蒙甘



恋とかいうのは、少女漫画のことだと思っていた。まさか自分が一人の人間に惚れこんで一喜一憂とかいうのをするとは思わなかった。しかも相手、教師。ひげ面のおっさん。ただ、気のいい奴で俺に構ってくれるので、ぶっちゃけワンチャンあるんじゃね?と思っていた。


んなわけねえ。


お花畑の頭も一か月もすりゃ覚めて、冷静におっさんのことを見られるようになってきた。呂蒙はしっかり先生だった。悪ぃことした奴は叱るし、続けて休む生徒には心配する。当たり前だ。俺があいつを試すのにクソガキムーブかまして怒られまくってただけで、あいつが俺を特別扱いしてたわけじゃなかった。呂蒙は男女関係なく同じ態度で、ちゃんとした学校の先生だ。

普通に考えて、あんなマトモな教師が生徒を相手にするわけねえ。ふざけて聞いたら彼女はいねえらしいが、そのポジションは普通の成人してる女がつくんだろう。

呂蒙のおかげだけじゃなく、クラスメイトもそこそこ面白え奴揃いで学校は楽しく行ってるが、それとは別に現実に気付いた俺は昼休みのたびにべっこりヘコんで机に突っ伏す日々だった。


頭にビニールが乗った。突然の不快な感覚に振り払いそうになったのを、寸でで袋を掴むくらいにした。中二からの腐れ縁野郎の匂いがしたからだ。

「おごりか?」
「まあね。最近珍しく萎れてるから、不憫になって」

相変わらずムカつく。体を起こすと凌統は勝手に前の席の椅子を奪って座っていた。ホットドックに齧りついているのを適当に睨んでから、差し入れの袋を覗く。パンが二個。喜ぶとこだろうが、チョイスがやっぱ性格悪めだ。俺が滅多に食わねえクリームたっぷりのサンドイッチにメロンパン。

「喧嘩売ってんだろ」
「感謝してほしいね。十個限定の苺サンドに、大人気のメロンパンだぜ。売店のお母さんと仲良くなって贔屓してもらってんだ」

聞いてねえし気持ち悪ぃ。が、ここ最近マトモに昼飯食ってねえ俺を見かねて、嫌味込みで面倒見てくれたってのは分かってたのでとりあえず食らうことにした。甘すぎて目が覚める味だ。

「コーヒー寄越せや」
「バナナオレならあるよ」
「とことん喧嘩売ってんなお前」
「貰ってくりゃいいじゃん、呂蒙先生に」
「は?」

ここんとこ考えすぎて頭がイカれそうな対象を名前出されて、思わずまた凌統を睨み付ける。長い髪を高く縛るふざけた頭の男は、怯むことなくのんびり飯を飲み込んでから続ける。

「休み時間、職員室行くと時々くれるぜ。呂蒙先生コーヒーちょうだいって言うとね。結構女子も貰いに行ってるよ」
「おっさんってモテんのか」
「モテるでしょ。優しいっつうか熱血っつうか。あんなに生徒に向き合う人いないよなぁ。勘違いしちまう奴いるんじゃないの」

勘違いか。俺のこれもそうなのか?
けどよ、勘違いだろうが間違いだろうが、惚れちまったもんは仕方ねえだろ。今更そこらの女なんか目にも入らねえし、かと言って男が好きかっつうとそうじゃねえ。俺ぁ呂蒙が好きなんだよ。

が、凌統の言う事も分かる。あいつはモテるだろう。真面目だから女子高生にゃ手ぇ出さねえだろうが、そりゃ俺の首も絞めに絞めていることだ。マジで地獄でしかねえな。
黙りこくった俺をどう思ったか知らねえが、凌統はそれ以上続けることなくスマホをいじっている。べったり甘いクリームで吐きそうだ。苛々するが、体がダルくて暴れる気にもなんねえ。

ようやくサンドイッチを倒して、メロンパンの袋を開ける時に凌統の顔がニヤけていることに気が付いた。

「垂れ目がクソ垂れ目になってんぞ」
「はっ?あんたこそ喧嘩ふっかけんなっつの。今自制してんだから」

自制の意味が分かるまで数秒かかった。最近そういやこいつと喧嘩してねえ。思い返すと乗って来ねえことがあった気がする。俺も呂蒙のことで頭いっぱいで、こいつのことなんか気にもしなかった。

「キザぶっといて短気なお前がなぁ。女でもできたかよ」

からかい半分で適当に言ったが、図星だったらしい。凌統はスマホを伏せて机に置き、とんでもねえ形相で睨んでくる。

「いいかい。こっちはマジなんだ。あの人に何か吹き込んだらあんたを殺す」
「いやその女知らねえよ。誰だよ。殺したら終わりだろ」
「だから絶対黙っとけ近寄んなっての」
「いやだから誰だよ」

別にこいつの女なんか興味もねえが、勢いでツッコむと凌統は俺の胸倉を掴み上げたまま急に大人しくなった。じわじわと顔面が赤くなっていく。きめえ。

「あんたには関係ない」
「じゃあ気持ち悪ぃ面見せんな」
「……悪かった」

こいつが俺に素直に謝るたぁ、世界が終わんのか。
手を離して椅子に座り直した凌統は、まだ耳を赤くしながらホットドックの残りを弄っている。女とどういう状態なのか知らねえけど、こいつまでおかしくさせるんだから恋愛って奴はやっぱ面倒くせえもんなんだな。残ったパンを奪い取って一口で飲み込む。ソーセージの塩気がうめえ。必死に眉を寄せている凌統にメロンパンを投げつけた。

「精々頑張れキザ野郎」
「ムッカつく……」
「喧嘩できねえお前イジんの結構いいな」
「おい、俺は学校じゃ我慢するが外じゃ容赦なくあんたを殴るぜ」
「へー。学校な。独身の先生っつうと練師か?」
「何で先生にいくんだっつの。クラスの……」

俺も凌統も黙り込んだ。しまった。つい自分と重ねて妙なこと言っちまった。どうやら凌統も口を滑らせたことが気まずいらしく、俺の発言のヘンテコさには気付いてねえらしい。このまま上手く誤魔化すしかねえ。

「巨乳の養護教諭なんか夢ありすぎるだろ」
「確かにまあ、エロいけどね」
「お好みじゃねえってか」
「つうか、練師先生は殿にぞっこんでしょ。見りゃ分かるっつの」
「興味ねえ」

とりあえず話反らせたか。つうか俺、マジで周りがどうでもよすぎたな。てめえの地獄に気ぃ取られてたからな。しかしまあ、割と皆よろしくやってんだな。クサクサしてねえで、俺もちったぁやる気出すか。

「おっしゃ、ちっとおっさんとこ行ってコーヒー貰ってくるぜ」
「あぁ。パンのお礼はパフェで頼む」
「勝手におごってユスってんじゃねえよ」

少しは元気出たが、こいつに礼言うってのは無理過ぎて出来なかった。



職員室のドアはこんな俺でも一応ノックはする。学長が結構おっかねえ人で、笑いながらすんげえ圧を掛けてきやがるからだ。つうか俺はおっさんの気を引きてぇだけで、別に素行はそこまで不良じゃねえ、と思う。自分では。
二回叩いてドアを開け、おっさんの席へ向かう。ひげ面で背もたれに体重をかけながら、すんげー顔でパソコンを睨んでいる。思わず笑っちまう。

「また老けるぜ、おっさん」
「俺はおっさんでは……甘寧か。珍しいな。どうした?」

確かに、俺が職員室来るなんて呼び出された時くれぇだからな。きょとんとした呂蒙の顔も面白くて笑える。結局、笑うのもへこむのもこいつのことばっかだ。恋って奴はきめえな。

呂蒙は最奥端っこの席で、ボロい丸椅子をサイドに用意してくれた。遠慮なく座ってから俺なりに可愛げのある顔でにっこりしてやった。

「コーヒーくれ」

呂蒙は分かりやすく渋い表情になった。わざわざ来てコーヒーねだる奴がいるか、という顔だ。

「お前まで……。凌統か?全く、お前らときたら」
「へっへえ。凌統にやって、俺に出さねえことねえよな?」

ほぼカツアゲだ。呂蒙もそう思ったのか、頭を抱えるような仕草を見せた。こいつ、苦労人感が似合い過ぎるよな。
でかいため息を吐いてから、呂蒙は俺との間にあった引き出しを開けた。下段はそういう私物を入れているのか、ドリップコーヒーの袋が箱の中にぎっしり入って並んでいる。横には俺に時々くれるじじくせえ菓子も見えた。腕まくりした毛深い右手が伸びる。こんなおっさんオブおっさんに撫でられて喜ぶなんて、俺ぁほんと頭いかれてんのかもしれねえ。

自分の奇妙さを改めて実感していると、呂蒙は何も取らずに引き出しを閉めた。ああ?俺にはくれねえのかよ。思わず眉を寄せて睨み上げる。つい反射でガンつけちまう。
そんな俺の眉間を指で突きながら、おっさんは湯呑を差し出してきた。どう見ても冷めている、おっさんの飲みかけのコーヒーだ。

「お前にはこれで十分だ。凌統にも言っとけ。次は飲みさししかやらんとな」

どうやらおっさんは脅し目的っつうか、こっちが嫌がると思ってこいつを寄越したらしい。受け取り手がでけえ声出して喜びそうになってるなんざ予想もできねえだろうな。

どうにか抑えてから、おっさんのコーヒーを一気飲みした。冷めてるし少ねえし、何か薄い。なのに、すんげえ美味く感じた。

「ごっそさん」
「お、お前、本当にそれを飲む奴がおるか……」
「次も頼むぜ、呂蒙センセ」

ばっちりウインク決めてやると、おっさん渾身のゲンコツが頭に振ってきた。悪ぃな、おっさん。そういうのも嬉しいだけだ。ここまでハマっちまったら戻れねえ。こっからは腹決めて、当たりに行ってやるぜ。


***


高一の秋に腹をくくった俺は、それはそれはてめえなりに頑張った。派手な喧嘩はやめ、適当にちゃんとした生徒をやりつつ、とにかく呂蒙と喋った。あいつも懐いてくる生徒を無下にできねえタイプなので、そこそこ構ってくれた。会いに行って嫌な顔すんのもフリっつうか、本気で俺のことウザったく思ってんならしねえだろうなっていう態度でいてくれて、正直燃えた。成就するたぁ思えねえ恋だが、おっさんが俺を嫌ってねえなら十分だと思った。

高三。呂蒙は担任じゃなくなったが学年の進路担当になった。大学も将来も興味ねえ俺は、呂蒙に会うという名目もあって進路指導室にしょっちゅう詰めていた。

「甘寧。そろそろ決めんか?夏だぞ夏。進学なら勉強、就活ならインターンとか、やることがたくさんあるだろう!」
「かったり~。こっちはいたいけな十七歳だぞ。マジで子供にゃ重荷だろ」
「そんなこと言っとるのはお前くらいだぞ。皆将来に向けて頑張っているところだ。お前はやればできる奴だろ。な?いくらでも付き合うから、考えないか?」

がっちり俺の目を見て真剣に言う呂蒙にときめいてる時点で、俺は裏切りもんだと思う。こいつが俺の進路指導に熱が入ると、俺はこの視線を浴びれる。考えが不埒すぎる。

「じゃあもうおっさんが貰ってくれよ。いくらでも付き合ってくれんだろ」
「当然付き合うが……何を貰うって?」
「お、れ。俺のこと嫁でも夫でもなんでもしてくれよ。安心しろ、もう成人だぜ」
「お、前は……!」

特大ゲンコ。マジで痛えんだこれが。避けれっけど避けない。こいつがくれるもん全部もらいてえっつう気持ち悪い思いでゲンコツ食らってるとは思わねえだろうなぁ。
呂蒙はぺらぺらよく回る口でふざけるな、だの俺は真剣にお前を思ってだの言っている。頭を摩りながら全部ちゃんと聞いた。

「ふざけてねえし、こっちだって真剣に思ってるぜ」
「どこがだ?全く……。せっかくやろうと思ったが、やめておくか」

呂蒙は足を組んで、背もたれに寄りかかった。職員室じゃきっちり座ってることが多いが、二人きりだと結構見る姿だ。多分おっさんも昔はヤンチャしたタイプだと思う。
おっさんの言うことがよく分かんねえので、じっと目を見てやる。忙しなく指で拍を取ってから、観念したように床に置いていた紙袋から小箱を取り出した。プリントとか参考書とか十四歳のハローワークかと思っていたので拍子抜けした。

「今日が誕生日だろう。成人、おめでとう」

何回瞬きしたことか。目が乾いてんのか潤んでんのかも分かんねえ。おっさんはまだ少しむっとしたまま、包みを差し出してくる。何も考えられねえまま受け取って、反射で紙を剥がしていく。中身はちょっと洒落た印鑑だった。

「成人するってことはな、色んな責任をお前自身が負うことだ。その判を押したら払わなくてはならなくなるツケも出てくる。心して使え」

おっさんが誕生日覚えててくれたこととか、わざわざ俺にプレゼント用意してくれたこととか、嬉しすぎて頭がぐちゃぐちゃだ。うまく考えがまとまんねえ中、耐え切れず吹き出した。

「ぎゃーはっはっはっは!おっ、親か、親戚か!?ハンコはなくね!?ハンコは!」
「はぁー……。甘寧、お前には百年早かったな、返せ」
「あってめ、俺のもん取んじゃねえ!」
「どこのヤクザだお前は」

進路指導室ってこんなうるさくしていいのか?知らねえけど止めらんねえや。ぎゃあぎゃあやりながら腹の底から笑った。涙出る程笑えることって本当にあんだな。

ふと気付くと、呂蒙の顔面がすげえ近くにあった。揉み合う内に手首を握られていたようだった。意識した途端に熱くてたまんねえ。
おっさんからすりゃ一生徒だ。だが、こんなもんくれるってのは、ちょっとは特別だろ。もう一歩、俺は他を出し抜きてえんだよ。

「多分親よりいいもん貰っちまったわ。さすがおっさんだな」
「だからおっさんではないと……まあいい、喜んでくれたなら何よりだ」

離れようとしたおっさんの手を追いかけ、今度は俺がその手首を握る。

「呂蒙。俺ぁあんたが好きだ」
「……ふ、ざけるなと、何度」
「ふざけてねーっつってんだろ。とりあえず、卒業するまでは大人しくしてやるよ」

ぱっと手を離し、呂蒙を解放する。ポケットからぐちゃぐちゃの紙を取り出して机に置いた。これ以上リアクションを見れなくてさっさと指導室を出る。
一応俺なりに呂蒙のこれまでの内容を受けて考え抜いた進路希望は、とりあえず近場の短大を第一志望に書いておいた。字汚えし紙だいぶやべえ状態だったから、読めっか分かんねえけど。

逃げるように背を向けて歩いていると、後ろから名を呼ばれた。相変わらず、おっさんだけはしっかり俺を呼ぶ。

「よく決めてくれた」

おっさんの顔は見れねえが、穏やかな声だった。ほっとした。腕だけ挙げて返事をして、そのまま立ち去った。



***


短大受験っつってもレベルが大して高くねえので、がっちり受験勉強はしなくて良かった。けど、進路が決まると指導室に行く用事はなくなった。放課後を持て余しまくったので、家ではとりあえず勉強してみた。両親ともドン引きしてきてむしろドン引きした。まあ、気持ちは分かるけどよ。

おっさんは特にあれからも態度を変えずに必要な説教をしてくる。多分この三年で染みついたんだろうが、頭叩いた後に撫でるのもやめなかった。そういうのが期待させるんだが、おっさんにゃ分かんねえんだろうな。それともやっぱ、冗談だと思われてんのか。

どうにもやる気が出ねえ日、家とは逆方向にぶらつき、普段は入らないコーヒーショップに立ち寄った。時々呂蒙がここのカップを持っているのを知っていたからかもしれねえ。まだあいつは勤務時間で、いるはずもねえのに妙にそわそわする。

注文を終えてカップ片手に歩いていると、視線を感じた。まさかと思って見て、カップを落としそうになった。

「凌統かよ」
「こっちの台詞だっつの。鈴の甘寧さんが随分珍しいとこ来るね」
「ぶっかけんぞ」

中二病の時に付けたあだ名を呼び続けるこいつ、やっぱ性格悪ぃ。凌統は二人掛けのテーブル席にいた。待ち合わせか?カウンターでも陣取ってさっさと飲んで帰ろうとしたが、凌統は俺のリュックの紐を掴んできた。

「なあ、丁度ドタキャンなっちまってさ。前座りなって」
「何でお前と仲良く茶ぁしなきゃなんねえんだよ」
「俺だってあんたなんかとそうすんの嫌だよ。けど頼んじまったんだよ」

首を傾げていると、店員がやってきた。でかいパフェを持っている。

「……巻き込むんじゃねえよ……」
「頼むって!量は食えるけど、一人でこれ食ってんの痛いだろ!一生のお願いだよ」
「お前の一生短ぇな」

つうか俺ら二人でこのパフェつついてる方が痛くねえか。そう突っ込みたかったが、頑として譲らない顔をしていたので諦めた。凌統はしつこい方だ。何言ってっか分かんねえくらい口が回る。聞き流すのも面倒くせえので黙って従った方が早い。真向いに座ると偉そうな顔して頷いている。最近喧嘩してねえけどやっぱこのツラ殴りたくなんな。

でかい図体ででかいパフェ食う凌統を後目にコーヒーをすすった。きめえ話だが、あの日の呂蒙の飲みかけの方が美味い。

「指導室行き終わったのかい?」
「ああ?」
「うちんとこの担任が、呂蒙先生も不良相手に熱心で、頭が下がりますーってさ。けど最近見ないから進路決まったのかなって」

クラスが分かれたこいつの担任が誰だか思い出せねえが、ムカつくな。まあ、呂蒙以外の教師連中なんざ中学と似たり寄ったりだろう。俺自身は結構まじめになったつもりだってのによ。

「短大」
「どこ?」
「すぐそこ」
「ふうん。見込みあんの?」
「共通テスト、科目ちょっとだぜ。ボーダークソ低いしよ」

凌統が笑った。精々頑張れとか思ってもねえだろうことを言ってくる。こいつこそ、高二の時から国立狙いとか言ってたような気がする。

「お前はどうなんだよ」
「余裕ではないね。むしろ必死」
「のんびりパフェ食っといてか?」
「息抜きは大事だろ。予定では、目の間にくるのは厳つい顔じゃなかったんだけどね」

そうは言いながらもスプーンを差し出してくるので、一応一口掬ってみた。白いアイスに茶色いソースがかかっている。甘い。今日はコーヒーがあって助かった。

「よく食えるなお前。これ全部行けんのかよ」
「キャラメルナッツは無限に行けるだろ」
「俺は死ぬ」

人前なので声量は控えめだが、垂れ目が楽しそうに笑っている。こいつと喋んのは楽だ。多分お互い頭からっぽで喋ってる。そのせいで要らんこと言って喧嘩になるが、最近はかなり落ち着いてきた。俺もこいつも大人になったよな。

「あ、十月か。お前も成人だな。先輩の俺が色々教えてやっか?」
「二か月違いで何えばってんだっつの」
「お前赤子業界で二か月も違えば大分変わるだろ」
「なんだよ赤子業界って」

ケラケラ笑う顔に、つい尋ねた。

「お前、おっさんから何か貰ったか」

凌統はパフェ食う手を止めてこっちを見ている。しまった。マジでこいつと喋ってっと、考えなしに言葉が出る。

「まさか。呂蒙先生とは結構喋るけど、教師が生徒にあげたりしないだろ」
「だよな」
「つうか誕生日なんか普通知らないって」
「……だよな」

誰か俺をぶん殴ってくれ。アレが特別だったことくらい分かってたのに、わざわざこいつに聞いて、優越感でニヤけそうなてめえに引く。

「え、あんた何か貰ったのかい?呂蒙先生に?」
「さあな」
「……ふうん。ま、いいけど。呂蒙先生ってあんたのことすっげえ特別扱いしてるしね」

コーヒー噴くかと思った。下から睨み付けてもこいつには効果がないことくれえ分かってるが、反射でガンつける。長いスプーンを忙しなく動かしながら、凌統は着々と山を崩していく。

「自覚があんのかどうか知らないけど、大事にしてるっていうかさ。あんたの教師嫌いが治るのも頷けるよ」
「あいつ以外の教師なんざクソだらけだろ」
「ああ、そうか。訂正、呂蒙先生だけ好きになるのも分かるっつー話」

好きか。そうだ、好きだぜ、あいつのこと。順調に恋を実らせたこいつにゃ、俺の苦労は分からねえだろう。

まだ熱いコーヒーを一気飲みした。さっきまで感じなかった苦味と酸味にも苛々する。凌統が無言で席を立った俺を呼んだが振り返らなかった。他人にてめえの感情を言い当てられるってのは、気ぃ良くねえもんなんだな。大して機会もねえが、気を付けっか。

ざわめく街中を速足で抜けて家に向かった。凌統がムカつくのも、呂蒙への恋が先行き不透明なのも今更だ。今更なのにこんなに腹が立って、マジでどんだけおっさんが好きなんだよ、と自虐した。

 
3/7ページ