」
「え?」
振り向いた瞬間。
啓介の身体が、予想以上に近くにあった。
シート越しに身を乗り出した彼の手が、なまえの頬を包み込む。
「…んっ」
有無を言わせぬ、けれど優しいキス。
缶コーヒーの甘さと、彼のタバコの香りが混ざり合う。
一瞬触れ合っただけの軽いキスなのに、心臓が跳ね上がるほど熱かった。
パッ、と啓介が離れる。
至近距離で目が合うと、彼は少し照れくさそうに、けれどいたずらっぽくニヤリと笑った。
「おやすみの挨拶だ。さっさと行け」
「…っ、もう…!」
なまえは真っ赤になって、でも嬉しさを隠しきれずにふわりと笑う。
「…おやすみなさい、啓介くん」
逃げるように車を降りたなまえが、玄関の中に消えるまで。
啓介はその場を動かなかった。
(…たく、調子狂うぜ)
自分自身の顔も熱くなっているのを自覚しながら、啓介はギアを入れる。
バックミラーに映るなまえの部屋に明かりが灯ったのを確認して、彼はアクセルを踏み込んだ。
遠ざかるテールランプの赤い光は、いつまでも優しく、なまえの眠る街を見守っていた。
(おわり)
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