三章
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「なっ……」
鬼の声が、空洞の奥で濁る。
そこにいたはずの少女の姿が――消えていた。
残されたのは、“斬ったはず”の残像。
ほんの一瞬、そこにいたように思わせる、かすかな残り香のような“気配”の軌跡。
「どこに……ッ!」
鬼が目まぐるしく顔を巡らせる。
耳鳴りのような風の音の中、名前の気配は既に、鬼の左後方へと移っていた。
名前の脚が、地をしなやかに蹴る。
視線も呼吸も沈めたまま、再び間合いを取る。
だが、鬼はその位置を追いきれない。
空洞の“瞳”ががくがくと揺れ、興奮と混乱に満ちていた。
「どこにいるッッ……!どこへいったァァァ!!」
「――!」
その雄叫びと同時に――鬼の背が、ぱっくりと割れた。
そしてそこから、新たな“腕”が伸びる。
それは、五つ、いや六つ……いや、もっと。
それぞれの腕が、一本の“人間の首”を幹とし、髪を筋に、顎や頸を軸にして繋がれていた。
(…まさか、今までの喰った人達を……)
口の裂けた首、
目玉の無い首、
噛み千切られた様な首。
繋げられ、折られ、継ぎ接ぎに組まれたそれらが、腕のように鬼の背から不気味に蠢く。
それを見た瞬間、名前の瞳が揺れる。
(殺して、喰って、尚、辱めるのか)
身体を沈め、構えながらも、その胸の奥に、冷たい感情がじわりと湧き上がる。
叫びではない。怒鳴り声でもない。
けれどそれは、明確な――怒りだった。
「返せ返せ返せ返せ返せ!!」
その“首の腕”が、地を這い、弾けるように襲いかかってくる。
名前はすぐに剣を構え直す。
一歩も引かず、脚を沈め、静かに息を吸う。
(速い……でも、見える)
(一本一本の軌道は粗い。勢いに任せて振り回しているだけ)
(ただ――重い)
首が何本も連なる“腕”の一撃は、まるで剛鉄の鎖のような質量と速度を兼ね備えていた。
その一打、地面を砕くほどの勢い。
だが、名前の剣が、その一撃を“逸らした”。
《雫の呼吸・壱ノ型――たゆたう面影》
剣と身体ごと、柔らかく後ろへ流す。
踏み込まず、受けず、ただ“沈めて受け流す”動き。
勢いをそらされた鬼の首の束が、大地を削るように滑った。
「ぐぅううううっ!!」
鬼が地を蹴る。
次の瞬間――四方から、同時に“首の腕”が襲いかかる。
まるで蜘蛛の脚のように、名前を囲む。
その刹那。
「――雫の呼吸・漆ノ型、《水輪の残響》」
一息で重ねた型。
名前の身体が、波紋のように揺れながら――連撃を回避していく。
受けて、逸らして、沈み込み、滑る。
水面に石を落とした時の波のように、円を描くような回避の動きが繰り返される。
鬼の連撃が、すべて“すり抜けた”。
「な……にィ……!?」
驚愕の声が、歪んだ顔の穴から洩れた。
だが――名前の呼吸は、徐々に乱れ始める。
(“水輪の残響”は……長くはもたない)
(集中が切れれば、一瞬で貫かれる)
この技は、極限の集中力を要する、完全回避の大技。
足元がわずかに揺らぐ。
その瞬間を、鬼が見逃すはずもなかった。
「見ぃつけたぁぁぁあああッ!!」
怒声と共に、“首の腕”の一つが名前の死角から振り下ろされる。
――が、
名前は、動かなかった。
その目が、すっと鋭さを増す。
“わざと”揺らいだ足取り。
鬼を誘う、それ。
“首の腕”が、名前の首にあと数寸まで迫った――が。
(かかった)
その目が、すっと鋭さを帯びる。
わずかな揺らぎは、計算された“隙”だった。
刹那、名前の全神経が一点に研ぎ澄まされる。
身体を捻る。
剣が一閃。
水面を裂くような滑らかで無音の一太刀が、鬼の首を断った。
「……ッ!」
空を舞う、醜く歪んだ“顔”。
鬼の身体が、その場で崩れ落ちる。
ずるり、と地を滑り、動かなくなった。
息をひとつ。名前は剣を納めようとした。
――その瞬間だった。
ズッ、と背後の空気がねじれる。
(!?)
本能が叫ぶ。
間に合わない。
咄嗟に身を翻す。
だが――遅かった。
「――ァハッ」
ずれた声と共に、名前の背を、何かが裂いた。
「ぐぅっ……!!」
肉が裂ける感触。血の匂い。
背中に走る、焼ける様な激痛。
左肩甲骨の下から、右の脇腹まで――
深く、鋭く抉られた。
(……な……ぜ)
背後で、ぬるりと何かが立ち上がる。
名前は、必死に振り返る。
そこには――鬼の胴体があった。
首を失ったはずの身体が、なお四肢を這わせ、ぬるりと迫ってきていた。
(なぜ……生きている……!?)
反射的に、名前の視線が、今度は地に転がった“首”へと向かう。
仄暗い月明かりに晒されたそれは――
「……っ」
――“人間”の首だった。
顔面には、眼球も歯も舌もなかった。
ぽっかりと穴のあいた、表情の抜け殻のような、虚ろな顔。
動く気配もなければ、再生の気配もない。
(……これは、鬼じゃない……)
一瞬、背筋が凍る。
(私が斬ったのは……“人間の首”……)
その恐怖と戦慄の中――
鬼の口が、ぬるりと笑う。
「ふふふふふ……」
「それ、ボクのじゃないよ……?」
「……新しい“おともだち”。さっき拾ったんだ」
「斬るのが好きなら、いくらでもあげるよ……?」
鬼の背から、ぶら下がるように揺れる複数の“人間の首”。
その髪を引きずりながら、鬼がまた一歩、前へとにじり寄る。
「さあ……当ててごらんよ。どれが“ボク”でしょうか?」
鬼の声が、空洞の奥で濁る。
そこにいたはずの少女の姿が――消えていた。
残されたのは、“斬ったはず”の残像。
ほんの一瞬、そこにいたように思わせる、かすかな残り香のような“気配”の軌跡。
「どこに……ッ!」
鬼が目まぐるしく顔を巡らせる。
耳鳴りのような風の音の中、名前の気配は既に、鬼の左後方へと移っていた。
名前の脚が、地をしなやかに蹴る。
視線も呼吸も沈めたまま、再び間合いを取る。
だが、鬼はその位置を追いきれない。
空洞の“瞳”ががくがくと揺れ、興奮と混乱に満ちていた。
「どこにいるッッ……!どこへいったァァァ!!」
「――!」
その雄叫びと同時に――鬼の背が、ぱっくりと割れた。
そしてそこから、新たな“腕”が伸びる。
それは、五つ、いや六つ……いや、もっと。
それぞれの腕が、一本の“人間の首”を幹とし、髪を筋に、顎や頸を軸にして繋がれていた。
(…まさか、今までの喰った人達を……)
口の裂けた首、
目玉の無い首、
噛み千切られた様な首。
繋げられ、折られ、継ぎ接ぎに組まれたそれらが、腕のように鬼の背から不気味に蠢く。
それを見た瞬間、名前の瞳が揺れる。
(殺して、喰って、尚、辱めるのか)
身体を沈め、構えながらも、その胸の奥に、冷たい感情がじわりと湧き上がる。
叫びではない。怒鳴り声でもない。
けれどそれは、明確な――怒りだった。
「返せ返せ返せ返せ返せ!!」
その“首の腕”が、地を這い、弾けるように襲いかかってくる。
名前はすぐに剣を構え直す。
一歩も引かず、脚を沈め、静かに息を吸う。
(速い……でも、見える)
(一本一本の軌道は粗い。勢いに任せて振り回しているだけ)
(ただ――重い)
首が何本も連なる“腕”の一撃は、まるで剛鉄の鎖のような質量と速度を兼ね備えていた。
その一打、地面を砕くほどの勢い。
だが、名前の剣が、その一撃を“逸らした”。
《雫の呼吸・壱ノ型――たゆたう面影》
剣と身体ごと、柔らかく後ろへ流す。
踏み込まず、受けず、ただ“沈めて受け流す”動き。
勢いをそらされた鬼の首の束が、大地を削るように滑った。
「ぐぅううううっ!!」
鬼が地を蹴る。
次の瞬間――四方から、同時に“首の腕”が襲いかかる。
まるで蜘蛛の脚のように、名前を囲む。
その刹那。
「――雫の呼吸・漆ノ型、《水輪の残響》」
一息で重ねた型。
名前の身体が、波紋のように揺れながら――連撃を回避していく。
受けて、逸らして、沈み込み、滑る。
水面に石を落とした時の波のように、円を描くような回避の動きが繰り返される。
鬼の連撃が、すべて“すり抜けた”。
「な……にィ……!?」
驚愕の声が、歪んだ顔の穴から洩れた。
だが――名前の呼吸は、徐々に乱れ始める。
(“水輪の残響”は……長くはもたない)
(集中が切れれば、一瞬で貫かれる)
この技は、極限の集中力を要する、完全回避の大技。
足元がわずかに揺らぐ。
その瞬間を、鬼が見逃すはずもなかった。
「見ぃつけたぁぁぁあああッ!!」
怒声と共に、“首の腕”の一つが名前の死角から振り下ろされる。
――が、
名前は、動かなかった。
その目が、すっと鋭さを増す。
“わざと”揺らいだ足取り。
鬼を誘う、それ。
“首の腕”が、名前の首にあと数寸まで迫った――が。
(かかった)
その目が、すっと鋭さを帯びる。
わずかな揺らぎは、計算された“隙”だった。
刹那、名前の全神経が一点に研ぎ澄まされる。
身体を捻る。
剣が一閃。
水面を裂くような滑らかで無音の一太刀が、鬼の首を断った。
「……ッ!」
空を舞う、醜く歪んだ“顔”。
鬼の身体が、その場で崩れ落ちる。
ずるり、と地を滑り、動かなくなった。
息をひとつ。名前は剣を納めようとした。
――その瞬間だった。
ズッ、と背後の空気がねじれる。
(!?)
本能が叫ぶ。
間に合わない。
咄嗟に身を翻す。
だが――遅かった。
「――ァハッ」
ずれた声と共に、名前の背を、何かが裂いた。
「ぐぅっ……!!」
肉が裂ける感触。血の匂い。
背中に走る、焼ける様な激痛。
左肩甲骨の下から、右の脇腹まで――
深く、鋭く抉られた。
(……な……ぜ)
背後で、ぬるりと何かが立ち上がる。
名前は、必死に振り返る。
そこには――鬼の胴体があった。
首を失ったはずの身体が、なお四肢を這わせ、ぬるりと迫ってきていた。
(なぜ……生きている……!?)
反射的に、名前の視線が、今度は地に転がった“首”へと向かう。
仄暗い月明かりに晒されたそれは――
「……っ」
――“人間”の首だった。
顔面には、眼球も歯も舌もなかった。
ぽっかりと穴のあいた、表情の抜け殻のような、虚ろな顔。
動く気配もなければ、再生の気配もない。
(……これは、鬼じゃない……)
一瞬、背筋が凍る。
(私が斬ったのは……“人間の首”……)
その恐怖と戦慄の中――
鬼の口が、ぬるりと笑う。
「ふふふふふ……」
「それ、ボクのじゃないよ……?」
「……新しい“おともだち”。さっき拾ったんだ」
「斬るのが好きなら、いくらでもあげるよ……?」
鬼の背から、ぶら下がるように揺れる複数の“人間の首”。
その髪を引きずりながら、鬼がまた一歩、前へとにじり寄る。
「さあ……当ててごらんよ。どれが“ボク”でしょうか?」