半鬼ヒカリが、テメノスさんに拾われてなんやかんやあって愛の指輪を貰うお話

フレイムチャーチの町外れ。
そこには、豊かな緑に囲われた、小さな農村がある。
大地を細く長く切り分けるような小川を辿ると、大きな風車が建っているのがまず目につくだろう。
長閑な自然が佇んだこの地では、時折鹿などの野生動物の姿も見られる。

賑やかな街に疲れ、あるいは遠い国から密かに穏やかな地を求めて来た者、名声を捨てて密かに越してきた者——そういったわずかな人間がここに点々と家を構え、慎まやかに暮らしている。

麦畑に囲まれた少し古びた煉瓦造りの一軒家。ここがヒカリたちの住処である。
ヒカリはカーテンを開いた。帰る頃には夕暮れであったが、今は外は濃紺で塗りつぶされていた。料理で熱った身体を少し冷ましたくなって、窓を開けた。澄んだ風が横髪を揺らした。

夜は酷く静かで、人の灯す明かりはほとんどない。そのため、掻き消されなかった数多の星が浮かび上がる。薄雲を纏い、潤んだような月もまた、絶えず真新しい輝きをこの地に注いでいる。
ヒカリの故郷では、このような白銀の月はなかった。ゆえに、はじめて村の奥にある森で空を見上げたときはその美しさに暫し言葉を忘れたものだった。
そして、こんな月明の下で手を差し伸べてくれた彼のことも思い出す。

暫くして、暗闇の奥で、低速で駆けて行くエンジン音が鈍く響いてくるのがわかった。車は、こちらに近づいてきている。
ヒカリは窓を閉め、足早に玄関へと向かう。

「ただいま帰りました……」

声音に疲労を滲ませながら、彼が扉から現れた。「おかえり、テメノス」ヒカリが一歩前へ歩み出ると、いつものようにそっと微笑みかけてくれた。ヒカリより一段上にある顔も、玄関でなら同じ高さにある。

テメノスはこの家の主である。白い髪に白い眉、まつ毛も白い。ひとみは翡翠のような深い緑をしており、笑うと少し細まる。儚げで、どこか謎めいた雰囲気のある男だが、話してみると物腰柔らかで、思慮深い人物である。
訳あってヒカリは、彼と共に暮らしている。

「……今日も、"仕事"が大変だったのか?」

ベージュのステンカラーコートを預かった。寒い季節が近いので、最近の彼はほとんど毎日これを羽織っている。
ヒカリからの問いに、彼は頬を掻く。

「ええ。定時で帰るつもりが後から急ぎで処理しなくてはならない案件が発生してしまいまして……遅くなって、すみません」

彼の仕事は事務……PCとやらに向かって文字を打ち続ける、らしい。
家のために稼いでくれているというのに、彼は時折、ヒカリに謝る。

「謝らなくて良い……夕飯、できているからな。今から温め直そう」

二人でリビングまで向かっていると、テメノスが歩幅を緩めた。少し先を行っていたヒカリはもう扉を半分開けたところだった。

「確かに……美味しそうな匂いがしますね。いつもありがとう」

「ん……これくらい、なんてことはない」

部屋に入るなり、頭を撫でられた。彼の方が背が高いからそうするのかはわからないが、まるで子供のような扱いだ。それくらいは、ヒカリにだって分かる。
でも、仕事から離れ、ふたりだけの日常に入り込んだ彼の優しい顔を近くで見れるのは、ちょっとだけ誇らしく、照れくさいような気にもなる。

「じゃあ、配膳を手伝いますね。手を洗ってからになりますけど」

テメノスは腕まくりをしてみせた。だが、本当はそんなことをする余力もあまりないはず。ヒカリを心配させまいと、あえて気丈に振る舞っているのだ。
人の心は難しい。このことに気付いたのは、最近のことだった。

「大丈夫だ。すぐ終わるから、そなたは、そこで座って待っていてくれ」

ヒカリが語気を強めず、かといって有無を言わさぬように努めて伝えると、テメノスは少しだけ残念そうに肩をすくめる。これで良い。

人間たちは常に労働に追われている。彼らにとってはそれが当たり前のようだ。
しかし、中には余力を生活に回せないほど疲れ切ってしまう者もいる。

真面目で優しいのは彼の美徳だが、もう少し頼ってほしいとも思う。
せめてヒカリにできるのは、食事を作り、掃除や洗濯などをして住処を整えることだった。

本日の夕食はハンバーグ、サラダ、味噌汁、蒸したじゃがいもに調味料を和えたものなど。自分の好みと彼の承諾もあって、パンではなくご飯にしている。

テメノスは食事の前に、決まって両手を絡ませて誰かへの感謝を口にする。彼の習慣だ。街中でもやっている人たちをよく見かける。

「——それで、無事トムお爺さんの眼鏡は見つかったのですが……やめたと言っていたはずの骨董品集めを続けていたことや、夜遊びも同時に判明してしまったんですよね」

テレビは食後なので、部屋は静かかといえば、そうでもない。
テメノスがいろんな話を聞かせてくれるからだ。
いつ頃かはわからないが、彼は休日に、たまたま困っているお爺さんの老眼鏡探しを手伝ったという。
ところが、お爺さんのアクティブな足跡を辿ることで、彼の秘めておきたい事実もまた、同時に暴かれてしまったのである。眼鏡は最終的に家内で飼っていたゴールデン・レトリバーが寝床に隠していたのだが。

「なんと……それは、心配していた奥方はおかんむりだったろう」

サラダの残りひとくち、オニオンチップを乗せて、綺麗に平らげた。
まえにテメノスが、教えてくれたのだ。ご飯より最初に生野菜を食べると、血糖値の上昇が緩やかになるのだと。

「それはもう。でも、別れてはいないみたいですね。トムお爺さんも反省したみたいで、この間二人で出かけているのを見ました」

テメノスはサラダの合間に熱い味噌汁を少しずつ啜っている。段々と落ち着いてきたのか、語り口に調子が出てきている。
老夫婦は、いまも穏やかに過ごしているらしい。
彼の聡明さが町の人々を助けたという話を聞くのが、ヒカリは一番好きだったりする。

「……ん、ヒカリってば、また腕を上げましたね。このハンバーグ、前も美味しかったですけど、今回は柔らかくって更にジューシーです」

「おお、それは良かった」

彼が喜んでくれると、ヒカリも嬉しくなる。
ハンバーグは上出来だった。口の中で旨みが解け、濃いソースと絡まって白米が欲しくなる。
テメノスは会話も忘れ、ハンバーグと白米も交互に食しては、口元を綻ばせていた。

こんな彼が見られるから、毎日美味しい食事を作ろうと思えるのだ。少し前の自分であれば、腹を満たせれば良いと考えただろうに、随分と変わったものだと思う。

運動量の多さから、ヒカリはがっつり食べたい方である。それに比べると、テメノスは控えめだが、最近は少しずつ量が増えてきている。
ヒカリはこの時間を気に入っているが、彼も同じだったら良いな、と思う。

「肉屋の店主が、ハンバーグを作ると言ったら、合う肉を勧めてくれてな。種の工程は図書館の本と……あとはアグネアたちから、ソースの作り方を教わった」

店主やガスは店の味を出せるが、アグネアは家庭料理を得意としている。どちらの意見も参考になるのだ。
ちなみに味噌汁の味噌はヒカリが自分で麹や豆を用意し、発酵させて作っている。故郷で馴染みのある味を再現したかったのだが、どうやら東国にも同じものがあるらしく、輸入食品店で買うことができた。
テメノスは顎元を擦り、「ヒカリはほんとうに、勉強熱心ですねぇ」と感心をあらわにした。

「それに……アグネアさんって、前も言っていた、カフェの看板娘の方ですよね」

何度か話をしたので、きちんと覚えていたようだ。ヒカリは頷く。

「ああ、アグネアは俺の友だ。ガス殿も、オーナーも。カフェに寄るたびに、いつも笑顔で迎えてくれて、色んな話を聞かせてくれるのだ」

ヒカリにとって友と呼べる存在が、徐々に増えてきている。それもこれも、彼らにとって、自身が人間として見られている証左でもある。

「ヒカリ……嬉しそうですね」

「ああ……」

嬉しいといえば、そうだ。皆が異物であるはずの自分を受け入れてくれるような気がするのだから。だが、時折、頭をよぎることがある。ヒカリの秘密を明かした時、彼らはどんな顔をするのだろう、と。

「皆、良い人たちばかりだからな……それに、戦争や諍いもなく、平和だ」

平和だった街が火の海になり、民たちの悲鳴や苦痛の叫びが飛び交う。そんな光景は、もう見たくない。おそらくヒカリの故郷はいま——想像しかけて、やめた。
何の力も持たない自分には、どうすることもできない。

「……うん。確かに、そうですね。この町も人も昔から、変わらない。良くも悪くも」

テメノスは曖昧に笑い、湯気の引いた琥珀色の紅茶を口にした。どこか含むような物言いだった。
昔から、彼はここに住んでいるのだろうか。気になったヒカリは、ひとつ、尋ねてみることにした。

「やはり、テメノスの故郷はフレイムチャーチなのか?」

「まあ、そうなりますね。子供の頃からここに連れられて、そのまま育ってますし」

「子供の頃からか……」

テメノスの幼き時。いくつか考えてみるが、ぼんやりしている。その時の彼は純真だったのか、それとも根から?聡明な子だったのか。

「幼いそなたは、あまり想像がつかないな」

ヒカリの本音としては、子供の彼を見てみたい。本物は無理だが、人間たちの叡智の結晶である写真。それがあれば過去の欠片を見ることができる。
そういえば、家中を掃除しているがいまだに見つけられたことがない。

「まあ……可愛げのある子ではなかったですね。友人が少なかったですし」

テメノスは残った副菜を片しながら、独り言のようにつぶやく。
もちろんヒカリは聞き逃してはいない。

「そう、なのか?」

「ええ。私は孤児院育ちですが……遊んでいるより、読書や探索が好きでしたので、そればかりで」

確かに、この家には本棚専用の小部屋がある。そこには物語から辞書、図鑑、歴史書など、ジャンルを問わず本が敷き詰められている。
彼の幅広い知見と尽きない好奇心は、豊富な事件解決の実績に大いに活かされているのだろう。

「……幼い頃から知識を吸収していたのだな。それが、今、いろんな人を助けている。尊いことではないか」

彼は、彼の内側をあまり他人に見せたがらない。ヒカリもそれは、前々から感じていた。
それでも、彼の優しさは本物だ。きっと信念もある。そうでなければ、疑いを生業にはしない。
匙を置き、テメノスはようやっとヒカリの目を見て、「ありがとう」と口にした。そして、「でもね」と眉根を下げた。

「ひとの子供はたいてい、文字を読み、謎解きをするより遊びまわりたいものなんですよ。それに私は、さっき話したように、可愛げがない。その時から疑いグセがあったものですから」

愛嬌の有無は個人の備え持つ性質にすぎない。
それよりも、子供のテメノスは寂しい思いをしなかったのだろうか。
独りは、毒だ。ヒカリはそれをよく知っている。母と生きた十数年と祖国で志で通じ合った友たちとともに過ごした数年がなければ、この心はとうに乾いていたかもしれない。

「……あなたがそんな顔をするのですね」

「ああ、いや……」

言葉に詰まってしまう。自分は、いま、どんな顔をしているというのだろう。同情しているように見えたかもしれない。ヒカリは唇を結び、恥じ入った。
昔日は彼だけのものなのに、まるで自分のことのように考えてしまった。

「大丈夫です。父親代わりのような人や一緒に育ってきた友人もいましたから」

自分を安心させるための笑み。彼はこれが得意だ。隣保の老女や子供などに向けるのをよく見ていた。
でもいまはそれが、心を覆い隠すための仮面の顔に見えてしまう。

「そう、か」

「……すみません。昔の話は、どうにも小っ恥ずかしいものでして。今回はこれきりにしましょうか」

テメノスはやはりかな、見てくれではあまり照れているようには見えない。けれど、次も聞かせてくれるかもしれないような口ぶりは、素直に嬉しかった。
彼は不思議だ。ヒカリの心を晴れにも曇りにもたやすくぬり変える。
ただ——いまは、いつかやってきてくれるであろう次を心待ちにするだけにとどめておこう。そう決めた。


食事を終えてからは、小時間温かい飲み物と共にくつろぐのが二人の習慣である。
テメノスはカモミールに角砂糖を入れ、じわじわとかさを減らしていた。
すっかり菓子で溜まった籠の中身から、彼の希望通りのものを選んだ。
今日はミックスナッツである。塩気が程よく、食感も良い。余った分は、朝食のヨーグルトに入れてもよさそうだ。

居間にある年季の入った薄型テレビの電源を入れ、適当に選んだテレビ番組を眺めた。
最初はニュース、その後は動物番組が始まった。黒くて細長い犬がいるのだが、絵本を読む子供のそばに寄り添っている。言葉も分からないのに不思議と通じ合っている姿に、心温まる。
チンチラという大きなネズミのような動物が、すばしこく階段を下ってゆく様もおもしろい。主人は彼の強靭な歯で手の甲を普段から甘噛みされているようで、跡だらけである。
見ていていつまでも飽きない。たまにテメノスを見やると、画面を穏やかに眺めながら、時折くすりと笑っている。

「……む」

ちょうどコマーシャルに切り替わった頃だった。ヒカリの太ももに振動が伝わる。エプロンのポケットにスマホを入れたままだったのだ。
ロック画面から通知の内容はわかる。ヒカリの通っているカフェリーフのガスから、新しいメッセージが送られてきたとのことだった。

アグネアからはたまに簡単なメッセージが来ることはあるが、彼からは珍しい。
中身は動画だった。今日行われた舞台の、ヒカリが演奏を手伝った二曲が綺麗に収められている。オーナーが録画を回してたらしいから、せっかくなので記念に貰ってほしいとのことだ。

三角のようなマークを押すと、音があふれ出した。曲名は、旅立ちの唄。少し古めかしいが、不思議と追いたくなる旋律をしている。複雑なステップでもおとろえない、透き通るようなアグネアの声。音に誘われて、ヒカリの指先は勝手にリズムを刻んでいた。

「……おや、珍しいですね。ヒカリがそちらの画面に夢中とは」

先程までテレビをむいていたテメノスが、いつもと違うヒカリを興味深そうに見ている。
夢中になっている姿を見られてしまっていたのだろう。ヒカリは気恥ずかしくなり、ひとまず、咳払いで誤魔化す。

「ああ、ガス殿から便りがあってな」

「なるほど、動画ですか? 素敵なメロディですね」

メロディを聴いているテメノスの長いまつげが、瞳をゆったりと覆いかけた。彼もこの曲が気に入ってくれるかもしれない。期待を抱いたヒカリは、彼のほうへ椅子を詰めた。

「今日の舞台を撮影したものらしい。そなたも見るか?」

「ええ、是非」

テメノスは「アグネアさんの踊り、不思議と心惹かれますね……」と呟き、ヒカリと同じようにリズムに乗ったりして、しばし見入っていた。
ただ、途中から片眉をぴくりと動かし、腕を組み出した。難しい顔をしている。何やら複雑なことを考えている様子だった。

「……ヒカリ。この動画を、カフェの方はどうされるつもりなのかご存じですか?」

彼の問いに、ヒカリは首を捻った。
ガスたちは、ステージの撮影は何度か行っているとは言っていた。しかし深くは考えておらず、その用途まではわからない。

「いや……? ガス殿は記念にと、それだけだが」

「念のため、確認をしていただけませんか?」

どうしてそんなことを聞くのだろう。疑問を抱きはするが、いったん、隅に追いやった。
彼はいつだって、深い部分まで考え、行動する。それはいつも話を聞いているだけでわかる。もっと直で見たい気持ちも、確かにあるけれど。
言われたように、ヒカリはガスにメッセージを送った。
曰く、動画投稿サイトとやらで公開させるつもりだったらしい。それを伝えると、テメノスは眉をしかめた。それから、ガスの連絡先を教えて欲しいと頼まれた。ヒカリは不思議に思いながらも、頷いた。

そのあとのテメノスはヒカリが追い切れないほど素早く指を動かし、ガスとやりとりしていた。
何を話しているのかは、気になった。けれど、画面をのぞくのも、真剣な面持ちの彼に声をかけるのも、はばかられた。

することのなくなったヒカリは時計を見た。いつもなら入浴の頃合いだ。湯を沸かす準備のために席を立った。
とはいっても、ボタンを押して蛇口をひねるだけだ。一定時間経てば湯は止まり、自動的に音が鳴る。

扉の隙間を見れば、真剣な面持ちでスマホの画面と向き合っているテメノスがいる。
ヒカリはそこには向かわずに、別室に行った。
町民たちから貰ったものが溜まってしまっているのだ。空き部屋とはいえ、整理しておきたい。
こんなにあるとものによっては腐ってしまいそうだ。ひとまず食品で冷凍保存できそうなものは、と仕分けていると、戸が開いた。

「ああ、テメノス。終わったのだな」

薄暗かった部屋の明かりが、遅れてあたりを照らした。
しゃがんでいたヒカリを見下ろすテメノスの片目は、白髪がちょうどかぶさっていた。

「ヒカリ、話があります」

「ああ……」

大事なことを伝えようとしている、と言うのはすぐに分かった。
彼はゆっくりとこちらへ歩み寄った。そしてヒカリの手元にあるものを一瞥し、尋ねた。「……そちらのマフラーは?」

「今日助けた女子の母親から貰ったのだ。最近は寒くなってきたから、首を温めるのに良いといわれてな」

まだ冬を経験したことがないが、ありがたいと思い受け取ったのだ。
自分が使うのも良いが、今でも厚着なテメノスに合うだろう。
ヒカリの中に淡い期待があったが、彼の向ける顔は先ほどよりも翳っていた。

「……ヒカリ。私があなたに言いたいのは、それです」

「え?」

ヒカリの疑問をよそに、彼は床にあった袋を掬い上げた。中身の乾物を取り出し、さまざまな角度から見ている。注意深く、検めるかのように。
それを戻し、彼は再び口火を切った。

「あなたは優しくて、ひたむきな心の持ち主だ。私も、あなたのそんなところを好ましく思っています」

好ましく——なんて。場の空気に似つかわしくないと分かっていても、嬉しいと感じてしまった。賢い彼でも、その言葉選びひとつでヒカリがどれほど心揺さぶられるかに関しては、知らずにいる。ゆえに彼は話を続けた。

「フレイムチャーチの市民はたしかに昔から、善人ばかり。ですが……彼らとて、人間だ。完全ではない。怒りや嫉妬を覚えないわけではない」

彼は机上に指を滑らせた。
ヒカリは薄々、テメノスは生まれ育った街自体をも信じ切ってはいないことには気づいていた。彼は多くを疑うからこそ、芯を持っている。それが何なのか。いつか知れたらいいとは思うのだけれど。

「それに、外から来た人間は?あなたに悪意を持って近づいてくるかもしれない」

「……テメノス?」

自分に? ヒカリは思わず、困惑混じりに彼の名を呼んだ。しかし彼は、背中を向け、小さな窓際の方で止まった。

「あなたは姿を隠せる。でも、あなたの力に引き寄せられた人間が、何をしでかすかはわからないということです。それに、見破られないとも言い切れない。とくに……かの祓魔師達からは」

「……っ」

ああ、そうか。テメノスは、ヒカリの迂闊さや、危機感が足りないことを嘆いている。
前から、心のどこかで感じていた。どれほど周囲と心通わせても、己は世界にとっては異物に変わりないのかも知れない、と。
それに、何よりも。自分のせいで、彼を悩ませてしまった。現実は、突として己のもとへ降下する。ヒカリの臓腑めがけ、ゆっくりと突き立てられてゆく切先となる。

「だからどうか、お願いです。気をつけて、ヒカリ。あなたは……あなたの半分は、鬼なんだから」

テメノスはこちらを振り返った。前髪がこめかみに寄り、彼の全貌がよく見えた。
ヒカリに向けるまなざしに、かなしみの色が滲んでいた。
鬼だと言われることよりも、彼にそんな顔をさせてしまうことがいっとうこの胸を縛りつけた。
2/4ページ
スキ