SS
備尚
孫尚香は蜀に来てから意識的に朱色を避けていた。衣装や飾り、植える花の色すら赤以外のものを頼んでいた。孫呉を彷彿とさせるからである。
しかし、想起させるものがなくても寂しい時はやって来る。夫である劉備は国を整えるのに忙しく会えない日も多かった。過激な武芸を禁じられていることも重なって、尚香は限界を迎えた。大きな瞳が潤んでいく。雫を溢すと負けたように感じて必死に堪えていた。
「尚香殿」
いつの間に帰宅していたのだろうか。振り返ると、劉備が簡素な服に着替えて立っていた。その手には鮮やかな花が握られている。
「玄徳様、それ」
「交易品の中に花束があってな。そなたに似合うと思って一輪くすねたのだ」
尚香は反射的に首を振った。寂しく落ち込んでいる時に見てはいけないと思った。しかし、劉備はそんな彼女を気に留めず、前に来て茎を耳にかけた。つややかな髪に添えられた赤い花を見て、劉備が微笑む。
「やはり、尚香殿には赤い色が似合う」
心からの言葉にぽろぽろと涙が溢れていく。劉備はそれを咎めることもからかうこともせず、優しい手つきで頭を撫でた。父とも兄とも違う手の温もりに、尚香の胸がじんわりと温まっていく。
ひとしきり泣くとすっきりしたのか、袖で涙を拭って強い視線を夫へ向ける。
「玄徳様、手合わせしましょ!」
苦笑いで許してくれる劉備に、尚香はとびきりの笑顔を振りまいた。
孫尚香は蜀に来てから意識的に朱色を避けていた。衣装や飾り、植える花の色すら赤以外のものを頼んでいた。孫呉を彷彿とさせるからである。
しかし、想起させるものがなくても寂しい時はやって来る。夫である劉備は国を整えるのに忙しく会えない日も多かった。過激な武芸を禁じられていることも重なって、尚香は限界を迎えた。大きな瞳が潤んでいく。雫を溢すと負けたように感じて必死に堪えていた。
「尚香殿」
いつの間に帰宅していたのだろうか。振り返ると、劉備が簡素な服に着替えて立っていた。その手には鮮やかな花が握られている。
「玄徳様、それ」
「交易品の中に花束があってな。そなたに似合うと思って一輪くすねたのだ」
尚香は反射的に首を振った。寂しく落ち込んでいる時に見てはいけないと思った。しかし、劉備はそんな彼女を気に留めず、前に来て茎を耳にかけた。つややかな髪に添えられた赤い花を見て、劉備が微笑む。
「やはり、尚香殿には赤い色が似合う」
心からの言葉にぽろぽろと涙が溢れていく。劉備はそれを咎めることもからかうこともせず、優しい手つきで頭を撫でた。父とも兄とも違う手の温もりに、尚香の胸がじんわりと温まっていく。
ひとしきり泣くとすっきりしたのか、袖で涙を拭って強い視線を夫へ向ける。
「玄徳様、手合わせしましょ!」
苦笑いで許してくれる劉備に、尚香はとびきりの笑顔を振りまいた。
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