7/28「私たちを呼んでいる黎明へ」サンプル
出会い編・前「Starters」
エール入りのスタインを乾杯すると、各々のお決まりの陽気な掛け声が港町の酒場に響いて回る。どこからともなく隙間から漏れ出した潮の香りや、酒場にごった返す船乗りや行商人達。どこまでも慣れた街とはかけ離れた光景だった。ハーバーランドにやって来たという実感は、徐々に降りてくるというよりかは、ふとした瞬間にやってきては目で覚えたり、或いは肌を擽ったりしてくる。
掲げた杯から琥珀の雫が飛び出すのを、どこか遠くの出来事のように思いながらも、エールではなく濃い赤紫の酒に視線を落とした。
テメノスが旅に出て以来、大きく新鮮味を感じたもののひとつは、こんな風に弾んだ空気を享受しながら酒を飲み交わすことだったりする。最後にこうしたのはいつぶりかと問われれば、職業柄ほとんどなかったが、和気藹々とした空気がとにかく懐かしく、同時に真新しいものでもあった。
「ん、……ここのプラム酒は甘くて美味しい。同じのでも飲む場所で味が全然違うね」
揺れる黒髪から耳飾りを覗かせ、艶やかな唇を拭う女が、テメノスの向かいに。側から見たらどこか仄暗い色気を纏った美貌の娘だが、その正体は蛇という裏社会に根を生やす組織の下で生まれ育った盗賊である。だが、悪の代名詞のような彼らとは毛色が異なる。ソローネという名の女は、その檻を壊すことを強く望んでおり、自由を求めているのだ。
フレイムチャーチから旅立ち、迷いながらも辿り着いた都会街で偶々犬を助けたのがテメノスとソローネとの出会いの始まりだった。
「っかあー!久々の酒はうめえな!」
さらに海を渡り、オアーズラッシュという小さな炭鉱町までやって来たら、テメノス達は大志を抱いた青年を招き入れることとなった。
男はパルテティオと名乗った。今をときめきそうな新星の商人である。というのも、まだ共に旅をしてそう長くはないが、彼の優れた審美眼と対話力にはこれまで何度もお世話になっている。その上三味線を弾いて場を盛り上げてくれるノリの良さと快活さが気持ちが良い。
もう何度か練ってきた旅仲間の紹介を頭の内で読み遂げたテメノスは、グラス入りの葡萄酒を空気と混ぜ合わせ、少しずつ口に含んでは舌で転がすことをした。その深みのある味わいに、自ずと笑みは濃くなる。
「……なあ、そういや、キャスティはどこに行っちまったんだ?」
「街の人に捕まっていましたよ。そのまま一泊するそうです」
「随分と親しまれてんだねぇ」
テメノス達が船でカナルブラインへやってくる頃には、キャスティは街の人たちに囲まれ、その輪を抜け出して街を後にする間際であった。もっとも、その後に一悶着はあったが——ともかく、彼女は街に蔓延る感染病の治療はおろか病原となる魔物を倒し伏せるということを単独でやってのけたという。
テメノスはその話を聞き組んだ当初、いまいち要領を得なかった。
彼女の透き通るような白い肌と麗しいブロンドは、儚げで慈愛溢れる女性の容姿そのものであり、想像し難かったのだ。実際に斧を振るい、恐ろしく戦闘慣れした治療術を目の当たりにすれば、その印象はあえなく散ったわけだが。
「この街の救世主だって持ちきりだもんな。頼りになる薬師が俺たちに着いてきてくれるなんて頼もしいじゃねーか、なあテメノスさんよ」
「ええ、それはもう」
隣で屈託のない笑みを浮かべるパルテティオに、ほんの少しだけ苦く笑みを交えつつ、諾う。
彼女の治療現場を間近で見させてもらったが、病状から的確な処置を見出し、一人で複数人分の働きをこなしてみせる。その卓越ぶりたるや、後から街に来た同業者も、目を見張るほど。テメノス自身も、そう数多くの薬師を見てきたわけではないが、彼女が格別なのはすぐに理解が及んだ。
「救世主といえば、テメノス、あんたもそうなんじゃないの?」
含んだ笑みで、ソローネはテメノスに視線を定める。何が言いたいかはわかるが、素知らぬ顔で肩を竦めてやる。
すると、しらばっくれるなと睨めつけられてしまった。
ソローネとは初対面時からなんとなく波長が合うため、今に至ってはもうこんな砕けた口調と、態度である。歳の差で敬われても居心地が悪いので、別に構わないと思っているので、そのままでいる。
「私は、仕事ですから。それに、彼 やあなた方の助力があってこそです」
少し濁したのは、何となく柄じゃない気がしたからで、深い意味はない。
教皇、薬師、神学者ルーチーを殺めた犯人である建築士ヴァドスとの戦いを想起する。
彼[#「彼」に傍点]——クリックは、フレイムチャーチで初めて会った時は自分の後ろに隠れるなんてことをしていたが。此度の戦いにおいては勇ましく剣を振るい、自分を守るとまで豪語してみせた。
そして続いた仲間達は言わずもがな、大変頼もしい。テメノスが一人でカナルブラインまでやって来ていたなら、悪戦を強いられただろう。
自分なりの模範解答に、「いんや」とパルテティオはかぶりを振った。
「お前の推理がなけりゃあ、あのヘルメスって踊子も殺されていたんだ。それを食い止めたことは誇って良いはずだぜ」
パルテティオの言葉に、複雑な感情が湧き起こり、テメノスは返すものを途端に失う。
命をひとつ守れたとしても、失ったものは戻らないのだと、反駁すべきなのかもしれないが、到底憚られる。感情的になるのは得意ではない。
後悔は初めてではないが、消えゆくものでもなく、テメノスを時折苛む。分解されてもなお、霧のように揺蕩い続けるのである。
それでもなお歩み続けているのは、使命があるからだ。この連鎖を、誰かが断ち切らなければならない。
テメノスの生業は、疑いである。自らの正義を貫いた真っ直ぐな友人の代わりに、テメノスは疑うことを選び取ったのが始まりである。それはやがて己たらしめるものとして染みついていった。
時が経ち、友人が扉を叩くことは二度となくなった。神を信ずる従順な使徒だった己が聖典が擦り切れるまで文字をなぞり続けても、胸が空っぽになるまで祈っても、彼は帰ってはこなかった。
テメノスはいつしか、神をも疑う ようになった——
「……私は、自分のやれることをするだけです。それに、まだ真実には遠い」
言い聞かせるような口吻になる。時折虚しくなるのは、どうして辞められないのだろう。
テメノスとしては此度の件は消化不良感が強かった。教皇、そして神学者ルーチーらを殺めた犯人であり、邪神の僕であるヴァドスを追い詰めたところまでは良い。
だが彼は意味深な言葉を残し、その場で気を失い仰臥してしまった。程なくして、聖堂機関の連中にヴァドスの身柄を捕えられ、鴉《カラス》どもの悪態と共にその場に取り残された。
女達はどうにも匂う。現時点では確証は持てないが、あえて言語化するならば、己の元へわざわざ牽制をかますさまは、光り物を狡猾に狙い定め、掠め取る魂胆を隠した鴉らしい行動だ。そんな奴らの一種の目聡さが気掛かりだ——思考の海を漂い始めたテメノスの肩を、パルテティオが強くつついた。「おいおい、あんまり思い詰めすぎんなよ?」
気心の知れた友人にするような、明るい調子で彼は親指を立てた。
根っからの性格なのだろう。裏表のない男だ。
「俺の目利きに狂いはねー。お前の難事件も、ぜってー解決出来るぜ。なんてったって、俺らがついてんだからよ」
その言葉も、根拠の有無に限らずありがたいと思う自分がいた。
彼のお陰で、湿っぽくならずに済んでいる。
ちなみにテメノスが深い長考に耽っていた際、彼は初めてそれを目の当たりにしたため、テメノスが突然、立ったまま気絶でもしてしまったのかと慌てふためいていたらしい。クリックが共感し、宥めていたとかなんとか。ソローネが面白可笑しく話してくれたのが記憶に新しい。
「ふふ、ありがとうございます。頼りにさせてもらいますよ」
残りのワインを飲もうとして、空になっていた事に気がつく。この一杯限りなのが惜しい。
「それに——犬の嗅覚を舐めてもらっては困る。牙を使えば鴉に噛みついてやれますしね」
「んん? なんてったって急に犬?」
疑問符を浮かべ出すパルテティオに、ああ、と得心する。
あの聖堂機関の女どもは、テメノスだけに聞こえるように捨て台詞を残していったのだ。
こちらの思索ばかりが先行してしまっていたことを内心侘びつつ、説明を付け加える。
「鴉の連中が言っていたものでね。それを思い出したのです」
「ふーん。なら首輪も買わなくちゃねぇ?ワンワンって上手く鳴く練習もね」
ジェスチャーをしてみせる彼女を横目に見遣る。あいも変わらず、ジョークを交えてくるのは自分に近いものを感じる。
「私は気ままな犬なものでね。要りませんよ」
皮肉には皮肉を、というつもりで返したが、ソローネにはすげなく映ったかもしれない。「つまんないの」と軽く睨まれた。
「でもまあ、しけた顔したって仕方がないよ。次の指針が決まっただけ収穫。でしょ?」
卓上に腕を置くという無作法はお構いなしに、顔を覗き込まれた。
行儀が悪いですよ、と咎めつつも、テメノスは深く首肯する。
「……ええ、そう考えるようにします」
そう答えてやれば、ソローネは満足げに口元を緩ませて、定位置に戻った。彼女にしては、気の利いたことを言うのだな、と少し意外に思う。
「——ああ、そうだ。私に助手を依頼する時はたんまり報酬頂戴ね。今回のも貰いたいくらいだけど」
前言撤回。もう幾分か慣れたような飄々とした調子で、ソローネはスタインをあおる。いつの間にか干した果実とナッツを頼んで、早速それを摘んでいた。
テメノスはソローネの聞き逃せない発言に、その目を細めた。
「……こちらがギリギリの活計を立てていることを理解した上で言ってます?」
ただでさえ多く必要な回復源であるブドウやプラムに加えて、此度の東から西への船代とかなりの出費を強いられている。
パルテティオが少し足してくれたが、それでも切迫している。食費は魔物の肉を焼くなどして賄うことを強いられている状況だ。
干し果実を咀嚼するソローネの視線がパルテティオに向く。
引き締まった肩を竦めるのに反して、表情は緩い。
「すまねぇなソローネ。俺が代わりに支払いたいところだが、街を復興させたばかりで、手持ちが少ねえんだわ」
なんでも、オアーズラッシュは一時期住民が食糧難に陥るほど困窮していたという。パルテティオが仲間たちと手を組み、一悶着の末、ようやく復興に至ったのだとか。
このことも含めて軽く言ってのけるパルテティオに対して、ソローネの向けるものが胡乱げなそれに変質する。
まともな地図が手に入るまでの間、テメノスたちが街までの経路を行ったり来たり——つまり無駄に迷っていたことは間違いなく金欠の大きな要因の一つと言えるだろうが、あえて黙っておく。
「じゃあ聞くけど、なんで飲んでるわけ、私たち」
その指摘は最もだろう。ナッツを摘もうとしたパルテティオの手を、ソローネがすかさず阻む。彼は唇を尖らせながらも、「酒は別もんだぜ。それにご無沙汰なんだ、勘弁してくれよソローネさんよ」そんな釈明をする。
「明日から野宿とか言い出したら怒る自信あるけど?」
「俺は商人だぜ? まあ上手いことやるから見とけよ。ここに来るまでの間、仕入れた奴を上手く捌いてみせっからよ」
オアーズラッシュからここに来るまでの道中、確かに彼は行商人から何かを買い取っていた。
「ふぅん。じゃあお手並み拝見させてもらおうかな。ダメだったら私が盗んで回るからね」
ナッツをパルテティオの口に投げ入れてやり、挑発的とも取れる視線を突き立てるソローネに、テメノスはやれやれと息を溢す。
「それはやめていただきたい……私も職権濫用は避けたいのでパルテティオに賭けるほかありませんね」
神官である自分へ、信仰者達は時たまに布施として食べ物などを捧げにやってくる。
丁重に断っているが、旅をしている身としてはかなり有り難い品々ばかりなのである。誘惑に負けてしまいそうになるが、堪えねばなるまい。
「おうよ、任せとけって。 大船に乗った気でいな」
胸を叩く彼は、どこまでも自信に満ち溢れている。
彼を迎え入れたのは間違いなく正解だったろう。金銭的なやりくりにおいては彼の存在なしではとっくに手持ちは底をついていたやもしれない。
「頼もしい限りです……では、主に金銭的な準備が整い次第、街を出ましょうか
「次はどこにいくつもり?」
ソローネの問いかけを皮切りに、持ち込んでいた地図を卓上に広げる。
これに関してもパルテティオ様様で、質の良い地図を割安で買い取り、テメノスに預けてくれた。
「ふむ……クラックレッジに向かいたいところですが、今の私たちで辿り着けるか……」
オアーズラッシュからそのまま北上することもしてみたが、魔物が強すぎて這々の体で逃げ仰せてきたのだ。
当時を思い出したのか、ソローネは渋い顔を見せた。飲み干したグラスを音を立てずに置く。
「認め難いけど、無理だね。魔物を撒くのにも限度があるし」
「ならよ、ひとまずは西を目指すか? 俺としてはサイの街に興味があるな。気になる噂があってよ」
パルテティオが指を当てがうのは、砂漠地帯、ヒノエウマの中心部であった。テメノスは彼の横顔を見遣った。
「それによ——」ここで青年は珍しく躊躇ったように口を噤んだ。その上なんだか落ち着きがなかった。テメノスがじいと注視すると、どうしてか少し面映そうにして、言葉を続けた。
「キャスティは記憶がなくて大変だろうに、俺たちに加わって戦ってくれもしたんだ。力になってやりてえよ」
へへ、と鼻を擦るパルテティオに、ソローネは意味ありげににやりとした。
「それは私も同感だね。後回しで良いなんていうけど、助けられた身だもん、優先させてあげたいよ。ねぇ、テメノス?」
「そうですね……」
テメノスは下顎に手を添え、思案顔を作る。
キャスティに報いたいというのは、自分も同じ心持ちである。
それは確かなのだが——未踏の地へと足を運ぶのは、経験の浅い自分には少し、緊張が伴う。ゆえに少し、考えたくなるのだ。
旅は探り探りで、自ら足を運んで経験を重ね、経路を切り開くほかない。
魔物を薙ぎ倒しながら、自分達の糧となれば、いつかは今は足も踏み入れることの叶わない危難ひしめく経路も越えることができるようになるかもしれない……そんな心持ちでいるくらいが丁度良いのだろう。
サイの街に辿り着ける頃には、テメノスの目的地も突破できるほどに至れていたなら、重畳といえる。
地図の微細なる部分に視線を巡らせ、目についたのを指先で示す。
「……ひとまずはここからそう離れていない、宿場町を目指してみますか。慣れない土地ですから、慎重に向かいましょう」
石橋を叩くようにして、つつがなければ進路を増やす。テメノスの言葉に、二人は一様に首肯する。
一面砂の海——テメノスにとっては未知に等しいが、文献で知識がないわけではない。
日差しが照り付けている間は汗が蒸発するほどの灼熱だというのに、夜は冷えるのだという。
ハーバーランドの穏やかな気候とはまた大きく変わる。
他にも懸念されることは一つや二つどころではないが、何にせよ、準備が要る。
キャスティにも相談して、万全の状態で出立したいものだ。
「フフ、いいねぇ。こういう一見何にもないようなところには遺跡なんかが隠されてたりするもんだよ。お宝があるに違いないね」
虎視眈々と紙面を指先で撫でくりまわすソローネはいっそ無邪気なもので、更なる刺激をご所望のようだ。
自身が先導する旅だ、色々懸念ばかりに意識を向けがちになるが、彼女はイレギュラーをも含めた、縦横無尽なる旅路そのものを愉しむ姿勢でいるようだった。
「またそんなことを……まあ、遺跡は興味がありますが」
神官ギルドで聞いたような、伝説の武器なんかは、そう言った一見気付けないような場所に隠されているものなのかもしれない。
神官と盗賊はなんだかんだでお互い、好奇心に突き動かされがちである。盗賊に引っ張られるお供であるのか、探偵が助手を帯同させるのか。どちらにせよ、気がつけば同じ場所にいるような感覚だ。
自身の返答に、ソローネは分かっていたというふうに口元に弧を描く。「だろうと思ったよ」
東大陸を彷徨っているうちに、彼女とはその分長く過ごしてきた。段々とこちらの考えも把握できるようになったらしい。
「ねぇ、パルテティオ? 砂漠に良い服はこの街にありそうかな?」
「んー、行商人の奴らとは何人か会ってるが服飾系も居たな。あたってみるぜ」
彼がカナルブラインへやってきてまずしたことといえば、銀鉱山でもある故郷のコインを配り、同業者達と肩を組み合うことであった。
特に彼は同性に好かれやすい。好青年で酒の付き合いもよく、話の引き出しの多い。ゆえに年下からは兄貴と呼ばれ、目上からは可愛がられる。これはもう、天性のものだろう。他者が真似できるものではない、彼の武器である。
ソローネは見るからに上機嫌になり、パルテティオに残ったナッツの皿ごとスライドして寄越してきた。
「さっすが。デキる色男は違うね。頼りにしてるよ」
なお、干した果実は彼女が余すことなく食べ尽くした。
今に限ったことではないが、ソローネは現金な女である。そんな彼女に反し、パルテティオは人好きのする笑顔で返す。
「おうよ、あんがとさん——あとはキャスティ次第だな。明日、俺の方から話しておくぜ」
「ではお願いしますね。私は出費の算出と……砂漠地帯の予習でもしましょうか。まずは情報集めからですね」
港町ということもあり、同じ旅人が古今東西から集まってくる。砂漠を超えてきたばかりというのなら、大抵は西口を潜ってくるはずだ。
「りょーかい。暇だし付き合うよ」
盗賊はついてくるつもりのようだ。嫌ではないが、思うところはある。ソローネは妖艶な色香を放つ佳人ということもあり、神官服を纏った自分と並ぶと、どうにも悪目立ちするのである。
「……いいですけど、手癖感覚で盗むのはやめてくださいよ」
自分たちの認識と周囲の目というのは剥離するものだ、惜しいことに。そんな心の呟きは言葉にせず、忠告は一つだけに留めておく。
「分かってるって。フフッ……砂漠の秘宝、待ってて。絶対に手に入れるよ」
盗賊は少女というよりかは少年めいた闘志を燃やす。
どうやら砂漠に宝が眠っているのは彼女にとってはもう、確定事項らしい。
「おいおい……? ソローネの奴、本来の目的忘れてねぇか?」
「やれやれ……」
これにはパルテティオも困惑気味に囁きかけてくる。耳を傾け、テメノスはふっと綻ぶ。 ソローネは元来こんな調子だ。宝を見つけ出すまで躍起になるかもしれない。
もちろん、歯止めが効かないようなら首根っこ掴んででもやめさせるが、冷静な部分を持ち合わせた彼女に限ってはそれはなさそうだ。
この弛みには、呆れも籠っているが、存外、この状況を楽しんでいる自分に対する可笑しさも内包されている。
もう一回乾杯しようぜ、と調子の良いパルテティオに乗せられて、酒が満杯に詰まった容器を片手に、彼らに応えた。
賑やかなのは、良い。背中を預け、他愛もない話をする仲間がいる。
冷たく無機質な道筋が、ほんの少しだけ、ほの温かいもののように思えた。
エール入りのスタインを乾杯すると、各々のお決まりの陽気な掛け声が港町の酒場に響いて回る。どこからともなく隙間から漏れ出した潮の香りや、酒場にごった返す船乗りや行商人達。どこまでも慣れた街とはかけ離れた光景だった。ハーバーランドにやって来たという実感は、徐々に降りてくるというよりかは、ふとした瞬間にやってきては目で覚えたり、或いは肌を擽ったりしてくる。
掲げた杯から琥珀の雫が飛び出すのを、どこか遠くの出来事のように思いながらも、エールではなく濃い赤紫の酒に視線を落とした。
テメノスが旅に出て以来、大きく新鮮味を感じたもののひとつは、こんな風に弾んだ空気を享受しながら酒を飲み交わすことだったりする。最後にこうしたのはいつぶりかと問われれば、職業柄ほとんどなかったが、和気藹々とした空気がとにかく懐かしく、同時に真新しいものでもあった。
「ん、……ここのプラム酒は甘くて美味しい。同じのでも飲む場所で味が全然違うね」
揺れる黒髪から耳飾りを覗かせ、艶やかな唇を拭う女が、テメノスの向かいに。側から見たらどこか仄暗い色気を纏った美貌の娘だが、その正体は蛇という裏社会に根を生やす組織の下で生まれ育った盗賊である。だが、悪の代名詞のような彼らとは毛色が異なる。ソローネという名の女は、その檻を壊すことを強く望んでおり、自由を求めているのだ。
フレイムチャーチから旅立ち、迷いながらも辿り着いた都会街で偶々犬を助けたのがテメノスとソローネとの出会いの始まりだった。
「っかあー!久々の酒はうめえな!」
さらに海を渡り、オアーズラッシュという小さな炭鉱町までやって来たら、テメノス達は大志を抱いた青年を招き入れることとなった。
男はパルテティオと名乗った。今をときめきそうな新星の商人である。というのも、まだ共に旅をしてそう長くはないが、彼の優れた審美眼と対話力にはこれまで何度もお世話になっている。その上三味線を弾いて場を盛り上げてくれるノリの良さと快活さが気持ちが良い。
もう何度か練ってきた旅仲間の紹介を頭の内で読み遂げたテメノスは、グラス入りの葡萄酒を空気と混ぜ合わせ、少しずつ口に含んでは舌で転がすことをした。その深みのある味わいに、自ずと笑みは濃くなる。
「……なあ、そういや、キャスティはどこに行っちまったんだ?」
「街の人に捕まっていましたよ。そのまま一泊するそうです」
「随分と親しまれてんだねぇ」
テメノス達が船でカナルブラインへやってくる頃には、キャスティは街の人たちに囲まれ、その輪を抜け出して街を後にする間際であった。もっとも、その後に一悶着はあったが——ともかく、彼女は街に蔓延る感染病の治療はおろか病原となる魔物を倒し伏せるということを単独でやってのけたという。
テメノスはその話を聞き組んだ当初、いまいち要領を得なかった。
彼女の透き通るような白い肌と麗しいブロンドは、儚げで慈愛溢れる女性の容姿そのものであり、想像し難かったのだ。実際に斧を振るい、恐ろしく戦闘慣れした治療術を目の当たりにすれば、その印象はあえなく散ったわけだが。
「この街の救世主だって持ちきりだもんな。頼りになる薬師が俺たちに着いてきてくれるなんて頼もしいじゃねーか、なあテメノスさんよ」
「ええ、それはもう」
隣で屈託のない笑みを浮かべるパルテティオに、ほんの少しだけ苦く笑みを交えつつ、諾う。
彼女の治療現場を間近で見させてもらったが、病状から的確な処置を見出し、一人で複数人分の働きをこなしてみせる。その卓越ぶりたるや、後から街に来た同業者も、目を見張るほど。テメノス自身も、そう数多くの薬師を見てきたわけではないが、彼女が格別なのはすぐに理解が及んだ。
「救世主といえば、テメノス、あんたもそうなんじゃないの?」
含んだ笑みで、ソローネはテメノスに視線を定める。何が言いたいかはわかるが、素知らぬ顔で肩を竦めてやる。
すると、しらばっくれるなと睨めつけられてしまった。
ソローネとは初対面時からなんとなく波長が合うため、今に至ってはもうこんな砕けた口調と、態度である。歳の差で敬われても居心地が悪いので、別に構わないと思っているので、そのままでいる。
「私は、仕事ですから。それに、
少し濁したのは、何となく柄じゃない気がしたからで、深い意味はない。
教皇、薬師、神学者ルーチーを殺めた犯人である建築士ヴァドスとの戦いを想起する。
彼[#「彼」に傍点]——クリックは、フレイムチャーチで初めて会った時は自分の後ろに隠れるなんてことをしていたが。此度の戦いにおいては勇ましく剣を振るい、自分を守るとまで豪語してみせた。
そして続いた仲間達は言わずもがな、大変頼もしい。テメノスが一人でカナルブラインまでやって来ていたなら、悪戦を強いられただろう。
自分なりの模範解答に、「いんや」とパルテティオはかぶりを振った。
「お前の推理がなけりゃあ、あのヘルメスって踊子も殺されていたんだ。それを食い止めたことは誇って良いはずだぜ」
パルテティオの言葉に、複雑な感情が湧き起こり、テメノスは返すものを途端に失う。
命をひとつ守れたとしても、失ったものは戻らないのだと、反駁すべきなのかもしれないが、到底憚られる。感情的になるのは得意ではない。
後悔は初めてではないが、消えゆくものでもなく、テメノスを時折苛む。分解されてもなお、霧のように揺蕩い続けるのである。
それでもなお歩み続けているのは、使命があるからだ。この連鎖を、誰かが断ち切らなければならない。
テメノスの生業は、疑いである。自らの正義を貫いた真っ直ぐな友人の代わりに、テメノスは疑うことを選び取ったのが始まりである。それはやがて己たらしめるものとして染みついていった。
時が経ち、友人が扉を叩くことは二度となくなった。神を信ずる従順な使徒だった己が聖典が擦り切れるまで文字をなぞり続けても、胸が空っぽになるまで祈っても、彼は帰ってはこなかった。
テメノスはいつしか、
「……私は、自分のやれることをするだけです。それに、まだ真実には遠い」
言い聞かせるような口吻になる。時折虚しくなるのは、どうして辞められないのだろう。
テメノスとしては此度の件は消化不良感が強かった。教皇、そして神学者ルーチーらを殺めた犯人であり、邪神の僕であるヴァドスを追い詰めたところまでは良い。
だが彼は意味深な言葉を残し、その場で気を失い仰臥してしまった。程なくして、聖堂機関の連中にヴァドスの身柄を捕えられ、鴉《カラス》どもの悪態と共にその場に取り残された。
女達はどうにも匂う。現時点では確証は持てないが、あえて言語化するならば、己の元へわざわざ牽制をかますさまは、光り物を狡猾に狙い定め、掠め取る魂胆を隠した鴉らしい行動だ。そんな奴らの一種の目聡さが気掛かりだ——思考の海を漂い始めたテメノスの肩を、パルテティオが強くつついた。「おいおい、あんまり思い詰めすぎんなよ?」
気心の知れた友人にするような、明るい調子で彼は親指を立てた。
根っからの性格なのだろう。裏表のない男だ。
「俺の目利きに狂いはねー。お前の難事件も、ぜってー解決出来るぜ。なんてったって、俺らがついてんだからよ」
その言葉も、根拠の有無に限らずありがたいと思う自分がいた。
彼のお陰で、湿っぽくならずに済んでいる。
ちなみにテメノスが深い長考に耽っていた際、彼は初めてそれを目の当たりにしたため、テメノスが突然、立ったまま気絶でもしてしまったのかと慌てふためいていたらしい。クリックが共感し、宥めていたとかなんとか。ソローネが面白可笑しく話してくれたのが記憶に新しい。
「ふふ、ありがとうございます。頼りにさせてもらいますよ」
残りのワインを飲もうとして、空になっていた事に気がつく。この一杯限りなのが惜しい。
「それに——犬の嗅覚を舐めてもらっては困る。牙を使えば鴉に噛みついてやれますしね」
「んん? なんてったって急に犬?」
疑問符を浮かべ出すパルテティオに、ああ、と得心する。
あの聖堂機関の女どもは、テメノスだけに聞こえるように捨て台詞を残していったのだ。
こちらの思索ばかりが先行してしまっていたことを内心侘びつつ、説明を付け加える。
「鴉の連中が言っていたものでね。それを思い出したのです」
「ふーん。なら首輪も買わなくちゃねぇ?ワンワンって上手く鳴く練習もね」
ジェスチャーをしてみせる彼女を横目に見遣る。あいも変わらず、ジョークを交えてくるのは自分に近いものを感じる。
「私は気ままな犬なものでね。要りませんよ」
皮肉には皮肉を、というつもりで返したが、ソローネにはすげなく映ったかもしれない。「つまんないの」と軽く睨まれた。
「でもまあ、しけた顔したって仕方がないよ。次の指針が決まっただけ収穫。でしょ?」
卓上に腕を置くという無作法はお構いなしに、顔を覗き込まれた。
行儀が悪いですよ、と咎めつつも、テメノスは深く首肯する。
「……ええ、そう考えるようにします」
そう答えてやれば、ソローネは満足げに口元を緩ませて、定位置に戻った。彼女にしては、気の利いたことを言うのだな、と少し意外に思う。
「——ああ、そうだ。私に助手を依頼する時はたんまり報酬頂戴ね。今回のも貰いたいくらいだけど」
前言撤回。もう幾分か慣れたような飄々とした調子で、ソローネはスタインをあおる。いつの間にか干した果実とナッツを頼んで、早速それを摘んでいた。
テメノスはソローネの聞き逃せない発言に、その目を細めた。
「……こちらがギリギリの活計を立てていることを理解した上で言ってます?」
ただでさえ多く必要な回復源であるブドウやプラムに加えて、此度の東から西への船代とかなりの出費を強いられている。
パルテティオが少し足してくれたが、それでも切迫している。食費は魔物の肉を焼くなどして賄うことを強いられている状況だ。
干し果実を咀嚼するソローネの視線がパルテティオに向く。
引き締まった肩を竦めるのに反して、表情は緩い。
「すまねぇなソローネ。俺が代わりに支払いたいところだが、街を復興させたばかりで、手持ちが少ねえんだわ」
なんでも、オアーズラッシュは一時期住民が食糧難に陥るほど困窮していたという。パルテティオが仲間たちと手を組み、一悶着の末、ようやく復興に至ったのだとか。
このことも含めて軽く言ってのけるパルテティオに対して、ソローネの向けるものが胡乱げなそれに変質する。
まともな地図が手に入るまでの間、テメノスたちが街までの経路を行ったり来たり——つまり無駄に迷っていたことは間違いなく金欠の大きな要因の一つと言えるだろうが、あえて黙っておく。
「じゃあ聞くけど、なんで飲んでるわけ、私たち」
その指摘は最もだろう。ナッツを摘もうとしたパルテティオの手を、ソローネがすかさず阻む。彼は唇を尖らせながらも、「酒は別もんだぜ。それにご無沙汰なんだ、勘弁してくれよソローネさんよ」そんな釈明をする。
「明日から野宿とか言い出したら怒る自信あるけど?」
「俺は商人だぜ? まあ上手いことやるから見とけよ。ここに来るまでの間、仕入れた奴を上手く捌いてみせっからよ」
オアーズラッシュからここに来るまでの道中、確かに彼は行商人から何かを買い取っていた。
「ふぅん。じゃあお手並み拝見させてもらおうかな。ダメだったら私が盗んで回るからね」
ナッツをパルテティオの口に投げ入れてやり、挑発的とも取れる視線を突き立てるソローネに、テメノスはやれやれと息を溢す。
「それはやめていただきたい……私も職権濫用は避けたいのでパルテティオに賭けるほかありませんね」
神官である自分へ、信仰者達は時たまに布施として食べ物などを捧げにやってくる。
丁重に断っているが、旅をしている身としてはかなり有り難い品々ばかりなのである。誘惑に負けてしまいそうになるが、堪えねばなるまい。
「おうよ、任せとけって。 大船に乗った気でいな」
胸を叩く彼は、どこまでも自信に満ち溢れている。
彼を迎え入れたのは間違いなく正解だったろう。金銭的なやりくりにおいては彼の存在なしではとっくに手持ちは底をついていたやもしれない。
「頼もしい限りです……では、主に金銭的な準備が整い次第、街を出ましょうか
「次はどこにいくつもり?」
ソローネの問いかけを皮切りに、持ち込んでいた地図を卓上に広げる。
これに関してもパルテティオ様様で、質の良い地図を割安で買い取り、テメノスに預けてくれた。
「ふむ……クラックレッジに向かいたいところですが、今の私たちで辿り着けるか……」
オアーズラッシュからそのまま北上することもしてみたが、魔物が強すぎて這々の体で逃げ仰せてきたのだ。
当時を思い出したのか、ソローネは渋い顔を見せた。飲み干したグラスを音を立てずに置く。
「認め難いけど、無理だね。魔物を撒くのにも限度があるし」
「ならよ、ひとまずは西を目指すか? 俺としてはサイの街に興味があるな。気になる噂があってよ」
パルテティオが指を当てがうのは、砂漠地帯、ヒノエウマの中心部であった。テメノスは彼の横顔を見遣った。
「それによ——」ここで青年は珍しく躊躇ったように口を噤んだ。その上なんだか落ち着きがなかった。テメノスがじいと注視すると、どうしてか少し面映そうにして、言葉を続けた。
「キャスティは記憶がなくて大変だろうに、俺たちに加わって戦ってくれもしたんだ。力になってやりてえよ」
へへ、と鼻を擦るパルテティオに、ソローネは意味ありげににやりとした。
「それは私も同感だね。後回しで良いなんていうけど、助けられた身だもん、優先させてあげたいよ。ねぇ、テメノス?」
「そうですね……」
テメノスは下顎に手を添え、思案顔を作る。
キャスティに報いたいというのは、自分も同じ心持ちである。
それは確かなのだが——未踏の地へと足を運ぶのは、経験の浅い自分には少し、緊張が伴う。ゆえに少し、考えたくなるのだ。
旅は探り探りで、自ら足を運んで経験を重ね、経路を切り開くほかない。
魔物を薙ぎ倒しながら、自分達の糧となれば、いつかは今は足も踏み入れることの叶わない危難ひしめく経路も越えることができるようになるかもしれない……そんな心持ちでいるくらいが丁度良いのだろう。
サイの街に辿り着ける頃には、テメノスの目的地も突破できるほどに至れていたなら、重畳といえる。
地図の微細なる部分に視線を巡らせ、目についたのを指先で示す。
「……ひとまずはここからそう離れていない、宿場町を目指してみますか。慣れない土地ですから、慎重に向かいましょう」
石橋を叩くようにして、つつがなければ進路を増やす。テメノスの言葉に、二人は一様に首肯する。
一面砂の海——テメノスにとっては未知に等しいが、文献で知識がないわけではない。
日差しが照り付けている間は汗が蒸発するほどの灼熱だというのに、夜は冷えるのだという。
ハーバーランドの穏やかな気候とはまた大きく変わる。
他にも懸念されることは一つや二つどころではないが、何にせよ、準備が要る。
キャスティにも相談して、万全の状態で出立したいものだ。
「フフ、いいねぇ。こういう一見何にもないようなところには遺跡なんかが隠されてたりするもんだよ。お宝があるに違いないね」
虎視眈々と紙面を指先で撫でくりまわすソローネはいっそ無邪気なもので、更なる刺激をご所望のようだ。
自身が先導する旅だ、色々懸念ばかりに意識を向けがちになるが、彼女はイレギュラーをも含めた、縦横無尽なる旅路そのものを愉しむ姿勢でいるようだった。
「またそんなことを……まあ、遺跡は興味がありますが」
神官ギルドで聞いたような、伝説の武器なんかは、そう言った一見気付けないような場所に隠されているものなのかもしれない。
神官と盗賊はなんだかんだでお互い、好奇心に突き動かされがちである。盗賊に引っ張られるお供であるのか、探偵が助手を帯同させるのか。どちらにせよ、気がつけば同じ場所にいるような感覚だ。
自身の返答に、ソローネは分かっていたというふうに口元に弧を描く。「だろうと思ったよ」
東大陸を彷徨っているうちに、彼女とはその分長く過ごしてきた。段々とこちらの考えも把握できるようになったらしい。
「ねぇ、パルテティオ? 砂漠に良い服はこの街にありそうかな?」
「んー、行商人の奴らとは何人か会ってるが服飾系も居たな。あたってみるぜ」
彼がカナルブラインへやってきてまずしたことといえば、銀鉱山でもある故郷のコインを配り、同業者達と肩を組み合うことであった。
特に彼は同性に好かれやすい。好青年で酒の付き合いもよく、話の引き出しの多い。ゆえに年下からは兄貴と呼ばれ、目上からは可愛がられる。これはもう、天性のものだろう。他者が真似できるものではない、彼の武器である。
ソローネは見るからに上機嫌になり、パルテティオに残ったナッツの皿ごとスライドして寄越してきた。
「さっすが。デキる色男は違うね。頼りにしてるよ」
なお、干した果実は彼女が余すことなく食べ尽くした。
今に限ったことではないが、ソローネは現金な女である。そんな彼女に反し、パルテティオは人好きのする笑顔で返す。
「おうよ、あんがとさん——あとはキャスティ次第だな。明日、俺の方から話しておくぜ」
「ではお願いしますね。私は出費の算出と……砂漠地帯の予習でもしましょうか。まずは情報集めからですね」
港町ということもあり、同じ旅人が古今東西から集まってくる。砂漠を超えてきたばかりというのなら、大抵は西口を潜ってくるはずだ。
「りょーかい。暇だし付き合うよ」
盗賊はついてくるつもりのようだ。嫌ではないが、思うところはある。ソローネは妖艶な色香を放つ佳人ということもあり、神官服を纏った自分と並ぶと、どうにも悪目立ちするのである。
「……いいですけど、手癖感覚で盗むのはやめてくださいよ」
自分たちの認識と周囲の目というのは剥離するものだ、惜しいことに。そんな心の呟きは言葉にせず、忠告は一つだけに留めておく。
「分かってるって。フフッ……砂漠の秘宝、待ってて。絶対に手に入れるよ」
盗賊は少女というよりかは少年めいた闘志を燃やす。
どうやら砂漠に宝が眠っているのは彼女にとってはもう、確定事項らしい。
「おいおい……? ソローネの奴、本来の目的忘れてねぇか?」
「やれやれ……」
これにはパルテティオも困惑気味に囁きかけてくる。耳を傾け、テメノスはふっと綻ぶ。 ソローネは元来こんな調子だ。宝を見つけ出すまで躍起になるかもしれない。
もちろん、歯止めが効かないようなら首根っこ掴んででもやめさせるが、冷静な部分を持ち合わせた彼女に限ってはそれはなさそうだ。
この弛みには、呆れも籠っているが、存外、この状況を楽しんでいる自分に対する可笑しさも内包されている。
もう一回乾杯しようぜ、と調子の良いパルテティオに乗せられて、酒が満杯に詰まった容器を片手に、彼らに応えた。
賑やかなのは、良い。背中を預け、他愛もない話をする仲間がいる。
冷たく無機質な道筋が、ほんの少しだけ、ほの温かいもののように思えた。
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