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女性陣と丁奉、徐盛など炊事が得意なものを中心に宴会の調理が進められた。車で来たOB陣が立派な二口コンロを二台も用意したため、ほとんど厨房である。新人二人はOBらに改めて自己紹介し、前に立たせられた。陸遜の背を汗が伝う。
この時間があることは事前に教えられていた。余興への期待に応えるのも、後輩の務めだろう。陸遜と朱然は改めて目を合わせ、同時に頷いた。
「個別の芸ではなく申し訳ございませんが、朱然殿と共に行います」
「俺たちの熱きファイヤーダンス、見て行ってください!」
二人は薪を改造して作った棒を掲げた。焚き火台から火を貰い、それぞれ振り回しながら踊る。余興補助に充てられていた二喬が音楽を流し、炎舞を動画に収めた。最初はふざけた名称の興に笑っていた黄蓋や孫策らも、徐々に口を閉ざしていく。
――こいつら、ガチだ。
わざわざ持ってきた衣装の袖がひらひらと舞う。レゲエに合わせて飛んだり跳ねたりし、時々火の棒を投げ合って受け取る。二人ともアクロバットな動きが上手い。朱然はムーンサルトを決め、陸遜は軽々バク転し周囲を沸かせていた。
太鼓の音が終了の合図となった。左右対称のポーズと共に、二喬の置いた噴き上げ花火がばっちり決まった。OB陣は程普を覗きスタンディングオベーションである。すげえ!格好いい!わしもやりたいぞ!などと賞賛の声と拍手があちこちから鳴り響いた。囲み取材のごとくあれこれ聞かれる。
余興の汗が落ち着く頃、呂蒙が陸遜の傍に来た。朱然はまだ古参に囲まれている。
「陸遜。すごいものを練習してたな。全く知らなかったぞ」
「先輩方にも付き合っていただき、なんとかこなせました」
「これはOBの方々も満足だ、よくやったぞ」
呂蒙がそう言って陸遜の頭を撫でる。その表情は温かく、手つきは優しい。張りつめていた気がどんどん解けていって、深く呼吸する。息を吐くとリズミカルな自分の拍動が聞こえるような気がした。
「はは、感服だ。年甲斐もなく感動したぞ」
「魯粛殿」
「勿体ないお言葉です。ですが、楽しんでいただけたなら光栄です」
魯粛が声を掛けると呂蒙は慌てて陸遜の頭から手を退け、背筋を伸ばした。陸遜も直立し、軽く頭を下げる。にこにこと機嫌な良さそうな魯粛に妙な対抗心は薄れ、燃えていた嫉妬心はすっかり小火になっていった。
***
夕方には宴会が開始された。色や食材調理法がとりどりで外で作ったとは思えぬ程のクオリティだ。古参も現役も新人も混ざって談笑する中、陸遜は魯粛と一緒の輪にいた。気を遣って何度か酒も注いでみたが、手酌が落ち着くと断られてしまった。陸遜は魯粛の凄さが身に染みていて、すっかりと畏敬の念を抱いていた。
「魯粛殿は大勢を見てご教示くださるので、とても勉強になります」
「お前のように素直で勤勉な男も珍しい」
「勉学には励んできましたが、孫呉に来て圧倒されました。新世界です。全く違う情熱が、同じ方へ向かっている……いち部活動とは思えません」
「そうだな。俺もだ。お父上の方の孫堅殿の意欲に興味を惹かれ、縁あってご子息殿と一緒できるようになった。中に入ってみて驚いたな。まさかここまでハマるとは思ってもみなかった」
魯粛が飄々と言ってのける。陸遜は笑っていいか分からなかったが、目が合った魯粛が目を細めていたので遠慮なく笑うことにした。
「ハマってしまわれたのですね、ここにいる皆様は」
「ああ。単なる部活動に過ぎないのに、皆がここまで情熱を注いで必死に繋ごうとしている。ただごとではない」
「でも、すごく格好いいです」
「ほう」
魯粛が顎を触りながら陸遜を見つめてくる。その視線にしっかり応え、手元のコップをシートに置いて顔を上げた。
「今日、総会に出て、改めて尊敬しました。私も、この部を続けたい。熱い襷を繋いでいきたいです」
手を開いて握り直す。水辺が近く日も落ちてきたというのに、掌は高い熱を持ったままだ。うずうずと意欲が湧き上がってくる。まだ見ぬ世界をもっと見たい。幼少からずっとあった好奇心が吠えている。そんな陸遜の頭を、魯粛がぐしゃぐしゃと撫でてきた。呂蒙とは少し違う、愛でるというより励ます力加減だ。
「なんだ、愛い奴だな。その熱意、見直したぞ」
「本当に撫でてくださるとは思っても……あの、もうよろしいですっ」
「なに、遠慮するなよ。呂蒙には随分やらせてただろう」
「呂蒙殿は特別です」
反射的にきっぱりと言い切ってしまい、陸遜は手で口を塞いだ。呂蒙のことが絡むとあまりに我を忘れすぎてしまう。立場も弁えず失礼な態度であったと詫びようとして、陸遜は固まった。魯粛が大笑いしたからだ。
「呂蒙も面白い者に懐かれたな。いやなに、あいつは喜んでいるだろう?」
「それは、私には判断できかねます……」
「いや、間違いない。奴にはお前のように頭が切れる素直なタイプが合う」
魯粛のような人間に言い切られると自信がついた。少なくとも胸を張って呂蒙の後輩であることは証明していきたいと意気込む。そんな陸遜に、魯粛が耳打ちした。
「あいつは鈍感だぞ。攻めるなら、容赦なくキスの一つでも仕掛けるのだな」
魯粛の魅惑たっぷりな声と内容に、陸遜の顔は一気に真っ赤になった。魯粛とは部会の少しの時間と、今日しか接していないはずだ。それなのに、全てを見抜かれている。焦りと恥で瞳まで潤んでくる。
「はっはっは。そう可愛い顔をするな」
「魯粛殿」
魯粛がからかうように笑い、また陸遜の頭に手を伸ばしていた。それを制したのは呂蒙だった。いつの間に接近していたのだろうか。いつもならすぐ呂蒙の気配を察知するはずの陸遜は、すっかり魯粛のペースに乗せられていた。
「よもや、陸遜を苛めてはおらぬでしょうな」
「まさか。お前の気に入りに手を出すほど飢えてはないぞ」
「なっ、いや、そういうことでは」
顔面の熱が引かない。助けに来てくれたらしい呂蒙まで捕らわれている。陸遜は魯粛には勝てないということを実感しつつあった。とりあえず、明日の活動はより気合を入れて臨むと決めた。魯粛を見返してやろうなどと言う強気な目標は飛散したが、呂蒙の傍にいることを反対されないように努めようと背筋を伸ばしたのだった。
***
陸遜は嘆いた。甘かった。入りたてのろくに活動歴のない若造が、襷を繋ぎたいなどとよく言えたものだ。周りを見渡すと、いつも元気な現役部員が皆衰弱していた。
それぞれOBとの絆を深めた夜が明け、朝が来た。早朝4時から活動は始まった。今年のOB総会合宿は川下り。ただし、キャンプ地から降下開始地点までは自転車に乗り、その後川を下って、ゴールからは走って開始場所に戻るというものだ。陸遜が体力オバケだと思っている甘寧と凌統ですら大人しくなっていった。
「なんだいこの地獄トライアスロン」
「あのじじいたち、自分たちは悠々車乗りやがって」
「甘寧。先輩らはボートを運んでくれているのだ。文句は、言え……るな。文句くらい言っていいなこれは」
呂蒙すら物騒な顔で吐き捨てている。陸遜や朱然は一言も発する元気がなかった。なお、女性陣はさすがにダッシュを免除され、この場にはいなかった。ただし、車で送ってもらった先でボートの準備に追われている。そっちはそっちで地獄である。
「陸遜、朱然、大丈夫か」
「徐盛殿。正直、辛いです」
「家に、帰りたい……」
「ああ、あと一本だ。あと一本下ったら帰るぞ……自転車で……」
徐盛の一言は、全員の空気を重くした。
三度目の降下開始場所に命からがら辿り着いた陸遜は、魯粛と目が合った。
「楽しんでるか、陸遜」
やはり絶対にこの方には勝てない。陸遜が確信した。魯粛は隣の呂蒙にも同じ声かけをしている。呂蒙と目を合わせて、どちらからともなく口を開いて名を呼び合った。
「無事帰ったら、二人でどこかへ行きませんか」
「ぜひ頼む。共に生きよう」
平和なはずの現代で、これ以上なく切迫感のある約束が交わされたのだった。
【#3 OB総会】
〇古参と新人
夕焼け濃くなる時刻、朱然は目を輝かせていた。夕日の色も先達が持ち込んでくれた焚き火の炎も、どちらにもテンションが上がる。朱然の前には孫堅を支えてきた程普、黄蓋、韓当の三人がいた。最古参のメンバーにも物怖じせず、真っ直ぐに敬意を伝えてくる朱然を、三人は喜ばしく見ていた。
「先ほどの黄蓋殿の冬山の話、とても熱いですね……!俺もやってみたくなりました!」
「がはは、そうだろう。特に冬山はなかなか行けるもんでもない。次のシーズン、声をかけるからな!」
「しかし、韓当殿の経験されたボルダリングの大会も気になります。ああ、身が足りない!」
「熱心でいいなあ。いや、皆そうなんだ。こんなに時間のある学生生活で、時間が足りなくなる。でもな、今のうちだぞ。楽しんでやってくれ」
爽やかな返事をする朱然に、静かに酒を飲んでいた程普は少し口元を綻ばせた。創部当初の熱を思い出すのだ。若かりし頃、自分もこれくらい青く、無茶をして、楽しんだ。それが新入生に伝わっていることは、深い愉悦を味わわせてくれる。
「良かったら、程普殿の武勇もお聞かせ願えませんか」
朱然のキラキラした眼差しが、新入生の頃の周瑜を彷彿とさせた。もう少し程普が厳しかった時のことだ。随分と圧迫して指導したが周瑜は折れなかった。孫策と共に強い目と意思で部を率いていったことを、程普は最近のことのように覚えている。きっとこの燃え滾る瞳をした青年も続いてくれるだろうと期待した。
「ふ。年寄りのうわ言と思って聞いていくか」
「ご謙遜を。その体つき、今でも熱く鍛え続けていらっしゃるのが分かります!」
程普、黄蓋、韓当と比べると朱然の体は細く白い。発展途上の青年である。貪欲に先人の経験を聞いてくれることが、どれだけ嬉しい事か。まだまだ朱然には分からないだろう。
「精進を重ねて、あなた方に少しでも近づきたいと思っています」
「うむ。朱然、おぬしなら孫呉を支えていける。なあ、韓当、程普」
「あぁ。俺が教えてやれることは何でも教えてやるからなぁ」
「朱然、鍛錬を怠るな。だが、案ずるなよ。一人ではない」
若き熱気が古参の口を軽くする。この青年の成長の足しになればと、先達たちは酒を片手に夜な夜な語り続けるのであった。