SSまとめ(健全)

バレンタイン





 世間の休日に無関係な仕事で、だいたい週に三日は時間外労働。そんな当たり日に珍しく凌統からメッセージが来た。そもそもあいつから連絡を寄越すことは稀で、さらには文面を見てあまりの珍しさに固まった。様子を伺ってくる部下たちを手で制しながら通話のアイコンをタップすると、すぐに繋がった。

『……なに』
「なにじゃねえだろ。お前が連絡してきたくせによ」
『あんた文字打てないの? YESかNOの簡単な質問送っただけだろ』

 相変わらず嫌みったらしい。随分年下だが、それを忘れたのかと思う程生意気な口ばかりをきいてくる。これに真正面から対抗すると敵わないので、一旦無視することにした。

「YESだ。残業中。なんかあったか?」
『そうかい。……いや、大したことじゃないんだけどさ』

 言葉を曖昧にした凌統がうんうん唸りだした。催促せずに続きを待つ。とりあえず仕事は緊急のものなんざないので後回しに決めた。
 凌統が送ってきたメッセージは『今会社?』という簡素なもので、奴が言うように文字で返せば済む話だが、とにかく送ってくること自体が滅多にねえし、話が見えなかったのでさっさと通話に切り替えたってわけだ。
 振り返る内に腹が決まったのか、凌統が一度息を吐く。

『ちょっと渡したいもんあるから、一瞬、出て来てくれない』

 喉まで驚きが出かかったが飲み込んだ。全く訳が分からねえが、凌統が心配な何かに巻き込まれてるってことはなく、むしろ何やら仕掛けてきてるってことにニヤける一方だ。やっぱこいつといると飽きねえ。

「おう。お前のためならいくらでも。何分後だ?」
『今』
「ああん?」
『もういる。あんたの会社の前。……さすがに、ロビーまでは入ってないから』

 そう言って凌統は勝手に通話を切った。生意気っつーより傲慢だ。若い俺ならブチ切れてる。珍しさが重なって奇妙すぎる状況に楽しくなってきた俺は、部下にメシとだけ告げて上着を羽織ってエレベーターに乗り込んだ。



 社屋を出て辺りを見回す。少し歩いた反対の歩道、植え込みの側に背の高い男を見つけて寄った。高く結った髪が大層目立つ。名を呼ぶとすぐに振り返った。

「すぐ電話してきてすぐ出て来るなんて、カラ残業ってやつなんじゃないの」
「お前の口は縫っても閉じねえだろうな。おうおうどうした初めてじゃねえか、会社まで来て、会いたい♡なんてよ」
「んなこと言ってねえっつの!」

 すぐに噛みつくのが凌統の若いところだ。からから笑ってやると、眉間を吊り上げて怒っている。まぁそんな顔も結構可愛いとは思うが、笑顔より圧倒的に見ているので新鮮みはない。ひとしきり導入が終わったところで、凌統は視線をうろつかせた。行動に迷ってる時のしぐさだ。分かりやすい野郎の、普段は持ってない手元にある小さい紙袋に当たりをつけて奪う。

「おうこれか。渡してえもんってのは。借用書のサインだろうがやっちまった後の凶器だろうが貰ってやる」
「ばっ、勝手に、いや俺借金も犯罪もしないし! つうかなんだよその捧げっぷり!?」
「馬鹿お前、こんだけ年下に手ぇ出すってのは、相当な覚悟がいんだよ。金も人生もくれてやるっつったろ」
「金なんか……ってそうじゃなくて。ただのチョコだっつの、チョコ!」

 下らないやり取りの末に凌統が言うのと、中の小箱を取り出すのは同時だった。ラッピングはなく、古風な柄と紙で出来た箱の下には宣伝用のビラもそのまま入っている。自分用として買いました感満載のそれは、ペラい紙によると酒の入った甘さ控えめのやつらしい。

「あれか、バレンタインか。お前からって珍しくねえか。ダチにそそのかされたのかよ」
「ああ……もう……あんたの察しのいいとこ大嫌い」
「俺はお前の乗せられやすいとこ好きだぜ。おし、デスク戻って紹介すっか。嫁さんって」
「誰があんたの嫁だよ。用件終わったからさっさと戻れっつーの」

 凌統はいまだに照れが残っているのか、街灯下でも赤いのが分かる。どう考えても仕事してる場合じゃねえ。とっととその辺のホテルに連れ込むべきいじらしさだ。俺がこの年でなきゃやってる。

「ありがとな。ここまで来てくれて、すげえ嬉しいぜ」

 年齢と立場で理性を叩き起こす代わりに直球で喜ぶと、凌統は眉をぎゅうぎゅうに寄せて唇を尖らせた。いつもうるせえ口がこうして黙るんだからたまんねえ。

「週末、出張でいねえって言ってたから」
「おう。振替休の日にち送ったろ。バイトとか休めるか」

 優秀な大学生やってる凌統は、学業は恐らく問題なさそうだ。アルバイトのシフト提出までに俺の日程も提案してある。会えるかどうかは凌統任せだ。

「んなの、とっくに調整済みだね。あんたが言ったんだろ、温泉行くって」

 目を細めてぼそぼそ反論してくる。内心じゃ楽しみで仕方ねえんだろう。こういう素直じゃねえ態度がいつもドストライクだ。可愛い恋人の反応に、こっちも浮かれた表情になるってもんだ。

「よし、色々連絡するからちゃんと見ろよ」
「見てるって」
「お前ホントに見てるだけだからなぁ。まぁいいけどよ。んじゃ行くぜ。これ、ありがたく食うわ」
「食べて運転したら人生失うから気をつけな」
「へいへい」

 最後まで口の減らない男にこれ以上なく頬が緩む。こんな年になってもいい気になれたってことで、柄にもなくイベントごとに感謝しながら会社に戻った。上機嫌な俺を気味悪がってきた部下は、きっちりシメてやることにした。


【END】
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