SSまとめ(健全)


 甘寧の執拗なまでの口説きが実り、凌統とようやく恋仲と言えるようになった。しかし、凌統はとにかく人前での接触を嫌う。単に肩を組んだだけでも強く振り払われ、皮肉な口上も変わらないままだ。踵落としの威力に関しては増した程である。二人きりの室内ではそれなりに抵抗が薄れるので、照れ隠しだということは甘寧も分かっている。だが、昼間から思う存分に接触したいという欲は拭えない。
 結果、甘寧は奮起した。滅多にない集中力で執務を片付け、呂蒙に頼み込んで二日間の暇をもぎ取った。かの軍師は二人の恋情を知らないので、 和解して仲良くなったことに単純に感動していた。
 凌統を叩き起こし、眠い目を擦る中馬に乗らせて、遂には舟に連れ込むことに成功したのである。
「おい。朝日も昇ってねえ内から何なんだい」
 ようやく覚醒したらしい凌統が目を細めてつま先で地を叩く。その怒りが水上になってからという辺りに甘さが出ている。
「天気良好、だりい執務終了、公認の休み、と来りゃ舟旅だろ」
 あっけらかんと言い放った甘寧の言葉に納得できない様子の凌統だったが、言葉による反発はなかった。すでに離岸していて、帰れそうにないからだ。立ったまま腰に刺していたかんざしで髪をまとめ上げ、唇を尖らせている。 甘寧は不機嫌な凌統に怯みもせず、露わになった項を撫でてニヤニヤと笑った。
「髪上げてっとこ見れんの、たまんねえなぁ」
「それ、髪長いやつ皆に言ってんの?」
「お前に言ってんだろ。無駄な嫉妬すんな」
「日が出るまで泳ぐかい?」
「一緒になら良いぜ」
 凌統がすぐさま顔をしかめたのを合図に、その首に回した腕を引きつける。 凌統の唇はいつ触れてもさらさらしていて心地良い。何度か舌で叩くと少しずつ侵入が許されていった。
 腰を抱き寄せると慌てたように距離を取ってくる。そのはずみで舟が揺れ、体勢を整えようとした隙を狙って首元に口付ける。普段巻いている橙の襟巻きを寝起きで置いてきたせいか、胸元がざっくりと開いて大変色っぽい。
「この服、見えそうで見えねえのがいいな」
「見えても男の胸だぜ」
「凌統の、ってのがいいんだろ」
 はっきり伝えてやると苦言を呈しながらも顔を赤らめている。二人きりと分かると途端に素直な恋人が愛おしく、甘寧は全身の血が沸騰しそうになった。今日はもう、昼夜水陸を問わず凌統を愛でると決めている。
 そんな甘い空間に横槍ならぬ横矢が入った。あえて避けずとも当たらずに通過したが、二人は同時に物騒な顔つきに変わる。邪魔が入ったことに腹を立てているのは、甘寧だけではないようだ。
 水上、約十隻分離れたところに、人影のある小さな舟が見える。朝ぼらけの盗賊であろうが、睦み合いを邪魔する品性のなさに甘寧は殺気立った。 櫂を持って恐ろしい勢いで接近し、あっという間に舟同士を衝突させる。 相手は金髪の刺青男に慄いてすっかり戦意を喪失しているが、甘寧の気は済まない。相手の首に腕を伸ばしたが、横から小突かれて止まった。甘寧の前腕に泳ぐ龍の尾に凌統の簪が触れている。
「やるよ。売ればそこそこだろ。頼むから、二度と顔見せんなっつの」
 凌統は艶やかに黒光りする簪をあっさり手渡して、賊の舟を蹴って離した。向こうは必死に掻き逃げていく。
 眩しい陽光が水面に顔を出すと、二人きりの光景が晒された。波の揺れる音だけの空間が戻ってもまだ、甘家はむくれている。怒りを発散できなかった不満と、大切だと聞いていた物を失わせた罪悪感が甘軍の顔を凶悪にしていた。
「ぶすくれちまって、まあ」
ぬるすぎんだろ。三秒で殺れたぜ」
「喧嘩後の汚い手に触れられる趣味はないんでね」
 依然として納得のいかない甘寧だったが、凌統の言葉はじわじわと効いて荒れた気を鎮めていった。触れられるのは満更でもないらしい。凌統自身も失言に気が付いたのか、落ち着きなく頭を掻き、舟板に腰を下ろした。
「そういうつもりじゃないなら、ご自由にどうぞ」
 平然と言い放ったつもりなのだろうが、耳が赤いのは隠しきれていない。
 凌統の髪が風に靡き、陽の光で輝く。その瞬間に見惚れて、甘寧は許さざるを得なくなった。凌統の甘さに結局絆される己の姿を昔の自分が見たら大笑いするだろう。
 恋人とのんびり河を下る贅沢を取り戻したのだから文句はない。すぐに切り替えた甘寧がどかりと向かいに座ってゆっくりと櫂を沈める。遠くを見つめて揺られる凌続に満足して、水を掻き続けた。
「ま、たまにはいいね。こういうのも」
「そうだろ」
「あんたにしちゃ、上出来の過ごし方だ」
「ちゃんと対岸の隠れ処に連れ込んでやるぜ」
「あっそ…………」
 再びほんのりと色づいた耳を見てやはり満更でもない様子を悟った甘寧は、ぐっと櫂を握って意気揚々と漕ぎだした。

【いい旅の日】
一日は始まったばかり

 
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