蒙甘

テーマ【誕生日】の現パロ蒙甘


***


「あ」

勝手知ったるおっさんの家に着いた瞬間に、何故か、唐突に、きっかけもなく、ふと思い出した。今日、おっさんの誕生日じゃねぇ?

「やべぇなぁ」

思わず独り言をこぼす。マジで驚く程完全に本気で忘れてた。誕生日。一年に一回。おっさんが生まれた日。言うまでもなく、大事な日だ。そんな日に何も用意してねぇどころかすっかり頭から抜けていたテメェの記憶能力のなさにがっかりする。

鈴付きの合鍵を玄関の小物入れに放り込むとリンと澄んだ声を上げた。そういや、この音ごと誕生日プレゼントとして貰ったんだったか。

おっさんは意外と所謂記念日とかいうのをしっかり覚えている方だ。それに限らず、記憶力がいい。ドコソコに行ったのは何年前の何月だとか、この店はアレコレの時に行っただとか。つうか、俺が忘れ過ぎてんのかもしれねぇけど。

別に尽くすタイプでもねぇだろうに、おっさんの贈り物や選ぶ店、連れていくタイミングは全て絶妙だ。俺のことよく理解ってんだな、と密かに毎度感激している。それを返す絶好の機会なのに手持ちのカードはスカスカだ。

靴を乱暴に脱いで上がりケツポケットの財布をテーブルに乗せてから、よれたソファーに座り込んだ。使い古しすぎてめちゃくちゃ沈むし表面の革が所々破れている。たまにここでヤるからそれもダメージになってんのかもしれねぇ。俺に時間と金の余裕がありゃ、それこそ良いソファーでもプレゼントすんのによ。

でもそれはなんか、こう、喜ばれるより、驚かれるより、心配されそうな気がすんな。熱でもあんのかって。
空想のリアクションにくつくつ笑いながら寝転び、メッセージアプリを開く。一旦カードを集めるため、知り合いに知恵を募る作戦だ。短く文を打ち、送りつける。

『今おっさん家 誕生日 何がいいと思う』

返事は一緒にいんのかと思うくらい同時で想像以上にすぐ来た。

陸遜『惚気ですか。そして、まさか忘れていたなんてことありませんよね』
凌統『へぇー。大切なお祝い事に他人のアイディア採用しちまうんだ。案外薄情だね』

ムカつく。すげぇムカつく。なんだこいつら。こんな奴らに頼った俺が馬鹿だった。キレてる犬のスタンプを五個程連打して送信し、アプリを閉じる。言われたことが図星なのも腹が立つ。

仕方ねぇ、もっかいカード探すか。
メシを作る。まぁ、別に特別感はねぇな。どっちも大体焼くか炒めるかの料理くらいは普段からする。ごちそうを作るには時間も材料も技術もねぇ。
ケーキを買う。目の前のコンビニで良けりゃ手に入るが、かえって有り合わせ感がある。
肩たたき券。普通に喜びそうだが、父親じゃねぇんだし、あまりに色気がなさすぎるよな。

「あーーなんも考えつかねぇ」

ここ数年を思い出す。一体何を贈ってきたんだ?
去年は、確か時計。たまたまタイミングよくおっさんの腕時計が壊れて、それが誕生日の前日で、運良く思い出して買った。

その前は靴。これも確か左足の靴底が擦れて穴が開きそうだってんで、一緒にショップを回って決めた。

その前は……もう思い出せねぇ。多分その場その場でトントンと決まって、上手くいってたんだ。今年はそれがなくてすっかり忘れちまってた。付き合いが長くなると一周して贈るもんがなくなるって聞くが、まさにそれだな。物はもう腹いっぱいだろ。

手元のスマホで「30代 プレゼント 男」で検索すると、酒だのネクタイだの香水だの服だのと一般的なラインナップが続く。まぁここ数年ありきたりな物を贈ってきた俺がケチつけるのも変だけどよ。

考え過ぎて訳分かんなくなってきたぜ。誕生日プレゼントって何なんだよ。何のために贈んだ?喜ばすためか。
直近で言えば、俺も鈴付きの鍵を貰った時はすげぇ嬉しかった。それはなんつうか、物自体じゃなく――おっさんの家にいくらでも転がり込めるってのが良くて。

そうか。そういうもんだよな。
ようやく考えが腹に落ちる。

とりあえずフツーのだけど、メシは作っとくか。役に立たなかったスマホを置き去りにして立ち上がり、狭いキッチンに向かった。


***


おっさんはやや残業して、帰宅したのは20時すぎだった。

「待っていたのか?珍しいな」
「そうだろ」

いつもなら先に食って酒でも飲んでるが、今日は待ってやった。十分健気だろ。
おっさんは自分でも誕生日を忘れてんのかそれともフリをしてんのか知らねぇが、妙な奴、と失礼な一言を残して着替えに向かった。スーツじゃ食卓に着かないし、シャワー浴びねぇとベッドに入らない方だ。異なる生活習慣を知っていくのは面白ぇ。

その間に適当に用意した飯をテーブルに並べる。全然祝い感はない。俺が作れる範囲のいつもの内容。それでも戻って席に着いたおっさんが感謝と挨拶を寄越すので、最近は俺もならうようにしている。何度も共にしてきて、気恥ずかしいより悪くないが勝つようになった。

「美味いな」
「冷蔵庫の肉昨日までだったぜ」
「これか。……よし、匂いは大丈夫だな。……うん、食っても分からん」
「俺ら腹だけは頑丈だよな」
「調子に乗ってノロ事件は二度と避けたいがな。二年前の一月か」

本当よく覚えてやがんなぁ。俺と言えばありゃ地獄だったってこととそういや冬だったかもくらいしか覚えてねぇ。

さっさと飯をかきこみ、流しに茶碗を置いてから冷蔵庫のビールを二つ取り出す。片方を差し出すとおっさんはド平日なこともあって一瞬渋ったが、結局は受け取った。俺のあらゆる誘いを、おっさんは滅多に断らない。

「へっへぇ。乾杯」
「一缶だけだぞ。俺は明日7時出だ」
「そらご苦労だな」

なんだかんだ一緒に飲めることが素直に嬉しくニヤけていると軽く頭を叩かれた。おっさんだって満更でもねぇくせに。

一緒に飯食って酒飲んで一緒に寝る。一応俺のアパートは解約してねぇが、半同棲状態で居座っているこの家でおっさんと過ごす時間はぶっちゃけ心地いい。俺ぁ他人と長い時間共にいるのが無理な方だと思っていたのに、そうじゃなかったらしい。
ふわっと入ったアルコールにつられて、何の予兆もなく言葉を発した。

「おっさん。誕生日だな。おめっと」
「おぉ、ありがとう」

さらっと返ってきたのでやっぱ認識してたかと勘づく。陸遜か凌統が連絡していたか、それとも誰かから言われたか。けっ、今になって、一番に祝えなかったことがやけに悔しいぜ。

「わりぃ。何も用意してねぇ」
「いや、お前が覚えていただけで驚いたし、嬉しいぞ」
「だよな」
「そう……ん?」

俺が真剣な顔で同調するので、おっさんはアルミ缶を傾ける手を下ろしてこちらを見た。外すことを許さないようにがっちり視線を合わせてから口を開く。

「おっさんが一番喜ぶもんやりてぇなって思ってよ。すげぇ考えたんだけど」
「そ、そうか」
「すっげぇ考えた結果、別に何もいらなくねぇ?って思った」

頭にハテナを飛ばしまくっている髭面を眺める。実は縛れるくらい長い髪。太めの眉毛に意外と色素の薄い瞳。鷲鼻。たまに乾燥して割れてる唇。ひげ。どう見てもおっさんのおっさんに惚れ込むたぁ、人生分かんねぇもんだ。

「おっさんが嬉しいのは、俺がいることだろ」

ニッと笑って言ってやると、五秒くらいしてから盛大にため息をつかれた。頭を抱えて眉を寄せている。おっさんのこういう呆れたような顔も、実は照れ隠しだと分かれば可愛いもんだ。

「お前、そういう自信はどっから来るんだ……」
「んだよ、間違ってんのかよ」
「否定できないから困ってる」

耳が赤くなっている様子から喜びがにじんでいて満足した。残りのビールを一気に煽り、空き缶をテーブルに叩きつけてまた立ち上がる。
俺の挙動にやや引いているおっさんの目の前に立ち、下にある首に腕を巻き付け、空いた手で顎を掬って上を向かせる。

「プレゼントはワタシってやつだな」

かぷ。
食らいつくように口付けると、引き続き呆れたような間を空けてから舌が捩じ込まれた。飯とビール。同じ匂いと味がする。そういうのに興奮するようになって、同棲って良いこともあんだなと思った気がする。
腰を曲げて夢中でキスする内にぐんぐん息子が元気になるのが分かった。顎にやっていた手を外し、おっさんの手を取って誘導する。

「明日早いんだが」
「さっき聞いたぜ」
「シャワーもまだだ」
「俺も」
「俺は飯すら食い終わってない」
「なぁ、貰ってくれねぇのかよ。呂蒙」

耳元で名前を呼ぶとぐいっと引き寄せられて口を食われた。仕返しってか。おっさん結構負けず嫌いだからな。そんで、俺の頼みは断らねぇ。

「ベッドは行かんからな」
「ソファーでいいぜ」
「そろそろダメになる」
「そしたら俺が買ってやるって」
「調子のいいことを」

そんなことを言いながら順調に俺を押し倒す呂蒙に、メラメラと性欲が燃え滾った。

「来年は、すげぇホテル取っとくわ」
「期待しておくか」

あとは、迫るキスを合図に押し黙って行為に熱中する。
おっさんとの時間、空気、温度、溢れる感情。どれもが極上で、もしかしたら俺の方こそ貰っちまったような気がして、やっぱ物も用意しときゃ良かったな、とこっそりまた後悔した。


【おわり】



おまけ 〜一年後〜

「"すげぇホテル"ってここか……?」
「おう」
「ラブホなんだが」
「見てみろよおっさん!風呂に滑り台あるぜ!すげぇー!」
「……確かにすごいな」
「やろうぜ!」
「よし。お前の奢りだからな。全設備楽しむぞ!」


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