2023年没作品詰め合わせ
「あんたって本当抜けてるよね」
「は……?」
突拍子も容赦も無い言葉に、ヒカリは惚けてしまう。そんなことを誰かに言われた試しなどないから、余計に。
「どしたの、口開けっぱだよ」
ウィンターブルームの酒場では、度の高い酒の種類が豊富である。
ソローネが口をつけているカクテルも、そこそこ強い。
ヒカリは困惑ごと飲み込むように比較的軽い酒を口にする。知らない果実の風味。初めて飲むが嫌いではない。
彼女がじとりとこちらに視線を向けてくるので、ヒカリはマグを置いた。
「言葉の意味を咀嚼しかねているのだ……」
率直にそう返せば、ソローネは仕方が無いという風に吐息を溢す。
「そのまんまの意味なんだけど。解説いる?」
「……頼む」
「あんたって根っからの王子様でしょ? だから着てる服も上等だし、所作もそれだし。目をつけられちゃうよ? あとなんか生真面目すぎて冗談通じないし、天然なとこあるよね。それと……」
止めどなく彼女が語り上げるものだから、ヒカリは辟易とさせられてしまう。耐えきれず、「ま、待ってくれ」と抑止をかければ彼女は怪訝そうな顔をしてみせた。
「何?」
「俺はそんな風に見られていたのか? なんと言うべきか、頼りないような」
服装に関しては、以前ソローネに仕立ててもらったものを着て過ごす日が増えて来た。すると驚くほど街の人間からの視線が自分に向けられることが減った。
自分が完全に人々に溶け込んだような快適感に、感動さえ覚えたほどだ。
彼女に感謝しているからこそ、アドバイスがあるなら受け入れたい。ヒカリは至って真剣であった。
「頼りにしてるよ? 戦いではあんた、最前線張ってるじゃん。抜けてんのはそれ以外だよ。悪い奴に騙されそうで危なっかしいの」
ソローネの語気が強まっている。しかし根底にあるのは自身に対する憂慮だろうとヒカリはそう捉えている。
「そう、なのか? しかし大抵は太刀打ちできるが」
軽く睨まれ、容赦なく鼻先を摘まれる。痛い。
「武器を使わないで相手を籠絡する方法なんて、いくらでもあるんだよ。もっと世の中を知った方がいいんじゃない?」
身分柄世間に疎い、と言いたいのだろう。自覚はあるが、領主生活で少しは民との距離を詰められたと思っている。それでもまだ、及ばないようだった。
「……すまない」
頭を下げるヒカリに、ソローネはやれやれと溢し、そっと自身の背を撫で付けてきた。
「まあ、これから知っていけば良いよ。私が色々教えたげる」
なんだか彼女は、自分を弟か何かのように見ているのでは、そんな所感を抱く。ヒカリには当然、姉はいない。少し新鮮な気持ちになる。自信を導いてくれるソローネがいてくれたら、この先もっと多くを知れる。裏社会で生きている彼女の教えは、そう生易しいものではないだろう。だが構わないと思う。だって彼女は、優しい人だから。
「そなたに教わることのできる俺は、恵まれているのだろうな」
思った言葉をそのまま伝え、そっと綻びかけた。そんな自身に、ソローネはあからさまに戸惑いの色を滲ませた。
「なんか買い被ってる? 私はそんなんじゃないよ。ただ、放っておけないだけだし……」
「これからも世話になる。戦いでは俺がそなたを支えよう」
あー、あーと声をあげ、ソローネは片手をヒラヒラと振る。面映いのかもしれなかった。
「そういうのいいって。むしろ競わない? 私、あんたを驚かせるくらい戦えるようになりたいんだよね」
彼女は定期的にヒカリと手合わせを志願してくる。その度に断ってきたのだ。理由としては一度対面すると手心を加えるのが難しくソローネを傷つけてしまいかねないからだ。
女人だから、という引け目があるわけではない。ただ、これは自身の問題だ。
「……友と競うのはあまり好まないのだが。それに、俺は皆の力になりたいだけだ。そして、この先のために強くあらねばならぬ」
ソローネは、そうしつこくせがんではこない。しかし時折、その片目に燦然とした、貪欲な輝きを見せる。それはヒカリが刀を振るい、敵を切り伏せた瞬間に最もおとずれる。
「はは、そうだね。あんたはそういう奴だ。じゃあ私が、あんたを守れるくらいになって見せようかな」
少し、驚いて彼女を見る。ただ、穏やかに笑っている。見守る人の顔。
彼女に守られる、か。もうとっくに、ソローネは強い。その身に蛇を宿しながら、まっすぐ歩もうとするその姿は、胸を打つものがある。
たった一つの身体を守り切るだけでも精一杯なのに、そんなことを言ってのけるなんて。
「あんたは特別なんだよ。私にとってはね」
「え?」
「未来の国王に恩を売るのも悪くないじゃん? あんたが作る国なら、住みやすくていいなって」
「……ソローネ」