2023年没作品詰め合わせ
サースティはその長い足をせっせと動かし、社内の長い廊下を駆けていた。規則として廊下は走ってはならないと社員達にも厳しく言い聞かせているのだが、此度ばかりは構ってもいられなかった。
「薬師様! 薬師様はいらっしゃるか!?」
ロック島の歓楽街に、凄腕の薬師の女が滞在しているという話を聞きつけたサースティはいてもたってもいられなかった。
「我らが社長をお救いせねば!」
蒸気機関の普及は滞り無い。オアーズラッシュを始めとして各所で線路の整備が進んでいる。それもこれも、社長パルテティオの交渉力の賜物といえよう。
だが、パルテティオは自身の限界を見誤っていたようだ。睡眠、食事をきちんと摂っていると話していたが、休養と仕事の比率が極端すぎた。若く、丈夫な体であっても限度というものがある。
ふらつきながらも他の従業員に労りの言葉をかけてしまえるパルテティオを目の当たりにして、サースティはもう限界だった。
以前、働き詰めだったフロイドに薬を使い、穏やかな眠りに誘った薬師の顔が頭をよぎる。彼女であれば、社長を無理矢理にでも休ませることができるのでは無いか……期待度は高い。
「旅の薬師? ああ……確か青い制服を着た女なら見かけましたね……何かあったのですか」
休憩時間にくつろいでいる顔見知りの従業員がいたため、次々声を掛けていたのだが割と早い段階で情報が得られた。
悠長な態度につい声を張り上げる。
「急患なのだよ! 社長が倒れた」
「な……」
目を見張った従業員が後方に視線を向けるよりも早く、何者かが机を揺らし立ち上がる。
「なんですって!? パルテティオが」
「あ、貴女は」
青い制服、艶やかなブロンド。間違いない、例の薬師だ。ここが酒場の席であるからか、ほんのり頬が赤らんでいる。
「すぐに行くわ。案内して頂戴っ」
腕を捲り、側の鞄を引っ掛ける。その様子を見ていた只事では無いと周囲が騒ぎ出した。
「ええい、静まりなさい!」
とはいうが、サースティもかなり焦燥感を覚えていたのも事実。
早く早くと急かしたいのをかろうじて押さえ込んでいる状態だ。
「代金は俺が建て替えとくよ。早く行ってやってくれ!」
「ありがとう。サースティさん、お願い!」
喧騒を掻き分け、社長室までの長い道をキャスティと共にひたすらに走る。
酒が回っているのか、途中何度かふらついていたので、サースティはそれを支えてやり、ほうほうのていと言っても良い、かなりの疲労感と共にパルテティオの元に辿り着いた。
彼は濡らしたタオルを額に置き、ぐったりとしている。
その様を一目見て、サースティは見る見るうちに顔を青くした。
「あああああっ! 社長、社長があああ」
「落ち着きなさいッ!」
キャスティの怒声は窓ガラスも揺さぶった。
サースティはすっかり気圧されてしまい、彼女が目にも止まらぬ速さで処置を行う様をただ呆然と見ているほかなかった。
「もう、パルテティオったら……無理しすぎなのよ」
彼女の言葉でその場の緊張が解けた。パルテティオを見やれば、穏やかな顔つきで胸を上下させている。眠っているようだった。
「も、申し訳ありません……取り乱してしまい。我らが社長こそがカンパニーの命。それを失うわけにはいかないと」
項垂れてしまったサースティに、キャスティは穏やかに微笑みかける。なんとも、安心感のある女性だ。先ほどの鬼気迫る表情は正直少し怖かったが、こうしている分には本当に心優しい人といった印象だ。
「分かるわ。……私もあなたから知らせを聞いた時は気が気ではなかったもの」
パルテティオと彼女は旅仲間ということもあり、かなり親しい間柄だ。自分とはまた違ったニュアンスで大切な人物が倒れたとなれば血相を変えるのは当然だ。
「それで、社長はやはり……過労ですか」
「過労もあるけれど、そこから日射病や脱水症状も併発している状態ね。彼、直近に日差しの眩しい状態で長時間止まっていたのでしょう」
薬師とはこうも少し見ただけで読み取れるものなのか、と感心させられる。
サースティはパルテティオのスケジュールは全て把握している。当初は予定など立てないパルテティオであったがカンパニーを設立し、仕事が増えていくうちに手帳に記すようになったのだ。
彼は単独で動くため自分が覚える必要こそないが、サースティの完璧主義気質が、赦しはしなかった。
「ああ……! オアーズラッシュでの新車両の試運転に立ち会っていたはずです」
「なら、それね。サースティさん、パルテティオのスケジュールはどうなってるの? かなり詰め込んでいるのではないかしら」
キャスティの指摘は的を射ていた。サースティは独自にパルテティオの行動を念入りに観察していたのだが、彼はどうにも余剰に動き回っているようだった。スケジュールに少しでも空き時間があれば記載されていない場所にまで立ち寄ることもしてみせるのだ。
「それなのですが……社長はどうにも、記されていること以外の仕事も行なっているようなのです。私めからも忠言はしましたが」
自分の調査なので抜かりはない。キャスティもやっぱりねと溜息を吐いた。
「俺なら心配ねぇ! ってとこかしらね。この子が言いそうなことだわ」
拳を立てる動作まで再現してみせるキャスティに、サースティは全くその通りだと何度も頷いた。
「ええ、ええ。体を壊してしまっては、本末転倒だというのに」
社長は前に言っていた。商人の宝とは自分自身であるのだと。彼の目利き、機知、バイタリティ……その全てが噛み合わなければ成り立たない。彼という個に代えはないのだ。
「仕方がないわね。私から少し、ううん、色々と言わせてもらおうかしらね」
「ううむ、そうですね。貴方様であれば社長も聞き入れるやもしれません」
「とにかく、今は寝かせてあげましょう」
「ええ。……キャスティ様のような薬師が居てくださって良かった。此度は本当に助かりました」
彼女が社長の側に居てくださったなら、否、従業員のケアもしてくれたのならと少し思う。
だが難しいだろう。彼女の青い制服、確かエイル薬師団のものだったろう。より多くに救いの手を差し伸べるという信念に従うのなら、旅を続けるはずだ。
「いいのいいの、困った時はお互い様よ。後は私に任せてちょうだい。サースティさんも、自分のお仕事があるでしょうし」
「お気遣い感謝致します。ええ、では失礼させていただきます」
直角に腰を曲げ、退室の挨拶と共に、少し下がった眼鏡をくいと押し上げる。
社長のスケジュール調整は、本格的に自分が組み込むべきなのでは——心の中で呟きつつサースティは部屋を後にした。
その後。
キャスティは濡れタオルを新しくしてやり、氷柱を唱えた。すると、ひんやりとした空気が立ち込める。
パルテティオの表情が穏やかなものへと変わりつつあるのを認めて、そっと息を吐く。
逞しいその胸板が、ゆっくりと上下している。ぬるま湯につけたガーゼで体を拭いてやる。男が汗をかく時の、少し渋いような匂いと、香水が混じってすこし、くらくらする。
ハリのある、男らしい身体つきをダイレクトに目の当たりにしてして、何も感じない自分ではない。
薬師としてはあるまじき煩悩に、キャスティは自分も暑さにやられたのかと額をさすった。
深呼吸をし、無心で、彼の身体を清拭する。
「今日はもう、一日眠ると良いわ。説教は、そのあとね」
そう告げて、プラム果汁と塩入りの水をそばに置いてやる。体液に近い成分の飲み物は、吸収が早い。今の彼に必要なのは砂糖と塩の恵みである。
その後は、サースティの計らいで社員寮の空いた部屋で休ませてもらった。
風通しが良く、ベッドの質も良い。これはパルテティオが労働者の待遇を見直したことによる恩恵なのだろう。
その日、キャスティは良い夢を見ることができた。
時たまに亡者の悪夢を見るのだ。その時は、酷く目覚めが悪くなる。
爽やかな朝と、日差しに温かい気持ちになる。扉の向こうからは、社員たちが和気藹々と会話を交わしているようで、ときおり朗らかな笑い声が聞こえてくる。
白湯を飲みながらゆったりしていたくもなるが、パルテティオの様子を見にいかなくては。キャスティは立ち上がる。
階段や梯子をよじ登り、屋上へと辿り着けば、蒸気機関の濛々とした水蒸気が立ち込めた。
バンダナを巻いた若男や、煤で頬を汚した中年の男などが、キャスティの脇をすり抜けてゆく。
「社長! ご無沙汰だなあ」
「おう、お前さんか! どうだ、馴染めたか?」
パルテティオの姿は、思いの外簡単に見つけ出すことができた。
欄干に背中を預け、無精髭の生やした男と何かを話している様子だった。
聞き耳を立てずとも、会話はこちらまで流れ込んでくる。
昨日寝込んでいたくせして、もう動き回っている彼に、キャスティは物申したくてうずうずしていたが、今は抑えた。
「ああ。皆いい奴だな。俺が元盗賊だと明かしても飲みに誘ってくれるんだ」
「そりゃあ重畳だな。これを気に盗みはやめとけよな」
「勿論だ。働いて汗をかくほど充実したもんはねえからな」
男の背中を無遠慮な加減に叩き、見送る。それからまた通りかかった従業員らが声をかけて、パルテティオは屈託のない笑みと共に握手をし、肩を組み、親指を立てたりと。そのアクションはとても豊富であった。
彼の周りにはいつも、誰かがいる。あれほど眩しいのだ、拝みたくもなるだろう。
自分のように、背後を這いずる陰りもない。純正の、輝きを持つ男。
そしていつの間にか、鉄製の通路には人っこ一人も居らなくなる。
機械的な音だけが支配する静寂の中、キャスティは引き寄せられるように足を動かした。
「キャスティ……!? キャスティじゃねえか!」
「パルテティオ——」
サースティからは何も聞いていないらしい。自分を認めるなり、大層驚いて見せた。
「いつぶりだろうな? へへ、会えて嬉しいぜ」
人好きのする笑み。キャスティの好きな表情だ。好意が前面に滲み出ているからだろう。
彼の小さな傷を手当てするとき、彼はこれを見せるから、つい甘やかしてしまうのだったか。
「ええ。私もよ。だけど、喜ぶ間は今はいらないわ。パルテティオ、今すぐベッドに行きなさい」
「なっ、なんだよ急に」
「薬師様! 薬師様はいらっしゃるか!?」
ロック島の歓楽街に、凄腕の薬師の女が滞在しているという話を聞きつけたサースティはいてもたってもいられなかった。
「我らが社長をお救いせねば!」
蒸気機関の普及は滞り無い。オアーズラッシュを始めとして各所で線路の整備が進んでいる。それもこれも、社長パルテティオの交渉力の賜物といえよう。
だが、パルテティオは自身の限界を見誤っていたようだ。睡眠、食事をきちんと摂っていると話していたが、休養と仕事の比率が極端すぎた。若く、丈夫な体であっても限度というものがある。
ふらつきながらも他の従業員に労りの言葉をかけてしまえるパルテティオを目の当たりにして、サースティはもう限界だった。
以前、働き詰めだったフロイドに薬を使い、穏やかな眠りに誘った薬師の顔が頭をよぎる。彼女であれば、社長を無理矢理にでも休ませることができるのでは無いか……期待度は高い。
「旅の薬師? ああ……確か青い制服を着た女なら見かけましたね……何かあったのですか」
休憩時間にくつろいでいる顔見知りの従業員がいたため、次々声を掛けていたのだが割と早い段階で情報が得られた。
悠長な態度につい声を張り上げる。
「急患なのだよ! 社長が倒れた」
「な……」
目を見張った従業員が後方に視線を向けるよりも早く、何者かが机を揺らし立ち上がる。
「なんですって!? パルテティオが」
「あ、貴女は」
青い制服、艶やかなブロンド。間違いない、例の薬師だ。ここが酒場の席であるからか、ほんのり頬が赤らんでいる。
「すぐに行くわ。案内して頂戴っ」
腕を捲り、側の鞄を引っ掛ける。その様子を見ていた只事では無いと周囲が騒ぎ出した。
「ええい、静まりなさい!」
とはいうが、サースティもかなり焦燥感を覚えていたのも事実。
早く早くと急かしたいのをかろうじて押さえ込んでいる状態だ。
「代金は俺が建て替えとくよ。早く行ってやってくれ!」
「ありがとう。サースティさん、お願い!」
喧騒を掻き分け、社長室までの長い道をキャスティと共にひたすらに走る。
酒が回っているのか、途中何度かふらついていたので、サースティはそれを支えてやり、ほうほうのていと言っても良い、かなりの疲労感と共にパルテティオの元に辿り着いた。
彼は濡らしたタオルを額に置き、ぐったりとしている。
その様を一目見て、サースティは見る見るうちに顔を青くした。
「あああああっ! 社長、社長があああ」
「落ち着きなさいッ!」
キャスティの怒声は窓ガラスも揺さぶった。
サースティはすっかり気圧されてしまい、彼女が目にも止まらぬ速さで処置を行う様をただ呆然と見ているほかなかった。
「もう、パルテティオったら……無理しすぎなのよ」
彼女の言葉でその場の緊張が解けた。パルテティオを見やれば、穏やかな顔つきで胸を上下させている。眠っているようだった。
「も、申し訳ありません……取り乱してしまい。我らが社長こそがカンパニーの命。それを失うわけにはいかないと」
項垂れてしまったサースティに、キャスティは穏やかに微笑みかける。なんとも、安心感のある女性だ。先ほどの鬼気迫る表情は正直少し怖かったが、こうしている分には本当に心優しい人といった印象だ。
「分かるわ。……私もあなたから知らせを聞いた時は気が気ではなかったもの」
パルテティオと彼女は旅仲間ということもあり、かなり親しい間柄だ。自分とはまた違ったニュアンスで大切な人物が倒れたとなれば血相を変えるのは当然だ。
「それで、社長はやはり……過労ですか」
「過労もあるけれど、そこから日射病や脱水症状も併発している状態ね。彼、直近に日差しの眩しい状態で長時間止まっていたのでしょう」
薬師とはこうも少し見ただけで読み取れるものなのか、と感心させられる。
サースティはパルテティオのスケジュールは全て把握している。当初は予定など立てないパルテティオであったがカンパニーを設立し、仕事が増えていくうちに手帳に記すようになったのだ。
彼は単独で動くため自分が覚える必要こそないが、サースティの完璧主義気質が、赦しはしなかった。
「ああ……! オアーズラッシュでの新車両の試運転に立ち会っていたはずです」
「なら、それね。サースティさん、パルテティオのスケジュールはどうなってるの? かなり詰め込んでいるのではないかしら」
キャスティの指摘は的を射ていた。サースティは独自にパルテティオの行動を念入りに観察していたのだが、彼はどうにも余剰に動き回っているようだった。スケジュールに少しでも空き時間があれば記載されていない場所にまで立ち寄ることもしてみせるのだ。
「それなのですが……社長はどうにも、記されていること以外の仕事も行なっているようなのです。私めからも忠言はしましたが」
自分の調査なので抜かりはない。キャスティもやっぱりねと溜息を吐いた。
「俺なら心配ねぇ! ってとこかしらね。この子が言いそうなことだわ」
拳を立てる動作まで再現してみせるキャスティに、サースティは全くその通りだと何度も頷いた。
「ええ、ええ。体を壊してしまっては、本末転倒だというのに」
社長は前に言っていた。商人の宝とは自分自身であるのだと。彼の目利き、機知、バイタリティ……その全てが噛み合わなければ成り立たない。彼という個に代えはないのだ。
「仕方がないわね。私から少し、ううん、色々と言わせてもらおうかしらね」
「ううむ、そうですね。貴方様であれば社長も聞き入れるやもしれません」
「とにかく、今は寝かせてあげましょう」
「ええ。……キャスティ様のような薬師が居てくださって良かった。此度は本当に助かりました」
彼女が社長の側に居てくださったなら、否、従業員のケアもしてくれたのならと少し思う。
だが難しいだろう。彼女の青い制服、確かエイル薬師団のものだったろう。より多くに救いの手を差し伸べるという信念に従うのなら、旅を続けるはずだ。
「いいのいいの、困った時はお互い様よ。後は私に任せてちょうだい。サースティさんも、自分のお仕事があるでしょうし」
「お気遣い感謝致します。ええ、では失礼させていただきます」
直角に腰を曲げ、退室の挨拶と共に、少し下がった眼鏡をくいと押し上げる。
社長のスケジュール調整は、本格的に自分が組み込むべきなのでは——心の中で呟きつつサースティは部屋を後にした。
その後。
キャスティは濡れタオルを新しくしてやり、氷柱を唱えた。すると、ひんやりとした空気が立ち込める。
パルテティオの表情が穏やかなものへと変わりつつあるのを認めて、そっと息を吐く。
逞しいその胸板が、ゆっくりと上下している。ぬるま湯につけたガーゼで体を拭いてやる。男が汗をかく時の、少し渋いような匂いと、香水が混じってすこし、くらくらする。
ハリのある、男らしい身体つきをダイレクトに目の当たりにしてして、何も感じない自分ではない。
薬師としてはあるまじき煩悩に、キャスティは自分も暑さにやられたのかと額をさすった。
深呼吸をし、無心で、彼の身体を清拭する。
「今日はもう、一日眠ると良いわ。説教は、そのあとね」
そう告げて、プラム果汁と塩入りの水をそばに置いてやる。体液に近い成分の飲み物は、吸収が早い。今の彼に必要なのは砂糖と塩の恵みである。
その後は、サースティの計らいで社員寮の空いた部屋で休ませてもらった。
風通しが良く、ベッドの質も良い。これはパルテティオが労働者の待遇を見直したことによる恩恵なのだろう。
その日、キャスティは良い夢を見ることができた。
時たまに亡者の悪夢を見るのだ。その時は、酷く目覚めが悪くなる。
爽やかな朝と、日差しに温かい気持ちになる。扉の向こうからは、社員たちが和気藹々と会話を交わしているようで、ときおり朗らかな笑い声が聞こえてくる。
白湯を飲みながらゆったりしていたくもなるが、パルテティオの様子を見にいかなくては。キャスティは立ち上がる。
階段や梯子をよじ登り、屋上へと辿り着けば、蒸気機関の濛々とした水蒸気が立ち込めた。
バンダナを巻いた若男や、煤で頬を汚した中年の男などが、キャスティの脇をすり抜けてゆく。
「社長! ご無沙汰だなあ」
「おう、お前さんか! どうだ、馴染めたか?」
パルテティオの姿は、思いの外簡単に見つけ出すことができた。
欄干に背中を預け、無精髭の生やした男と何かを話している様子だった。
聞き耳を立てずとも、会話はこちらまで流れ込んでくる。
昨日寝込んでいたくせして、もう動き回っている彼に、キャスティは物申したくてうずうずしていたが、今は抑えた。
「ああ。皆いい奴だな。俺が元盗賊だと明かしても飲みに誘ってくれるんだ」
「そりゃあ重畳だな。これを気に盗みはやめとけよな」
「勿論だ。働いて汗をかくほど充実したもんはねえからな」
男の背中を無遠慮な加減に叩き、見送る。それからまた通りかかった従業員らが声をかけて、パルテティオは屈託のない笑みと共に握手をし、肩を組み、親指を立てたりと。そのアクションはとても豊富であった。
彼の周りにはいつも、誰かがいる。あれほど眩しいのだ、拝みたくもなるだろう。
自分のように、背後を這いずる陰りもない。純正の、輝きを持つ男。
そしていつの間にか、鉄製の通路には人っこ一人も居らなくなる。
機械的な音だけが支配する静寂の中、キャスティは引き寄せられるように足を動かした。
「キャスティ……!? キャスティじゃねえか!」
「パルテティオ——」
サースティからは何も聞いていないらしい。自分を認めるなり、大層驚いて見せた。
「いつぶりだろうな? へへ、会えて嬉しいぜ」
人好きのする笑み。キャスティの好きな表情だ。好意が前面に滲み出ているからだろう。
彼の小さな傷を手当てするとき、彼はこれを見せるから、つい甘やかしてしまうのだったか。
「ええ。私もよ。だけど、喜ぶ間は今はいらないわ。パルテティオ、今すぐベッドに行きなさい」
「なっ、なんだよ急に」