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1 入部
機は熟した。
陸遜はつややかな髪を靡かせて正門をくぐった。春風がそよぐ中、ぴかぴかに輝く革靴を軽やかに地に着けていく。新しい地を踏みしめる度に、胸の奥がざわめくような気がした。
某年3月。陸遜はつつがなく大学受験に合格した。他の大学は滑り止めすら受けていない。剛直に一本に絞った息子に両親はちょっぴり胃を痛めていたが、本人は知る由もなかった。落ちるはずがないと確信していたからである。
陸遜は秀才であった。3歳で大人を言い負かし、5歳で読み書き計算を身に着け、小学校で英検1級を余裕で取った。どの科目も卒なくこなし、強い探求心と好奇心で様々な知識を身に着けた陸遜は、家族親戚教師友人の全員から国内最高峰の医学部に進学するものだと思われていた。
しかし、陸遜が単願で受けたのは地方の医学部である。一応両親は確認した。何度も聞いた。何度聞いても、聞いたことのない大学名が帰って来る。そして息子は、親の説得程度で意見を変えるような性格ではないことを最も良く理解していた。
合格後、両親はそれを祝いながらも改めて地方大を受験した理由を尋ねた。息子は笑顔で言う。
「運命です!」
両親が全てを諦めて、笑顔で送り出すことを決めた瞬間である。
***
地方の大学は陸遜の暮らしていた首都とは季節感も異なった。もう4月だと言うのに、今からが桜のシーズンだという。踏みしめる地を眺めると、人の歩かない端には所々雪が残っている。嗅いだことのない雪融けの匂いを全身に取り込みながら、大勢の学生たちに混ざって建物に吸い込まれていく。
入学式は後日だが、本日は入学準備として地方大学での生活に欠かせない用品を販売している。広すぎない学食エリアを歩いていくと、やけに派手な半被を着た人たちが呼び込みをしている。新入生の用品はこちら。学食のこと、生活の相談はこちら。
陸遜はひたすらわくわくしていた。多くのことを勉強してきたが、自分ひとりで生活していくこれからの日々は未知のことだらけだ。好奇心がくすぐられる。そういった新鮮さを感じたくて引っ越しも新居の契約も全て一人で済ませてきた。最初の生活資金は親の仕送り頼りだが、そのうちアルバイトで生計も立てていく予定だ。その場の誰よりも瞳を輝かせて、陸遜はノートパソコンの売り場に足を向けた。
入学式にて主席挨拶をこなした陸遜は一晩かけてシラバスを読み込んだ。授業を完璧に設定し、あとは登録するのみ。まだ台所用品が整っていないので、今日の夕食はスーパーで調達した総菜とおにぎりである。これまで実家では手の込んだ食事を取っていた陸遜にとってはこれも新鮮な経験であった。きちんと片付けてからリビングの座椅子に腰かける。ソファや勉強用のデスクが届くまでまだ3日ある。物の少ない空間でも、そわそわが止まらない。
『では、約束しよう。次会えた時は、乾杯だ』
そう言いながら、大きく温かい手が頭を撫でたことを、陸遜は昨日のように思い出せる。きっと向こうは覚えていないだろう。アルコールの入った陽気な冗談だと分かっている。それでも、陸遜はその一言と優しい手つきを辿ってここまでやってきた。
「早くお会いしたいです……呂蒙殿」
静かな空間に青年の声が柔らかく響いた。
機は熟した。
陸遜はつややかな髪を靡かせて正門をくぐった。春風がそよぐ中、ぴかぴかに輝く革靴を軽やかに地に着けていく。新しい地を踏みしめる度に、胸の奥がざわめくような気がした。
某年3月。陸遜はつつがなく大学受験に合格した。他の大学は滑り止めすら受けていない。剛直に一本に絞った息子に両親はちょっぴり胃を痛めていたが、本人は知る由もなかった。落ちるはずがないと確信していたからである。
陸遜は秀才であった。3歳で大人を言い負かし、5歳で読み書き計算を身に着け、小学校で英検1級を余裕で取った。どの科目も卒なくこなし、強い探求心と好奇心で様々な知識を身に着けた陸遜は、家族親戚教師友人の全員から国内最高峰の医学部に進学するものだと思われていた。
しかし、陸遜が単願で受けたのは地方の医学部である。一応両親は確認した。何度も聞いた。何度聞いても、聞いたことのない大学名が帰って来る。そして息子は、親の説得程度で意見を変えるような性格ではないことを最も良く理解していた。
合格後、両親はそれを祝いながらも改めて地方大を受験した理由を尋ねた。息子は笑顔で言う。
「運命です!」
両親が全てを諦めて、笑顔で送り出すことを決めた瞬間である。
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地方の大学は陸遜の暮らしていた首都とは季節感も異なった。もう4月だと言うのに、今からが桜のシーズンだという。踏みしめる地を眺めると、人の歩かない端には所々雪が残っている。嗅いだことのない雪融けの匂いを全身に取り込みながら、大勢の学生たちに混ざって建物に吸い込まれていく。
入学式は後日だが、本日は入学準備として地方大学での生活に欠かせない用品を販売している。広すぎない学食エリアを歩いていくと、やけに派手な半被を着た人たちが呼び込みをしている。新入生の用品はこちら。学食のこと、生活の相談はこちら。
陸遜はひたすらわくわくしていた。多くのことを勉強してきたが、自分ひとりで生活していくこれからの日々は未知のことだらけだ。好奇心がくすぐられる。そういった新鮮さを感じたくて引っ越しも新居の契約も全て一人で済ませてきた。最初の生活資金は親の仕送り頼りだが、そのうちアルバイトで生計も立てていく予定だ。その場の誰よりも瞳を輝かせて、陸遜はノートパソコンの売り場に足を向けた。
入学式にて主席挨拶をこなした陸遜は一晩かけてシラバスを読み込んだ。授業を完璧に設定し、あとは登録するのみ。まだ台所用品が整っていないので、今日の夕食はスーパーで調達した総菜とおにぎりである。これまで実家では手の込んだ食事を取っていた陸遜にとってはこれも新鮮な経験であった。きちんと片付けてからリビングの座椅子に腰かける。ソファや勉強用のデスクが届くまでまだ3日ある。物の少ない空間でも、そわそわが止まらない。
『では、約束しよう。次会えた時は、乾杯だ』
そう言いながら、大きく温かい手が頭を撫でたことを、陸遜は昨日のように思い出せる。きっと向こうは覚えていないだろう。アルコールの入った陽気な冗談だと分かっている。それでも、陸遜はその一言と優しい手つきを辿ってここまでやってきた。
「早くお会いしたいです……呂蒙殿」
静かな空間に青年の声が柔らかく響いた。
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