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キノコ狩りには部員の内ほぼ全員が参加した。欠員は呂蒙と丁奉の二人だ。丁奉も当然行きたがっていたのだが、時期外れのインフルエンザに罹患してしまったのだという。

「マジで可哀想だから見舞いに行こう」
「お前のマイタケ飯、病人にゃ脂っこいぜ」
「普通にゼリーとか買うって。高熱出てんだろ?大丈夫かねぇ」
「いざとなってよ、あんなデカい奴ぶっ倒れたら救急車乗れんのか?」
「ストレッチャー壊す前にあんたが負ぶっていけば?」
「俺が圧死しちまうだろ」
「そんなヤワかっつの」

甘寧と凌統の下らない会話が後ろから聞こえてくる。それがいかにすごいことか、入部半年経って陸遜も理解してきた。二人の持つ荷物は相当重たいし、足元の傾斜はかなり急だ。岩場も多い。それなのに息を乱すどころかすらすら喋るので、やはり二人のことは体力オバケだと再認識した。

「なんで、先輩方は、余裕なんだ?」
「まだまだ、私たちの、鍛えが、足りないのでしょう」
「いや、二人ともよく頑張っているぞ」

すっと会話に入ってきた太史慈は振り向いて爽やかな笑顔で言う。太史慈は同じペースで進むのが上手いので新人二人の前にいることが多かった。

「確かにあの二人は体力がある。だが、歩き方は下手だったから、新人時代のマイタケはぴーぴー泣いてたぞ」
「すごく、見たいです」
「甘寧殿の泣き事、貴重すぎる……!」

太史慈の暴露は不思議と二人の足取りを軽くした。皆、最初から余裕があったわけではない。段階を踏んでここまで来たのだ。

「うーー。やっぱり辛いよぉ、周瑜さまぁ」
「あと少しだ、小喬。いざとなれば背負ってやろう」
「孫策さまのために……頑張ります!」
「義姉さま、無理しないでね。あとちょっとよ!」
「姫様、足元にお気をつけください」

女性陣は荷物を軽く配分されているが、二喬はやはり辛そうだ。しかし夫に励まされる小喬と本日不在の夫のためにと励む大喬の姿には胸を打たれる。男である陸遜と朱然が折れるわけにはいかない。皆がこれほど求めるマイタケとは、どれほど美味なのだろうか。陸遜も奮起した。

きつい傾斜を何度も越え、ロープを張って下った先にはミズナラの大群が待っていた。緑に囲まれ、爽やかな風が吹き抜ける。酸素が多くて瑞々しい空気に、陸遜は感動して泣きそうになった。先頭を歩いていた魯粛が皆を呼ぶ。

「今年も大量だ。皆、自然の恵みに感謝を忘れず、丁寧に収穫しろよ」
「ヒラタケも採ろう。陸遜、朱然、こちらに」

周瑜に呼ばれた二人は、手ずから採ってよいキノコを教えられた。熱心に木の根元を探りながら順調に収穫していく。ネットがいっぱいになってから周囲を見渡すと、皆が笑顔でそれぞれ袋を膨らませていた。

「お、陸遜と朱然も順調だね」
「後は帰りコケないようにな」

凌統と太史慈が共に声を掛けてくる。二人の網袋にはキノコではないものが多く入っていた。

「こっちもいい感じだぜ。ね、子義さん」
「ああ。栗もアケビも食べ頃だ」
「栗は今日食えないから、また明日な。上手い飯炊いてやるから、皮むきよろしく」
「はい!こんな風に、自ら採ったものを食すのは初めてです」
「そうだな、俺もだ。胸が熱い」
「うちの部はこういうとこからハマって、畑やったり家ん中で育てたりする人も多いよ」
「凌統もやってるもんな。バジルとミントだったか?」
「金がありゃ畑借りるんですけどね。プランターが限界」

陸遜は何度か訪問した凌統家のことを思い出した。一度ノンアルモヒートを作ってくれたことがある。あのミントはもしやと呟くと、自家製、と返って来た。

「凌統殿、隙がなさすぎますよ」
「確かに……なんかもう、ずるいな」
「なんでだよ」

帰ったら、自分も何か育ててみようか。呂蒙に聞けば教えてくれるだろう。陸遜の胸が弾む。太史慈が何かを見つけたようで、近くにいた朱然を手招いた。
思わぬ好機がやってきた。凌統には呂蒙とのことを報告したかったのだ。陸遜が何かを見つけた振りをして凌統を誘った。

「こんなときに、すみません。ずっとお伝えしたかったのですが」
「呂蒙さんのこと?」

図星をつかれて、陸遜は少し呻いた。小さく頷くと、「気になってた」と呟いた凌統の目尻が優しく緩む。甘寧はよく垂れ目とからかうが、陸遜にとっては魅力的でほんの少し緊張した。

「ありがたいことに、お付き合いさせていただくことになりました」
「おめでとさん。赤飯でも炊こうか」
「遠慮します。でも凌統殿のご飯は食べたいです」
「いつでもどうぞ」

凌統が自分事のように喜んでくれているのが分かる。いつも低くて落ち着いた声だが、こういう時は少し弾んで高くなる。凌統はそれ以上踏み込んでこないが、目線では続きを促してくれていた。周りを見渡し、ショルダーハーネスを握ってから、勇気を出す。

「一つ、ご相談してもいいですか?」
「当然」
「その、調べるのが怖くなってきまして、ご意見を聞いてみたいのです」

周囲と離れているのに陸遜の声はか細い。凌統が不思議そうに瞬きしている。

「俺で分かることなら、何でも言うけど」
「その、思い合っていることが確認できて、とても嬉しいんですが……」
「うん?」
「手を繋ぐとか、キスするとかだけでは、足りないような気になりまして……変でしょうか。同性同士なのに、その先を求めるのは」

こんなにも赤裸々に言っていいのだろうか。羞恥に包まれる。乾いてきたはずの汗がまた全身に滲むような気がした。もう少し恋愛というものを勉強したいと思うのだが、インターネットの不確かで苛烈な情報は不安を煽る一方だ。だからつい、信頼している先輩に助言を求めてしまった。凌統の性的嗜好はノーマルであろうに、無茶ぶりをしてしまったかと後悔し始めた時に、頭に優しい熱が乗る。凌統が頭を撫でる仕草は、他の誰よりもスマートだった。とんとんとあやすように二度跳ねてすぐ離れていく。

「お得意の生物学とかには載ってないわけ?三大欲求の一つだよ。あんたは変じゃない。で、同性だろうがセックスはできるぜ。ゲイビ観たことない?」

ド直球ストレート。普段遠回しな言い方をする凌統には珍しい。陸遜が抱える恥を上回ってくる表現には気遣いすら感じられた。凌統は片手を腰に当て、さも何でもないことのように続ける。

「やり方は色々あるんだろうし、したいことを二人のペースですればいいんじゃないの。あの人は引かないだろ。言ってみなって」

凌統の言葉一つ一つを噛みしめる。全てに納得した。何が正解かを考えるなんて無駄だ。自分と彼のしたいことをする。要求を確かめ合う。今はそれが許される関係なのだ。

「……ありがとうございます。いつも、凌統殿には助けられてばかりです」
「そんなことないって。可愛い後輩に格好つけてるだけだよ」

照れたようにはにかむ先輩には好意と謝意でいっぱいだった。それなのに、陸遜の頭にちょっとした悪戯心が芽生える。この格好良い先輩の狼狽える姿を見てみたくなったのだ。

「では、不躾ながらもう一ついいですか?」
「どうぞどうぞ。何だって付き合うぜ」

凌統は得意げに胸を叩いた。目の前の先輩が格好いいはずなのに、なんだか可愛くも見えてくる。捻くれた性格と耳にすることがあるが、陸遜から見ると凌統は分かりやすい。

「そのゲイビデオ、一緒に観たいです」
「……急に振り切りすぎじゃない?」

凌統が愕然と目を見開く。顔が綻びそうになるのを陸遜は必死に堪えた。あくまで真剣ぶってなければならないのだ。

「待ってくれ、それはさすがに、呂蒙さんに怒られる気がする……」
「でも無知なままでは呂蒙殿にご迷惑がかかるかもしれません。知識を仕入れたいだけなんです」
「いや、そのままでいいっつの!やっぱ何も知らない方がいい!あるだろ、真っ白なのを自分色に染めたいみたいな……ああもう、俺は何を言ってんだか、とにかく呂蒙さんに全部任せて教えてもらってくれ!後生だから!」

慌てふためき必死に言う凌統が可笑しくて、面白くなって、ついに陸遜は噴きだした。頼った先輩にする態度としては、宣言通り不躾が過ぎる。凌統は顔を赤く染めて頭を抱え、もう片手で陸遜の頭をチョップした。全く痛みのないそれに許しを感じる。なるほど、こういう甘え方もあるのかと陸遜はまた嬉しくなった。


*


マイタケ合宿を無事終えた一行は、陸遜邸に押しかけていた。陸遜は無自覚だが、実家が太い。要するに、一人暮らし連中の中では最も広い部屋を借りていた。大学生に不釣り合いなほど広いリビングルームは軽々10人以上を飲み込める。

凌統と練師の指示に従って、着々と山菜の下処理が進められた。虫出しやらなんやらで、たくさんのボウルが並べられている。待ち時間は酒とゲームであっという間に潰れた。やがて、料理上手な二人が持ち込んだ調味料と技術のお陰で様々な味付けと調理がなされた。炊き込み、天ぷら、ソテーにマリネ。あまり料理に詳しくない陸遜だが、教えられながら口に運ぶと全身が喜んだ。即座にその味と名が記憶に刻まれる。絶対に来年も行かなければと決断した。

秋の味覚パーティに甘寧は来なかった。丁奉の元を見舞っているのだという。着信に気付いた凌統が、皆の声を避けるためリビングからキッチンに移動した。陸遜は酒のお代わりを持っていくという名目付きで追いかける。

「はいよ。どう?だめ?そうかい。あんた残るの?ふうん。馬鹿だから問題ないと思うけど、貰ってくんなよ」

スマートフォンに向かっていつものように嫌味を言っていて、陸遜は声を出さずに笑った。煽り言葉を投げつけなければ気が済まないらしい。だが、その表情を見て、陸遜は少し驚いた。凌統の表情は台詞と合っていない。目は緩やかに細められ、穏やかな顔つきだ。

「え?残んないんじゃない。あんた去年散々食ったろ。……うるっさいな、分かったっつの。じゃ、丁奉お大事に。食えるようになったらメシ差し入れるからって言っといて」

すぐに凌統が端末の画面をスワイプした。切電したようだ。陸遜と目が合うと、凌統は掌を挙げ、詫びのポーズを取る。

「陸遜、呂蒙さんの分取り分けるだろ?それ、もう一つやってくんない?」
「もちろん、構いませんが……甘寧殿の分ですか?」
「そうそう。あいつガキだから、自分で採ったもの食えないと癇癪起こすんだ」

小馬鹿にしたような言い方だが、内容はずいぶん親切だ。少人数の飲み会でも、凌統は甲斐甲斐しいところがあった。あれだけ日々気に食わないだのムカつくだの言っておきながら、甘寧を徹底的に蔑ろにすることはない。人を放っておけないところは少し呂蒙にも似ていて、陸遜の中の好感度がまた上がった。

「凌統殿、栗ご飯も付けて良いですか」
「朝一で鬼皮剥きか……じゃ、俺と朱然は泊まりで」

あっという間に予定が埋まる日々が楽しくてたまらない。来週末には呂蒙と共にアブで断念した湖畔へのリトライも決まっている。陸遜は冷蔵庫を開けて缶をいくつも取り出すと、スキップの勢いでリビングへと舞い戻っていった。



【#5 収穫】



〇師の喜び

魯粛の元に一通のメッセージが届いた。愛弟子からである。内容は簡潔で、後進たちにマイタケを味わわせてくれたことへの感謝だった。すぐに通話のマークをタップする。画面はすぐに切り替わった。

「呂蒙。寂しいものだ。卒業すると目の前で感謝の弁は伝えてくれないわけか」
『魯粛殿……貴方と俺の忙しさを分かっていて、おっしゃられてますな……?』

恨みがましい声が聞こえて、早々と笑いそうになった。こほん、とわざとらしい咳払いをして魯粛が続ける。

「阿蒙を一端の先輩にしてやったというのに。顔すら見せられないとは、嘆かわしい」
『ええい、分かりました!見せればよいのですね!見せれば!』

スマートフォンの画面が切り替わって、呂蒙が映った。見覚えのある、以前よりも疲れが目立つ顔が画面越しに睨んできて、魯粛は口角を上げた。もちろんこちら側のカメラはオフのままである。打てば響く後輩はからかい甲斐があって面白い。卒業してからもつい弄ってしまうが、現役生には大層慕われているようなので気を付けなければ、とは思っている。

「すぐかっとなるようでは、まだまだだな」
『寝とらんのです……教授のめちゃくちゃな振りが悪化してましてな……』
「お前、学会ではそこそこ評価されたと言っていただろう。研究室を変えないのか」

魯粛の提案はつまり、他の大学院に行かないのか、ということである。孫堅伝いに聞いた話では確かに呂蒙のところの教授は問題になっているようで、大学としても処遇を検討中のようだ。そのことはオフレコだが、似たような研究をしている大学はいくらでもある。呂蒙の論文の評価からすれば引く手あまたのように思えた。
しかし、呂蒙はすぐに否定の言葉を口にした。

『お恥ずかしながら、やはり、孫呉への思い入れを考えると……他院には興味が湧きません』

きっぱり言い切っている。あまりに魅力的な部活動に属してしまったら、これのない生活は考えられないのだろう。現に呂蒙は多忙の中でも隙を見て部会へ顔を出し、可能な限りの手助けはしているようだった。

「可愛い恋人も出来たところだしな」
『なっ……!ろ、魯粛殿、どうしてそれを』
「なに、お前のスウィーティーが素直に教えてくれたぞ」
『スイ!?そのような言い回しをされる御方ではないでしょう!人をからかうのにアイデンティティーを捨てないでほしいものです!』

途端に早口で噛みついてくる呂蒙の顔は傑作で、魯粛はついにマイクまでオフにして笑った。そもそも、力でごり押しの活動を好み、恋愛なんてれの字も意識したことのなさそうだった呂蒙に恋人、という時点で魯粛は愉しくて仕方がない。その相手が眉目秀麗の若者なのだから当初は驚いたものだ。だが、心から祝福している。可愛い弟子に可愛い恋人が出来るなど、これ以上嬉しいことはない。笑い涙を拭い、マイクマークをタップして声を届け直す。

「大切にしろよ、呂蒙。お前の良さは余すところなく理解してそうな男だが、自惚れては終いだ」
『……は。師の言葉、この小さき脳に、しかと刻み入れましょう……』

ありありと不満を浮かべながら殊勝な言葉を返す弟子に、魯粛は見えもしない満面の笑みを浮かべた。


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