2023年没作品詰め合わせ
「やれやれ、私も舐められたものですね」
ソローネの身体を淡い薄緑の輪が包み込む。それらが弾けんとしたとき、身体を支配していた苦痛が解けた。
白い羽が舞う幻想が見える。特大回復魔法……腕がちぎれ、内臓を抉られようとも忽ち再生させてしまうという奇跡にも等しい御技を詠唱無しに発動してみせるとは。内心喫驚させられる。
それもそのはず、彼はかの神聖魔法を会得した希少なる神の使いだ。
錫杖が音を立てる。手に馴染んだそれをひと回転させ、人型の魔物に差し向けた。
彼の身体を訳の分からない力のみなぎりが包み込んでいる。可視化出来るはずがないのに、虹色に輝いてすら見える。あれは——あの状態で何か魔法を撃ち込もうものならば、魔物は肉塊を通り越して塵芥と成り果てよう。
ソローネは少しの思索の末、ある結論に行き着いた。
「ねぇ……まさか」
徐に立ち上がり、コートについた砂埃を払うオズバルドに目を向ける。
こちらの視線を認めた彼は、刀を仕舞い込むヒカリを横目に、何かを伝えんとしているようだった。
「ヒカリ……あんた何かやった?」
テメノスに対して、彼の纏うそれはどこか淀んで見える。
「ん、ああ……」
返答もどこか気だるげに感じられなくもない。彼はどこか遠い目で、「新しく会得した技を使わせてもらったのだ……"全BET"」そう溢した。
「それって……カジノの?」
ゲームにおいては、チップを全て捧げる意味合いだが、この戦闘においてはヒカリの気力というか、とにかくそういうのを底下げし、他者に与える、もとい賭ける技である。
「……ああ」
返答するのも億劫なのか、近くの岩にもたれかかってしまった。その様を見ていると、少々気の毒に感じられる。
「で、それを先生が受け取ってテメノスに教えたの?」
「うむ」
オズバルド固有の教えるという技は、自身の状態を相手にそのまま付与させるというものだ。全くメカニズムはわからないが、学者にしかわからないコーチング技術があるのだろう、多分。
「なるほど……」
その手順を踏む間に、ソローネが格好の的となったのはいただけないが……まあ彼が回復魔法で快癒させてくれたから良しとしよう。
後でいじってやるのも悪くないが。
「とりあえずセンセ、ヒカリにもしてあげれば?」
「む……そうだな」
失念していたのか、少し瞬きの数が増えた。オズバルドはちょっと抜けているところがある。ソローネとしては最近、意外性があって可愛いと思えてきているのだが……まあ、それは別の話だ。
「すまないな、助かった——ところで、テメノスは」
辺りを見渡して、ある一点を彼はじっと見据えた。ソローネもそれに倣う。
砂煙が舞う。思わず腕で庇いながらも、彼の放つ神聖なる輝きに目を細めた。
「……あの通りだよ」
ヒカリはただ、その風を一身に受け止めながら、柔く綻んだ。
「ああ。……強いな」
奥深いところに意味が籠っているように思える。それは信頼か、あるいは別の何かか。
その答えはそのうち知ることになるだろう。
「……ッ下がっていろ!」オズバルドの怒号に近い叫びと共に、辺りの空気が一変した。
彼は素早く、だが恐ろしく滑らかな口調で魔力の篭もった言葉を読み解いた。
直後、テメノスから光の奔流が生まれた。双翼が彼の背から生まれ、もはや神々しい。
「聖火の輝きよ——この世の影を照らしたまえ!」
なんだあれは、ソローネの驚嘆も膨大な魔力に飲み込まれてゆく。
「——究極魔法・発動!」
魔法陣が出現し、青白い半球体が自分たちを包み込んだ。
暖かな感覚。これが愛たる根源からなされる究極たる魔法の境地か。
どうしてだろう、包まれていると、その大きな背中に抱きつきたくなる。
頭の芯がじんわりと熱を持つ。ソローネはふと、一人で旅しているというオズバルドが子犬を抱きしめている姿を思い出した。
こんなグリズリーみたいな人が、子犬に向けて慈愛の眼差しを向けていたことが不思議でならなかった。
なにより、鎖を垂れ下げて、平気そうに歩いているのも、ソローネはひどく興味をそそられたのだった。
そんな好奇心から始まった彼との旅だが、今はあのささやかなきっかけに感謝したくなる。
「……先生、ありがとう」
隣のヒカリが驚いた気配がした。結局、抱きついてしまったからだろう。
伝えるつもりはなかったけれど。魔法に当てられてしまったのか、彼が愛しくてたまらない。
目を丸くしたオズバルドが一瞬、ソローネを見た。だが今は魔法を切らすわけにはいかない。一瞬生まれてしまった綻びを埋め直すためか、彼は追加で詠唱した。
ソローネの身体を淡い薄緑の輪が包み込む。それらが弾けんとしたとき、身体を支配していた苦痛が解けた。
白い羽が舞う幻想が見える。特大回復魔法……腕がちぎれ、内臓を抉られようとも忽ち再生させてしまうという奇跡にも等しい御技を詠唱無しに発動してみせるとは。内心喫驚させられる。
それもそのはず、彼はかの神聖魔法を会得した希少なる神の使いだ。
錫杖が音を立てる。手に馴染んだそれをひと回転させ、人型の魔物に差し向けた。
彼の身体を訳の分からない力のみなぎりが包み込んでいる。可視化出来るはずがないのに、虹色に輝いてすら見える。あれは——あの状態で何か魔法を撃ち込もうものならば、魔物は肉塊を通り越して塵芥と成り果てよう。
ソローネは少しの思索の末、ある結論に行き着いた。
「ねぇ……まさか」
徐に立ち上がり、コートについた砂埃を払うオズバルドに目を向ける。
こちらの視線を認めた彼は、刀を仕舞い込むヒカリを横目に、何かを伝えんとしているようだった。
「ヒカリ……あんた何かやった?」
テメノスに対して、彼の纏うそれはどこか淀んで見える。
「ん、ああ……」
返答もどこか気だるげに感じられなくもない。彼はどこか遠い目で、「新しく会得した技を使わせてもらったのだ……"全BET"」そう溢した。
「それって……カジノの?」
ゲームにおいては、チップを全て捧げる意味合いだが、この戦闘においてはヒカリの気力というか、とにかくそういうのを底下げし、他者に与える、もとい賭ける技である。
「……ああ」
返答するのも億劫なのか、近くの岩にもたれかかってしまった。その様を見ていると、少々気の毒に感じられる。
「で、それを先生が受け取ってテメノスに教えたの?」
「うむ」
オズバルド固有の教えるという技は、自身の状態を相手にそのまま付与させるというものだ。全くメカニズムはわからないが、学者にしかわからないコーチング技術があるのだろう、多分。
「なるほど……」
その手順を踏む間に、ソローネが格好の的となったのはいただけないが……まあ彼が回復魔法で快癒させてくれたから良しとしよう。
後でいじってやるのも悪くないが。
「とりあえずセンセ、ヒカリにもしてあげれば?」
「む……そうだな」
失念していたのか、少し瞬きの数が増えた。オズバルドはちょっと抜けているところがある。ソローネとしては最近、意外性があって可愛いと思えてきているのだが……まあ、それは別の話だ。
「すまないな、助かった——ところで、テメノスは」
辺りを見渡して、ある一点を彼はじっと見据えた。ソローネもそれに倣う。
砂煙が舞う。思わず腕で庇いながらも、彼の放つ神聖なる輝きに目を細めた。
「……あの通りだよ」
ヒカリはただ、その風を一身に受け止めながら、柔く綻んだ。
「ああ。……強いな」
奥深いところに意味が籠っているように思える。それは信頼か、あるいは別の何かか。
その答えはそのうち知ることになるだろう。
「……ッ下がっていろ!」オズバルドの怒号に近い叫びと共に、辺りの空気が一変した。
彼は素早く、だが恐ろしく滑らかな口調で魔力の篭もった言葉を読み解いた。
直後、テメノスから光の奔流が生まれた。双翼が彼の背から生まれ、もはや神々しい。
「聖火の輝きよ——この世の影を照らしたまえ!」
なんだあれは、ソローネの驚嘆も膨大な魔力に飲み込まれてゆく。
「——究極魔法・発動!」
魔法陣が出現し、青白い半球体が自分たちを包み込んだ。
暖かな感覚。これが愛たる根源からなされる究極たる魔法の境地か。
どうしてだろう、包まれていると、その大きな背中に抱きつきたくなる。
頭の芯がじんわりと熱を持つ。ソローネはふと、一人で旅しているというオズバルドが子犬を抱きしめている姿を思い出した。
こんなグリズリーみたいな人が、子犬に向けて慈愛の眼差しを向けていたことが不思議でならなかった。
なにより、鎖を垂れ下げて、平気そうに歩いているのも、ソローネはひどく興味をそそられたのだった。
そんな好奇心から始まった彼との旅だが、今はあのささやかなきっかけに感謝したくなる。
「……先生、ありがとう」
隣のヒカリが驚いた気配がした。結局、抱きついてしまったからだろう。
伝えるつもりはなかったけれど。魔法に当てられてしまったのか、彼が愛しくてたまらない。
目を丸くしたオズバルドが一瞬、ソローネを見た。だが今は魔法を切らすわけにはいかない。一瞬生まれてしまった綻びを埋め直すためか、彼は追加で詠唱した。