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路地裏にひっそりと佇む、隠れ家のようなサロン。
「D's Cut & Color」──
看板が出ているだけのシンプルな店構えだけど、予約リストは常に数ヶ月先まで埋まっている。
理由は、たったふたつ。
ガラス越しに見える、オーナー兼スタイリスト・高橋涼介の、完璧すぎる美貌と技術。
そして、その横でちょこまかと動くアシスタント・なまえの、とびきりの愛らしさ。
今日も店内には、ハサミの音と、心地よい水の音が響いていた。
鏡の前に座る女性客は、ガチガチに緊張していた。
背後に立つ涼介が、サラリと髪に櫛を通す。
ただそれだけなのに、指先から伝わるオーラが強すぎて、息ができなくなりそうだ。
「…前髪、数ミリ調整しますね」
涼介の声は、低くて滑らかで、まるで極上の音楽みたい。
鏡越しに目が合うと、彼はふわりと微笑んだ。
それは、すべてを見透かすような、知的な大人の色気。
(前髪切ってもらうだけでマジ緊張する…!心臓の音、聞こえてないよね…?)
女性客は赤くなる頬をごまかすように、瞳を伏せるしかない。
ふと視線を動かすと、カラー剤を準備しているなまえと目が合った。
「あ、雑誌変えましょうか?エアコン寒くないですか?ひざ掛けもありますから遠慮なく言ってくださいね!」
ニコニコと気遣うその笑顔は、花が咲いたように可愛い。
涼介の隣にいても霞まない、むしろその純粋さが際立っている。
(…なんかこの子、可愛すぎん…?涼介さんの助手っていっても嫉妬する気も起きんし、ほんと癒やしだわ…)
美しすぎる王様と、愛らしすぎる小動物。
この空間にいるだけで、女性客たちは誰もが「完敗」してしまうのだ。
一方、シャンプー台では。
男性客が、至福の表情で天井を見上げていた。
もちろん目元にはフェイスガーゼがかけられているけれど、頭を預けている手の感触だけで分かる。
なまえの手は、小さくて、温かくて、とにかく優しい。
「お湯加減、大丈夫ですかぁ?」
耳元で囁かれる、鈴を転がしたような声。
頭皮をマッサージする指の力加減が絶妙で、意識がとろけそうになる。
(なんかこの子に頭抱えられてんのたまらん…仕事の疲れとか、全部吹っ飛ぶわ……)
シャンプーが終わり、ガーゼが外される。
なまえが「お疲れ様でした」と微笑むと、男性客は夢見心地でセット面へ戻る。
そこで待っているのは、髪を乾かすためにドライヤーを構えた涼介だ。
無駄のない所作、整いすぎた顔立ち。
同じ男としての「格」の違いを、まざまざと見せつけられる。
(マジで同じ男か…?どこをどうしたらこんな完成度になんの…勝てるわけねぇ…)
男性客もまた、涼介の圧倒的な存在感と、なまえの無垢な可愛さに、白旗を上げるしかないのだった。
***
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
最後の客を見送り、重厚なドアの鍵を閉めると、サロンに静寂が戻ってきた。
BGMを止めると、残るのはふたりの呼吸音だけ。
「…ふぅ。今日も忙しかったね、涼介さん」
なまえがほうきを持って掃除を始めようとすると、涼介がその手からほうきを取り上げた。
「掃除は後でいい」
「え?でも…」
「こっちへおいで」
涼介はセット面の椅子になまえを座らせると、自分はその前に片膝をついた。
まるで、王子様が跪くみたいに。
彼はなまえの両手をそっと取り、自分の手のひらに乗せる。
くり返すシャンプーで、少しだけ赤くなった指先。
美容師の手は荒れやすい。
特にお湯を使い続けるアシスタントの手は、ボロボロになりがちだ。
涼介の瞳が、痛ましげに細められる。
「…また少し、赤くなってる」
「平気だよ、これくらい。勲章だもん」
なまえが笑って誤魔化そうとしても、涼介は誤魔化されない。
「ダメだ。俺が平気じゃない」
彼はワゴンの引き出しから、特注の高級ハンドクリームを取り出した。
チューブからクリームを出し、なまえの指一本一本に、丁寧に塗り込んでいく。
その手つきはお客さんの髪を触る時よりもずっと甘くて、慎重で。
「売上がいくら伸びようが、どんなに店が流行ろうが…」
涼介はなまえの手の甲に、祈るように唇を落とした。
長い睫毛が、なまえの肌をくすぐる。
「お前の手が痛むなら、何の意味もないんだよ」
「涼介さん…」
なまえの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
昼間の完璧な「オーナー」の顔じゃない。
今はただの、心配性で過保護な「彼」の顔。
「…ありがとう。涼介さんの魔法があれば、すぐ治っちゃう」
なまえが照れくさそうに言うと、涼介はようやくふっと表情を緩めた。
「ああ。…じゃあ治るまで、今夜はもう少し…こうしていよう」
薄暗い店内で、ふたりの影が重なる。
優しいラベンダーのクリームの香りが、ふわりと漂った。
明日もきっと、この店は大繁盛するだろう。
けれど、この甘くて優しい時間は、誰にも邪魔できない──…ふたりだけの秘密。
(おわり)
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