SSまとめ(健全)
ちゃぷちゃぷと気の抜ける水の音。時々風に揺れる鈴。そして最も耳障りな男の歌。歌唱力に関して文句は言えないが、一人で何やら盛り上がっているので、辺りに人がいないと分かっていても気恥ずかしい。船尾で櫂を操る甘寧を一切振り返らず、俺は船首で膝を立てて座り、前ばかりを見ていた。
「水の上じゃ、あそれ、泣き言一つ、ヨイショ、許されねえぜ〜」
俺の胸中を知らない甘寧は、合いの手も一人でこなして熱唱している。野郎共と乗るときはさぞ大合唱なのだろう。俺なら絶対に近寄らない。だが、いつぞや甘寧が聞いてもいない昔話を披露してきたときに、錦帆賊は随分喧嘩を売られたと言っていた。ど派手で趣味の悪い男たちに仕掛ける時点で頭が悪そうだが、一目でこいつの実力を測れないとは救いようがない。
驚異的な平衡感覚に眼力、ぞっとする鎖鎌の軌道――どれを取っても水の上で敵対したくないな、と思う。今となってはだ。無謀にもこいつの首を切り離してやろうと考えていた自分は、かつての愚か者と同類なのかもしれない。
「おい凌統、起きてんのか?」
「あんたのうるっさい歌聞きながら眠れる奴はいるのかい」
「あー? 前向いてぼそぼそ喋ってんじゃねえ! 聞こえねえぞ」
どうせ聞こえないなら返事をしてやる必要はない。無視して波間を眺めた。
きっと手下の奴らは甘寧の歌に合いの手を入れ、一心同体のように船を漕ぐのだろう。そういう奴らとばかり
「おっ! 来た来た、お天道さんのお出ましだぜ」
右半分が眩しくなってきた。俺は頑なに太陽を見ず、眼前の波ばかりを数えた。もちろん甘寧の方は見ない。こいつと見る
「なぁ、サボってないで早く漕げっつーの」
「あ⁉︎ おめえなぁんかムカつくこと言ったか⁉︎」
「なんだ、聞こえてんのかい。こんなのんびりしてるんじゃ、俺が泳いだ方が速いってね」
「上等だオラァ! 鈴の甘寧様の漕ぎ、ナメてんじゃねえぞ!」
途端にめちゃくちゃな速度で進む船に、知らずに口角が上がった。振り落とされないように柱を掴み、また前を見る。風を切って進む船の心地よさと靡く髪の軽さを、俺はきっと死ぬまで忘れられないんだろう。
【了】