SSまとめ(健全)

 毎夜当てはない。甘寧は気分で出歩くのを好む。艶やかな夜の街に繰り出すことも、狼が這う野山を駆け回ることも、櫓に登って一杯やることもある。火を見ている内に心が決まり、今宵は川べりを歩くことにした。
 明るい城内から出たせいか、甘寧は手元の違和感に気付くのが遅れた。水の音が聴こえるようになった辺りで、ようやく、空を見上げた。月が煌々としている。手元には月光に負けた提灯が所在なさげにぶら下がっていた。船に乗って暴れていた時は満ち欠けを常に気にしていたというのに、すっかりおか暮らしに慣れちまったな、と自嘲した。
 虫の声と風にそよぐ草木の音、せせらぎ――それらに交じって聴こえた悲鳴を、甘寧の耳は洩れなく捉えた。耳を澄ませ、ささやかな音の源を探る。水流をくぐらせる木製の橋を覗き込むと、暗闇の中からきゃんきゃんと苦難の声が上がった。手元の提灯をかざして土手を慎重に照らすと、後ろ脚を地面に埋めた子犬が映った。先日は雨が降って増水していた。その影響でぬかるみ、通過の際にはまったのだろう。
「お前、どんくせえなあ」
 甘寧はからかうように言ってから片手で胴体を掬い上げてやった。さして抵抗がなかったので、そのまま川の水で洗ってやると泥まみれの体はすっかり綺麗になった。救ったところで野放しにするだけだが、無駄だった提灯に役割があって甘寧は満足していた。
「じゃあな、次は気を付けろよ」
 頭を叩いてから歩き出すと、子犬は体をぶるぶる振って水を払い、後ろをとことこ付いてくる。
「おい、面倒みれねえぜ」
 威勢よく鳴いて、その後も追いかけて来た。喧嘩に巻き込まれても知らねえぞ、いずれ食ってやる、などと脅してみても黒々とした目で見てくる。

 翌日から、体に不釣り合いな大きさの鈴を付けた犬が登城するようになり、建業はますます賑やかになったという。

design
6/33ページ