五章
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「――ぅぁぁあああっ!!」
広間の奥から、鋭い気迫と絶叫。
綾斗が闇を裂くように踏み込み、床一面に広がる鏡面を割って進む。
その足運びは迷いなく、まるで川底を蹴るように滑らかだった。
「《水の呼吸・参ノ型 流流舞い》ッ!!」
刃がしなる軌跡を描き、湧き上がった水流の如き太刀筋が光を帯びて渦を巻く。
迫り来る名前そっくりの鏡像たちを一息に薙ぎ払い、飛沫が火の粉のように広間へ散った。
“踏”の影がそれを防ごうと伸びるが、剣流の勢いに弾かれ、黒い波紋となって霧散する。
「なっ……!」
“踏”が眉をひそめた瞬間、綾斗は距離を詰め、斜め一文字に弟鬼を斬り裂こうとした。
「兄者!」
“踏”がとっさに身を翻し影で体を覆うも、頬に鮮やかな切り傷が走る。
赤黒い血が一筋、顎へと伝った。
名前の背後に迫っていた鏡像が、その隙に霧のように消える。
解き放たれた名前が一歩踏み出すと、綾斗と目が合った。
その瞳には、逃げた時とは違う熱が宿っている。
荒く息を吐きながらも、口元にわずかな笑みを刻み――
「……俺は弱いし、臆病者だ」
血で濡れた手で柄を握り直し、声を張る。
「でもな――大事な女の子を一人置いて逃げるほど、落ちぶれちゃいない!!」
“写”と“踏”が同時に口元を歪める。
「……小僧、死に急ぎか」
「いい。ならば二人まとめて喰らってやろう」
広間の四方で鏡面がざわりと波打ち、二人の足元へ新たな影がじわりと広がっていく。
だが今度は、名前と綾斗がほぼ同時に踏み込み、互いの死角を埋めるように構えた。
反撃の気配が、満ちる。
綾斗の踏み込みは、先ほどまでの焦りや迷いを削ぎ落とした一撃だった。
弟鬼“踏”は僅かに目を細め、伸ばしかけていた影を引く。
「……あのまま尻尾を巻いて逃げれば良いものを。愚か者め」
「愚か者だから戻ってきたんだ……よ!!」
綾斗は返しもせず刀を振り抜き、影を裂き続ける。
名前はその動きを横目で確認し、わずかに位置を調整する。
《雫の呼吸・壱ノ型 たゆたう面影》
鏡像の斬撃を沈み込むように受け流し、間合いを繋ぐ。
“写”が鏡の奥で愉快そうに嗤う。
「……ほう。息が合ったな、さっきまでと違う」
「なら、より強く絡めばいい」
鏡面がざわりと波打ち、四方から新たな影が這い出る。
名前と綾斗は背中合わせになり、それぞれの刃が異なる軌道で弾けた。
「っ……!」
綾斗の刀筋がわずかに乱れた瞬間、名前が一歩滑り込む。
《雫の呼吸・陸ノ型 隔水の楯》
水膜を思わせる剣筋が綾斗への斬撃を受け止め、刃と刃が擦れ合う高い音が響く。
「ありがと!」
「前」
名前の短い言葉に、綾斗は反射的に踏み込み、弟鬼の影を断つ。
“踏”が低く舌打ちした。
「チッ、兄者……片方ずつ潰すのは骨が折れるぞ」
「……なら、同時に落とす。鏡を割る」
その言葉と同時、壁一面の鏡がいっせいに波立った。
無数の名前と綾斗が、一斉に刃を振り上げる――。
「くっ……来るぞ!」
「…分かってる」
二人は呼吸を揃え、殺到する影の波を迎え撃つ。
壁も床も天井までもが揺らぎ、そこから滲み出る鏡像たちが円陣を組むように迫る。
「行くぞ、弟よ!」
“写”の声が鋭く弾け、同時に“踏”の影が地を這って伸びる。
刃の雨と、足元を絡め取る黒い縄――
避ければ影に掴まれ、影を断とうとすれば鏡像の刃が喉を裂く、容赦のない連携。
だが名前と綾斗の間には、もう迷いや苛立ちはなかった。
「右、俺がやる!」
綾斗の声とほぼ同時、名前が逆方向へ沈み込む。
《雫の呼吸・弐ノ型 垂香》
名前の立ち位置がふっと揺らぎ、兄鬼の鏡像たちの視線が一瞬泳ぐ。
その刹那に、綾斗の刃が横一文字に奔り、三体の鏡像をまとめて弾き飛ばす。
「くっ!」
“写”が鏡面を叩くが、動揺で生成の速度が一瞬鈍る。
そこへ名前が踏み込み、弟鬼の影を《壱ノ型 たゆたう面影》で受け流す。
攻撃の勢いを殺された影は絡みきれず、足元で霧散した。
「兄者!」
踏が叫ぶより早く、名前は横目で綾斗を促す。
ほんの一瞬で通じ合った視線――
「……っ、任せて!」
綾斗は影の間を縫い、全身をしならせて踏み込む。
《水の呼吸・肆ノ型 打ち潮》――
渦を巻く水流のような一撃が、鏡面に奔った。
ガキィィィンッ!!
鋭い音とともに、壁の鏡が大きくひび割れ、亀裂が四方へと走る。
その衝撃で、鏡像たちが一斉に揺らぎ、白い靄となって消えていった。
「よっ……しゃあ!!」
「油断しないで」
名前が短く答える。
だが確かに、鏡面の再生は止まっていた。
兄鬼の目が細まり、初めて明確な苛立ちを滲ませる。
「……貴様、らァァアアアッッ!!」
その雄叫びに、広間の空気がさらに冷え込む。
だが二人は互いの背を合わせたまま、一歩も引かずに刃を構えていた。
「……調子に乗るなよ、小僧ども……っ」
兄鬼“写”が低く呟き、口角を吊り上げる。
割られた鏡面から、ひび割れを覆い隠すように黒い水面がじわじわと滲み出す。
だがそれは先ほどの鏡ではない。
――床、壁、天井、あらゆる面が波打ち、色を失ってゆく。
「っ嘘、だろ…!?……これ、全部……」
綾斗の額に汗が滲む。
「影を敷くのは弟の役目だが……器を整えるのは俺だ」
“写”が指先をすっと横に払う。
《血鬼術・万象鏡獄(ばんしょうきょうごく)》
瞬間、広間全体がひとつの巨大な鏡と化し、二人の全身像が無数に映し出される。
その一枚一枚が、不気味に笑いながらゆっくりと動き出す。
「鏡は割れば終わり……そう思ったか?」
兄鬼の声が重なり合い、四方から反響する。
「割れるものなら、割ってみよ」
踏み出した鏡像たちの足元から、黒い影が溢れ出す。
弟鬼“踏”が低く笑った。
《血鬼術・千縄影縛(せんなわかげしばり)》
まるで水面から伸びる無数の黒い手が、名前と綾斗の足を奪おうと迫ってくる。
左右どちらへ動こうとしても、足首を縛る感触が先に来る。
「……逃げ場はない」
「貴様らの骨も肉も、鏡の底で千切り刻み食い尽くす」
二人の声が重なり、空気が凍りつく。
「「これより放つは、鏡と影の無限地獄」」
その瞬間、鏡像と影が同時に殺到した。
名前は低く息を吐き、深く吸い込むと、刃を僅かに傾ける。
綾斗もまた、刃先を震わせながら名前の背を守る位置を取った。
「……綾斗」
「な……何?遺言なら、あんまり聞く余裕ないんですけど?」
名前は、肩越しに震える綾斗に強く言った。
「勝つよ」
綾斗の肌が粟立つ。
震えが止まる。
そして、柄を握り直した。
強く、強く。
「――おう!!」
二人の呼吸が重なり、足元を這う影と、鏡面から溢れる斬撃の嵐が一斉に迫る――。
広間の奥から、鋭い気迫と絶叫。
綾斗が闇を裂くように踏み込み、床一面に広がる鏡面を割って進む。
その足運びは迷いなく、まるで川底を蹴るように滑らかだった。
「《水の呼吸・参ノ型 流流舞い》ッ!!」
刃がしなる軌跡を描き、湧き上がった水流の如き太刀筋が光を帯びて渦を巻く。
迫り来る名前そっくりの鏡像たちを一息に薙ぎ払い、飛沫が火の粉のように広間へ散った。
“踏”の影がそれを防ごうと伸びるが、剣流の勢いに弾かれ、黒い波紋となって霧散する。
「なっ……!」
“踏”が眉をひそめた瞬間、綾斗は距離を詰め、斜め一文字に弟鬼を斬り裂こうとした。
「兄者!」
“踏”がとっさに身を翻し影で体を覆うも、頬に鮮やかな切り傷が走る。
赤黒い血が一筋、顎へと伝った。
名前の背後に迫っていた鏡像が、その隙に霧のように消える。
解き放たれた名前が一歩踏み出すと、綾斗と目が合った。
その瞳には、逃げた時とは違う熱が宿っている。
荒く息を吐きながらも、口元にわずかな笑みを刻み――
「……俺は弱いし、臆病者だ」
血で濡れた手で柄を握り直し、声を張る。
「でもな――大事な女の子を一人置いて逃げるほど、落ちぶれちゃいない!!」
“写”と“踏”が同時に口元を歪める。
「……小僧、死に急ぎか」
「いい。ならば二人まとめて喰らってやろう」
広間の四方で鏡面がざわりと波打ち、二人の足元へ新たな影がじわりと広がっていく。
だが今度は、名前と綾斗がほぼ同時に踏み込み、互いの死角を埋めるように構えた。
反撃の気配が、満ちる。
綾斗の踏み込みは、先ほどまでの焦りや迷いを削ぎ落とした一撃だった。
弟鬼“踏”は僅かに目を細め、伸ばしかけていた影を引く。
「……あのまま尻尾を巻いて逃げれば良いものを。愚か者め」
「愚か者だから戻ってきたんだ……よ!!」
綾斗は返しもせず刀を振り抜き、影を裂き続ける。
名前はその動きを横目で確認し、わずかに位置を調整する。
《雫の呼吸・壱ノ型 たゆたう面影》
鏡像の斬撃を沈み込むように受け流し、間合いを繋ぐ。
“写”が鏡の奥で愉快そうに嗤う。
「……ほう。息が合ったな、さっきまでと違う」
「なら、より強く絡めばいい」
鏡面がざわりと波打ち、四方から新たな影が這い出る。
名前と綾斗は背中合わせになり、それぞれの刃が異なる軌道で弾けた。
「っ……!」
綾斗の刀筋がわずかに乱れた瞬間、名前が一歩滑り込む。
《雫の呼吸・陸ノ型 隔水の楯》
水膜を思わせる剣筋が綾斗への斬撃を受け止め、刃と刃が擦れ合う高い音が響く。
「ありがと!」
「前」
名前の短い言葉に、綾斗は反射的に踏み込み、弟鬼の影を断つ。
“踏”が低く舌打ちした。
「チッ、兄者……片方ずつ潰すのは骨が折れるぞ」
「……なら、同時に落とす。鏡を割る」
その言葉と同時、壁一面の鏡がいっせいに波立った。
無数の名前と綾斗が、一斉に刃を振り上げる――。
「くっ……来るぞ!」
「…分かってる」
二人は呼吸を揃え、殺到する影の波を迎え撃つ。
壁も床も天井までもが揺らぎ、そこから滲み出る鏡像たちが円陣を組むように迫る。
「行くぞ、弟よ!」
“写”の声が鋭く弾け、同時に“踏”の影が地を這って伸びる。
刃の雨と、足元を絡め取る黒い縄――
避ければ影に掴まれ、影を断とうとすれば鏡像の刃が喉を裂く、容赦のない連携。
だが名前と綾斗の間には、もう迷いや苛立ちはなかった。
「右、俺がやる!」
綾斗の声とほぼ同時、名前が逆方向へ沈み込む。
《雫の呼吸・弐ノ型 垂香》
名前の立ち位置がふっと揺らぎ、兄鬼の鏡像たちの視線が一瞬泳ぐ。
その刹那に、綾斗の刃が横一文字に奔り、三体の鏡像をまとめて弾き飛ばす。
「くっ!」
“写”が鏡面を叩くが、動揺で生成の速度が一瞬鈍る。
そこへ名前が踏み込み、弟鬼の影を《壱ノ型 たゆたう面影》で受け流す。
攻撃の勢いを殺された影は絡みきれず、足元で霧散した。
「兄者!」
踏が叫ぶより早く、名前は横目で綾斗を促す。
ほんの一瞬で通じ合った視線――
「……っ、任せて!」
綾斗は影の間を縫い、全身をしならせて踏み込む。
《水の呼吸・肆ノ型 打ち潮》――
渦を巻く水流のような一撃が、鏡面に奔った。
ガキィィィンッ!!
鋭い音とともに、壁の鏡が大きくひび割れ、亀裂が四方へと走る。
その衝撃で、鏡像たちが一斉に揺らぎ、白い靄となって消えていった。
「よっ……しゃあ!!」
「油断しないで」
名前が短く答える。
だが確かに、鏡面の再生は止まっていた。
兄鬼の目が細まり、初めて明確な苛立ちを滲ませる。
「……貴様、らァァアアアッッ!!」
その雄叫びに、広間の空気がさらに冷え込む。
だが二人は互いの背を合わせたまま、一歩も引かずに刃を構えていた。
「……調子に乗るなよ、小僧ども……っ」
兄鬼“写”が低く呟き、口角を吊り上げる。
割られた鏡面から、ひび割れを覆い隠すように黒い水面がじわじわと滲み出す。
だがそれは先ほどの鏡ではない。
――床、壁、天井、あらゆる面が波打ち、色を失ってゆく。
「っ嘘、だろ…!?……これ、全部……」
綾斗の額に汗が滲む。
「影を敷くのは弟の役目だが……器を整えるのは俺だ」
“写”が指先をすっと横に払う。
《血鬼術・万象鏡獄(ばんしょうきょうごく)》
瞬間、広間全体がひとつの巨大な鏡と化し、二人の全身像が無数に映し出される。
その一枚一枚が、不気味に笑いながらゆっくりと動き出す。
「鏡は割れば終わり……そう思ったか?」
兄鬼の声が重なり合い、四方から反響する。
「割れるものなら、割ってみよ」
踏み出した鏡像たちの足元から、黒い影が溢れ出す。
弟鬼“踏”が低く笑った。
《血鬼術・千縄影縛(せんなわかげしばり)》
まるで水面から伸びる無数の黒い手が、名前と綾斗の足を奪おうと迫ってくる。
左右どちらへ動こうとしても、足首を縛る感触が先に来る。
「……逃げ場はない」
「貴様らの骨も肉も、鏡の底で千切り刻み食い尽くす」
二人の声が重なり、空気が凍りつく。
「「これより放つは、鏡と影の無限地獄」」
その瞬間、鏡像と影が同時に殺到した。
名前は低く息を吐き、深く吸い込むと、刃を僅かに傾ける。
綾斗もまた、刃先を震わせながら名前の背を守る位置を取った。
「……綾斗」
「な……何?遺言なら、あんまり聞く余裕ないんですけど?」
名前は、肩越しに震える綾斗に強く言った。
「勝つよ」
綾斗の肌が粟立つ。
震えが止まる。
そして、柄を握り直した。
強く、強く。
「――おう!!」
二人の呼吸が重なり、足元を這う影と、鏡面から溢れる斬撃の嵐が一斉に迫る――。