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入学式を終えて早数日。本日から部活勧誘が始まる。14頃から食堂や構内の一部を陣取って、様々なサークルが新入生を歓迎するのである。掲示板や廊下に手作りのポスターで溢れた校内はとても賑やかで、学生たちはそれぞれ興味を惹かれながら歩いている。陸遜は鮮やかな壁を見やりつつ、足を止めることなくある部を目指していた。彼にとって求める部はひとつしかない。ようやく見つけ出した目当てのポスターには図書館横中庭スペースと記載があった。

綺麗にはめられたインターロッキングブロックを辿っていくと、目的の看板が目に飛び込んだ。

『地域探究部 なんでもやるとこ!』

大学生にありがちな何をしているのか分からないが学生っぽい名前のサークルである。安っぽく怪しげなその看板を掲げているのは長身で強面の男だった。銅像かというほど微動だにしていない。

その周囲には男性が何人か立って騒いでいた。更に大きいぎょろ目の男にオールバックのかっちりした男、長い髪をポニーテールにした男に、何故か半裸でタトゥーを晒している男。全ての雰囲気が明らかに近寄りがたい。案の定、どこもかしこも新入生で溢れているはずの構内が、ここだけぽっかりと空いている。気付いていないのか気にしていないのか、中の男たちは賑やかなままだった。

「なあ、もういいんじゃねえ?どうせ誰も来ねえよ」
「やる気ねえなら出てけっつの。新入生が怯えるから服着ろ馬鹿」
「殿に一人は連れていくよう約束した。筋を通さねば」
「雪融けの匂い。光り輝く新芽たち。某も始まりを応援したい…誰か来てほしいものです」
「……お前ら、凶悪面……消えろ……」
「お前が言うか?つか14時って決めたの女どもだろ、あいつらサボりかよ」

会話も含め物騒である。普通に考えて誰も近寄らない。
そこに、新たな賑やかさが加わった。離れて立ち尽くす陸遜の横を華やかな香りが通り抜ける。

「おっまたせー!お菓子いーっぱい買ってきたよ~!」
「すみません……なかなか皆さんの好みが揃わなくて、3軒はしごしてしまいました……」
「ちょっとあなた達、やる気はあるの?恐い顔してちゃ新入生来ないわよ!」
「姫様、よく見てください。皆さんいつもの顔ですよ。無茶を言ってはいけません」
「失礼すぎるでしょ。俺は少なくとも怖い顔じゃないんですけどねえ」
「む、心外だ。俺も眉の傷があるだけで、爽やかな方だと思う」

増えたのはお揃いの服を着た同じ背格好の女子が二人、ミニのショートパンツから惜しげもなく足を晒したショートカットの強気な女子、背の高い麗しい黒髪ロングの女子が一人。女性陣が増えたにも関わらず、さらに近寄りがたい空気が滲んでいる。構内を一周してきたと思われる女子二人組が団体の背後から歩いてきたが、身内感満載のそのスペースから逃げるように去っていった。

陸遜はそのサークル陣中を穴が開くほど見つめた。看板の文字は記憶と寸分違いない。あらゆる手を尽くして調べた成果によると、運命の人は在籍しているはずである。しかし、この輪の中には見当たらない。

こうなれば直接当たる他ない。陸遜は真っ白な靴をゆっくりと持ち上げた。

勧誘の方針もやり方も定まっていないらしい団体たちの前に、陸遜は立ち止まった。もはや誰がトップなのかも分からない。強心臓の陸遜に緊張や不安はないが、どの者に声を掛けていいか分からず、とりあえず向こうの反応を待ってみた。陸遜の存在に気付いた者から、彼に目を向けていく。賑やかだった塊は波紋のように静かになっていった。

「もしかして、あなた、新入生?」

はつらつとした茶髪の女子が最初に声を掛けた。陸遜は口元を綻ばせ、にっこりと笑う。人生で最もよく使った評判の良い笑顔である。

「はい!入部希望です。陸遜と申します。よろしくお願いいたします」

団体の誰もが想像していなかった言葉に固まった。陸遜はそんな空気も気にせずただ笑みを浮かべている。彼がこの大学に入学した理由のひとつが、当部への入部である。目的が果たせそうな瞬間に、繕わずとも頬が緩んだ。

「えええええええ!」

男女混合の戸惑いを含んだ叫びがこだました。
陸遜は特にそれにも驚かず、深々と頭を下げている。強メンタルさを早々と感じ取ったポニーテールの男が腕組みして苦笑した。

「なんつうか、ツッコミ所しかないけど。歓迎するよ。俺は4年の凌統。よろしく」
「3年、甘寧!面白え、気に入った!」

驚きが勝るものが多い中、特に好奇心で生きているような二人が反応した。陸遜はそれぞれと握手して礼をする。どちらも一癖ありそうだが人は良さそうだった。
その様子を見て次々に部活メンバーが我に返り、陸遜を歓迎していった。

「あたし、小喬!いっこセンパイだよ~!よろしくね!」
「小喬の双子の姉の、大喬と申します。その……よろしくお願いいたします」
「某は3年の丁奉。お初にお目にかかります。期待に満ちた琥珀の眼差し、胸を打たれます」
「私は孫尚香。4年よ。あなた、すごい度胸ね。気に入ったわ!」
「3年の練師と言います。どうぞよろしくお願いいたします」
「……4年……周泰……」

一度に自己紹介が続き、混乱や恐縮を引き起こす場面で、陸遜は冷静だった。笑顔で握手を交わし、全員の名前と学年を瞬時に脳へ刻んだ。誰も気づくことはないが、秀才の無駄遣いである。

「同じく4年の徐盛と言う。副部長だ。困ったことがあったら言ってくれ」
「お気遣いいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「まずは部活の紹介を」
「その必要はありません」

徐盛が手描きのチラシを差し出し、隣で笑顔の孫尚香がタブレットを起動させた。しかし、台詞に被せるように陸遜はきっぱりと発言した。周囲の男女が皆不思議そうにして陸遜のことを見ている。大量の視線にも動じず、陸遜は爽やかに柔らかく微笑んだ。

「地域探究部――孫呉のことは、存じておりますので」

陸遜の脳内には未だ鮮やかに残る記憶がある。とても楽しそうに語っていた音のリズムも、表情をころころ変えて教えてくれた内容も、温かい手で頭を撫でられたことも。なにもかもを、昨日のことのように覚えている。

「へえ。通称まで知ってくれちゃってまあ。いつの間にうちの部は有名になったんだい?」
「なあ。いかにも怪しげなのによ。OBの力か?」
「おい、名前出したら来るぜ、黙ってろっての」

凌統と甘寧がひそひそ話すのを耳に入れて、陸遜は一瞬の回想から戻ってきた。あの人物に会うためだけにここに来た。未だ見当たらない彼のことを聞こうと顔を上げた途端、がっしりと肩を組まれる。右にポニーテール男、左に半裸男。どちらも背が高く、鍛えられているようで、試しに腕を彼らの背に当ててみたがびくともしなかった。入学以降、欠片の焦りもなかった陸遜が少し慌てる。

「え、えっと、あの」
「おい離せって。俺が先に目付けたんだから」
「あー?そろそろ4年はすっこんでろよ、就活しろ就活」
「一生あんたに言われたくねえ。してるし。あんたこそ次単位取れなかったら留年なんじゃないの」
「春休みに何言われても関係ねえぜ」
「はっ?こいつ本当の馬鹿かも。授業組んでねえのかい?丁奉、ついに見捨てたのか?」
「む……某もさすがに授業は提出したものと……」

陸遜は男共にぎゅうぎゅうにされながら観察を続けた。どうやら甘寧と凌統は仲が悪そうだ。しかし先ほどから最も会話が多いので、かえって喧嘩する程仲が良いということなのかもしれない。そして甘寧の方は大学卒業が危ぶまれるタイプのようだ。後輩ながらに、陸遜は同情した。
考えている内に、両肩の窮屈が終わった。顔を上げ直すと徐盛が両者の腕を潰す勢いで握っていた。笑顔を作ろうとしているようだが、どう見ても怒っている。

「新入生を怯えさせるな。部室には自分が連れて行く」
「……悪かったよ」
「つかマジ、うちの部4年出張りすぎじゃねえ?いて」
「全く、呂蒙殿がゲンコツする気持ちが分かる」

一瞬飛び出た言葉に、陸遜は異常な程食いついた。目を見開き、徐盛を見つめる。聞くだけだ。その人は、今どこに。孫呉にいれば会えるのかと。しかしなぜか上手く言葉にできない。混乱してしまい、声の出し方すら忘れてしまった。

「大丈夫か?すまなかった、荒れくれ共のせいで嫌な思いをさせた。部室へ行こう。一応書いてもらう書類もあってな」

てきぱきと後輩たちに指示を出した後、徐盛は陸遜の背を優しく叩いて歩き出した。ついてこいということだろう。すでに女性陣は笑顔で手を振っている。従わない訳にはいかない。陸遜は上手くいかなかった質問を飲み込んで、黙って後を付いていった。


***


部室はプレハブ小屋であった。陸遜は人生で一度も足を踏み入れたことがない。共同の汚い玄関で靴を脱ぎ、狭くて暗い廊下を通っていく。再奥は体育館のような板張りの部屋が見え、フロアでは男女が密着して麗しく踊っていた。思わずそちらに目を奪われていた陸遜は、右手から声をかけられてそちらを見た。孫呉。でかでかと筆で書かれた通称が方眼紙に書かれ、ガムテープで貼ってある。粗雑である。

徐盛に従い部屋へと足を踏み入れると、これまた驚くほど煩雑としていた。スチールロッカーは錆が目立ち、壁際は色々な物が所狭しと置かれている。廊下側の壁際には本棚があり、役に立ちそうな情報誌と漫画が同量ほどの比率で詰め込まれていた。壁と壁を伝うようにロープが張られ、大量のカラビナやヘルメットが吊してある。これだけ色んなものがあるのに、不思議と匂いはしなかった。よく見るとあちこちに消臭剤が置かれている。

徐盛は何でもないようにそれらを避けて、本棚の前にあるテーブルに向かった。卓上のほとんどは麻雀牌が散らばっている。陸遜にも座るように促してくる。部室で圧倒されつつ、無駄に立派な木製の椅子に腰掛けた。テーブルの上にはやはり乱雑に筆記用具が置かれており、徐盛はそれを掴み取って書類に何やら書いていた。次に、陸遜にも書類とボールペンを差し出してきた。

「ありがとうございます。あの、持参したもので書いても?」
「ああ、書いてあれば何でも大丈夫だ。立派な万年筆だな」
「はい。両親からの進学祝いです」

つやつやとした紅色の万年筆を陸遜は肌身離さず持っていた。もちろん気に入っているからだが、入学式も引っ越しの準備も全て断ってしまった罪滅ぼしもある。カートリッジに含んできたインクが滑らかに書類へ乗っていく瞬間が気持ち良かった。

入部届への記載を終えた陸遜に徐盛が声をかけてくる。見たいと言われて当然拒む理由もない。陸遜はペンを渡してから、またきょろきょろと部室を見回した。木材を組み合わせた手作りの棚、小汚く見えて意外と床は塵が見当たらない。下級生が部室の掃除等の役割はやはりあるのだろうか――などと考えている内に、廊下が騒がしくなった。既に聞き覚えのある声が近づいてくる。

「おーっす、引き上げたぜ。おう陸遜、どうだ俺たちの部室は」
「あんたみたいな小綺麗なのがいるとびびるね。似合わないな」
「お前ら、勧誘はどうした勧誘は」
「それがよ、殿がもう一人とっ捕まえたみてえで。二人もいりゃ上々だろってことで解散した」
「今年はどうしちまったんだろうねえ。去年なんざ誰も来なくて、奥方らに頼み込んだってのに。勧誘担当の2年の出来の差かな」
「ああ?お前、去年の俺らの手際が悪いって言ってんのか?」
「あんたにしちゃ察しがいい。練師さんは必死で頑張ってくれたのに、強面コンビじゃねえ」

入ってきた甘寧と凌統にあっという間に空気を持って行かれ、陸遜は苦笑するしかなかった。並の人間であれば、そもそも男たちが言い争っている姿を見るだけで怯えて部を去るところである。

「あと、部のグループアドレスだ。登録しておいてくれ。まともな内容から不真面目なものまで大量に来るが……まぁ、その内慣れるはずだ」
「分かりました。ふふ、賑やかな感じは、伝わってきます」
「ああ。飽きはさせん。陸遜はどうやってこの部のことを知ったんだ?」

それは、あの方が教えてくれたから。
そう答えるだけで良いのに、陸遜の口からは言葉が出ない。自己紹介も挨拶も出来るのに、彼に関することだけがうまく紡げなかった。

突然返事が鈍くなった陸遜の頭を、徐盛は軽く叩いた。気にするな、と言いたげに笑っている。何故か上手くいかない己に唇を噛みながら、陸遜はグループアドレスの登録を済ませた。すぐに一通送られてくる。

『新歓 今日 18時から 南郡』

簡潔なメールの送り主は丁奉とある。話すともう少し言葉が多かったように思ったので少し意外であった。陸遜のスマートフォンを覗き込んだ徐盛が助言する。

「すまん。あまりに情報がないな。今日、時間はあるか?」
「あっ、はい」
「新入生歓迎会を例年やっていてな。普通、二人の予定を聞いてからやるんだが…まぁ、空いていて良かった。で、場所がこの南郡という店で…あとでマップを送ろう。大学の西側なんだが、一人で来れるか?」
「はい、大丈夫だと思います」
「お前がまともそうで本当に良かった。楽しみにしているぞ」
「何あんただけ仲良くなってんだっつの。俺も新歓楽しみにしてるぜ。陸遜は、高卒ストレートの18歳さん?」
「はい」
「んじゃノンアルでキメてもらうぜ。おっしゃ、滾ってきたなぁ、凌統!」
「狭い部室ででかい声出すなつっつの!」

陸遜は内心で感動した。ろくに部の説明も聞かず、部のことを知っていた理由も話さない。それなのに明るく受け入れてくれる。出自も関係なく、自分を歓迎してくれる。それらが嬉しくて、ここ最近で一番声を張り上げて返事をしたのだった。


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