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呂蒙と出かける日が待ち遠しいのは確かだが、夏合宿も重要だ。陸遜にとって孫呉はもはや『呂蒙のいるところ』ではなく、『自分の属する場所』である。夏休みは部活動に加え自動車学校の合宿もある。ぎゅうぎゅうのスケジュール帳が誇らしい一方で、実家には帰れそうにない。詫びの電話を入れた時、両親は寂しそうな反応をしていた。

『陸遜、明日の準備終わったか』
「今二度目のチェックが終わったところです。計画書は5回ほど読み込んであります」
『う……それは勝てない……俺もやらねば』

朱然とスピーカーで通話を続けながら、陸遜は改めて手元の書類に目を通した。これまでに山や沢をいくつか経験させてもらった二人は、新人合宿と称した活動を組んでいた。二人がリーダーとなり計画したものである。毎年恒例なのだが、昨年二喬が組んだ花を見る登山がとても評判がよかったらしく、ハードルはやや上がっている。

今年は沢をチョイスした。面倒見のいい丁奉がたくさん合宿に連れて行き、沢の良さを詩的に語り重ねた結果、二人ともすっかり沢登りの虜になっていた。今回のリーダーは陸遜、サブリーダーは朱然となった。朱然もチーフを狙っていたのだが、互いに譲らず、最終的にババ抜きで決めたのである。

合宿当日を迎え、早朝からザックの並びを見た陸遜は大きく頷いた。入部当初は言われるがまま行動し、ただ受動的に活動に参加してきた。今はそれより少し成長して、何のために何を持っていくのか分かるようになった。過去の報告書やインターネットで活動場所や行程を調べ、計画上は完璧なつもりだ。メンバーは陸遜の慕う凌統や甘寧のほか、徐盛と丁奉、孫尚香と練師もいる。部長である孫権は行きたがっていたが、周泰を連れて孫堅らとどこかへ行ったようだ。

「へええ。若いのにやるなあ、お前ら。事前確認も良かったぞ」
「ありがとうございます、韓当殿!来ていただいて嬉しいです」
「声かけてくれたら、空けないわけにはいかないだろ」

OBから韓当も参加してくれていた。現役同様70リッターのザックを何でもない顔で背負っている。頼もしい限りだった。

「では、参りましょう。皆さま、よろしくお願いいたします!」

陸遜の号令で一斉に車に乗り込んだ。今日は孫尚香が運転する車の助手席である。

「陸遜、いい感じね。1年とは思えないわ」
「皆様にご指導ご鞭撻いただいたおかげです」
「ふふ。去年は義姉さま方が明るくこなしたとして、その前は大変だったのよ、ねえ練師」
「その節は、大変ご迷惑をおかけいたしました……」

後部座席の練師の声が落ち込んでいる。珍しいことだが、深く聞いていいものか少し迷った。徐盛が背後から笑って話を継いでくれた。

「甘寧は破天荒、丁奉は緊張して堅いし、練師殿は随分縮こまっていたからな」
「お恥ずかしい限りです。姫様や徐盛殿が助けて下さって、何とか事なきを得ました」
「そうだったんですね。今では頼れる先輩方だけに、にわかには想像できません」

そこだ、と徐盛が助手席の肩を掴んで覗き込む。陸遜は軽く振り向いて徐盛と目を合わせた。凛々しい端整な顔つきだ。

「お前は随分、甘寧や凌統に懐いているが、大分滅茶苦茶な奴らだったんだぞ」
「そうね。凌統は困っても頼ってくれないし、甘寧はずーっと子供みたいに暴れてたのよ。入ってすぐからケンカしてばっかり」

陸遜は宅飲みでの喧嘩を思い浮かべた。二人して幼稚なやり取りでいがみ合っていたが、とても気が合っているように思う。それとは別に、活動で稚拙なところは想像ができなかった。

「そう考えると甘寧は成長したな。練師殿は相変わらず、苦手そうだが」
「苦手という訳では……ただ、先輩方と比べて同期の絆は薄い気がします。私以外のお二人は仲が良いのですが」

各学年にもそれぞれの関係や特色があるようだ。甘寧を思い出してみると、練師だけでなく、女性陣には少し距離を置いているような記憶があった。凌統と同じく、気の置けない同性でワイワイやる方が向いているのだろう、と予想した。練師は端から見ても魅力的な女性だ。部長の孫権と良い仲であることを考えると、近くで接するのをためらっているのかもしれない。機会があれば少し聞いてみよう、と心に留めた。

孫尚香の運転はこれまで乗った誰よりも気配りが出来ていて乗り心地が良かった。これから免許を取る陸遜にとって助けになるアドバイスもしてくれた。合宿に行くと部員の色んな面が見られることがまた楽しみの一つでもあった。


***


緑の濃い森林を流れゆくせせらぎが心地いい。沢は丁奉でなくとも詩的になってしまうものだ。滑床が美しく清水を注ぎ、時折現れる滝では激しく白波が立っていた。一行は自然への感謝を忘れず、傷つけないように気を付けながら渡渉や滝登りを楽しんだ。一時的に甘寧が隣に来たので、先ほどの件を聞いてみることにした。

「甘寧殿にとって、練師殿はどういった方ですか?」
「あ? んだよ急に。練師のねーちゃんなぁ」

甘寧は少しだけ考えるように顎に触れた。魯粛や呂蒙を彷彿とする仕草だ。敬う相手の動作は自然と似てくるという。甘寧が呂蒙を慕っているのは敬意があるから、と考えると陸遜は勝手に嬉しくなった。

「すげーと思ってるぜ。俺と丁奉だろ、気ぃ付かねえことばっかだからな。細々やってもらって助かってる。姫さんにゃ頼りすぎって怒られっけどな」
「甘寧殿としては、頼っているおつもりだったのですね」
「俺ぁ気に食わねえと手出しちまうからな。そこんとこ考えっと、あいつになんかしてやろうと思ったことはねえや」

実力十分なので特に言う事為す事はない、ということなのだろう。それを練師が同期として寂しく思っていることなど露程も気が付かなさそうだ。助言しようかと迷ったが、陸遜は口を噤んだ。甘寧の態度にどうこう言いたい訳ではなかった。陸遜には新入生時期の甘寧を見ることはできない。甘寧の存在はやはり自分とは違っていて、憧れる部分があるのは確かだと再認識した。

「学年ごとに、空気が違っていて面白いです」
「あー、それはあるな。孫策サンと周瑜のいた時なんか凄かったぜ、圧が。今はあんまいねえだろ、威圧で言い聞かせる奴」
「おや、授業でどなたかに、代返の圧をかけられたような……」
「お前、本っ当俺には容赦ねえな!」
「私に非がありますか?」
「やっぱお前も可愛くねえ!」

も、とは誰と比較して同列にされたのだろうか、と突っ込もうとして止めた。頭をぐしゃぐしゃに撫ぜられたからである。呂蒙の手つきとはまるで違う、強引なそれは痛みを伴った。

「痛いですよ!パワハラで訴えます」
「甘寧。自分は呂蒙殿から重々言われているんだ。筋を通して陸遜を守るぞ」
「徐盛、お前おっさんの命令に疑問はねえのか」
「お前よりはるかに信頼している」

爽やかな笑顔で突き放す徐盛に、陸遜は初めて先輩の圧を感じた。やはり孫呉は一筋縄ではいかない者たちばかりだ。

午後3時には全ての行程をこなし、一行はキャンプ地に着いた。陸遜と朱然の指示に従ってテントの設営が行われ、さらに時間が余ったのですぐ横を流れる川で岩魚を釣ることにした。夕食におかずが増えるかどうかは新入生次第である。隣に座った朱然と互いを労う。

「帰るまでが合宿、とは言いますが、初日の行程が終わると一安心ですね」
「ああ。ロープワークも上手くいったし、ちょっと時間に余裕がありすぎたな」
「初心者向けの沢を選び過ぎましたかね」
「先輩方が強すぎたのかもしれない」

二人で振り返る。丁奉がドラミングのような動きをして、徐盛が二の腕の筋肉を見せびらかしている。韓当はにこにこと穏やかに笑って溶け込んでいた。その側で、孫尚香と練師が花冠を編んでいる。皆笑顔で楽しそうだ。

「良い部ですね」
「ああ。4月からずっとそうだ」
「はい。……朱然殿、どうかしましたか?」

陸遜は直球で尋ねた。先ほどから朱然はそわそわと落ち着きがなく、岩魚を釣る気がないように竿を揺らしている。投げかけられてはっとした朱然が少し間を置き、勢いよく顔を上げ、体ごと陸遜へ向けた。大きな黒い瞳が揺れている。

「陸遜。ずっと、言おうと思っていたことがある」

真剣な眼差しだった。陸遜も竿を一度引き、まとめて横に置いてから向き合う。

「その、大したことじゃないんだ。言わないと、俺が気になるだけで」
「朱然殿、大丈夫ですよ。落ち着いてください」

陸遜も真剣な目を返した。どんな話が出て来ても、受け止めたいと思っていた。入部して4か月、朱然はすでに大切な同期だ。学科も同じで部への熱量も焚き火が好きなことも共通している。そんな彼が真っ直ぐに何かを伝えようとしてくれているのを、適当に流してはならない。陸遜が見つめると、朱然もしっかり頷いてくれた。ちゃり、と揺れる炎のモチーフのピアス。入部した時からずっと、朱然に似合うと思い続けている。

「実はな、その、同い年ではないんだ。入学までに色々あって、20歳は超えている」

陸遜は小さく頷いた。内心ではとても安堵していたが、表には出さなかった。

「なんとなく、そうではないかと思っていました」
「そ、そうか。だから敬語だったのか?」
「いえ、これは癖のようなもので、誰に対しても使ってしまいます」

朱然がわざとらしく胸を撫で下ろすのを、陸遜は微笑んで見ていた。暴露の内容が犯罪めいていたらどうしよう、と思っていたことは内緒である。歳が違う者が集まるのは大学の特徴の一つだ。朱然は入部してから一度も年齢を告げたことがないことに、陸遜は気が付いていた。

「朱然殿のことは、頼れる同期だと思っております。それと同時に、少し兄のような感覚があったものですから」
「そうか。……ありがとう、陸遜」
「そんな。礼を言われるようなことでは、」

陸遜は控えめに断りかけたが、朱然の表情を見て止めた。朱然の生い立ちを深掘りするつもりはないが、相当気掛かりだったのだろう。開放的な笑顔が眩しかった。

「つまり、アルコールが飲めるのですか」
「そこだ。陸遜、このことは孫権様しか知らないんだ。そして俺は酒が弱い。どうか黙っていてくれ」
「実質20歳の時にばれてしまうのでは」
「そこはもう、すぐ潰れた振りをして以降ノンアルで乗り切る作戦なんだ」

そんな先のところまで決めているのか。意を決した表情で言う朱然が可笑しく、陸遜は声を出して笑った。部活動ではクラスでも家でも出せない全力の感情が出てくる。自分にも喜怒哀楽がはっきりあったのかと驚かされる。

「朱然殿が何歳でも、例え女性であっても、信頼する同期だと思っています」
「そうだな。……って、女の可能性も考えていたのか」
「お顔が可愛らしいので1%くらいは思っていました」
「お前に言われると、馬鹿にされているような……」

互いに見つめ合って噴きだす。愉快な時間はあっという間に過ぎ、日が陰ってしまった。結局おかずが増やすことは敵わず、頭を下げた新入生二人に先輩方が慰めの声を掛ける。

「なーにショゲてんの」
「おら、イワナ焼きすっぞ!」

そこに、いないと思っていた甘寧と凌統が戻ってきた。歩いて川上に向かっていたらしく、二人の手にはたくさんの岩魚が入った網があった。手作りの銛で突いたというのだから圧倒されるばかりだ。野性味溢れる二人は漁穫数で言い争っている。

「お二人のような関係は難しいですが、私たちも頑張りましょう、朱然殿」
「ああ。甘寧殿と凌統殿のように切磋琢磨しよう」

こいつと一緒にすんな、と言うハモリが木々にこだました。


  
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