ターボ・シンパシー
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群馬の山あい、霧が薄く漂う秋名の道に、ハチロクが軽快な音を響かせながら戻ってくる。
豆腐配達を終えた藤原拓海の愛車が、藤原豆腐店の前に停まった。
助手席のドアが開くと、少女──みょうじなまえが勢いよく降りてくる。
その瞳は、朝日を浴びて光るハチロクのボディに釘付けだった。
「やっぱハチロクの音、たまんないね!軽くてFRとか、反則すぎでしょ!」
朝の空気を切るようになまえの声が弾み、拓海は気だるそうに一言だけ返す。
「…慣れただけじゃね?」
「なにそれ、文太おじさんのセッティングが神なんだから当然でしょ?」
なまえは拗ねたように頬をふくらませて、でも目はいたずらっぽく光っている。
「ねえ、今度秋名の下り、あたしにも走らせてよ。ハチロクで」
「はあ?…お前、S13で十分速いじゃん。オレのは貸さねーよ」
ぷいっと横を向く拓海の肩を、なまえは笑いながら軽く叩く。
「ケチ!ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃん!」
くだらないやりとりに見えて、どこか心地いいテンポ。
幼なじみらしい笑い声が、朝の静けさに溶け込んでいった。
なまえは小さい頃から藤原家に預けられることが多かった。
特に文太には、親同士が古い付き合いなこともありほとんど“娘”のように育てられてきた。
そのせいで、ガレージに響くエンジン音は、彼女の原風景の一部。
自然と車が大好きになって、今ではS13シルビアを自分でカスタムするまでに成長した。
ふと、拓海がぼそっと言う。
「そういや…赤城のガレージ、行ってみたいって言ってたよな。今日、プロジェクトDの整備日なんだ」
「え、マジ!?高橋兄弟のガレージ!?FDとFC、見れんの?」
目を輝かせるなまえに、拓海は苦笑しながら答える。
「涼介さんに頼んでみるけど…ついてくるなら静かにしてろよ」
「やったー!拓海、大好き!」
ぴょんと飛び跳ねて喜ぶなまえに、拓海は肩をすくめながらも、優しげに目を細めた。
***
午後の赤城。
山のふもとにあるプロジェクトDの専用ガレージには、FDとFCが整然と並び、空気にはオイルの匂いと工具の金属音が漂っていた。
なまえは拓海のすぐ後ろについてガレージに足を踏み入れた瞬間から、もうテンションMAX。
「うわ、FDのエアロ…カッコよすぎ!え、これRE雨宮?バンパーのデザイン、完璧じゃん!」
拓海が低い声で「静かにしろって」と言うも、なまえはすでにFDに夢中で、ふらふらと吸い寄せられていく。
そこへ──
Tシャツにジャージパンツ、前髪をかき上げながら歩み寄って来たのは、プロジェクトDダブルエースのひとり、高橋啓介。
「おい藤原、そいつ誰だよ。女連れ込んで何しに来たんだ?」
挑発するような声に、なまえがびしっと振り返る。
「女じゃなくて、みょうじなまえ!拓海の幼なじみです!プロジェクトDのマシンが見たくて来ただけ!」
「ふーん。見物人ねぇ。で、女がガレージ来て何すんの?邪魔するなら帰ってくんない?」
その言葉に、なまえの眉がピクリと動く。
すっとFDの前に立ち、鋭い声で言い返す。
「邪魔じゃないし。てか、FD、純正タービンのままでしょ?高回転、息切れしてそう。セッティング変えるなら、せめてT04Eくらい入れた方がレスポンス上がるよ?」
一瞬、ガレージの空気が止まる。
「…やべ」
拓海が小さく呟いて、一歩後ろに下がった。
啓介は軍手をはめる手を止め、なまえをまじまじと見つめた。
「…お前、素人にしちゃ口が達者だな。どこで仕込んだ?」
「文太おじさんとこで育ったからね。ハチロクのエンジンより、FDのロータリーのほうがぶっちゃけ分かりやすいし」
ドヤ顔のなまえに、啓介は舌打ちしながらも、どこか楽しげに口元をゆがめる。
「ふん。口だけなら誰でも言える。今度データでも持ってきな、素人さん?」
「素人じゃない。みょうじなまえ。名前、覚えといてよね」
ふたりの視線がぶつかる。
鋭く、火花のように。
遠くで拓海がぼそっと呟く。
「…だから連れてくるの嫌だったんだよ…」
***
夜、ガレージの空気が少し落ち着きを取り戻す頃。
涼介が奥のデスクで静かにデータと向き合い、啓介はFDのボンネットを開けてメンテナンスの真っ最中。
なまえはというと──
帰るタイミングを失ってしまい、拓海に「ちょっとだけ見てていい?」と頼み込んで残っていた。
蛍光灯の明かりの下、FDのエンジンルームをじっと覗き込んだまま、ぽつりと呟く。
「このインタークーラーの配管、取り回し変えたらエアフロもう少しスムーズになりそう…」
その声に、啓介がぴくっと反応した。
「…今、何つった?」
「ん?いや、ちょっと思っただけ。セッティング、まだ詰められるなーって」
じっと見つめる啓介の視線に、なまえは肩をすくめる。
「なによ、そんなに驚く?」
「…生意気だけど、悪くねぇ目してんじゃん」
啓介が口元をゆるめて笑う。
なまえも「ふふん、ちょっとは認めた?」と得意げに笑い返す。
「まだ認めねーよ。口だけか、ちゃんとした目を持ってんのか──試させてもらうぜ」
その挑むような目に、なまえもきゅっと口角を上げる。
「望むところ!」
ガレージの空気が少しだけ熱を帯びる。
蛍光灯の光の下、車を挟んで向き合うふたりのあいだに、ほんのかすかに、だけど確かに──
何かが、始まろうとしていた。
(つづく)
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