SSまとめ(健全)

 遅れて入った軍議場は荒れていた。老将が揃って立ち上がり、なにやらがなり立てている。凌統は行動を共にしていた徐盛と目を合わせて互いに肩を上げ、空いた席に忍び寄って座った。
「甘寧。武功で見逃してはきたが、お前の態度は目に余るわ!」
「軍紀を乱すだけでなく、手癖も悪いとは。賊のままであれば、我らが城を踏ませぬぞ!」
「だーから、知らねえっつってんだろ」
 聞こえた声の主を覗き見ると、腕を組んで椅子を傾げ、机に脚を投げ出していた。周囲の人間もその態度の悪さに眉をひそめている。
「貴様……っ! 殿、このような奴、やはり我が軍には不要っ! ご決断を!」
 ざわざわと室内が騒々しくなり、凌統は黙って腕を組んだ。事情は不明だが、甘寧が糾弾されている現場は見物である。口が緩みそうになるのを押さえていた凌統は、孫権に名を呼ばれて心臓が跳ね上がった。
「お前はどう思う」
「はっ? 俺? まずどういう状況なんです」
「宝物庫の中にあった宝剣が無くなった。父上の側近が使っていたもので、兄上からも重々大事にするよう言われていたものだ」
 剣の存在は凌統も知っていた。管理担当になった時は気を引き締めるよう、父からも言われていたものだ。それが甘寧とどう繋がるのか分からず、じっと君主を見つめた。
「今、管理は甘寧軍に任せてある。昨晩はあったものが、今朝はない。さて、どう思う。それとお前も、こやつが我が孫呉に不要だと思うか?」
 孫権の問いに、凌統は頭を抱えたくなった。意地が悪いとも思った。こういうことは呂蒙の仕事だろうと周囲を見渡すが、姿は見当たらない。周囲から目線が向けられる気持ち悪さを嚙みつぶしながら、考える振りを見せる。ゆっくりと手を合わせて頭を少し下げ、口を開いた。
「甘寧の態度が目に付くのも、軍紀乱してんのも、事実だと思いますよ」
 凌統は甘寧の方からぴりっとした圧が来るのを頬で感じた。老将らと目を合わせ、涼しい顔で両手を広げてみせる。
「けど、懐深い孫堅様や孫策様は、粗暴ってだけで追い出しますかね」
「なにを」
「こいつ、一応殿のために力使ってるつもりなんですよ。獣が吠えて走り回ってるだけだと思えば耐えられませんかね」
 凌統の言葉に、室内の多くの人間が苦笑しつつも頷いた。甘寧の方からの頬に当たるびりびりとした視線は強いままだが凌統は受け流している。
「親の仇を随分認めたものだ。だが、盗人でもそう思えるか。あの宝剣だぞ」
「そりゃ別に鼠でもいるんでしょう。至急探して駆除すべきですよ」
 凌統の進言に頷いた孫権が、背後に立つ周泰に耳打ちした。大きな体躯で物音一つ立てずに周泰が退室する。四名ほどの老将は渋々納得して座り直したが、張昭の後釜に当たる男だけが立ち続けた。
「どこに、その根拠がある。なんとなくでは済まされぬ物だぞ」
「本人がやってねえっつーのを犯人にするのもどうかと思いますけど。こいつはしょうもねえ奴でしょうが当番の時に堂々と盗むような馬鹿じゃない。それは根拠になりませんかね」
「ならぬならぬ。このような男、信用した途端に裏切るのを何度も見てきた!」
 だんだん凌統の声に苛立ちが乗る。始めは仇である甘寧を庇い立てするような発言に抵抗があったが、今は頑固な老人の引き返せない様に腹が立ってたまらない。
「あんたの言に自信があるなら、きっちり証拠出してくれませんかねえ。甘寧は物の価値なんざ分かってないし興味もない。下っ端が食えりゃそれで満足してる。その子分たちは頭に背かない。そういう奴らなんだっつの」
「そこまで」
 凌統の組んだ手の骨が鳴るようになり、孫権は制止を入れた。凌統は堂々と苦い顔をしている。
 和解の兆しにでもなればと振った話だったが、想定以上に凌統が甘寧を許していることに孫権は感動させられた。継いできた宝剣が手元にないことよりも、孫呉の両輪が形になったことの方が余程重要だった。
「この件は調査の上、追って沙汰を出す。凌統、お前の気持ちも分かった。今日は退席してくれ」
 老将らの顔を立てるため孫権が凌統に退室を促すと、凌統も意を汲み、すぐに拱手して出て行った。

***

 遅刻の上早退となった朝議は凌統にとって初めてだ。胸のむかつきが治まらず、衝動的に鍛錬場へ向かう。得物を振るって体を動かしている時は余計なことを考えなくて良い。
 凌統の目論見は鈴の音でかき消された。なんでついてくるんだよ、と文句を言うために振り向いたが、言葉は甘寧の口唇に飲み込まれた。すかさず腹に拳を入れる。
「いって! お前、本気出すなよ」
「は? なめてんの? 本気、見せるかい」
「冗談冗談。へへ」
 やけに機嫌の良い甘寧に、凌統はうんざりした表情を隠さない。巻き込まれた方は不愉快で堪らないのに、当の本人が晴れ晴れとくれば無理もないだろう。
「愛情たっぷりの演説だったな。おっさんにも聞かせてやりたかったぜ」
「あんた途中俺にむかついてたろ」
「好き勝手言いやがってとは思ったな」
「つうか、言われっぱなしなんて随分殊勝じゃねえの」
 喋りながら凌統はまた立腹してきた。凌統の知る甘寧は好戦的で喧嘩っ早く、喧しいがどこか胸がすっとする行動が多い。今日は怠惰な態度で流していたのが気に食わなかった。
「ああいうジジイ共は苦手なんだよ。ああ言やこう言うし、手出したらすぐ死にやがる」
「……なるほど」
 甘寧なりに我慢してああいう態度になったのかと思うと、急速に落ち着いた。相変わらず甘寧が絡むと気分が一定でいられない。それは仇として憎んでいた時も、仲間もしくは恋人として認めている今も同じだ。
「お前がその分口でぶっ叩いてくれてすっとしたぜ。ありがとな」
「あんたにお礼言われんのもむず痒いってね」
「ったく、素直に受け取っとけや」
 凌統の足が向かう先へ、甘寧も付いてくる。
「お前見てもねえのに俺が盗るわけねえって、随分熱かったなぁ」
 甘寧が喉で笑いながら言うので、凌統はとりあえずその尻を蹴り上げた。
「金目のもん興味ないのは合ってるだろ」
「基本身ぃ一つで良いな。余計なもんあれこれ持ちたくねえ」
 凌統は横目で甘寧を見る。相変わらず派手な出で立ちだった。体を這う双龍も、がちゃがちゃした装飾も大きな鈴や頭の羽根も、凌統の趣味ではない。ただ、似合っていると思った。姿形だけで畏怖を与えられる存在に凌統はなり得ないのだ。
「最低限でいいが、てめえの物にしたら大事にするぜ。二度と離さねえしよ」
 確かによく得物のついでに鈴や武具を磨いているな、と回想していると、また甘寧が顔を寄せてきた。意図を察し、肩でどついて阻止する。
「ああ!? おい、俺格好いいこと言ったよな。今、そういう雰囲気だったよな!?」
「俺は物じゃないっつの」
 凌統は吐き捨てるように告げて、甘寧の首飾りを掴んで引っ張る。尖ったところに触れないように掴むのも、回数を重ねて上手くなった自負がある。この世で一番下らない自慢事だ。一人で頭を騒がせながら、凌統の方から触れるだけの接吻をした。
「俺が誰を信じて誰と居るかは、俺が決める」
 呆気にとられた甘寧を置き去りにして鍛練場へ向かう。少しして、甘寧が体当たりのごとく肩を抱いてきた。
「おいおい随分素直じゃねえかよ!」
「じいさん達にいびられてるのは見物だったぜ。同情した」
「やっぱ鍛錬なんかやめだやめ、閨の運動にしようぜ」
「うわ、何だいその発言。じじくさ。同格同士仲良くしてきなって」
「お前のああ言えばこう言うところもジジイ共に負けてねえ」
 体が触れ合ったまま至近距離で睨み合い、口論になった二人は、結局いつも通り武器を振るいに走っていくのだった。

 明朝、議場には盗人をぶら下げ宝剣を携えた周泰と、苦い顔で謝辞を口にする老将らと、肌つやの良い孫呉の両輪がいたという。
9/42ページ