気ままにぶろぐ

気まぐれSS「ずっとそばにいてね」

2024/05/04 13:58
*オーシュットとマヒナのちょっとした話です。かっこいいオシュちゃんが好きだし見たい。
*推敲、プロット制作時の息抜きに書いたものを公開します。おかしな点等あるかもしれませんがご容赦くださいませ。



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本日のマヒナは大層ご機嫌であった。弾む気分にぴったりの雲の見当たらない青空に円を描いて飛び回る。ちょっとやそっとじゃ疲れない自慢の羽で風と友誼を結び小鳥の群れを追い越した。ちなみに烏は意地悪でそりも合わないのでやめておくようにしている。空の散策はお手のものだが、人間みたいにきょろきょろと目玉を動かすのは難しいし、黒い目は夜の方が冴えているのだが、そこはご愛嬌である。
「やっほー、マヒナ! 元気いっぱいだねぇ」
『オーシュット!』
ご主人であり相棒でもある少女が、地平の上からめいいっぱい手を振ってくる。マヒナは少女の雄叫びなら力強く、隣で添い寝をするのなら柔らかくて優しい音色が好きだった。
『待ちくたびれちゃったわ! もう、何をしていたのかしら』
ホロホロ鳴いた。オーシュットは本当にのんびりしていて、自分のペースを中々譲らない。
昔はこんなことで狩人が務まるのかしらと気が気でなかったものだが、彼女はこれで良いと今は思う。たまに焦ったくなるけれど、上手に撫でられるとまあ良いかと思えてしまう。
「ごめんごめん。でもマヒナの分の干し肉もパルテのあんちゃんが買ってくれたよ。中々良いやつ」
白い歯を覗かせて、少女はニカッと笑う。掲げて見せてくれた干し肉はなるほど上等なパーディアンから採れるものだった。
『まあ、通りで良い匂いがすると思ったわ。楽しみね』
マヒナはオーシュットのお姉さんぶるが、美味しい肉の誘惑には到底抗えない。でもそれは獣人である少女も同じで、肉があればそこに一目散に惹き寄せられてゆく。なんだかんだで、二人で分け合って食べるのが不思議と一番美味しい。
最近は、人間達と輪になって加工よりももっと手間を加えた料理というものを食べる機会が増えてきたようだ。マヒナもちょっと突いてみたけれど、やっぱり普通の肉で良い、というのが正直な所感だ。それでもオーシュットが頬を膨らませてご満悦な姿を眺めているだけで、マヒナはお腹いっぱいだ。
「それでマヒナはどうしてごきげんなの?」
『あらっ、見て分からない?』
「ん〜……」
眉間とそれから口元にまで皺を作って、オーシュットは唸るけれど、どだい長く考えるのは得意じゃない。
「分かった、あれでしょ、毛並みがフワフワ!」
言いながらマヒナの背中を撫でて確かめてくる。毎日入念に毛繕いしているし、ご飯が美味しいのもあって、最近良い感じの艶を放っている。触り心地も抜群だ。試しに白くてヒラヒラした布を被っている主人の仲間に撫でさせたら「素敵な羽毛をお持ちですね」とにこにこしてきたから間違いない。
マヒナはオーシュットの方に一旦着地して、広げた羽で頬っぺたをくすぐるお返しをした。
『正解! でもそれだけじゃないのよ! とっても良い水浴び場を見つけたの』
「そっかそっか。マヒナは水浴びが好きだもんねぇ」
獣人は水浴びをしない。正確にはもっと大きな水溜まりに身体を潜らせて綺麗にすることはやるが、濡れることが苦手な子が多く忌避されがちだ。
反面、マヒナは水浴びを欠かさない。思い切り羽を動かして滴を散らし、嘴で突いて潤す。羽をいつも綺麗に保っていたいし、何より気持ち良いのだ。
『オーシュットもちゃんと身体を洗うと良いわよ。その方が綺麗だもの』
「してるよー? この間だってキャスティに怒られてお風呂に行ったもんね」
オーシュットのつむじをくんくん嗅ぐ。マヒナは彼女ほど鼻が効かないので、近くに寄らないと案外分からない。嘘なんて吐かれはしないけれど、人間たちが使う石鹸の匂いを確かめてみたかったのだ。
それにしても、とマヒナは思う。オーシュットはどこへ赴こうが人関わろうが素直で純真に変わりないどころか、人間のなんだか燻んだり拗れたりしている心も丸々解いて絆してしまう、そんな生粋の獣人娘だ。
そんな少女だが、最近はちょっぴり大人びた顔も見せるようになった。獣人は人間に比べたら価値観も異なれば子供のような見てくれだが、心は相応に育っているのだ。マヒナはオーシュットの背中を見る度に頼りになってゆくのに真っ先に気が付いていた。同時に、寂しくもあった。獣にだって、感情はしっかりあるのだ。マヒナは少女と一緒にたくさん過ごしてきたから、今こんなに満ち足りている。思いが穏やかに膨れてゆくうちに、相反してオーシュットが選んでくれなければ、今頃マヒナはどうなっていただろうか? そんな考えがこの頭を過ぎりもする。
「……ねぇマヒナ。これつけたげる」
いけない。考えすぎていたみたいだ。マヒナが少女の言葉で我に返った直後に、それは胸元で揺れた。陽光を授かって煌めいてもいた。
『まあ、綺麗だわ。誰かから貰ったの?』
マヒナはくるくる動かせる首を傾げた。オーシュットが獣人のお守り以外のアクセサリーを持ってくるなんて意外だ。
人間がつけているキラキラしたもの。宝石を身につけると、なんだか胸が弾むらしい。マヒナは初めてそれを知った。
「なんかお店の人がくれたんだよね。腕につけても大きいし、それになんかマヒナに似合う気がしたんだ!」
橙から森のような鮮やかな緑、海のように冴えた青と、小ぶりながら真珠までついている。少女が腕に身につけているものと似ていた。
オーシュットは自身を着飾ることに関心が薄いようだけれど、マヒナがつけている姿は特別に思ってくれているようだ。
『フフ、そうなのね。どう? あなたの見立ては合ってた?』
嬉しくなって、オーシュットの頬をくちばしで軽く突いた。くすぐったそうにして、マヒナの顔も指で擽るように撫でてくる。ついつい鳴いちゃう。
「うん、ばっちりだよ。ふふ、マヒナのお月様みたいなふわふわしたからだに合ってるよ。きれいだね」
マヒナはしばらく何かを言うことも鳴くこともできなかった。その代わり、心はざわざわする。何だか空に浮かんでる雲みたいな心地だ。
遅れて、とてつもなく照れ臭くなった。
「さ、マヒナ。私の手に乗ってくれる?」
恭しい、なんて言葉をオーシュットに当てはめる日が来るなんて思わなかった。マヒナに向けて小さな手を差し伸べる彼女は、ふわりと笑う。天真爛漫に内包されていた、大人びた部分、と思うのは、きっと彼女の中に生まれた変化というものを、自然と受け止め、自分のものにできるからだ。真っ直ぐに、伸びやかな茎を伸ばす花のように。彼女は強かに咲き誇る。 喜ばしい、ことなのだろう。いずれにしたって、マヒナがそこに来ることを心から望んでいる主人に、断る理由なんて見つけられやしない。
『……何をするの?』
「えすこーと、だよ。今のマヒナはお嬢さんだからね。私が行きたいところに連れてってあげる」
マヒナは顔を傾げたが、どうやらおめかしをしている自分を特別扱いしたいらしい。
悪い気はしない。マヒナは長くを共にしてきた友の手のひらの上で、リーフランドの穏やかな微風をひとしきり浴びてから、さえずり混じりに訊ねた。
『あらあら、どこまで連れてってくれるのかしら?』
「焦っちゃだめだよ、マヒナ」
目の目の間、言わば眉間をつんと突かれた。
「私たち二人一緒なら、どこへだって行けるんだから。そうでしょ?」
心の中を言い当てられたみたいだった。それもそうだろう、オーシュットは獣の心が分かる。深いところまで。マヒナの少しの不安だって、めざとく気がつく。敵わないな、と思う。
オーシュットは湖に連れて行ってくれた。飛ぶのもいいけれど、また違う喜びが弾けた。
「君がずっと私といてくれたから、ここまで来れたんだからね」
地平の奥で自分達の知らない寝床につこうとしている夕色が、水面を、オーシュットの頬や額を照らしている。まるで贈り物だった。はらりと小さな葉がマヒナの翼に触れてから降りた。
「これからもよろしくね、マヒナ……だいすきだよ」
額と額が触れ合う。あなたはいつも温かい。私も、私もね、あなたと一緒にいたいの。言いたくてたまらないはずなのに、胸がいっぱいになってしまう。
『勿論よ、オーシュット。私も、おんなじ気持ちなの』
他の誰でもない、オーシュットが選んでくれたから、マヒナはここにいる。明日も、その次だって、隣にいられる。今は、ただ、それが嬉しい。
自分達は変わったのかもしれない。でもそれは、いつまでも抱きしめていたい大事な大事なものに育ってくれた。
オーシュット、あなたがもっとずっと大きくなっても、そばにいるからね。

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