二章
夢小説設定
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――縄鬼の首が落ち、塵とともに消える。
夜の森に、静けさが戻った。
綾斗は剣を握ったまま、膝をつき、肩で大きく息をしていた。
全身が震えていたが、それでも、勝ったという実感だけは確かに胸にあった。
「や、やった……っ」
唇が震える。
視界が滲む。
もう、何も抑えられなかった。
「うわああああああああああん!!」
子どものように泣きじゃくりながら、目の前の名前に縋りついた。
「神様仏様名前様あああああ!!」
「名前様と呼ばせてくださいいいぃぃ!!本当にありがとうございましたああああ!!!」
がばっ!と名前にしがみつく――その瞬間。
「……ん?」
腕に、ぬるりとした感触。
綾斗は、泣きながら顔を上げ、袖を見た。
――真っ赤。
「え……?」
もう一度、名前の背に手を回して、見てみる。
――やっぱり真っ赤。
「……ちょっ、ええええ!?血!?え、俺の!?いや違う!!この子のだ!!」
「えっ、えっ!?ちょっと!?やだこの子、こんな大怪我で戦ってたの!?」
「ていうか、えっ!?ええっ!?立ったまま気絶してる!?え!?なにこの子こわっ!!」
涙と混乱でパニックになる綾斗。
あまりの状況に、情報処理が追い付かず名前と共にずるずるとへたりこんだ。
「……いや、でもほんと……無事でよかった……」
ぐしゃぐしゃな顔で、名前の袖にすがる。
「……っはああ……勝ったんだよな、俺たち……」
もう一度、がくっと膝をついて、深く深く息を吐く。
「ほんっと、すげぇよ名前様……」
そう呟いて、ようやく落ち着いた綾斗は――
今度はそっと、そっと名前の肩に手を添えた。
そして小声で。
「……でもそろそろ、寝かせてあげた方がいいよね?」
自分に言い聞かせるように、そっと彼女を支えながら、森の風の中で、ひとつだけ深く頭を下げた。
「ありがとう。ほんとに――ありがとう」
夜が、少しずつ明けていく。
戦いの終わりと、始まりの空が、ゆっくりと滲みはじめていた。
藤襲山の森はまだ薄暗く、木々の影が重く差している。
けれど、空の端がほんのりと朱を帯び、遠くから鳥の声も聞こえ始めていた。
綾斗は、肩を貸していた。
自分の背より少し小柄な名前が、まだ完全には目を覚ましてはいない。
それでも、彼女は歩いていた。
足元はふらついていたけれど――確かに、自分の足で、前に進んでいた。
「……もう少しだよ、名前ちゃん。あの門が見えたら、終わりだ」
そう言いながら、綾斗は前を見た。
山門が、静かに、そこに立っていた。
七日間の生死を越えた者だけが辿り着ける、終わりの場所。
最初にここをくぐった時は、不安しかなかった。
でも今は違う。
あの日から、七日と、七つの夜を経て。
ようやく、この場所に――“二人”で、戻ってきた。
「……俺さ」
ふと、綾斗がぽつりと呟く。
「思ったより、強かったのかなって……ちょっとだけ、思ってもいいかな」
応える声はなかった。
でも、名前の指が、綾斗の袖をほんの少しだけ、握り返していた。
「……うん、ありがと」
綾斗は微笑んだ。
山門が、目の前に近づいてくる。
風がそよぎ、空気が変わった気がした。
夜と戦い、朝へと歩いてきた二人の姿を――
その門は、静かに、迎え入れようとしていた。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
山門をくぐったのは、綾斗と名前の二人だけだった。
この時には既に、名前はなんとか自分の足だけで立ってはいたが、満身創痍のまま無言で歩いていた。
その静かな足音を迎えたのは、初日と同じ白と黒の双子の童子。
「お帰りなさいませ」
「おめでとうございます。ご無事で何よりでございます」
淡々とした口調で双子はそれだけを告げると、二人は綾斗と名前を山門前の広場へと導く。
「まずは、隊服を支給させて頂きます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませて頂きます」
「階級は十段階ございます。今現在お二人は、一番下の癸でございます」
そう言い終えると、白髪の少女が静かに両手を合わせ、パン、パンと二度、清らかに音を立てて手を叩いた。
その合図に応じるように、夜明けの空を滑るようにして二羽の影が降りてくる。
「――続いて、鎹鴉をお渡しいたします」
二人の肩へ、黒い羽音がふわりと舞い降りた。
綾斗の肩に止まった鴉は、静かに彼を見据えた後、低く短く鳴いた。
「頭ノ悪ソウナ餓鬼」
「……えっ!口悪っ!!」
鴉は無言で“コツン”とショックを受けた様子の綾斗の頭を小突いた。
一方――名前の肩に降り立った鴉は、着地するなり、威風堂々と語り始めた。
「初メマシテ名前様!我、貴女ノ担当トナリマス!今後何卒宜シク御願イ致シマス!」
「七日間ノ御活躍、見事デゴザイマシタ!鬼殺隊入隊、誠ニ慶賀ノ至リ!」
「我、口数少ナキ者ユエ、寡黙ナ貴女ト相性抜群ト自負シテオリマス!」
「尚、長旅ノ果テ少々腹ガ空イテオリマスノデ、餌ヲ頂ケレバ鳴キ声ノ音域モ三段階程アガリマス!」
あまりの勢いに、綾斗は思わず名前を見る。
「……わ〜、名前ちゃんの鴉、物静かそうでぴったりだね」
名前は相変わらず無言だったが、ほんの少しだけ口元がひくりと歪んだ。
鎹鴉の喧騒がようやく落ち着いたころ、双子の童子は再び正面に立ち直り、静かに言葉を継いだ。
「最後に、お二人には――日輪刀の鋼を、お選びいただきます」
白髪の少女が、すっと片手を横に伸ばすと、傍らに置かれていた布張りの箱が静かに開かれる。
中には、光を湛えた鋼の塊が数本、整然と並んでいた。
それぞれわずかに色合いを違え、光の角度によって淡く揺らぐような輝きを放っている。
「鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は、御自身で選ぶのです」
綾斗はおそるおそる箱を覗き込み、小さく息をのんだ。
「……これが……刀の、もと……」
戸惑いながらも、綾斗は慎重に一本を選び、手に取る。
それは薄い青銀色を帯びていて、どこか水面のような静けさを感じさせる鋼だった。
一方――名前は箱の中を一瞥すると、すぐに手を伸ばした。
彼女が選んだのは、青黒く沈んだ鋼だった。
深く澄んだその色は、どこか、あの剣に似ていた。
――父の形見として手にしていた、あの剣に。
名前の指がそれに触れた時、鴉がぴたりと鳴きやみ、じっと彼女を見つめていた。
「日輪刀は、追って刀鍛冶が貴方方のもとへ届けます」
「それまで、どうか心身をお休めくださいませ」
そう告げた黒髪の少女の声は、年齢には似つかわしくないほどに、静かで深いものだった。
こうして――
名前と綾斗は、鬼殺隊隊士としての“本当の始まり”を迎えたのだった。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
場面は変わり、藤の葉がそよぐ、早朝の産屋敷邸。
鬼殺隊最高責任者、産屋敷耀哉の元に一羽の鎹鴉がふわりと舞い降りた。
「…そうか。名前が最終選別を突破したんだね」
傍らに控えるあまねに、耀哉が語りかける。
「縄鬼を倒したそうだよ。一緒に戦った綾斗も、すごい子だ」
あまねは小さく頷き、微笑んだ。
「雫の呼吸の使い手が隊に立たれるのは、数十年振りでしょうか」
「静水以来だね。…眠っていた呼吸が、目を覚ました」
朝の風が縁側をすり抜け、庭の藤がさらさらと鳴る。
やがて耀哉が、穏やかに言葉を落とす。
「名前は辿り着けるかな。一粒の雫がやがて流れ着く、結びのその果てへ」
あまねはそっと目を伏せた。
全ては、まだ始まったばかりだった。
夜の森に、静けさが戻った。
綾斗は剣を握ったまま、膝をつき、肩で大きく息をしていた。
全身が震えていたが、それでも、勝ったという実感だけは確かに胸にあった。
「や、やった……っ」
唇が震える。
視界が滲む。
もう、何も抑えられなかった。
「うわああああああああああん!!」
子どものように泣きじゃくりながら、目の前の名前に縋りついた。
「神様仏様名前様あああああ!!」
「名前様と呼ばせてくださいいいぃぃ!!本当にありがとうございましたああああ!!!」
がばっ!と名前にしがみつく――その瞬間。
「……ん?」
腕に、ぬるりとした感触。
綾斗は、泣きながら顔を上げ、袖を見た。
――真っ赤。
「え……?」
もう一度、名前の背に手を回して、見てみる。
――やっぱり真っ赤。
「……ちょっ、ええええ!?血!?え、俺の!?いや違う!!この子のだ!!」
「えっ、えっ!?ちょっと!?やだこの子、こんな大怪我で戦ってたの!?」
「ていうか、えっ!?ええっ!?立ったまま気絶してる!?え!?なにこの子こわっ!!」
涙と混乱でパニックになる綾斗。
あまりの状況に、情報処理が追い付かず名前と共にずるずるとへたりこんだ。
「……いや、でもほんと……無事でよかった……」
ぐしゃぐしゃな顔で、名前の袖にすがる。
「……っはああ……勝ったんだよな、俺たち……」
もう一度、がくっと膝をついて、深く深く息を吐く。
「ほんっと、すげぇよ名前様……」
そう呟いて、ようやく落ち着いた綾斗は――
今度はそっと、そっと名前の肩に手を添えた。
そして小声で。
「……でもそろそろ、寝かせてあげた方がいいよね?」
自分に言い聞かせるように、そっと彼女を支えながら、森の風の中で、ひとつだけ深く頭を下げた。
「ありがとう。ほんとに――ありがとう」
夜が、少しずつ明けていく。
戦いの終わりと、始まりの空が、ゆっくりと滲みはじめていた。
藤襲山の森はまだ薄暗く、木々の影が重く差している。
けれど、空の端がほんのりと朱を帯び、遠くから鳥の声も聞こえ始めていた。
綾斗は、肩を貸していた。
自分の背より少し小柄な名前が、まだ完全には目を覚ましてはいない。
それでも、彼女は歩いていた。
足元はふらついていたけれど――確かに、自分の足で、前に進んでいた。
「……もう少しだよ、名前ちゃん。あの門が見えたら、終わりだ」
そう言いながら、綾斗は前を見た。
山門が、静かに、そこに立っていた。
七日間の生死を越えた者だけが辿り着ける、終わりの場所。
最初にここをくぐった時は、不安しかなかった。
でも今は違う。
あの日から、七日と、七つの夜を経て。
ようやく、この場所に――“二人”で、戻ってきた。
「……俺さ」
ふと、綾斗がぽつりと呟く。
「思ったより、強かったのかなって……ちょっとだけ、思ってもいいかな」
応える声はなかった。
でも、名前の指が、綾斗の袖をほんの少しだけ、握り返していた。
「……うん、ありがと」
綾斗は微笑んだ。
山門が、目の前に近づいてくる。
風がそよぎ、空気が変わった気がした。
夜と戦い、朝へと歩いてきた二人の姿を――
その門は、静かに、迎え入れようとしていた。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
山門をくぐったのは、綾斗と名前の二人だけだった。
この時には既に、名前はなんとか自分の足だけで立ってはいたが、満身創痍のまま無言で歩いていた。
その静かな足音を迎えたのは、初日と同じ白と黒の双子の童子。
「お帰りなさいませ」
「おめでとうございます。ご無事で何よりでございます」
淡々とした口調で双子はそれだけを告げると、二人は綾斗と名前を山門前の広場へと導く。
「まずは、隊服を支給させて頂きます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませて頂きます」
「階級は十段階ございます。今現在お二人は、一番下の癸でございます」
そう言い終えると、白髪の少女が静かに両手を合わせ、パン、パンと二度、清らかに音を立てて手を叩いた。
その合図に応じるように、夜明けの空を滑るようにして二羽の影が降りてくる。
「――続いて、鎹鴉をお渡しいたします」
二人の肩へ、黒い羽音がふわりと舞い降りた。
綾斗の肩に止まった鴉は、静かに彼を見据えた後、低く短く鳴いた。
「頭ノ悪ソウナ餓鬼」
「……えっ!口悪っ!!」
鴉は無言で“コツン”とショックを受けた様子の綾斗の頭を小突いた。
一方――名前の肩に降り立った鴉は、着地するなり、威風堂々と語り始めた。
「初メマシテ名前様!我、貴女ノ担当トナリマス!今後何卒宜シク御願イ致シマス!」
「七日間ノ御活躍、見事デゴザイマシタ!鬼殺隊入隊、誠ニ慶賀ノ至リ!」
「我、口数少ナキ者ユエ、寡黙ナ貴女ト相性抜群ト自負シテオリマス!」
「尚、長旅ノ果テ少々腹ガ空イテオリマスノデ、餌ヲ頂ケレバ鳴キ声ノ音域モ三段階程アガリマス!」
あまりの勢いに、綾斗は思わず名前を見る。
「……わ〜、名前ちゃんの鴉、物静かそうでぴったりだね」
名前は相変わらず無言だったが、ほんの少しだけ口元がひくりと歪んだ。
鎹鴉の喧騒がようやく落ち着いたころ、双子の童子は再び正面に立ち直り、静かに言葉を継いだ。
「最後に、お二人には――日輪刀の鋼を、お選びいただきます」
白髪の少女が、すっと片手を横に伸ばすと、傍らに置かれていた布張りの箱が静かに開かれる。
中には、光を湛えた鋼の塊が数本、整然と並んでいた。
それぞれわずかに色合いを違え、光の角度によって淡く揺らぐような輝きを放っている。
「鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は、御自身で選ぶのです」
綾斗はおそるおそる箱を覗き込み、小さく息をのんだ。
「……これが……刀の、もと……」
戸惑いながらも、綾斗は慎重に一本を選び、手に取る。
それは薄い青銀色を帯びていて、どこか水面のような静けさを感じさせる鋼だった。
一方――名前は箱の中を一瞥すると、すぐに手を伸ばした。
彼女が選んだのは、青黒く沈んだ鋼だった。
深く澄んだその色は、どこか、あの剣に似ていた。
――父の形見として手にしていた、あの剣に。
名前の指がそれに触れた時、鴉がぴたりと鳴きやみ、じっと彼女を見つめていた。
「日輪刀は、追って刀鍛冶が貴方方のもとへ届けます」
「それまで、どうか心身をお休めくださいませ」
そう告げた黒髪の少女の声は、年齢には似つかわしくないほどに、静かで深いものだった。
こうして――
名前と綾斗は、鬼殺隊隊士としての“本当の始まり”を迎えたのだった。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
場面は変わり、藤の葉がそよぐ、早朝の産屋敷邸。
鬼殺隊最高責任者、産屋敷耀哉の元に一羽の鎹鴉がふわりと舞い降りた。
「…そうか。名前が最終選別を突破したんだね」
傍らに控えるあまねに、耀哉が語りかける。
「縄鬼を倒したそうだよ。一緒に戦った綾斗も、すごい子だ」
あまねは小さく頷き、微笑んだ。
「雫の呼吸の使い手が隊に立たれるのは、数十年振りでしょうか」
「静水以来だね。…眠っていた呼吸が、目を覚ました」
朝の風が縁側をすり抜け、庭の藤がさらさらと鳴る。
やがて耀哉が、穏やかに言葉を落とす。
「名前は辿り着けるかな。一粒の雫がやがて流れ着く、結びのその果てへ」
あまねはそっと目を伏せた。
全ては、まだ始まったばかりだった。