SSまとめ(健全)

 孫呉の猛将、甘寧と凌統。二人の情報は軍議を通じて諸将に伝えられ、配下にも伝達されていた。
 仇敵の関係で反りが合わない者同士だが、戦における役割から近くに配置されることが多いようだ。よって、どちらかに対峙した際は引き付けて移動し、軍同士を近接させてやれば仲違いを誘導できる。それが、此度の作戦の一つであった。
 支兵長は敵将凌統と対面した。事前に聞いていた位置より前線に出てきている。気の逸りか、憎き同朋を出し抜くためか。支兵長には判断できないが、事前の打ち合わせ通り陽動作戦を実行した。
 真正面からぶつからず、飛び道具を利用しながらじりじりと軍団を西に動かしていく。甘寧軍が陣取っているとされている方へと徐々に移動すると、凌統軍も引っ張られている。ほくそ笑むのを堪えている内に、味方のものではない音楽が聞こえてくるようになった。更にその音を縫うように、ちりんと澄んだ音が鳴った。甘寧軍のお出ましである。
 さっそく先頭を率いていた長身長髪の男が墨を背負った男に近寄る。甘寧が腕を肩の高さに上げると、音楽が鳴りやんだ。凌統は腕を組み、つま先を何度も地に叩きつけている。かなり機嫌を損ねているようだ。
「あんたのとこの楽器隊は元気が良いね。鼓舞されるどころか耳が割れるっつの」
「ああ? お前の小言の方がよっぽど耳障りだぜ。いきって突っ込んだくせに、怖くてこっち来たってか?」
「珍しく待て出来たと思ったら。敵さん連れてきて羨ましいのかい? あんたらは涎垂らしてそこで見てなって」
「んだとぉ……? お前、誰に喧嘩売ってんだ?」
 ただ軍同士を近づけただけでこれだ。声が聞こえる範囲の歩兵達は内心拳を握った。低俗な言い争いはみるみる悪化して、互いに額が付くのではないかと思うほど近くで睨み合っている。
 向こうの歩兵らは指示が出ない中、将たちの喧嘩を不安げに見守っている。精神的に若い隊長のせいで敗北するのだから同情に値する。支兵長は口元を歪めながら、突撃を指示した。歩兵らが叫んで突っ込んでいく。
「軸に叱られるぜ」
 凌統が呟いた。直後、轟音と共に五、六人がまとめて吹っ飛ばされて帰ってくる。降ってきた兵らに押されて倒れた者も多く、一度に十人以上が地に沈んだ。指示したままの口の形で、支兵長が唖然とする。その間にも、兵が突っ込んでは吹き飛ばされていく。中心には、醜く揉めていたはずの二人が背を向け合って武器を振り回していた。
「口うるせえなぁ! ねちっこくてしつけえ!」
「お腰の鈴の方が動く度煩いっつの!」
 程度の低い舌戦をしているが、一斉に攻撃を仕掛けても二人は無傷のままだ。軍団長は奇妙な光景に目を擦った。
 甘寧の頭を狙って射た矢は凌統の節棍にへし折られ、凌統の胸を突くはずの槍は甘寧の鎖鎌に弾き飛ばされていく。お互い正面しか見ていない筈なのに、武器の軌道は螺旋状に渦巻いて隙を与えない。
「頭の羽根から体の墨まで、あんたとは趣味が合わないね!」
「優男ぶった野郎にゃ分かんねえだろ!」
 よくも舌を噛まずに各々悪口を言えたものだ。支兵長は茫然自失として、感心する羽目になった。口上ではいがみ合っているが、二人の動きはまるで互いの背を庇っているようだ。
 きゅいいん。軍団長は高い金属音を聞いた。二人の気迫によるものなのか、赤い光線まで見えてきた。それらが何物なのか理解する前に、軍団長は悟った。間に合わない。
「いきますか!」
「祭の時間だぜぇ!」
 二人は武器を自分の体のように振り回しながら陣を走り抜けた。鎖鎌と節棍がぐるぐる回って、更に二人が円を広げるように描いていく。避けようと背を向ける者たちが、どんどん餌食になっていった。
「逃がすと思うかい?」
「逃がさねえぜ!」
 ――孫呉の両輪。聞いたことのない通り名が聞こえてきた。背後にいた年長の旗持ちが呟いたようだ。不仲は偽りだったのか、と絶望し支兵長は地に伏した。
「ってえな! おい、お前の節棍当たってんだよ! ド下手くそ野郎が」
「はあ? あんたが避け損なったんだろ。ああ、あんた暗号とか忘れちまうのか。悪かったよ」
「お前が余計なお喋りすっからだろうが! 『軸』だけ言やいいのによ!」
「こんな短気なカシラで、野郎共はよくやってるよ」
「構えろや凌統!」
「上等だっつの!」
 支兵長は遠ざかる意識でまた悟った。偽りではないようだが、不仲でも共闘は出来ている――味方に、伝えなければ。
 ごしゃ。鈍い音が響いて支兵長はそれ以上考えられなくなった。止めを刺されたというよりは、二人の喧嘩に巻き込まれただけだったが、当人はそれを知る由もなかった。
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