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2 新歓合宿



運命は偶然よりも必然である。
陸遜は呂蒙との再会に思わず偉人の言葉を思い浮かべて感動した。昨晩の宴会はもはやノーカウントである。記憶と意識のある今こそが真の再会と言えた。万年筆のお陰で部室に来られたかと思うと、離れた両親へも感謝の念が浮かんだ。両親も驚きの無関係さである。

「夢でも見ているようだな。現実味がない」
「そうでした。研究室がとても多忙だと伺いました。こんなところで眠るほど、お疲れですよね」
「聞いておったか。情けない姿を見せてすまないな」

眉を下げる呂蒙を見て、陸遜は心臓を掴まれたかと錯覚した。庇護欲とでもいうのか、運命の日に見られなかった姿にかえってときめく一方である。呂蒙がスマートフォンを覗き、やけに早い時刻に驚いた。

「こんな時間にどうした?何か忘れ物か?」
「実は万年筆を……あ、これです!良かった」
「格好いいな。贈り物か?」
「はい。両親からの入学祝いです」

目元をほころばせて笑う陸遜に、呂蒙も同様に笑ってくれた。何度も起想した笑顔が間近で見られる幸福感は、筆舌に尽くしがたいものだ。部活と言う同じ輪に入ることが出来たのだから、これ以上の望みは一旦置くべきだろう。分かっていても欲は溢れてくる。――その手元の機器のアドレスが知りたい。個別に連絡を取りたい。高校生の時別荘で達成できなかった願いだった。

「呂蒙殿、その」
「陸遜、学部はどこだ?」
「あっ、申し遅れました。医学部医学科に在籍しております」
「ほう。優秀だなぁ。医学部はかなり忙しいと聞く。両立がきつかったら俺に言ってくれ」

当たり前のように言い切られて、陸遜は反射的に頷いた。慌てて後から感謝の念を添える。部の誰かにではなく呂蒙に相談してよいのだということが嬉しかった。あと少し、言葉を足して尋ねるだけだ。それなのに上手く言葉に出来ない。呂蒙が近くにいるというだけで体温が上がり、喉が詰まったように発声が鈍くなる。その間にも呂蒙は「医学部は周瑜殿以来だな」などと呟いている。

「新歓飲みの幹事は2年と決まっているんだが、双子のうち元気な御方がいただろう」
「小喬殿ですね」
「そのご主人がOBにいるんだ。非常に美人で頭の良い御方だ」

陸遜の決意と葛藤はその一言で一瞬飛んだ。

「ご、ご主人ということは、小喬殿はご結婚を……?」
「そうだ。見た目には分からんよなぁ。周瑜殿とその親友の孫策殿はよく顔を出されるから、その内会えるだろう。孫策様の奥方が大喬殿になる」
「ええっ!」

二人とも可憐で優しく、好かれるタイプだろうと陸遜も察していた。しかし、まさかこの若さで結婚にまで至っているとは想像もつかない。陸遜の頭の中で新たな情報として更新され、また一つ敬意が増した。吃驚したままでいる陸遜の目の前に、武骨な手とスマートフォンが翳(かざ)される。

「陸遜、連絡先を聞いてもいいか。部のグループアドレスもあるが、個人的に連絡を取りたいと思ってな」

それは陸遜から出すはずの言葉だった。先に言われたことに驚き、またしても反射的にこくこくと頷く。先ほどよりも激しく、まるで赤べこのような動きに呂蒙が少し笑った。見惚れるうちに連絡先が交わされる。自分から言えなかったことは少し悔やまれるものの、ずっと求めていた呂蒙のアドレスに陸遜の手は思わず震えた。

「実を言うと、ずっと後悔していた。山で会って、一緒に登ったのも、カレー作ったのも、豪邸に泊まったのも楽しかったのだが、連絡先を失念していたからな」

陸遜がぱっと顔を上げた。呂蒙が照れたように頭を掻いている。まさか、自分が思っていたことを呂蒙も思ってくれていたとは。違いがあるとすれば、陸遜は必ずまた会えると確信していたことだ。

「それこそ夢幻のような一日だったからな。何度かあの山にも上ったが、さすがに会えんし」
「そっ、そうだったのですか!?避暑のため家族では行ったのですが、捻挫を機に単独登山を嗜められまして……お会いしたかったです」
「しかし、お前は本当に入部してくれただろう。嬉しいものだ。日々の疲労も相まって、泣けてくる」

呂蒙の目はからっと乾いている。その朗らかな冗談が出会いの日を思い出させ、陸遜の胸がじんわり温まった。呂蒙に恋したあの日から、再会を中心に考えて生活してきた。こうして言葉を交わせることをどんなに望んだことか。

「さて、色々話したいこともあるが、また今度だな。俺は研究室の時間までに風呂と仮眠をせねば」
「呂蒙殿、本当にお体大事にしてくださいね」
「あぁ。忙しくはあるが、お前と部活に行きたいからな。そうだ、5月の連休には新歓合宿がある。そこは何とか行くぞ」

新たに追加された予定に、陸遜は目を輝かせて返事をしたのだった。

夢心地のままふらふらと帰宅し、ろくに朝食も取れずに授業の時間が近づいた。元より皆勤・完璧を好む陸遜は無意識に支度を終えて大学へと向かった。
学部の必修科目のほか、1年の宿命として教養科目がある。陸遜の入学した建業大学では一般教養や法律だけでなく、体育や音楽、地元に根付いた講義もあった。好奇心からびっしりと授業を組んだ陸遜は週のほとんどを埋めている。ふわふわした頭も、教授の話を最前列で聞く内にみるみる元気を取り戻していった。


***


地域に根付いた民俗学がその日の4講だった。教室に入ると陸遜の予想より多くの生徒がいる。前の席に行こうとして、裾を引かれて体がふらついた。無理やり座らされる。手の主を目で追いかけて、想定外の人物に陸遜は思わず瞬きを繰り返した。

「甘寧殿」
「おう。新歓ぶりだな」
「はい。とても楽しかったです。ありがとうございました」

慇懃に頭まで下げた陸遜に、甘寧はからっと返事をして笑っている。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。兄貴肌な行動を嬉しく思うが、呂蒙にされた時のように心臓が跳ねることはない。些細なところから呂蒙への違いを感じてしまう。

「授業の登録、間に合ったのですね」
「手書きの時間割、学生課に押し付けてやった」
「……各自パソコンでの登録では?」
「あいつらが直でやった方が早いだろ」

陸遜は学生課に同情した。色んな人間がいるのは理解しているが、堕落した学生の面倒を見なければならない苦労は陸遜にはまだ分からない。やはり実家を離れて新天地に来てよかったと頷いた。その眼前に小さな紙が差し出される。

「部員と被るなんてツイてるぜ。代返頼んだ」

地方大学でもデジタル化が進む中、まだいくつかの講義は紙での出席確認だった。教授がアナログなのか、代理出席容易な授業があることで学生への手助けをしているのかは不明である。陸遜は甘寧の出席票を眺めてから、持ち主に視線を合わせて綺麗にほほ笑んだ。

「致しかねます」
「は?」
「出来ないという意味です」
「あ?何でだよ」
「えっ?むしろ何でですか。私になんのメリットが?」
「おい、俺お前の先輩だぞ」
「部活ではそうですけど、学業は違いますよね」

甘寧のドスの利いた声に陸遜は淡々と返していく。二人は気が付いていないが、会話が丸聞こえの前後席では学生らが震えていた。傍から見ればスカジャンの厳つい男に絡まれた身綺麗な優等生という絵面だ。陸遜が負けじと言い返していく内に、どんどん不良男のトーンが下がっていく。恐怖で手助け出来る者はいない。講義のチャイムを待つばかりだ。
しかし、チャイムより先に笑い声で空気が破られた。甘寧がしゃくり上げて笑っている。

「おっ前、面白えな!俺みてえなのに凄まれて頷かねえのかよ」

自覚があってやっているのか、と周辺の学生は一斉に引いた。ドン引きした。陸遜は澄んだ瞳をまっすぐ甘寧に向けながら小首を傾げている。

「私に必要なことなら頷きます」
「強え奴は嫌いじゃねえ。仕方ねえ、諦めてこのまま受けるか」
「前に行きたいんですが」
「この教授、当てたりしねえし声もでかい。スクリーンも見えんだろ。たまにゃ後ろもいいぜ」

これには特にデメリットがなかったので、陸遜は頷いた。どの講義でもマイクとスクリーンがあるので前である必要はないのだが、気分的には最前列を好んでいる。しかし、甘寧と部活外で話せるのは少し楽しいような気がした。

「そういえば、無事呂蒙殿と話せました」
「おっさんから電話もらって聞いたぜ。すんげーごちゃごちゃ言われた。陸遜いじめたら容赦しねえってよ」

瞬間、陸遜は燃えた。目が焼けそうなほど熱く感じる。ぱっと出てきたのは羨ましいという思いだった。あの朝に交換した連絡先は今のところ眺めるだけになっている。宴会で聞いた話では、二人は同じ研究室だ。甘寧の様子からも気の置けない仲であることが分かった。それがひどく羨ましかった。渾身の念を込めて睨み上げる。

「呂蒙殿はおっさんではありません」
「年齢はそうだけどよ、見た目は完全におっさんだろ」

恐ろしい圧を感じたらしい甘寧がどうどうと宥めるように両手を広げている。あの不良に打ち勝つとは、と周囲は内心スタンディングオベーションした。

「おっさん、あー、呂蒙と何があってそんな懐いてんだよ」
「甘寧殿には関係ありません」

嫉妬でつい突き放すようなことを言ってしまい、陸遜は自分でも驚いた。品行方正で生きて来て、呂蒙以外の人間に興味がないと言えども適切なコミュニケーションは得意な方だったはずだ。先ほど甘寧が言ったように、部活では敬うべき先輩である。詫びを入れようとした途端に、また甘寧の笑い声がした。今度は少し控え目に、だが楽しそうに歯を見せて笑っている。

「そうかよ。なら聞かねえけど。あいつは面倒見いいから、頼られたら喜ぶぜ。メールの一本でもしとけよ」

陸遜の目元が赤くなった。呂蒙にメールすることを想像したことも要因だが、一番は恥だった。甘寧の対応は大人だと感じた。かっとなって酷い物言いをした自分とは違う。青さを自覚させられて、すぐに頭を下げた。

「すみません、その」
「来たぜ」

甘寧が指さす先にはのそのそと入って来る教授が見える。口を噤んでからまた何度か頭を下げると、背中を一度叩かれた。絶妙に音の立たないそれにまた大人っぽさを感じる。部活の時は明るくはしゃいでいるように思ったが、それ以外の時間は意外と落ち着いているのかもしれない。陸遜は甘寧の評価を改めて、背を伸ばして授業に集中した。しかし、5分後には爆睡した先輩の頭を見て、尊敬していいかどうかまた迷うのだった。

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