七章
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夢を、見た。
彼岸花が咲き乱れる光の野に、綾斗が立っている。風は穏やかで、陽は柔らかく、まるで永遠の春のような安らぎに満ちていた。
一方、名前の足元は泥濘だった。
踏み込むたびに、ぬかるみに足が取られ、血と涙のような冷たさが足首にまとわりつく。
二人は向かい合って立ち、見つめ合った。
「名前ちゃん」
懐かしい声。胸を締め付ける響き。
思わず駆け寄りそうになって、それでも踏みとどまった。
綾斗と自分の世界はもう違うのだと、分かっていたから。
「なんか、照れちゃうね。……改まった感じで」
その顔に、名前の胸が熱くなる。
「ごめんね。『死なない』って約束……守れなくて」
「……っ」
名前の唇が震える。
綾斗は苦笑しつつ、ふっと視線を伏せた。
「でもさ、あの時の俺……ちょっとはかっこよかったでしょ?」
名前は、堪えきれず首を横に振った。
「……私は……綾斗に、生きててほしかった……!」
声が掠れる。涙がにじむ。
綾斗はそんな彼女を見つめ、静かに言った。
「俺も……名前ちゃんに生きてほしかった。だから、あの時――体が勝手に動いたんだ」
「……綾斗には……帰らなきゃならない場所があった! 死ぬべきなのは、私の方だった……!」
吐き出した言葉は、泥濘の冷たさと同じくらい重かった。
だが、綾斗はすぐに首を振る。
「それは違うよ、名前ちゃん」
その眼差しは真っ直ぐで、彼岸花の赤よりも鮮やかだった。
綾斗はきっぱりと、けれど柔らかい声で言った。
「……違わない!」
名前の声が震える。
「私なんか守って……! 貴方がいなくなって……っ、家族は……どうするの……!」
吐き出した言葉に、胸が締めつけられる。
父や母、颯太郎、桐子、新一、そして小さな門下生たちの笑顔が浮かんでは、闇に沈んでいく。
遺された者の辛さは、名前は痛いほど知っていた。
綾斗はしばし黙って、そしてふっと目を伏せて微笑んだ。
「……たしかに、あいつらのことは心配だけど」
「でも、それは――名前ちゃんが背負わなくて良いんだよ」
「……っ」
名前の唇がかすかに開く。
否定しようとした言葉は、胸の奥で絡まり、声にならなかった。
その沈黙を破るように、綾斗が苦しげに息を吐いた。
次の瞬間、彼の瞳に涙が溢れ、頬を伝い落ちていく。
「……っ、ごめん……、本当は、謝らなきゃいけないのは……俺の方、なんだ……っ」
震える声。
彼は嗚咽を押し殺しながら、それでも必死に言葉を吐き出した。
「俺、あの時、怖かった……っ、痛くて、それがずっと続いちゃうんじゃないか、って、本当に、怖くて……っ」
「優しい名前ちゃんに……あんな事をさせて……っ! 名前ちゃんが、苦しむ、って……分かってたのに……っ、 本当に、ごめん……ごめんね……っ!!」
ぼろぼろと綾斗の頬を伝う涙が、赤い彼岸花の光にきらめいて散る。
その姿に、名前の胸が張り裂けそうになった。
「……やめて!」
名前の叫びは涙で震えていた。
泥濘に足を取られながらも、必死に一歩踏み出す。
「綾斗は悪くない! 綾斗は……私を守ってくれた! 悪いのは……あの時、動けなかった……私なの……!」
声が掠れ、嗚咽が混じる。
名前の頬を流れる涙は泥と混じり、地に落ちて消えていく。
「……ごめんなさい……綾斗……! 本当に……ごめんなさい……っ!」
泣きながら謝る名前を、綾斗はしばらく見つめていた。
揺れる瞳に映るのは、泥に塗れ、涙を流す彼女の姿。
やがて彼は、震える唇を結び直し――静かに吐き出した。
「………そうだね」
涙声はまだ掠れていたが、その響きは柔らかかった。
「……俺達は……どっちも悪くて……」
「でも………どっちも悪くないんだ」
その一言は、互いの罪をそっと解きほぐすように風に溶けていく。
名前が顔を上げると、綾斗は少しだけ哀しそうに微笑んでいた。
綾斗は一歩、光の方から近づく。
名前とは決して相容れぬ境に立つその姿は、優しくて、切なかった。
「……俺さ、名前ちゃんに出会えて……本当に良かったって思ってる」
その声は、泥濘の冷たさを温める春風のように柔らかかった。
そして少し間を置き、彼はまだ赤い瞳にいたずらっぽい笑みを浮かべて首をかしげる。
「でもさ……名前ちゃんは? こんなことになるくらいなら……俺と出会わなければ良かったって……思う?」
その問いに、名前の胸がぎゅっと締めつけられる。
一瞬だけ喉が詰まり、言葉が出なかった。
だがすぐに、両の手に力を込め、涙で滲む瞳を真っ直ぐ綾斗に向けた。
「そんな訳ない!!」
声は震えていたが、揺るぎない確信がそこにあった。
「私…っ、綾斗に……どれだけ救われたか分からない。どれだけ……力をもらったか……!」
頬を涙が伝い落ちる。
泥に濡れた拳を強く握りしめ、名前は必死に言葉を紡ぐ。
「一緒に戦って……笑い合って……! 私っ、もう、家族っ……誰も、いないから……っ! なにも、無いから……っ、私にとって、綾斗は……本当に、大事な仲間だった……!」
声が掠れる。
それでも、名前は涙を拭わず、必死に続けた。
「私も、貴方に……綾斗に出会えて良かったって……心の底から思ってる……!」
彼岸花の赤に、名前の涙が煌めいて落ちる。
その言葉は二人を隔てる見えない壁の冷たさを越え、光の野に立つ綾斗へと確かに届いていた。
綾斗は驚いたように目を瞬き――そして、少しだけ照れたように笑うと、肩をすくめてみせた。
「……じゃあさ」
いつもの調子を装っているはずなのに、その声はどこか震えていた。
彼岸花の赤に照らされた横顔に、影が差す。
「俺のこと――『大好きな、大事な女の子を守った、かっこいい奴だった』って……そうやって覚えててよ」
名前の胸が大きく震える。
「……っ」
綾斗は言葉を繋ぎながら、ほんの少し視線を揺らし、笑みが滲んでいく。
「『自分のせいで死んじゃった、可哀想な奴』じゃなくてさ」
「俺達の思い出を……そんな風に悲しいものにするのは、やめようよ」
最後の一言を口にしたとき、綾斗の瞳がまた潤み始める。
唇は笑みを形作ろうとするのに、頬を伝う涙は止められなかった。
綾斗は一度、言葉を飲み込むように目を伏せた。
けれど次に顔を上げた時、その瞳には涙が滲んでいても、確かな光が宿っていた。
「……名前ちゃん」
震える声で、それでもまっすぐに。
「忘れないで。名前ちゃんは、一人じゃないよ」
胸の奥にまで届くような、その言葉。
名前の頬を伝う涙が、熱を帯びて止まらなくなる。
「俺も……名前ちゃんの家族も……みんな一緒にいる」
「だから、大丈夫だよ」
綾斗は微笑んだ。
涙で濡れているのに、不思議とあたたかくて、安心させる笑顔だった。
「どうか、生きて」
「それで、できたら……幸せに、生きてね」
その声は、彼岸花に揺れる風よりも優しく、まるで春の陽光のように名前を包み込んだ。
「大好きだよ、名前ちゃん。俺と出会ってくれて、本当にありがとう」
***
「……あ……」
微かな吐息が唇から漏れた。
瞼を持ち上げると、視界いっぱいに白い天井が広がる。木の梁が横切り、外からは小鳥の鳴き声がかすかに聞こえていた。
(……夢……)
胸の奥にまだ残る、赤い彼岸花の色。
綾斗の声。泣き笑いの顔。
その温もりは、指先に触れたように確かだったのに、今はどこにもない。
「……綾斗……」
小さく名を呼ぶ。けれど返事はなく、ただ朝の光が障子を透かして差し込むばかりだった。
頬を濡らす感覚に気付いて、名前は手を伸ばした。指先に触れたのは、涙のしずく。
掠れた喉から短い息が洩れる。
夢の中で聞いた声が、胸の奥で反響する。
都合の良い、夢だったのかもしれない。
自分にとって心地良い言葉をかけてくれる幻の綾斗を、勝手に創り出しただけに、過ぎないのかもしれない。
それでも。
涙が零れそうになるのを堪え、彼女は布団の上で震える拳をぎゅっと握りしめる。
「……生きる……」
掠れた声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
夢と現実の狭間で、心の奥底に確かに灯が残っている。
その時――。
「名前さーん! ごはんできましたよー!」
「おかゆとお味噌汁! 今日は卵焼きもあります!」
「早く食べないと、冷めちゃいますよ!」
障子の向こうから、元気いっぱいの声が次々と響いた。
次の瞬間、ばたばたと小さな足音が近づき、襖が勢いよく開かれる。
きよ、すみ、なほの三人が、それぞれ大きな盆を抱えて飛び込んできた。
お椀や皿が載せられた膳をよたよたと運ぶ姿に、朝の光が反射してきらきらと輝く。
「わっ……こぼさないで!」
「大丈夫、大丈夫!」
「ほら、なほ、早く置いて!」
その後ろからは、名前の鎹鴉がばさばさと羽音を立ててついてきた。
嘴に小皿をくわえたまま誇らしげに胸を張り、まるで「コレモ我ガ任務ナリ!」とでも言いたげだ。
にぎやかな朝の光景に、名前はふっと目を細める。
頬を濡らしていた涙をそっと指で拭い、静かに息を吐く。
「……ありがとう」
布団の上で身を起こし、彼女は微笑んだ。
綾斗の声がまだ胸に残っている。けれどその想いと共に、目の前の温かな日常が、確かに彼女を生かしてくれていた。
彼岸花が咲き乱れる光の野に、綾斗が立っている。風は穏やかで、陽は柔らかく、まるで永遠の春のような安らぎに満ちていた。
一方、名前の足元は泥濘だった。
踏み込むたびに、ぬかるみに足が取られ、血と涙のような冷たさが足首にまとわりつく。
二人は向かい合って立ち、見つめ合った。
「名前ちゃん」
懐かしい声。胸を締め付ける響き。
思わず駆け寄りそうになって、それでも踏みとどまった。
綾斗と自分の世界はもう違うのだと、分かっていたから。
「なんか、照れちゃうね。……改まった感じで」
その顔に、名前の胸が熱くなる。
「ごめんね。『死なない』って約束……守れなくて」
「……っ」
名前の唇が震える。
綾斗は苦笑しつつ、ふっと視線を伏せた。
「でもさ、あの時の俺……ちょっとはかっこよかったでしょ?」
名前は、堪えきれず首を横に振った。
「……私は……綾斗に、生きててほしかった……!」
声が掠れる。涙がにじむ。
綾斗はそんな彼女を見つめ、静かに言った。
「俺も……名前ちゃんに生きてほしかった。だから、あの時――体が勝手に動いたんだ」
「……綾斗には……帰らなきゃならない場所があった! 死ぬべきなのは、私の方だった……!」
吐き出した言葉は、泥濘の冷たさと同じくらい重かった。
だが、綾斗はすぐに首を振る。
「それは違うよ、名前ちゃん」
その眼差しは真っ直ぐで、彼岸花の赤よりも鮮やかだった。
綾斗はきっぱりと、けれど柔らかい声で言った。
「……違わない!」
名前の声が震える。
「私なんか守って……! 貴方がいなくなって……っ、家族は……どうするの……!」
吐き出した言葉に、胸が締めつけられる。
父や母、颯太郎、桐子、新一、そして小さな門下生たちの笑顔が浮かんでは、闇に沈んでいく。
遺された者の辛さは、名前は痛いほど知っていた。
綾斗はしばし黙って、そしてふっと目を伏せて微笑んだ。
「……たしかに、あいつらのことは心配だけど」
「でも、それは――名前ちゃんが背負わなくて良いんだよ」
「……っ」
名前の唇がかすかに開く。
否定しようとした言葉は、胸の奥で絡まり、声にならなかった。
その沈黙を破るように、綾斗が苦しげに息を吐いた。
次の瞬間、彼の瞳に涙が溢れ、頬を伝い落ちていく。
「……っ、ごめん……、本当は、謝らなきゃいけないのは……俺の方、なんだ……っ」
震える声。
彼は嗚咽を押し殺しながら、それでも必死に言葉を吐き出した。
「俺、あの時、怖かった……っ、痛くて、それがずっと続いちゃうんじゃないか、って、本当に、怖くて……っ」
「優しい名前ちゃんに……あんな事をさせて……っ! 名前ちゃんが、苦しむ、って……分かってたのに……っ、 本当に、ごめん……ごめんね……っ!!」
ぼろぼろと綾斗の頬を伝う涙が、赤い彼岸花の光にきらめいて散る。
その姿に、名前の胸が張り裂けそうになった。
「……やめて!」
名前の叫びは涙で震えていた。
泥濘に足を取られながらも、必死に一歩踏み出す。
「綾斗は悪くない! 綾斗は……私を守ってくれた! 悪いのは……あの時、動けなかった……私なの……!」
声が掠れ、嗚咽が混じる。
名前の頬を流れる涙は泥と混じり、地に落ちて消えていく。
「……ごめんなさい……綾斗……! 本当に……ごめんなさい……っ!」
泣きながら謝る名前を、綾斗はしばらく見つめていた。
揺れる瞳に映るのは、泥に塗れ、涙を流す彼女の姿。
やがて彼は、震える唇を結び直し――静かに吐き出した。
「………そうだね」
涙声はまだ掠れていたが、その響きは柔らかかった。
「……俺達は……どっちも悪くて……」
「でも………どっちも悪くないんだ」
その一言は、互いの罪をそっと解きほぐすように風に溶けていく。
名前が顔を上げると、綾斗は少しだけ哀しそうに微笑んでいた。
綾斗は一歩、光の方から近づく。
名前とは決して相容れぬ境に立つその姿は、優しくて、切なかった。
「……俺さ、名前ちゃんに出会えて……本当に良かったって思ってる」
その声は、泥濘の冷たさを温める春風のように柔らかかった。
そして少し間を置き、彼はまだ赤い瞳にいたずらっぽい笑みを浮かべて首をかしげる。
「でもさ……名前ちゃんは? こんなことになるくらいなら……俺と出会わなければ良かったって……思う?」
その問いに、名前の胸がぎゅっと締めつけられる。
一瞬だけ喉が詰まり、言葉が出なかった。
だがすぐに、両の手に力を込め、涙で滲む瞳を真っ直ぐ綾斗に向けた。
「そんな訳ない!!」
声は震えていたが、揺るぎない確信がそこにあった。
「私…っ、綾斗に……どれだけ救われたか分からない。どれだけ……力をもらったか……!」
頬を涙が伝い落ちる。
泥に濡れた拳を強く握りしめ、名前は必死に言葉を紡ぐ。
「一緒に戦って……笑い合って……! 私っ、もう、家族っ……誰も、いないから……っ! なにも、無いから……っ、私にとって、綾斗は……本当に、大事な仲間だった……!」
声が掠れる。
それでも、名前は涙を拭わず、必死に続けた。
「私も、貴方に……綾斗に出会えて良かったって……心の底から思ってる……!」
彼岸花の赤に、名前の涙が煌めいて落ちる。
その言葉は二人を隔てる見えない壁の冷たさを越え、光の野に立つ綾斗へと確かに届いていた。
綾斗は驚いたように目を瞬き――そして、少しだけ照れたように笑うと、肩をすくめてみせた。
「……じゃあさ」
いつもの調子を装っているはずなのに、その声はどこか震えていた。
彼岸花の赤に照らされた横顔に、影が差す。
「俺のこと――『大好きな、大事な女の子を守った、かっこいい奴だった』って……そうやって覚えててよ」
名前の胸が大きく震える。
「……っ」
綾斗は言葉を繋ぎながら、ほんの少し視線を揺らし、笑みが滲んでいく。
「『自分のせいで死んじゃった、可哀想な奴』じゃなくてさ」
「俺達の思い出を……そんな風に悲しいものにするのは、やめようよ」
最後の一言を口にしたとき、綾斗の瞳がまた潤み始める。
唇は笑みを形作ろうとするのに、頬を伝う涙は止められなかった。
綾斗は一度、言葉を飲み込むように目を伏せた。
けれど次に顔を上げた時、その瞳には涙が滲んでいても、確かな光が宿っていた。
「……名前ちゃん」
震える声で、それでもまっすぐに。
「忘れないで。名前ちゃんは、一人じゃないよ」
胸の奥にまで届くような、その言葉。
名前の頬を伝う涙が、熱を帯びて止まらなくなる。
「俺も……名前ちゃんの家族も……みんな一緒にいる」
「だから、大丈夫だよ」
綾斗は微笑んだ。
涙で濡れているのに、不思議とあたたかくて、安心させる笑顔だった。
「どうか、生きて」
「それで、できたら……幸せに、生きてね」
その声は、彼岸花に揺れる風よりも優しく、まるで春の陽光のように名前を包み込んだ。
「大好きだよ、名前ちゃん。俺と出会ってくれて、本当にありがとう」
***
「……あ……」
微かな吐息が唇から漏れた。
瞼を持ち上げると、視界いっぱいに白い天井が広がる。木の梁が横切り、外からは小鳥の鳴き声がかすかに聞こえていた。
(……夢……)
胸の奥にまだ残る、赤い彼岸花の色。
綾斗の声。泣き笑いの顔。
その温もりは、指先に触れたように確かだったのに、今はどこにもない。
「……綾斗……」
小さく名を呼ぶ。けれど返事はなく、ただ朝の光が障子を透かして差し込むばかりだった。
頬を濡らす感覚に気付いて、名前は手を伸ばした。指先に触れたのは、涙のしずく。
掠れた喉から短い息が洩れる。
夢の中で聞いた声が、胸の奥で反響する。
都合の良い、夢だったのかもしれない。
自分にとって心地良い言葉をかけてくれる幻の綾斗を、勝手に創り出しただけに、過ぎないのかもしれない。
それでも。
涙が零れそうになるのを堪え、彼女は布団の上で震える拳をぎゅっと握りしめる。
「……生きる……」
掠れた声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
夢と現実の狭間で、心の奥底に確かに灯が残っている。
その時――。
「名前さーん! ごはんできましたよー!」
「おかゆとお味噌汁! 今日は卵焼きもあります!」
「早く食べないと、冷めちゃいますよ!」
障子の向こうから、元気いっぱいの声が次々と響いた。
次の瞬間、ばたばたと小さな足音が近づき、襖が勢いよく開かれる。
きよ、すみ、なほの三人が、それぞれ大きな盆を抱えて飛び込んできた。
お椀や皿が載せられた膳をよたよたと運ぶ姿に、朝の光が反射してきらきらと輝く。
「わっ……こぼさないで!」
「大丈夫、大丈夫!」
「ほら、なほ、早く置いて!」
その後ろからは、名前の鎹鴉がばさばさと羽音を立ててついてきた。
嘴に小皿をくわえたまま誇らしげに胸を張り、まるで「コレモ我ガ任務ナリ!」とでも言いたげだ。
にぎやかな朝の光景に、名前はふっと目を細める。
頬を濡らしていた涙をそっと指で拭い、静かに息を吐く。
「……ありがとう」
布団の上で身を起こし、彼女は微笑んだ。
綾斗の声がまだ胸に残っている。けれどその想いと共に、目の前の温かな日常が、確かに彼女を生かしてくれていた。