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「──────って言うことが在った訳ですが、まぁ結局ピンピンしています」
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きみが生徒を背に黒板へ書き込む。ただし電子黒板は昔の黒板と違いチョーク特有の音がすることは無い。
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書き込んで、振り返ると一人の生徒が挙手する。きみが「はい、青山さん」と生徒を指す。
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「要するに、地球は滅ばなかった訳ですよね。どうしてですか?」
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「簡単に言うと、観測出来なかったことです」
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質問した生徒だけでなく、授業を受けている生徒皆が顔を見合わせる。きみは後ろ頭を掻いて。
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「つまりね。水だったんだよね、飛来物は」
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ぼく
生きてんじゃん!
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きみ
なぁ
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震動は来た。途轍も無い地震みたいな震動。
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天井も、幾らか崩落したんではないかと思われた。
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しかし。
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ここで、収まったのだ。
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身構えた人々は顔を上げた。
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生きていたのだ。
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世界は滅亡しなかった。
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「ちゃんと観測出来なかったんだけど、実際飛来物は氷の塊────と言うか液体の塊だったらしいんだ」
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後日落ち着いてから調査したところによると芯となっていた金属と同類の金属を含んだ液体が凝固したもの、が飛来物の正体だったようだ。
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元は液体で在ったため大気圏に突入後、凝固部分が熱で溶かされ罅が入り割れた。
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ゆえに、分散し一回り小さくなって落下した。
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溶けて割れたことで、スピードが落ちたことも一つの幸運だった。
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とにかく、人類は助かった訳だ。
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「……まぁ、勿論無傷じゃなかったよ。三分の一とは行かなかったけれど、一つの島が吹っ飛んだんだ。落下した半径三十キロはクレーターになってしまったしね」
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御蔭で、飛来物による死者はゼロだった。負傷者は出たが。
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大勢の死者を出したのは、人間の手に因る暴動などでだった。
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皮肉な話だ。
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「とは言え、復興には時間が掛かったし、被害はゼロじゃないよ」
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「はいはいはい」
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比較的おとなしい青山と違い一際元気の良い生徒が手を上げた。苦笑しつつきみは指す。
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「はい、二色くん」
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「その飛来物から採取された微生物や金属を研究して、今の生活に役立ててるんですよね!
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先生の奥さんが!」
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二色の発言に頬がぴくりと動いたけれど、きみの笑顔を崩すには至らなかった。
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そうなのだ。
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現在きみと結婚した『ぼく』こと千木優菜はとある国の研究機関に勤めていた。
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しかも結構な高待遇で。
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散々、「現実味が無い」と批評を受けていたぼくの研究。
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ところが飛来物の未知なる材質に対して、一番近い研究だったのがぼくの研究だったのだ。
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これがわかったときの、ぼくの状態と来たら。
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ぼく
人を吊るし上げて「いい加減御伽噺は卒業したまえ」だの「空想はSFでしたまえ」とか言ってたくせに!
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ぼく
頭下げて来やがったんですよ!
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ぼく
都合良くね?
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ぼく
まぁ、私以外いないみたいなので、やさしい私はお受けしましたけど!
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ぼく
ざまぁみろぉぉぉぉおおお!
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正直、メッセージが届いたとき、きみは高笑いを聞いたような気分だった。
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ぼく
てことで
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ぼく
あとで話が在ります!
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そして、きっと別れ話だろうなとも思った。
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あのあと、ようやく逢えた二人は結婚したけれども。
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やりたいことをとことんやらせてくれるチャンスに、専業主婦をしたい訳じゃないぼくが食い付かないはずは無いんだから。
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もっとも。この予想は杞憂で終わったけども。
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「はぁ? 何であんな自分勝手なヤツらのために離婚しなきゃいけないの?」
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凄い顔できみに返したあと、週休二日、自宅から通勤、通勤手当は全額支給、産休手当て育休手当て……などなど条件を飲ませて引き受けたことをそれはそれは悪い笑顔で報告してくれた。
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「奥さんが有名人なのってどんな感じですかー?」
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「どんなって、別に特には……関係無いしねぇ」
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「じゃあじゃあ、何で名字違うんですかー?」
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「もう千木は旧姓なんだけどね。いろいろな配慮だよ」
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「先生ー」
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「二色」
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「はい」
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「授業進めて良いかな?」
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「……はーい」
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少々お調子者の二色を黙らせ、きみはページを捲る。
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教科書には、当時の暴動や混乱の情景がまざまざと記されていた。
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「────」
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ぼくと────優菜と再会出来たことはよろこんだ。
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父も母も無事だった。
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だけど、姉がいなくなった。
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あの騒ぎは、決して無傷ではなかった。
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「……とにかくだ。きみたちの生まれる前の話では在るけれど、全然昔の話じゃない。復興はまだまだだしね。
たいせつなのは、忘れないことだよ」 -
「忘れないこと、ですか?」
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青山が訊き返す。きみは頷いた。
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「そう。たいせつなことは、自分を忘れないこと。
何が必要で、重要で、自分の周りに誰がいたか。
そうして、自分がどう在りたいか。
こう言う一大事のときのほうが、はっきりするものは在るけどね。
何より、しっかり自分を持って行動するんだ」 -
自暴自棄になって、自分を忘れてはいけないよ。
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きみは、そう説き終えた。
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と、同時にチャイムが鳴る。
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「じゃあ、今日はここまで」
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きみの言葉で号令が掛かった。授業が終わり教室を出たきみは廊下で端末が何かの知らせに震えたのを感じた。
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大っぴらの使用を注意している手前、生徒の目を気にしながら液晶を見た。
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ぼくからだった。
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ぼく
ごはんどうする?
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ぼく
私、今日は十九時に付くよ
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きみは、ふっと唇を綻ばせた。
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きみ
じゃあ、駅で待ち合わせしようか
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ぼく
わかったー
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ぼく
そうそう。今日お偉いさんが来てさー
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ぼく
研究費のためとは言え超面倒臭い!
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ぼく
私はホステスじゃねっつの!
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世間でそこそこ名前が知られるようになっても、ぼくは変わらずだった。
きみは苦笑いを浮かべてメッセージを送った。 -
きみ
乙!
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