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追い出しコンパの当日、孫呉一行は立派な温泉旅館にいた。黄蓋の知り合いが経営していることもあり、例年貸し切りで世話になっている。OBも参加する中、陸遜と朱然は愕然と廊下に立っていた。
「……甘寧殿が、来ない……」
陸遜は朱然の呟きを耳に入れながら通話ボタンをタップした。何度掛けても出ない。広間の中では既に卒業生とOBが揃って賑わっている。
「甘寧とは不通か」
「殿、申し訳ございません。私のミスです。参加の返事がなかったのに、確認を怠ってしまいました」
陸遜は真剣な顔つきで真っすぐに詫び、頭を下げた。その脳内はまだ混乱一色だ。他の現役は全員揃っていて日程を知らないということはないはずだ。仲のいい丁奉すら何も聞いていなかったのか、広間を出てくれておろおろと大きな体を揺らしている。
「よい。頭を上げよ。あいつは頼りになる男だが、やはり飼い馴らせるような者ではないということだろう」
孫権が深いため息を吐く。陸遜も甘寧が破天荒で自由人で指図を受けるタイプでないことは分かっていた。だが、宴会を好み、孫呉の仲間と楽しく過ごす姿も多く見てきただけに、特大行事を逃すとは思えなかった。旅館の者と話して戻ってきた黄蓋も唸っている。
「あのボンズ、もしやサプライズ登場なんか狙っておるのではないか?」
「そうであれば良いが……黄蓋の顔もある。宴会の定刻は過ぎているし、まずは始めるとしよう」
部長にそう言われては、下級生は従うしかない。広間へ入ると、それぞれ会話をしていたらしい者たちも察して席についていた。整った膳の前に座るスーツ姿の卒業生。出来れば全員で見送りたかった、と胸を痛めつつ、陸遜はマイクを握った。
「お忙しいところお集まりいただきありがとうございます」
二喬、朱然と並んでお辞儀すると、孫策や周瑜を皮切りに口笛と拍手が鳴った。順調に式辞を述べ、部長である孫権が乾杯の音頭を取って宴会は滞りなく進んでいった。
卒業生の活動をまとめたムービーには笑いが渦巻く。陸遜は朱然と共に作った動画の反応にほっとしていたが、凌統を見て少し緊張した。片膝を立てて座る凌統は、腕で口元を覆っており、前髪もあって表情が分かりづらい。少なくとも楽しそうに笑う様子には見えなかった。凌統の活動は甘寧が一緒にいることが多い。この場にいない後輩ばかり共に映る画面を、どのような思いで見ているのだろうか。居たたまれなくなって、陸遜はその姿から目を反らしてしまった。
終盤にしっとりとした音楽と共に感謝の文字が流れると練師が泣き出して、つられるように孫尚香が泣いた。美しさを讃える言葉を述べながら丁奉が卒業生へ送る言葉を告げると、今度は徐盛が涙する。隣では、寂しいのはあんただろ、と凌統が揶揄していた。先ほどの無反応さを思うと陸遜は勝手に安堵した。
卒業生の出し物は演舞だった。周泰と凌統が刀を模した玩具を、孫尚香と徐盛は飾りのついた輪を手にして圧倒的な技術で踊りを披露した。陸遜と朱然が新人合宿で見せたファイヤーダンスとはまた一味違う。中華風の笛や太鼓の音をBGMにした動きは4人の息がぴったりで、終わった時には旅館の従業員まで感動して拍手したほどだった。
乱れたスーツを直してから、卒業生が一人一人挨拶をしていく。そのどれもに胸を掴まれ、陸遜も朱然も目を潤ませた。
どんなに待っても甘寧は来ない。陸遜のスマートフォンの発信履歴は20回を超えているがリアクションもない。メッセージに既読も付かなかった。
「徐盛、凌統、周泰、そして尚香。卒業おめでとう。この4年間、孫呉に尽力してくれたことを、心から誇りに思う」
孫堅がマイクを持って立ち、言葉を発すると場の全員の背筋が伸びた。創部者のオーラは重厚で眩く、一つ一つの言葉に重みがある。
「卿らが奮闘する姿は、後進の
程普は端的に述べてさっさとマイクを隣の黄蓋に渡した。日頃褒め言葉を滅多に口にしない彼なりの賛辞に若干現役がざわついたが、鋭い目線で見られてすぐ静まる。
「いかんのう。歳を取ると涙もろくて敵わん。四年間、いい動きだったぞ!」
黄蓋はぼろぼろと男泣きしながら力強く述べた。最後はマイクの音が割れるほどだった。
「本当に早いなぁ。俺より目立ってて悔しかった……なぁんてな。輝いてたぞ」
韓当は柔和な笑みで目尻にたくさん皺を作っている。卒業生こそ、韓当の支えがなければいくつもの活動が成立しなかったことをよく分かっていたようで、一斉に頭を下げた。
「おっ、俺らもいいのか?お前ら、四年間よくやってくれた!ま、これからも頼むぜ。なあ周瑜」
「ああ。君たちには今後、OBとして下級生を支えてもらわなければならん。期待しているぞ」
孫策は周瑜の肩を抱いてマイクを一緒に使った。断金コンビに多くを教えてもらった卒業生らはひれ伏すのみだ。孫尚香だけがきゃらきゃらと笑っている。
「俺もお前らとは濃密な時間を過ごしたつもりだから、実に寂しい」
ややわざとらしく涙を拭う仕草をする魯粛に、全員が演技だと気付いたが勿論口には出さなかった。その魯粛がゆったりと歩いて卒業生の列にやって来るので、全員がまた背筋を伸ばした。魯粛が手品のように懐から箱を取り出して、一人一人に手渡していく。卒業を祝う記念品だ。
OBらが協力して贈った品は孫呉の名が入った万年筆だった。陸遜が両親から贈られて嬉しかった物を採用した。箱の中を見た卒業生が皆喜んでいて、陸遜は遠くから胸を撫で下ろした。
一次会は盛況のまま幕を閉じ、各々温泉に入ってから二次会となった。疲れた者から適度に脱落を許される、縛りのない宴会である。陸遜は卒業生全員としっかり話すことが出来た。最後に凌統の前に来た時に、甘寧の欠席を謝罪すべきか迷ったが結局出来なかった。凌統もついぞ、話題に出すことはなかった。
***
追い出しを無事成功に収めると、卒業生は忙しく散っていった。凌統は3月10日に引っ越しを迎えていて、陸遜はその手伝いに駆け付けた。何度も訪問して世話になった部屋である。せめてもの恩返しにと掃除道具を持参したが、ドアを開けてすぐに不必要だったと悟った。
「陸遜、本当に来てくれたのかい?この通り、あんまやることないぜ」
「来るのが遅れてすみません……お一人で?」
「この程度どうってことないって。でも来てくれたのは嬉しいよ」
物の無くなったがらんどうの部屋は声が響いて寂しさが募る。せめてと差し入れの飲み物を渡すと、喜んでキャップを開けてくれた。
「4年過ごしたから、さすがにちょっと寂しいねえ」
「引っ越し先はどんな部屋なんですか?」
「普通。でも倍くらい払ってんのに今んとこより狭い。世知辛いっつーの」
一気に残りを呷った凌統が立ち上がってキッチンに向かった。何度かここで作ってもらった料理はどれも絶品であった。一つでも教わっておけばよかったと今になって後悔する。傍の小窓に置いていた鉢植えを持って長身が戻ってきた。
「陸遜、ミント貰ってくれない?」
「えっ、いいんですか?気になっていました。嬉しいです!」
「地面に植えたら恐ろしく繁殖するから、鉢で育ててやって」
きっと呂蒙も喜んでくれるだろう。顔を綻ばせたまま目を合わせると、ぽんぽんと頭の上で手が弾んだ。こうして何度も気にかけて貰い、相談に乗ってもらった。寂しくて泣いてしまいそうになるのをぐっとこらえる。
「本当に、お世話になりました」
「大げさ。そんなしてやってないし、今生の別れでもないだろ」
「でもここに、孫呉に、凌統殿がいないのは、やはり寂しいです」
「そう言ってもらえると、先輩冥利に尽きるぜ。ありがとな」
凌統が腕を広げるので、陸遜は鉢を置いて遠慮なく飛びついた。腕を回すと引き締まった筋肉がついているのを感じる。見た目でも分かっていたが、抱擁すると改めて背が高い。凌統はあくまで優しく、とんとんと背中を叩いてくれた。労いのようで離しがたいと思ったが、凌統が淡白に離れたので従った。
「とりあえず卒業式には出るから、良かったら顔出してよ」
「あっ、そういうの言っちゃうんですか。サプライズで突撃する予定なんですよ」
「ははっ、あんたは素直でかーわいいね」
凌統の口ぶりに対比を感じ取った。凌統の頭の中には誰がいるのだろうか。陸遜のことは何だって聞いてくれるが、自身について凌統の方からは教えてくれない。
「凌統殿」
「ん?」
「……甘寧殿とは、何か話をしたのでしょうか」
名を出した瞬間に三白眼が陸遜を見つめるので、心臓を射抜かれたようだった。それでも最後まで言い切った。陸遜の記憶では、意見がぶつかり合った部会以降、二人が話しているのを見なかった。冬は活動がバラバラなこともあり、名コンビとされた二人と共に活動したのはキノコ狩りが最後だ。凌統はなかなか言葉を発しないまま、陸遜を見ていた。不安と恐怖が轟く中、目を反らさない後輩に向かってため息を吐く。
「俺もしばらく顔見てないよ。追いコンすら出ないんだ、会いたくないんじゃないの」
そんなはずはない。陸遜は咄嗟に叫びそうになった。喫煙コーナーで会った甘寧の目を思い出す。甘寧こそ心の内を滅多に踏み込ませないので本音は分からない。だが、陸遜は確信している。甘寧が凌統にかける思いは相当大きいはずだ。このまま顔を合わせないなんてことがあり得るのだろうか。
「あんな奴が最高学年ってのも不安かもしれないが、実力はある。あんたも2年だ。孫呉を頼むぜ」
凌統が強制的に会話を終わらせた。結局、陸遜はそれ以上触れることが出来ないまま、凌統の家を後にすることになった。
***
陸遜は春休みの間、肌寒い中川下りの練習に打ち込んできた。新学期が始まると学業も多忙になる。長期休暇の間に満足いくよう部活に没頭していた。甘寧はしれっと活動に参加する日もあった。多方から追い出しコンパの欠席について聞かれていたが、用事の一点張りであった。
3月22日。卒業式の日は快晴だった。今年は上旬から暖かい日が続き、道路の雪はほとんど融けていた。部員にとっても重要な日だ。メールが回ってきて集合した現役生らは、無事に孫呉の卒業生と合流を果たした。
「やだ、皆いるの?泣いちゃうじゃない……」
「姫様、袴がとってもお綺麗です」
「練師。寂しいわ。絶対に顔を出すから」
「はい。よろしければ、電話もしたいです」
「もちろんよ!」
号泣して抱き合う孫尚香と練師を見て、丁奉が泣いた。
「春風と共に分かつ……青く、切ない気持ちです」
「お前の詩を聞けなくなるのは、自分も寂しいぞ」
「徐盛殿」
スーツで腕組みした徐盛もしっかり男泣きしている。一切ぶれない真っすぐな涙の軌跡が勲章のようだ。丁奉と徐盛が熱く握手を交わすと、それが合図となって徐盛の元に順に部員が向かった。一人一人と熱い握手を交わしている。陸遜も最後に並び、代表として花束を渡してから無事に握手出来た。
「徐盛殿。入部の日から本当にお世話になりました。徐盛殿のお陰で、孫呉の規律が成っていました」
「随分と固いな。だが、感謝する。お前のように筋を通す奴が入ってくれて嬉しかった。後を頼むぞ」
徐盛のきらきら光る瞳を見ていると、陸遜まで泣きそうになる。頭を丁寧に下げて唇を噛んで誤魔化す。
後頭部に何かが乗った。少し頭を上げると、長身から伸びた長い腕の先が撫でている。背が低いせいか、多くの者に撫でられているなと内心苦笑した。
「周泰殿。ご卒業おめでとうございます」
「……ああ……」
「寂しくなりますが、周泰殿は近くにいてくださると伺いました」
「……俺の使命は、孫権様を守ることだ……」
固い信念に感動を覚える。周泰は冗談でも何でもなく、孫権のために生きている。卒業した程度では変わらない思いが確かな安心をくれた。
「では、今後とも、よろしくお願いいたします」
「……夏、Jが来る……共に、ライブに行くか」
「真ですか!?行きます!」
二人が推しているコアなアーティストが来ると聞いて、陸遜は即座に反応した。周泰が覚えていて誘ってくれたことも嬉しかった。手を伸ばして握手すると、徐盛よりも強い力で返って来た。
「おっ、来たね。会えて嬉しいよ、陸遜」
最後に握手したのは凌統だった。ストライプの入ったグレーのスーツが恐ろしく決まっている。背丈や足の長さを考えるとオーダーメイドだろうかと邪推してしまう。小喬から渡された赤い花をふんだんに使った花束も似合っていてモデルのようだ。
「凌統殿……髪、切ってしまわれたのですね」
「入社式くらいはね、一応」
凌統の会社は髪型が自由だと聞いていたので、陸遜は驚いた。就活の時にも「こんなんで落とすような企業には行かない」と宣言するほど長髪にこだわりを持っていたはずだ。それをばっさり切ってしまうとは、二週間足らずの間にどのような心境変化があったのだろうか。
「似合わないかい?」
眉を上げて煽るように言うのだから、自信があるのだろう。凌統の強気な性格が陸遜は好きだった。
「凌統殿は坊主でも似合います」
「えっ、それはちょっと勘弁」
「とても格好いいですよ」
真っ直ぐに褒めると、凌統も珍しく素直に喜んだ。そこに、ようやく呂蒙が駆けつけてくる。
「すまん、ぎりぎり間に合ったな」
「呂蒙殿、良かったです」
「忙しいとこすいませんねえ。汗、すごいですよ。なんか俺、切迫してる呂蒙さんしか記憶にないな」
「ほお~?新入生のお前をどれだけ面倒見てやったか、陸遜に教えておこう」
「やば。すいません。冗談でした。本気でお世話になりました!」
すぐさま頭を下げる凌統に、大口を開けて笑う呂蒙。あまり見ない凌統の後輩感に陸遜も笑ってしまう。実は追い出しコンパの動画作成時に、写真を見ながら色々聞いてしまったのだが、内緒にしておくことにした。ただ、下級生当時の凌統について見聞きしてもやはり尊敬し続けると陸遜は断言出来た。
「しかしなぁ。お前が卒業か。時の流れはどうなっておるのだ」
「じじくさいこと言わないで下さいよ。呂蒙さんだって今年で博士終わりでしょ。准教にでもなるのかい?」
「むう、まだ分からん。まあ、OB総会の時にでも語ろう」
呂蒙は改めて凌統の背を強く叩いてから握手した。凌統もまた頭を下げている。陸遜は寂しさをぐっと耐えるだけだ。
「……ん?陸遜。甘寧はどうした」
呂蒙が呼んだ名に、陸遜は思わず凌統を見た。
卒業式の日にちも、集まることも、メールが回っていたはずだ。しかし、甘寧の姿はない。追い出しコンパと同じだ。陸遜が小さく首を振ると、呂蒙は憤慨している。追い出しコンパの時も激昂していて、本人に最も強く詰めたのも呂蒙だった。だが、甘寧はその剣幕を物ともせずにいたのを陸遜も覚えている。
「あやつめ!卒業だぞ!自分が一番世話になった、一代上の見送りも出来んとは!」
怒りに震える手でスマートフォンを操作し、耳に当てている。だがすぐに画面を睨み付けていた。電源が入っていないらしい。陸遜の頭上に、凌統が鼻で笑う音が聞こえた。
「あいつがこんなとこ来るタマかって。この先構ってくれない奴にしっぽ振る必要ないってことでしょ」
痛烈な皮肉だと思った。陸遜の知る甘寧と凌統は、言い争いも多いが確かな絆があった。そうでなければ、難易度の高い沢や山を踏破できるはずがない。甘寧の事情は分からないが、このままになってしまうのは嫌だと思った。思っていても、連絡がつかないのであれば解決の糸口がない。
「4年の皆。卒業おめでとう。そして、4年間孫呉に尽くしてくれたこと、心から感謝するぞ」
陸遜がもやもやする内に、部長である孫権の挨拶が始まった。こっそり甘寧にメッセージを送ってみたが、やはり既読にはならない。
「良ければ最後に部室に寄ってくれないか。ノートに一筆書いていってほしい」
孫権の提案に全員が賛同し、ぞろぞろと大学構内を移動した。広い敷地を歩いていくとプレハブの立ち並ぶ部室棟が見える。決して綺麗ではない玄関にごちゃごちゃのまま靴を脱ぎ、砂埃の舞う廊下を歩く。運動部で回して毎日掃除しているはずなのに、廊下が綺麗になるのを陸遜は見たことがない。やがて、方眼紙に手書きの孫呉プレートが見えてくる。相変わらず貧相なので、今度勝手にこっそり変えようと陸遜は目論んでいる。もちろん、誰もこの看板に思い入れがないことを確認済みだ。
軋むスライドドアを開けると、湿気と土の匂いが漂ってくる。テントにボート、ヘルメットやカラビナ、ザイルに貸出用のザックや靴が所狭しと置かれている。陸遜は卒業したら大きな物置を寄贈するつもりだ。ただし、置いてもいいかは大学に聞かねばならない。
麻雀牌で溢れるウッドテーブルには、一冊のノートが置かれている。交換日記のように誰かが気ままに書くものだ。時々OBが来ていてサインしてあると、掃除や整理整頓の甘さを見られたようで肝が冷える。徐盛、凌統、周泰、孫尚香の順で筆を滑らせる。皆、示し合わせてもいないのに贈られた万年筆を持っていたと聞いて陸遜の胸に喜びが滲む。決して広くない部室に部員が集まるとぎゅうぎゅうだ。そんな時だった。二喬が揃って声を上げた。
「外に甘寧いるよ~?」
「間に合いましたね」
二喬が指差した窓の外、芝生のところに甘寧は立っていた。腕を組んで、真顔でいる。陸遜が反応するより早く、凌統が部室を出て行った。困惑する内に、凌統は甘寧の前に向かっていた。花束ごと腕を伸ばし、顎を上げている。
「お別れの挨拶だ。派手に喧嘩でもしとくかい?」
挑発的な言葉と表情に陸遜は冷や冷やとした。最後に見るのが乱闘になってしまうのだろうか。呂蒙も同様に狼狽えている。
甘寧は言葉を返さなかった。ようやく動いたかと思うと、無言のまま凌統の手首を掴む。乱暴な力で引っ張ると、走るようにして立ち去って行った。
「と、止めなくていいのでしょうか」
「分からん。なんだ、あいつは。何を考えておるのだ」
皆が呆気にとられる中、陸遜と呂蒙がおろおろと見つめ合う。その空気を、柔らかい笑い声が変えた。
「きっと大丈夫よ。上手く行くわ」
孫尚香の凛とした声が部室に響くと、皆は自然と張っていた肩を落とした。状況の理解は誰一人出来ていない。だが、尚香が言うなら大丈夫だと、部員一同は確信していた。