一章
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名前は何か訳の分からない単語を叫びながら、かつて弟だった『それ』に突進した。
構えも何もなく、ただ怒りに燃えた獣の一撃。
「うわっ!?」
『それ』の顔から笑みが消える。
名前の木刀が、凄まじい勢いでその脳天に振り下ろされた。
咄嗟に鋭い爪で受けるも、両の脚が床にめり込んだ。
木刀はミシミシと折れそうな音を立てる。
名前の瞳は、獣そのものだった。
「ッぁぁああああ”ッッ!!」
咆哮と共に、横薙ぎの一閃。
『それ』の腹に直撃。皮膚が裂け、肋骨が折れる鈍い音が響くも。
「もぉ〜…痛いよおぉ…姉上ぇ……」
「っ!?」
腫脹したのは一瞬。『それ』の腹はすぐに元の傷一つない皮膚へと変換した。
有り得ない。
名前の背に寒気が走る。
驚愕、嫌悪。
『それ』は、人間ではない。
「あ〜ね〜う〜え〜〜…今度は、僕のばぁん…」
「--ッッ!」
速かった。
『それ』は一瞬で名前の背後へと回り名前の首目掛けて鋭い爪を振るった。
咄嗟に身を屈めるも、数本の黒髪が宙を舞い、獲物を失った爪が後方の柱に深々と爪痕を刻んだ。驚愕するのはつかの間しか許されない、すぐに怒涛の攻撃が襲ってくる。
「あははっ!愉しいねぇ姉上えぇッ!」
「(なんて力…っそれに速いっ…!)」
「こんなに動いてもどこも痛くないッ!姉上にだってぇ…負けないッッ!!」
木刀で受け止めるので精一杯だった。
距離を取るため背を向けて走ろうとするも即座に詰められ、背後から迫る殺気に、反射で振り向きざまの一撃を放つ。
手応え。『それ』の顎を斜めに木刀が裂く。口の端から血が飛び、舌がだらしなく揺れる。
だが。
「ん〜〜……っふふ。びりってしたあ。姉上ってほんと痛いよぉ」
舌が、切れたはずの舌が――
もう、再生していた。
「っ……!!」
名前は後ずさった。目の前の『それ』は、確かに弟の姿をしている。声も、癖も、どこかそのままだ。
だが、違う。
この世の理を超えた“異質”がそこにあった。
「貴方…何なの…!?陽太はどこ…!?」
名前の切なる叫びに、現実はどこまでも残酷だった。
『それ』が、にいぃっと、血まみれの口角を厭らしく吊り上げる。
「ひどいなぁ姉上ったら…陽太はあぁ、僕っ!ここにいるよおぉ!」
『それ』が床を蹴り、名前に飛びかかる。
名前も応じて踏み込む。
「うぅっ!!」
刹那、木刀と爪が衝突した。
(重い……っ!)
たった一撃で、腕が痺れる。
『それ』は勢いのまま名前の腹に膝を入れる。息が漏れ、後ろへ転がる。
名前は即座に体勢を立て直す。
しかし、眼前には既に赤い爪が迫っていた。
「ッ--あ、ああ”あぁッッ!!」
咄嗟に身を引いたが、遅かった。
木刀は真っ二つに折られていた。
右肩に迸る、経験したことのない痛み。
名前の口から漏れた絶叫。
肩の肉が、まるで薄氷の様に抉り取られていた。
滴る血。神経が痺れる。
視界が赤く滲む中、『それ』はうっとりとその手に握られた肉塊を見つめ--
「あまぁぁあい」
口に運び、咀嚼した。
にちゃ…にちゃ…
まるで水飴を舌で転がす様に、味わう様に。
頬を緩め、恍惚とした笑みを浮かべる。
「姉上ぇ…やっぱり一番…美味しいや…」
名前は、理解した。
目の前のこの生き物は、生きていてはならぬものだ。
我欲のためだけに生き、踏みにじり、理性も、愛も、全てを捨てた--悪鬼。
足元に、父の遺体があった。
そしてその傍らには、鞘に収まったままの、父の刀。
吸い寄せられる様に、名前はそれを手にしていた。
血に塗れた父の傍らで、名前はその刀を抜いた。
真剣――それは、玖波家に代々伝わる業物。
自分は生涯抜くことすら、まして振るうことはないだろうと思っていた、真剣。
その刀身が月光を受けて鈍く光った瞬間、空気が張り詰めた。
名前の内で、何かが変わった。
構えも何もなく、ただ怒りに燃えた獣の一撃。
「うわっ!?」
『それ』の顔から笑みが消える。
名前の木刀が、凄まじい勢いでその脳天に振り下ろされた。
咄嗟に鋭い爪で受けるも、両の脚が床にめり込んだ。
木刀はミシミシと折れそうな音を立てる。
名前の瞳は、獣そのものだった。
「ッぁぁああああ”ッッ!!」
咆哮と共に、横薙ぎの一閃。
『それ』の腹に直撃。皮膚が裂け、肋骨が折れる鈍い音が響くも。
「もぉ〜…痛いよおぉ…姉上ぇ……」
「っ!?」
腫脹したのは一瞬。『それ』の腹はすぐに元の傷一つない皮膚へと変換した。
有り得ない。
名前の背に寒気が走る。
驚愕、嫌悪。
『それ』は、人間ではない。
「あ〜ね〜う〜え〜〜…今度は、僕のばぁん…」
「--ッッ!」
速かった。
『それ』は一瞬で名前の背後へと回り名前の首目掛けて鋭い爪を振るった。
咄嗟に身を屈めるも、数本の黒髪が宙を舞い、獲物を失った爪が後方の柱に深々と爪痕を刻んだ。驚愕するのはつかの間しか許されない、すぐに怒涛の攻撃が襲ってくる。
「あははっ!愉しいねぇ姉上えぇッ!」
「(なんて力…っそれに速いっ…!)」
「こんなに動いてもどこも痛くないッ!姉上にだってぇ…負けないッッ!!」
木刀で受け止めるので精一杯だった。
距離を取るため背を向けて走ろうとするも即座に詰められ、背後から迫る殺気に、反射で振り向きざまの一撃を放つ。
手応え。『それ』の顎を斜めに木刀が裂く。口の端から血が飛び、舌がだらしなく揺れる。
だが。
「ん〜〜……っふふ。びりってしたあ。姉上ってほんと痛いよぉ」
舌が、切れたはずの舌が――
もう、再生していた。
「っ……!!」
名前は後ずさった。目の前の『それ』は、確かに弟の姿をしている。声も、癖も、どこかそのままだ。
だが、違う。
この世の理を超えた“異質”がそこにあった。
「貴方…何なの…!?陽太はどこ…!?」
名前の切なる叫びに、現実はどこまでも残酷だった。
『それ』が、にいぃっと、血まみれの口角を厭らしく吊り上げる。
「ひどいなぁ姉上ったら…陽太はあぁ、僕っ!ここにいるよおぉ!」
『それ』が床を蹴り、名前に飛びかかる。
名前も応じて踏み込む。
「うぅっ!!」
刹那、木刀と爪が衝突した。
(重い……っ!)
たった一撃で、腕が痺れる。
『それ』は勢いのまま名前の腹に膝を入れる。息が漏れ、後ろへ転がる。
名前は即座に体勢を立て直す。
しかし、眼前には既に赤い爪が迫っていた。
「ッ--あ、ああ”あぁッッ!!」
咄嗟に身を引いたが、遅かった。
木刀は真っ二つに折られていた。
右肩に迸る、経験したことのない痛み。
名前の口から漏れた絶叫。
肩の肉が、まるで薄氷の様に抉り取られていた。
滴る血。神経が痺れる。
視界が赤く滲む中、『それ』はうっとりとその手に握られた肉塊を見つめ--
「あまぁぁあい」
口に運び、咀嚼した。
にちゃ…にちゃ…
まるで水飴を舌で転がす様に、味わう様に。
頬を緩め、恍惚とした笑みを浮かべる。
「姉上ぇ…やっぱり一番…美味しいや…」
名前は、理解した。
目の前のこの生き物は、生きていてはならぬものだ。
我欲のためだけに生き、踏みにじり、理性も、愛も、全てを捨てた--悪鬼。
足元に、父の遺体があった。
そしてその傍らには、鞘に収まったままの、父の刀。
吸い寄せられる様に、名前はそれを手にしていた。
血に塗れた父の傍らで、名前はその刀を抜いた。
真剣――それは、玖波家に代々伝わる業物。
自分は生涯抜くことすら、まして振るうことはないだろうと思っていた、真剣。
その刀身が月光を受けて鈍く光った瞬間、空気が張り詰めた。
名前の内で、何かが変わった。